{"title":"サピエンティア","description":"\u003cp\u003e\u003cspan\u003esapientiaはラテン語で《知恵》の意。グローバル化のもとで頻発する戦争、南北間に広がる格差、社会的差別や貧困、環境、人権、平和、生命をめぐる問題など、現代世界の抱えるアポリア（難問）を読み解くために、広汎な分野の《知恵》を結集して読者とともに考える。\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e","products":[{"product_id":"isbn978-4-588-60301-3","title":"アメリカの戦争と世界秩序","description":"\u003cp\u003e9784588603013\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60301-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603019\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60301-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカの戦争と世界秩序\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカノセンソウトセカイチツジョ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカによる戦争は世界秩序の形成にいかなる影響を及ぼしたのか。また、アメリカ経済や社会にどのような影響をもたらし、多民族国家におけるアイデンティティ形成や国民統合にどのような意味をもったのか。本書は、海外の執筆者をまじえ、戦争とアメリカ社会および国際社会のダイナミックな相互関係、アメリカの世界秩序形成が生み出す諸問題等を複眼的かつ歴史的に論じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e2008年創刊の新シリーズ第一弾です。定期購読をよろしくお願いいたします。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　章　アメリカ外交の伝統とアメリカの戦争　　　菅　英輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　戦争は外交の延長である\n\u003cbr\u003e　三　アメリカ人の使命感とアメリカ例外主義の観念\n\u003cbr\u003e　四　アメリカの権益擁護と「唯一の超大国」意識\n\u003cbr\u003e　五　アメリカ式戦争の特徴\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第Ⅰ部　アメリカの戦争と国際社会\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　アメリカ帝国主義論の新展開　　　初瀬　龍平\n\u003cbr\u003e　\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　帝国主義に関する基本的視点\n\u003cbr\u003e　三　アメリカ帝国論\n\u003cbr\u003e　四　アメリカ帝国主義論\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　アメリカの戦争のやり方　　　ブルース・カミングス\n\u003cbr\u003e　米墨戦争（一八四六年）からイラク戦争（二〇〇三年）まで\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　米墨戦争と「明白な命運」\n\u003cbr\u003e　三　新しい大陸国家の誕生\n\u003cbr\u003e　四　パール・ハーバーからイラク戦争へ\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　ローズヴェルト系論の対外政策　　　中嶋　啓雄\n\u003cbr\u003e　カリブ地域における軍事介入\n\u003cbr\u003e　一　はじめに――ブッシュ（ジュニア）外交との比較\n\u003cbr\u003e　二　米西戦争と「棍棒外交」\n\u003cbr\u003e　三　タフト、ウィルソン両政権による介人\n\u003cbr\u003e　四　カリブ地域からの“出口戦略”と介人の負の遺産\n\u003cbr\u003e　五　おわりに――今日のアメリカ外交へのインプリケーション\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　湾岸戦争からイラク戦争へ　　　菅　英輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　一\tはじめに\n\u003cbr\u003e　二　ポスト冷戦の世界とアメリカ外交の使命\n\u003cbr\u003e　三　ブッシュ（シニア）の戦争と「新世界秩序」建設の夢\n\u003cbr\u003e　四　アメリカ例外主義の伝統とブツシュ・ドクトリン\n\u003cbr\u003e　五　おわりに――他者理解の欠如とアメリカ例外主義の克服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　ＵＮＨＣＲとアメリカ　　　柄谷利恵子\n\u003cbr\u003e　国際的難民保護レジー厶とアメリカの外交戦略\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　ＵＮＨＣＲの予算体系\n\u003cbr\u003e　三　ＵＮＨＣＲ創設とアメリカ政府の対応――無視・敵対（第一期）\n\u003cbr\u003e　四　ＵＮＨＣＲとアメリカ政府の攻防――ブログラ厶別予算調達制度（第二期）\n\u003cbr\u003e　五　アメリカ政府による選択的積極利用――統合年次予算調達期（第三期）\n\u003cbr\u003e　六　おわりに――支配・影響・利用・無視\n\u003cbr\u003e　\n\u003cbr\u003e　第Ⅱ部アメリカの戦争とアメリカ社会\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　正しい戦争と不正な戦争　　　アンドリュー・ロッタ―\n\u003cbr\u003e　アメリカの戦争を大学一般教養の場で教えるということ\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　コールゲート大学のゼミナール\n\u003cbr\u003e　三　開戦法規と交戦法規\n\u003cbr\u003e　四　アメリカの戦争と学生たちによる議論の展開過程\n\u003cbr\u003e　五　アメリカの戦争と五つの症候群\n\u003cbr\u003e　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　アメリカ市民社会と戦争　　　大津留（北川）智恵子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　ニ　動員されるアメリカ市民社会\n\u003cbr\u003e　三　異議申し立てをおこなう市民社会\n\u003cbr\u003e　四　安全なアメリカと危険な世界\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　「アメリカの戦争」における道徳的文法の系譜　　　土佐　弘之\n\u003cbr\u003e　表象としての映画を中心に\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　ニ　エルシュティンの正戦論に見られる揺れ\n\u003cbr\u003e　三　「アメリカの戦争」をめぐる道徳的文法の揺らぎ――正戦－厭戦－反戦の振幅\n\u003cbr\u003e　四　もうひとつの正戦論――「良い暴力による再生」という神話の復活\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第９章　イラク戦争とメディアの敗北　　　野村　彰男\n\u003cbr\u003e　アメリカの戦争とジャーナリズム\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　テレビ時代と「見えない戦争」――湾岸戦争\n\u003cbr\u003e　三　「九・ーー」とメディア――「愛国心」という呪縛\n\u003cbr\u003e　四　「新しい戦争」としてのアフガニスタン攻撃\n\u003cbr\u003e　五　「大義なき戦争」と従軍報道\n\u003cbr\u003e　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１０章　戦争の経済コスト　　　秋元　英一\n\u003cbr\u003e　比較史的考察\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　帝国のコスト\n\u003cbr\u003e　三　第二次世界大戦と戦時動員体制\n\u003cbr\u003e　四　イラク戦争の経済コスト\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１１章　アメリカ独立戦争とワシントン神話の形成　　油井大三郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　独立戦争の始まり\n\u003cbr\u003e　三　初期の孤立した戦い\n\u003cbr\u003e　四　フランスとスペインの参戦\n\u003cbr\u003e　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１２章　戦争の克服と「和解・共生」　　藤本　博\n\u003cbr\u003e　ヴェトナム帰還米兵による「ミライ平和公園プロジェクト」再論\n\u003cbr\u003e　