叢書・ウニベルシタス 1034
他者のための一者
レヴィナスと意義

四六判 / 458ページ / 上製 / 定価:4,800円 + 税 
ISBN978-4-588-01034-7 C1310 [2015年10月 刊行]

内容紹介

現代フランスの哲学・現象学研究の第一人者が、『存在するとは別の仕方で』をはじめとする後期レヴィナス思想の読解に挑む全22章の探究。〈神の死〉以後のニヒリズムを見据えながら、他者、顔、超越、彼性、痕跡、受動性、隣人、身代わり、正義、語ることなどの主題を通じて、〈存在の意味〉と〈善〉の可能性、最後の〈神〉とギリシャ/ヘブライ思想の謎めいた関係に迫る。

著訳者プロフィール

ディディエ・フランク(フランク ディディエ)

(Didier Franck)
1947年パリ近郊ヌイイ生まれ。アグレガシオン、第三期博士号、国家博士号を取得。高等師範学校講師、トゥール大学教授等を経て、1996年よりパリ第十大学ナンテール校(現在はパリ西大学ナンテール/ラ・デファンス)教授を務め、2010年よりフランス大学協会会員、2015年9月よりパリ西大学名誉教授。同志社大学客員教授、日本学術振興会外国人招聘研究者、関西学院大学客員教授として2011年、2013年、2015年に来日。ジャン=リュック・マリオン、ジャン=フランソワ・クルティヌとともに1980年代以降のフランスでの現象学研究を牽引してきた一人であり、本書以外に、『現象学を超えて』、『ハイデッガーとキリスト教──黙せる対決』(いずれも萌書房)、『身体と物体──フッサール現象学について』、『ハイデガーと空間の問題』、『ニーチェと神の影』の著作がある。

米虫 正巳(コメムシ マサミ)

1967年大阪生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士課程中退。博士(大阪大学)。関西学院大学文学部教授。専門はフランス哲学。論文に「出来事と存在──ドゥルーズとハイデガー」(『アルケー』第23号)、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』(平凡社)、『エピステモロジー』(慶應義塾大学出版会)、共訳書にフランク『現象学を超えて』(萌書房)ほか。

服部 敬弘(ハットリ ユキヒロ)

1981年大阪生まれ。パリ西大学大学院博士課程修了。博士(同志社大学・パリ西大学)。日本学術振興会特別研究員(PD)。論文に、«La réception ambivalente de Fichte dans L’essence de la manifesta-tion»(Revue internationale de Michel Henry, no 6, 2015)、「行為の自由と感情の不自由──アンリにおける「倫理」の問題」(『倫理学研究』第42号、2012年)ほか。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

序論

第一章 問いのなかの問い=問いについての問い
 第一節 ある問いからもう一つの問いへ=他者へ向けたある問いについて
 第二節 主体は存在の関数でしかないのか

第二章 名詞、動詞、存在論的差異
 第一節 動詞から名詞へ──同一化
 第二節 命題の両義性──〈語られること〉と〈語ること〉

第三章 ある曝露からもう一つの曝露へ=他者への曝露について
 第一節 意義性を賦与すること
 第二節 ケノーシスと意義
 第三節 方法としての激化

第四章 自己に反する唯一者
 第一節 〈召喚された者〉の忍耐
 第二節 推移と老化
 第三節 拒絶不可能な=不変の〔格変化しない〕唯一性
 第四節 善から存在へ

第五章 志向性なき感受性
 第一節 感覚の麻痺
 第二節 意義性としての心性
 第三節 抗いえない=不可避な享受
 第四節 正義の地位

第六章 魂と身体
 第一節 意義のなかの地平
 第二節 身体の賦活
 第三節 諸々の魂の身体化=合体

第七章 接触と近しさ
 第一節 最上級の近しさ
 第二節 遺 物
 第三節 世界の詩

第八章 意識の遅れ
 第一節 近しさから主観性へ
 第二節 接 触
 第三節 前‐意識的過去

第九章 現象の欠損
 第一節 自己自身に不在となる現前
 第二節 全く別の戦慄
 第三節 態度=容量の喪失と欲望
 第四節 彼 性

第十章 痕跡から謎へ
 第一節 〈汝〉の根底における〈彼〉
 第二節 攪 乱
 第三節 謎へ応答すること
 第四節 倫理学と第一哲学

第十一章 自己の再帰性
 第一節 無起源的強迫
 第二節 自己の絶対的受動性
 第三節 存在の外なる自己のうちへ追放されて

第十二章 絶対的対格
 第一節 カテゴリーのドラマ
 第二節 自我の〈存在からの‐超脱〉
 第三節 自己との非同等性と同等性
 第四節 開示性の誇張

第十三章 〈一人の他者のための一者〉と〈あらゆる他者のための一者〉
 第一節 記号とその地平
 第二節 〈受動=受難〉
 第三節 メシア的自己性

第十四章 善──、存在と悪
 第一節 聖書のなかにある見えないものと存在の彼方にある〈善〉
 第二節 無責任と存在の遊び
 第三節 エロスに瀕して存在すること

第十五章 自由と身代わり
 第一節 自己から自由になること、存在から自由になること
 第二節 存在の贖罪としての自由

第十六章 〈語ること〉の真摯さ
 第一節 体系と主体
 第二節 「われここに」
 第三節 証 し

第十七章 神という語
 第一節 無限者の賛美〔栄光化〕
 第二節 預言──始源と仲介
 第三節 語られることなしに意義を表すこと
 第四節 〈語ること〉のための語

第十八章 言語の誤用
 第一節 〈語られること〉から〈前言撤回〉へ
 第二節 哲学的言説

第十九章 第三者の介在
 第一節 デュオか、それともトリオか
 第二節 非対称性の修正
 第三節 出発点への回帰

第二十章 正義の時
 第一節 近しさと正義の拒否〔裁判拒否〕
 第二節 記号の重さと神の正義
 第三節 三人称からもう一つの三人称=〔神という〕他者へ

第二十一章 存在の意味、あるいは無‐意味
 第一節 イリヤ=ある(il y a)
 第二節 無意義性の意義性
 第三節 懐疑論とそれへの反駁

第二十二章 〈彼=それ〉 ?
 第一節 第三者から神へ
 第二節 対話者
 第三節 ニヒリズムの果て=境界に

結論

解説 意味概念の拡張とニヒリズムの克服(服部敬弘)
訳者あとがき(米虫正巳)

原註
人名索引

書評掲載

「図書新聞」(2016年2月27日号/馬場智一氏・評)に紹介されました。

関連書籍

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『エクリチュールと差異』
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『レヴィナスと政治哲学』
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『レヴィナス著作集 1』
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『ハイデガー読本』
秋富 克哉:編