叢書・ウニベルシタス 981
ウルストンクラフトの北欧からの手紙

四六判 / 308ページ / 上製 / 定価:3,200円 + 税 
ISBN978-4-588-00981-5 C0310 [2012年08月 刊行]

内容紹介

女性解放思想の暁鐘『女性の権利の擁護』を執筆後、苦境にあったウルストンクラフトは北欧へと旅立つ。優美で酷烈な自然、そこに住む人々や社会との出会いは、人間存在に纏わる苦悶を乗り越えようとする彼女に人類、女性、社会の進歩について深い洞察をもたらし、豊かな未来へと思索を飛翔させるきっかけとなる。旅先からの書簡という形式で確かな筆致とともに平易に語りかける精神の軌跡。

著訳者プロフィール

メアリ・ウルストンクラフト(ウルストンクラフト,M.)

(Mary Wollstonecraft)
英国の女権運動家、著述家。1759年ロンドンに生まれる。農業などを営む父について転居を繰り返しながら幼少時代を過ごす。1778年19歳で両親の元を離れ、住み込みの手伝いを2年勤めた後、母の看病や妹の世話のために家に戻る。1782年に親友ファニー・ブラッドの家に同居を始め、翌1783年から2年間妹やファニーとロンドン郊外に私塾を開設。道徳本『女子教育考』(1787年出版)を執筆後、貴族の家庭教師としてアイルランドへ渡る。1788年ロンドンに戻り、急進的な書籍を出版していたジョゼフ・ジョンソンの書店のために書評や翻訳を手がけ、ウィリアム・ゴドウィンを始めとする進歩的知識人と知り合う。同年に自伝的小説『メアリ』を出版後、1790年に、フランス革命を非難したエドマンド・バークの『フランス革命の省察』に対する反論『人間の権利の擁護』で自由信奉を弁じて著述家として名をなす。1792年に女性解放思想の暁鐘とされる『女性の権利の擁護』(邦訳、未來社)を出版し、革命後の状況を自ら見聞するため12月にパリに旅立つ。1795年英国に戻り1797年ウィリアム・ゴドウィンと結婚するが、娘メアリを出産後に産褥熱による敗血症で38年の生涯を閉じた。ゴドウィンとの間に生まれた娘メアリは、後に詩人シェリーの妻となり『フランケンシュタイン』(1818)を書いた。

石幡 直樹(イシハタ ナオキ)

1953年生まれ。1977年東北大学文学部卒業。1979年東北大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、東北大学大学院国際文化研究科教授。主な著書:『ロマン派文学のすがた』(共著、仙台イギリス・ロマン派研究会、1993)、『岩波講座文学第7巻 つくられた自然』(共著、岩波書店、2003)、『地誌から叙情へ』(共著、明星大学出版会、2004)、『ロマンティック・エコロジーをめぐって』(編著、英宝社、2006)。主な訳書:ジョナサン・ベイト著『ロマン派のエコロジー――ワーズワスと環境保護の伝統』(共訳、松柏社、2000)、ミツエ・ヤマダ著『収容所ノート――ミツエ・ヤマダ作品集』(共訳、松柏社、2004)。主な論文:“Politics of Education in Lyrical Ballads of 1798” (1991)、 “Mary Wollstonecraft’s Introspective Journey in Scandinavia” (1996)、「メアリ・ウルストンクラフトの分別と多感」(2000)、「喪失の森――ワーズワスとソローとロレンス」(2004)など。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

前書き
第一の手紙
第二の手紙
第三の手紙
第四の手紙
第五の手紙
第六の手紙
第七の手紙
第八の手紙
第九の手紙
第一〇の手紙
第一一の手紙
第一二の手紙
第一三の手紙
第一四の手紙
第一五の手紙
第一六の手紙
第一七の手紙
第一八の手紙
第一九の手紙
第二〇の手紙
第二一の手紙
第二二の手紙
第二三の手紙
第二四の手紙
第二五の手紙
ドーバー
付記
注釈

 訳注
 訳者解説
 訳者あとがき