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　二　ヴェトナム帰還米兵ベイムによる「他者」へのまなざしの獲得\n\u003cbr\u003e　三　「和解・共生」にもとづく平和的関係の構築\n\u003cbr\u003e　四　「和解・共生」にもとつく「平和創造」の普遍的試み\n\u003cbr\u003e　――「ソンミ」と「ヒロシマ・ナガサキ」\n\u003cbr\u003e　五　「ミライ平和公園プロジェクト」の意義とその歴史的意味\n\u003cbr\u003e　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e人名・事項索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e菅 英輝\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e菅英輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカン ヒデキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"菅 英輝：編著\u003cbr\u003e2008年11月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969588171040,"sku":"60301","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603013_0.jpg?v=1764204136"},{"product_id":"isbn978-4-588-60302-0","title":"ミッテラン社会党の転換","description":"\u003cp\u003e9784588603020\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60302-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603027\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60302-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミッテラン社会党の転換\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミッテランシャカイトウノテンカン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e社会主義から欧州統合へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1980年代フランスの社会主義と欧州統合、そして国際的なネオリベラリズムの流れとの間で生じた葛藤は、政治の場でどう捉えられ、どのように処理されたのか。時局に応じて巧みに変化するミッテラン大統領のリーダーシップ・スタイルを探究しつつ、現在に至るフランス政治と欧州統合の出発点を、気鋭の政治学者が膨大な資料と当事者インタビューをもとに考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　論\n\u003cbr\u003e第一章　先行研究と本論の視角\n\u003cbr\u003e第二章 「プログラムの政治」の生成過程\n\u003cbr\u003e　　　　──リーダーとフォロワーの相互作用\n\u003cbr\u003e第三章　夢：「社会主義プロジェ」の始動と\n\u003cbr\u003e　　　　リーダーシップ・スタイルの完成\n\u003cbr\u003e第四章　挫折：モーロワ・プランの開始\n\u003cbr\u003e　　　　──リーダーシップ・スタイルの継続\n\u003cbr\u003e第五章　転回：緊縮の決断\n\u003cbr\u003e　　　　──リーダーシップ・スタイルの変容\n\u003cbr\u003e第六章　社会主義からヨーロッパの地平へ\n\u003cbr\u003e　　　　──新たなリーダーシップの獲得\n\u003cbr\u003e結　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e吉田 徹\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e吉田徹\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨシダ トオル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1975年東京生まれ。東京大学総合文化研究科（国際社会科学）博士課程修了（学術博士）。\n\u003cbr\u003e慶應義塾大学法学部卒，日本貿易振興会（ジェトロ），日本学術振興会特別研究員等を経て，現在は北海道大学法学研究科／公共政策大学院准教授（ヨーロッパ政治史）。\n\u003cbr\u003e主要業績：「フランス：避けがたい国家？」小川有美・岩崎正洋編『アクセス地域研究Ⅱ』日本経済評論社，2004年；「フランス政党政治の『ヨーロッパ化』」『国際関係論研究』第20号，2004年；「『選択操作的リーダーシップ』の系譜」日本比較政治学会年報『リーダーシップの比較政治学』第10号，2008年；「フランス・ミッテラン社会党政権の成立：政策革新の再配置」高橋進・安井宏樹編『政権交代と民主主義』東京大学出版会，2008年；伊藤光利編『政治的エグゼクティヴの比較研究』早稲田大学出版部，2008年など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"吉田 徹：著\u003cbr\u003e2008年11月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969588203808,"sku":"60302","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603020_0.jpg?v=1764204140"},{"product_id":"isbn978-4-588-60303-7","title":"社会国家を生きる","description":"\u003cp\u003e9784588603037\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60303-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603035\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60303-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3336\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e社会国家を生きる\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシャカイコッカヲイキル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e20世紀ドイツにおける国家・共同性・個人\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニジュッセイキドイツニオケルコッカキョウドウセイコジン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e福祉国家と呼ばれる社会保障システムは、１９世紀末の生成期以来、その出現をみた社会では常に激しい論争の的であり、改革の対象であり続けてきた。どの集団の、どのようなリスクを、誰が、どのようにして担っていくのか。本書は、ドイツ型福祉国家である社会国家の発展を通時的に捉え、社会保障の対象とされる人々の包摂と排除という往復運動との関連から多角的に分析する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　社会国家の世紀　　　川越　修\n\u003cbr\u003e　一　ニ〇世紀社会の歴史化\n\u003cbr\u003e　二　ドイツ近現代史のなかの社会国家\n\u003cbr\u003e　三　社会国家の家族政策\n\u003cbr\u003e　四　「二つ」のドイツ社会のリスク化と家族政策\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第Ⅰ部　生成する社会国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　社会改革のための合意形成　　　辻　英史\n\u003cbr\u003e　アドルフ・ダマシュケとドイツ土地改革者同盟の挑戦\n\u003cbr\u003e　一　ダマシュケと土地改革運動\n\u003cbr\u003e　二　「住宅改革は土地改革である」――ダマシュケの主張\n\u003cbr\u003e　三　「拝金主義でもなく、共産主義でもなく」――ダマシュケの敵たち\n\u003cbr\u003e　四　社会改革を目指して――国民的合意のための活動と戦略\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　子どもの病気をめぐる「社会的不平等」　　　馬場わかな\n\u003cbr\u003e　世紀転換期ハンブルクを事例として\n\u003cbr\u003e　一　「病と死をめぐる社会的不平等」と社会国家\n\u003cbr\u003e　二　ザンクト・ゲオルク小児病院の成立\n\u003cbr\u003e　三　ザンクト・ゲオルク小児病院の変化\n\u003cbr\u003e　四　子どもの病気をめぐる病院と家族の役割\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　誰が年金をもらうべきか　原　葉子\n\u003cbr\u003e　遺族保険（ー九ーー年）導入時の議論にみるジェンダー・世代・階層\n\u003cbr\u003e　一　廃疾・老齢保険法（一八八九年）とジェンダー\n\u003cbr\u003e　二　世代のポリティクス\n\u003cbr\u003e　三　階層のポリティクス\n\u003cbr\u003e　四　差別化する社会国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第Ⅱ部　制度としての社会国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　社会のなかの「戦争障害者」　　　北村　陽子\n\u003cbr\u003e　第一次世界大戰の傷跡\n\u003cbr\u003e　一　「戦争障害者」とは\n\u003cbr\u003e　二　第一次世界大戦中の戦争障害者支援\n\u003cbr\u003e　三　共和国のなかでの戦争障害者支援\n\u003cbr\u003e　四　戦争障害者へのまなざし\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章「詐病」への意志？　　　石井　香江\n\u003cbr\u003e　「災害神経症」をめぐる〈知〉のせめぎあい\n\u003cbr\u003e　一　「災害神経症」からみるドイツ近代史\n\u003cbr\u003e　二　戦間期の「いわゆる災害神経症」論\n\u003cbr\u003e　三　ドイツにおける粘神技術の誕生と展開\n\u003cbr\u003e　四　近代日独における「災害神経症」――課題としての比較という視点\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　「家族の強化」とソーシャルワーク　　　中野　智世\n\u003cbr\u003e　マリー・バウムの「家族保護」構想から\n\u003cbr\u003e　一　社会国家とソーシャルワーク\n\u003cbr\u003e　二　「女性の手による社食改良」――バウ厶の家族保護構想\n\u003cbr\u003e　三　家族保護の制度化――一九二〇～一九四〇年代\n\u003cbr\u003e　四　家族保護の「再建」――一九五〇年代\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第三部　模索する社会国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　私のおなかは社会のもの？　　　水戸部由枝\n\u003cbr\u003e　一九七〇年代の妊娠中絶法改正にみるポリティクス\n\u003cbr\u003e　一　戦前の妊娠中絶合法化論\n\u003cbr\u003e　二　妊娠中絶法による戦後建て直し\n\u003cbr\u003e　三　一九七〇年代の妊娠中絶合法化をめぐる論争と法改正\n\u003cbr\u003e　四　妊娠中絶法の東西ドイツ統一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第９章　一九七〇年代後半における若者と西ドイツ社会国家　　　白川　耕一\n\u003cbr\u003e　連邦議会の討論を中心に\n\u003cbr\u003e　一　転換期としての一九七〇年代\n\u003cbr\u003e　ニ　一九七〇年代後半のドイツ人の若者――「潮流転換の世代」\n\u003cbr\u003e　三　若者の行動に対するまなざし――連邦議会の議論\n\u003cbr\u003e　四　外国人労働者の若者の統合\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがきにかえて\n\u003cbr\u003e文献一覧\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e川越 修\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e川越修\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカワゴエ オサム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e辻 英史\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e辻英史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eツジ ヒデタカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"川越 修：編著, 辻 英史：編著\u003cbr\u003e2008年12月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969588990240,"sku":"60303","price":3960.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603037_0.jpg?v=1764204144"},{"product_id":"isbn978-4-588-60304-4","title":"パスポートの発明","description":"\u003cp\u003e9784588603044\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60304-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603043\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60304-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eパスポートの発明\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eパスポートノハツメイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e監視・シティズンシップ・国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカンシシティズンシップコッカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランス革命以後、国家が国民の移動手段を合法的かつ独占的に掌握するのに決定的な役割を果たしたのがパスポートであった。本書は、近代以降のヨーロッパ各国およびアメリカの事例を具体的にあげながら、地方自治体や封建領主等から国家へと、合法的な移動手段が奪い取られていくプロセスを描き出し、パスポート制度という国際的なシステムの確立とその現代的な意味を問う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本語版によせて\n\u003cbr\u003e謝辞\n\u003cbr\u003e序論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　往来──国家による合法的な「移動手段」の独占化について\n\u003cbr\u003e　合法的な移動手段の独占化\n\u003cbr\u003e　近代国家──「浸透」それとも「掌握」\n\u003cbr\u003e　把握する──国民国家の制度化\n\u003cbr\u003e　絶対主義ヨーロッパにおけるパスポートによる管理の拡大\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　祖国の見張り番──フランス革命におけるパスポート問題\n\u003cbr\u003e　アンシャン・レジーム末期のパスポート問題\n\u003cbr\u003e　国王の逃亡と革命家によるパスポートによる管理の復活\n\u003cbr\u003e　一七九一年憲法とパスポートによる管理の廃止\n\u003cbr\u003e　一七九二年初めのパスポートによる管理をめぐる議論\n\u003cbr\u003e　新しいパスポート法のさらに詳細な検討\n\u003cbr\u003e　国民公会のもとでのパスポートと移動の自由\n\u003cbr\u003e　総裁政府のパスポートに対する関心\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　アウゲイアースの家畜小屋の大掃除──移動の自由へ向かう一九世紀の傾向\n\u003cbr\u003e　農民解放からナポレオン時代の終わりへ\n\u003cbr\u003e　プロイセンの後進性？──イギリスの状況との比較\n\u003cbr\u003e　一九世紀初期ドイツにおける移動の自由と市民権\n\u003cbr\u003e　ドイツにおけるパスポートによる管理の緩和\n\u003cbr\u003e　北ドイツ連邦における旅行の解禁\n\u003cbr\u003e　一八六七年法のより大きな意義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　「甲殻類型国家」に向かって──一九世紀末から第一次世界大戦にかけての身分証明書の増加\n\u003cbr\u003e　アメリカ合衆国におけるパスポートによる管理と国家の発展\n\u003cbr\u003e　文書の壁──パスポートと中国人排斥\n\u003cbr\u003e　アメリカ合衆国における移民規制の「国家化」 \n\u003cbr\u003e　主権と従属──一九○一年のイタリア・パスポート法\n\u003cbr\u003e　フランスにおける外国人に対する身分証明書の普及\n\u003cbr\u003e　一九世紀末のドイツにおけるパスポートによる管理の復活\n\u003cbr\u003e　第一次世界大戦とパスポートによる管理の「一時的な」再導入\n\u003cbr\u003e「一時的な」パスポートによる管理の恒久化\n\u003cbr\u003e合衆国と移民におけるレッセ・フェールの時代の終焉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　国民国家からポスト国民国家へ？──大戦間期から戦後におけるパスポートと移動に対する制限\n\u003cbr\u003e　大戦間期初期における国際的難民保護体制の出現\n\u003cbr\u003e　パスポート、身分証明書、ナチスによるユダヤ人迫害\n\u003cbr\u003e　規制の緩和──戦後ヨーロッパにおけるパスポートによる管理と地域統合\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e結論　「書類」のタイポロジー\n\u003cbr\u003e　国際パスポート\n\u003cbr\u003e　国内パスポート\n\u003cbr\u003e　身分証明証\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e監訳者あとがき\n\u003cbr\u003e文献一覧\n\u003cbr\u003e註記\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e■訳者紹介\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e上中 繭香（ウエナカ マユカ）［第2章］\n\u003cbr\u003e大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e森本 慶太（モリモト ケイタ）［第3章］\n\u003cbr\u003e大阪大学大学院文学研究科特任研究員、京都橘大学非常勤講師（2019年4月より関西大学文学部准教授）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e安井 倫子（ヤスイ ミチコ）［第4章］\n\u003cbr\u003e大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e米田 誠（ヨネダ マコト）［第4章］\n\u003cbr\u003e学校法人清風学園清風中学校常勤講師。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e北村 恵美（キタムラ エミ）［第4章］\n\u003cbr\u003e大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e津田 博司（ツダ ヒロシ）［第5章］\n\u003cbr\u003e筑波大学人文社会系助教。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戸渡 文子（トワタリ アヤコ）［結論］\n\u003cbr\u003eブリティッシュ・カウンシルプロジェクトマネジャー。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e※上記内容は本書刊行時のものです。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジョン・トーピー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトーピー ジョン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジョン・トーピー（John C. Torpey）\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。カリフォルニア大学アーヴァイン校の社会学助教授、ブリテシュコロンビア大学の人類学・社会学・ヨーロッパ研究学科の准教授を歴任。現在、ニューヨーク市立大学大学院の社会学教授。カリフォルニア大学バークリー校から、社会学の博士号を取得。主な著書に、Intellectuals, Socialism, and Dissent: The East German Opposition and its Legacy (Minneapolis, Minn: University of Minnesota Press, 1995), Making Whole What Has Been Smashed: On Reparations Politics (Cambridge, Mass: Harvard University Press, 2006), John Torpey and Jane Caplan (eds.), Documenting Individual Identity: The Development of State Practices in the Modern World (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2001) などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤川 隆男\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e藤川隆男\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフジカワ タカオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤川 隆男（フジカワ タカオ）［監訳および序論・第1章］\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。現在、大阪大学大学院文学研究科教授。オーストラリア史やホワイトネス・スタディーズの研究などをおこなう。著書に、『オーストラリア歴史の旅』（朝日新聞社、1990年）、『猫に紅茶を──生活に刻まれたオーストラリアの歴史』（大阪大学出版会、2007年）、『人種差別の世界史』（刀水書房、2011年）、編共著に、『白人とは何か？──ホワイトネス・スタディーズ入門』（刀水書房、2005年）、『アニメで読む世界史』（山川出版社、2011年）、共訳書に、ジョン・トーピー著『歴史的賠償と「記憶」の解剖──ホロコースト・日系人強制収容・奴隷制・アパルトヘイト』（法政大学出版局、2013年）、など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「朝日新聞 ひもとく」（2020年9月12日付／将基面貴巳氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"ジョン・トーピー：著, 藤川 隆男：監訳\u003cbr\u003e2008年12月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969589023008,"sku":"60304","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603044_0.jpg?v=1764204148"},{"product_id":"isbn978-4-588-60305-1","title":"連帯経済の可能性","description":"\u003cp\u003e9784588603051\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60305-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603051\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60305-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e連帯経済の可能性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレンタイケイザイノカノウセイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eラテンアメリカにおける草の根の経験\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eラテンアメリカニオケルクサノネノケイケン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e今日の新自由主義的グローバリゼーションがもたらす弊害のもとで、貧しい人々によって組織されたさまざまな参加型コミュニティや近隣組織づくり、プロジェクト等をさす「連帯経済」という発想が注目を集めている。本書は、開発経済学その他の分野で独創的な業績を残している著者のラテンアメリカ見聞記から、グローバル化のもとで苦闘する人々による共生のあり方を探る。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアルバート・O.ハーシュマン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハーシュマン,A.O.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e矢野 修一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e矢野修一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤノ シュウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e宮田 剛史\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e宮田剛史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミヤタ ツヨシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e武井 泉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e武井泉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタケイ イズミ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"アルバート・O.ハーシュマン：著, 矢野 修一：訳, 宮田 剛史：訳, 武井 泉：訳\u003cbr\u003e2008年12月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969589055776,"sku":"60305","price":2420.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603051_0.jpg?v=1764204151"},{"product_id":"isbn978-4-588-60306-8","title":"アメリカの省察","description":"\u003cp\u003e9784588603068\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60306-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458860306X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60306-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカの省察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカノショウサツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトクヴィル・ウェーバー・アドルノ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトクヴィルウェーバーアドルノ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eそれぞれ異なる時代にアメリカを旅した、トクヴィル、ウェーバー、アドルノ。いまなお社会科学その他の領域に多大な影響を及ぼし続ける3人のヨーロッパの思想家たちは、彼の地でいったい何を見、体験し、考察したのか。近代資本主義社会における自由の運命を思索した彼らの近親性と差異、彼らのアメリカ体験により再照射されたヨーロッパ像がどのようなものであったかを論じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eC.オッフェ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオッフェ クラウス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e野口 雅弘\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e野口雅弘\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eノグチ マサヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"C.オッフェ：著, 野口 雅弘：訳\u003cbr\u003e2009年01月01日 刊行","offers":[{"title":"Default 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美幸\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e北美幸\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキタ ミユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"北 美幸：著\u003cbr\u003e2009年04月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969591185696,"sku":"60307","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603075_0.jpg?v=1764204160"},{"product_id":"isbn978-4-588-60308-2","title":"政治的平等とは何か","description":"\u003cp\u003e9784588603082\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60308-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603086\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60308-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治的平等とは何か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイジテキビョウドウトハナニカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e平等や民主主義の問題を追究してきた著者が，シティズンシップ論や「生活の質」の見直しといった論点まで踏み込んで，政治的平等とは何かについて簡潔に論じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　はしがき\n\u003cbr\u003e　謝　　辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　序　　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　政治的平等は適切な目標か\n\u003cbr\u003e　政治的平等とデモクラシー\n\u003cbr\u003e　代議制デモクラシーの政治制度\n\u003cbr\u003e　政治的平等の拡大\n\u003cbr\u003e　政治的平等に向けた運動の簡単なスケッチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　政治的平等は達成することが可能か\n\u003cbr\u003e　純粋な理性だけで十分であるか\n\u003cbr\u003e　無知のヴェールの背後での推論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　尊重すべき感情の役割\n\u003cbr\u003e　オマキザルからのヒント\n\u003cbr\u003e　・・・・人間へ\n\u003cbr\u003e　そして特権階層も\n\u003cbr\u003e　政治的平等の進展\n\u003cbr\u003e　結　　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　政治的平等、人間本性、社会\n\u003cbr\u003e　政治的資源、手腕、動機\n\u003cbr\u003e　時間の制約\n\u003cbr\u003e　規模のディレンマ\n\u003cbr\u003e　市埸経済の存在\n\u003cbr\u003e　非民主的国際システムの必要性\n\u003cbr\u003e　危　　機\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　アメリカにおける政治的不平等は増大するか\n\u003cbr\u003e　政治的不平等を測定する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　不平等はなぜ減少しうるか\n\u003cbr\u003e　われわれは方法をもっている。われわれは意志をもっているのか\n\u003cbr\u003e　消費志向からシティズンシップへ\n\u003cbr\u003e　支配的文化に抗する初期的な運動\n\u003cbr\u003e　消費志向からシティズンシップへ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　註　　記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　附　　録　ポリアーキー度（ポリアーキー・スコア）の定義\n\u003cbr\u003e　索　　引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eR.A.ダール\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eダール\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e飯田 文雄\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e飯田文雄\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイイダ フミオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e辻 康夫\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e辻康夫\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eツジ ヤスオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e早川 誠\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e早川誠\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハヤカワ マコト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"R.A.ダール：著, 飯田 文雄：訳, 辻 康夫：訳, 早川 誠：訳, 辻 康夫：訳, 早川 誠：訳\u003cbr\u003e2009年05月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969591349536,"sku":"60308","price":1980.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603082_0.jpg?v=1764204163"},{"product_id":"isbn978-4-588-60309-9","title":"差異","description":"\u003cp\u003e9784588603099\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60309-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603094\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60309-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e差異\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティと文化の政治学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティトブンカノセイジガク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e過去数十年、国境を越える移民の増大、マイノリティのアイデンティティ表出、アフリカン‐アメリカン意識の昂揚など「文化的差異」が登場し、これらの公的領域への「闖入」が問題とされている。本書は、文化的差異をめぐる欧米の政治哲学の議論を広く渉猟しながら、文化的承認と社会的不平等との闘争を結びつける「統合された多文化主義」を説き、他者との共存のあり方を構想する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本語版によせて\n\u003cbr\u003e謝　辞\n\u003cbr\u003e　序　論\n\u003cbr\u003e　　分析から行為へ\n\u003cbr\u003e　　社会科学の位置\n\u003cbr\u003e　　文化の観念\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第Ⅰ部論争の誕生\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　文化的差異と社会的不公正\n\u003cbr\u003e　二つの波動\n\u003cbr\u003e　出現の二つの様式\n\u003cbr\u003e　異　　議\n\u003cbr\u003e　集合的アイデンティティと個人主義\n\u003cbr\u003e　空間におけるアイデンティティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　政治・道徳哲学のとき\n\u003cbr\u003e　発　　端\n\u003cbr\u003e　リベラルズとコミュニタリアンズ\n\u003cbr\u003e　主体の問題\n\u003cbr\u003e　息切れした論争\n\u003cbr\u003e　五つの出口\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　集合的差異か、混淆か\n\u003cbr\u003e　二つのアプローチ\n\u003cbr\u003e　集合的アイデンティティへの回帰\n\u003cbr\u003e　異種交配\n\u003cbr\u003e　文化の混淆と社会的実践\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　多文化主義\n\u003cbr\u003e　統合された多文化上義\n\u003cbr\u003e　分裂した多文化主義\n\u003cbr\u003e　議論と論争\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第Ⅱ部　差異の分析\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　差異の再生産と構築――類型化\n\u003cbr\u003e　抑圧されたマイノリティ\n\u003cbr\u003e　「第一次的」マイノリティ\n\u003cbr\u003e　「非自発的」マイノリティ\n\u003cbr\u003e　移民第一世代\n\u003cbr\u003e　移民出自者のアイデンティティ\n\u003cbr\u003e　個人的体験から集合的アイデンティティへ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　差異の生産\n\u003cbr\u003e　相補的な二つの条件\n\u003cbr\u003e　スティグマの逆転\n\u003cbr\u003e　痛みなきアイデンティティ？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　差異の三角形\n\u003cbr\u003e　差異の三つの構成要素\n\u003cbr\u003e　理想的な布置連関\n\u003cbr\u003e　移動をめぐる困難\n\u003cbr\u003e　差異の布置連関\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　文化、アイデンティティ、記憶　\n\u003cbr\u003e　記憶と主体\n\u003cbr\u003e　記憶と歴史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　結 論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e訳註（用語解説）\n\u003cbr\u003e原註\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミシェル・ヴィヴィオルカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヴィヴィオルカ,ミシェル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e宮島 喬\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e宮島喬\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミヤジマ タカシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e森 千香子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e森千香子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eモリ チカコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ミシェル・ヴィヴィオルカ：著, 宮島 喬：訳, 森 千香子：訳\u003cbr\u003e2009年07月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969595773216,"sku":"60309","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603099_0.jpg?v=1764204167"},{"product_id":"isbn978-4-588-60311-2","title":"冷戦史の再検討","description":"\u003cp\u003e9784588603112\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60311-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603116\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60311-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e冷戦史の再検討\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレイセンシノサイケントウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e変容する秩序と冷戦の終焉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヘンヨウスルチツジョトレイセンノシュウエン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e今年は「冷戦の終結」から20年を迎える。第二次世界大戦後、40年以上に及んだ米ソを中心とする国際政治の対立と緊張は、多大な物的・人的コストをともなうものだった。本書は、海外の筆者をまじえ、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、中ソ対立、米中和解、ベルリンの壁の崩壊など、東西対立からデタント、そして冷戦の終焉にいたる国際秩序の変容過程を実証的に再検討する共同研究の成果。　【国際政治・外交史】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、中ソ対立、米中和解、ベルリンの壁の崩壊など、東西対立からデタント、冷戦の終焉に至る過程を再検討する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e冷戦の終結から20年、ヴェトナム戦争、中ソ対立、米中和解、ベルリンの壁の崩壊など、東西対立からデタント、冷戦の終焉にいたる国際秩序の変容過程を再検討する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　変容する秩序と冷戦の終焉――菅　英輝\n\u003cbr\u003e　　　一　多岐にわたる冷戦史研究\n\u003cbr\u003e　　　二　軍小化する冷戦と変容するアメリカ的秩序\n\u003cbr\u003e　　　三　冷戦の相対化と同盟内政治\n\u003cbr\u003e　　　四　社会的デタントと冷戦の終焉\n\u003cbr\u003e　　　五　中ソ対立の激化と変容する冷戦秩序\n\u003cbr\u003e　\n\u003cbr\u003e　　　第Ⅰ部　アメリカの戦争と「自由主義的」秩序の変質\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　安全保障か自由か？――ロバート•マクマン\n\u003cbr\u003e　　　　朝鮮戦争がアメリカ的世界秩序に与えた影習\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　リベラルな世界秩序とアチソン\n\u003cbr\u003e　　　　三　トルコ海峡危機からＮＳＣ六八へ\n\u003cbr\u003e　　　　四　財政保守主義者たちの抵抗\n\u003cbr\u003e　　　　五　朝鮮戦争の勃発と世界秩序の変容\n\u003cbr\u003e　　　　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　ヴェトナムにおける国家建設の試み――松岡　完\n\u003cbr\u003e　　　　ケネディ戦略はなぜ破綻したか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　反乱鎮圧の担い手が抱える問題\n\u003cbr\u003e　　　　三　アメリカ式戦争をめぐる摩擦\n\u003cbr\u003e　　　　四　拒まれたアメリカ式統治\n\u003cbr\u003e　　　　五　瓦解に向かう独裁政権\n\u003cbr\u003e　　　　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　第Ⅱ部 デタントと同盟関係の変容\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　ヨーロッパの冷戦と「二重の封じ込め」――倉科　一希\n\u003cbr\u003e　　　　アイゼンハワ—政権下の第二次ベルリン危機\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　第二次ベルリン危機の勃発とドイツ再旋ー問題\n\u003cbr\u003e　　　　三　危機の展開と「保障都市」化構想\n\u003cbr\u003e　　　　四　再統一政策をめぐるアメリカの政策の変容\n\u003cbr\u003e　　　　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　ヴェトナム戦争と英米関係――森　聡\n\u003cbr\u003e　　　　ウィルソン政権による対米和平外交の成果\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　ニ　カンボジア会議開催案とゴードン・ウォーカー使節\n\u003cbr\u003e　　　　三　イギリスの方針転換\n\u003cbr\u003e　　　　四　フェーズＡ／Ｂフォーミュラと英ソの仲介\n\u003cbr\u003e　　　　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　一九七〇年代のデタントとイギリス外交――橋口　豊\n\u003cbr\u003e　　　　ヒース保守党政権を中心に\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　米ソ・デタントの進展と英米間の「特別な関係」\n\u003cbr\u003e　　　　三　ヨーロッパ•デタントと大西洋同盟\n\u003cbr\u003e　　　　四　米欧関係の再定義をめぐる対立\n\u003cbr\u003e　　　　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　米韓合同軍事令部の設置――我部　政明\n\u003cbr\u003e　　　　同盟の中核\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　在韓米軍の歷史\n\u003cbr\u003e　　　　三　米太平洋軍の再編\n\u003cbr\u003e　　　　四　米軍再編と在韓米軍令部の効率化\n\u003cbr\u003e　　　　五　国連軍司令部の解体\n\u003cbr\u003e　　　　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　第３部東アジアにおける冷戦と冷戦秩序の変容\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　アメリカと中国内戦――松村史紀冲\n\u003cbr\u003e　　　　戦後秩序の崩壊過程　一九四六年六月〜一九四七年一月\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　アメリカの調停プロセス\n\u003cbr\u003e　　　　三　国共の交涉戦略\n\u003cbr\u003e　　　　四　国共内戦下の政策目標\n\u003cbr\u003e　　　　五　失われた調停方法\n\u003cbr\u003e　　　　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　深まる中ソ対立と世界秩序――チャン・ツァイ\n\u003cbr\u003e　　　　中ソ同盟崩壞の原因と米中対決\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　中国とソ連の結朿、ー九五〇〜五六年\n\u003cbr\u003e　　　　三　脱スターリン化に対する毛沢東の複雑な感情\n\u003cbr\u003e　　　　四　一九五六年の危機と中国の対応\n\u003cbr\u003e　　　　五　アメリカの首を縄で締めつけてゆく\n\u003cbr\u003e　　　　六　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第９章　中ソ対立とその米中関係への影響――イリヤ・ガイドウク\n\u003cbr\u003e　　　　東アジア冷戰構造の変容\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　米中接近を警戒するソ連とリンケーシ外交\n\u003cbr\u003e　　　　三　東南アジアにおける中ソの確執\n\u003cbr\u003e　　　　四　米ソ首脳会談とデタントの進展\n\u003cbr\u003e　　　　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１０章　米中和解と日米関係――菅　英趙\n\u003cbr\u003e　　　　　ニクソン政権の東アジア秩序再編イニシアティブ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　　　一　はじめに\n\u003cbr\u003e　　　　二　米中デタントの起源と米中和解を促した要因\n\u003cbr\u003e　　　　三　米中和解とその日米関係への影響\n\u003cbr\u003e　　　　四　米中和解の歴史的意義と日米関係にとっての含意\n\u003cbr\u003e　　　　五　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e人名•事項索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e菅 英輝\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e菅英輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカン ヒデキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"菅 英輝：編著\u003cbr\u003e2010年01月08日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969598230816,"sku":"60311","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603112_0.jpg?v=1764204175"},{"product_id":"isbn978-4-588-60312-9","title":"変革する多文化主義へ","description":"\u003cp\u003e9784588603129\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60312-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603124\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60312-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3336\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e変革する多文化主義へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヘンカクスルタブンカシュギヘ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオーストラリアからの展望\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオーストラリアカラノテンボウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国境を越えて活動する人は増加の一途をたどり、多文化主義／多文化共生という言説は一定の地位を占めるようになった。一方、新自由主義は経済的に役に立つか立たないかで人間を選別する姿勢を鮮明にし、外国人労働者の扱いにそれが端的に表れている。著者は、オーストラリアでの調査で見出した多文化主義の限界を乗り越える方向性を、日本社会の現状を踏まえつつ模索する。〔社会〕\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e多文化主義政策の先進国オーストラリアの取り組みと問題点を紹介し、他者とともに生きる多様な日本社会に向けて提言する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e多文化主義政策の先進国オーストラリアの取り組みや問題点を紹介し、在住外国人が増え続ける日本が、他者と対話し共に生きる多様な社会になるための提言を行う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　章　岐路に立つ多文化主義\n\u003cbr\u003e第１章　「統合」と「管理」の論理としての\n\u003cbr\u003e　　　　多文化主義\n\u003cbr\u003e第２章　福祉多文化主義とその「改革」\n\u003cbr\u003e第３章　ネオリベラル多文化主義とグローバル化\n\u003cbr\u003e　　　　する「選別／排除」の論理\n\u003cbr\u003e第４章　ミドルクラス多文化主義の再構築\n\u003cbr\u003e第５章　日本の「多文化共生」への介入\n\u003cbr\u003e終　章　グローバル化のなかで\n\u003cbr\u003e　　　　「つながりを欲する」ということ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e移民や外国人といった他者と対話し、共に生きる社会をつくるために。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e塩原 良和\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e塩原良和\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシオバラ ヨシカズ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年埼玉県生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。博士（社会学）。\n\u003cbr\u003e慶應義塾大学法学部卒。株式会社三和総合研究所，日本学術振興会特別研究員，同海外特別研究員，東京外国語大学外国語学部准教授等を経て，現在は慶應義塾大学法学部准教授（社会学・社会変動論）。\n\u003cbr\u003e主要著作に，『ネオ・リベラリズムの時代の多文化主義』三元社，2005年；『多文化交差世界の市民意識と政治社会秩序形成』（共編）慶應義塾大学出版会，2008年；『アジア系専門職移民の現在』（共著）慶應義塾大学出版会，2009年。邦訳に，ガッサン・ハージ著『ホワイト・ネイション』（共訳）平凡社，2003年；ガッサン・ハージ著『希望の分配メカニズム』御茶の水書房，2008年など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"塩原 良和：著\u003cbr\u003e2010年07月22日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969601016096,"sku":"60312","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603129_0.jpg?v=1764204179"},{"product_id":"isbn978-4-588-60313-6","title":"寛容の帝国","description":"\u003cp\u003e9784588603136\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60313-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603132\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60313-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e寛容の帝国\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカンヨウノテイコク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e現代リベラリズム批判\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eゲンダイリベラリズムヒハン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e宗教、政治、人種、エスニシティ、ジェンダーなどを越えて、〈他者〉に対して寛容であるとはどういうことなのか？　本書は、Ｍ・フーコーの影響を強く受けつつ、政治思想史だけでなく、批判理論、フェミニズム、ポスト構造主義の領域を横断的に論じる著者が、倫理的な美徳や道徳的価値として推奨される寛容という言葉に内在する、その規制的で生産的な権力作用を徹底的に解剖する【政治思想・批判理論】。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e寛容は倫理的美徳や道徳的価値として人間関係で推奨されるが、本書はこの言葉に内在する規制的で生産的な権力作用を徹底的に解剖する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e他者に対して〈寛容〉であるとはどういうことなのか。倫理的美徳や道徳的価値として推奨される言葉に内在する、その規制的で生産的な権力作用を徹底的に解剖する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eＷ・コノリー『プルーラリズム』（杉田敦ほか訳、岩波書店、2008年）、Ｔ・アサド『世俗の形成』（中村圭志訳、みすず書房、2006年）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e謝　辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　脱政治化の言説としての寛容\n\u003cbr\u003e第２章　権力の言説としての寛容\n\u003cbr\u003e第３章　代補としての寛容――「ユダヤ人問題」と「女性問題」\n\u003cbr\u003e第４章　統治性としての寛容――揺らぐ普遍主義、国家の正統性、国家暴力\n\u003cbr\u003e第５章　博物館の対象としての寛容――サイモン・ヴィーゼンタール・センター寛容博物館\n\u003cbr\u003e第６章　寛容の主体――なぜわれわれは文明的で、彼らは野蛮人なのか\n\u003cbr\u003e第７章　文明化の言説としての／における寛容\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　註　　記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　人名・事項索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eウェンディ・ブラウン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eブラウン,W.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e向山 恭一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e向山恭一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサキヤマ  キョウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ウェンディ・ブラウン：著, 向山 恭一：訳\u003cbr\u003e2010年10月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969602130208,"sku":"60313","price":4730.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603136_0.jpg?v=1764204183"},{"product_id":"isbn978-4-588-60315-0","title":"グローバリゼーション","description":"\u003cp\u003e9784588603150\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60315-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603159\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60315-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバリゼーション\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバリゼーション\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人間への影響\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニンゲンヘノエイキョウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化によって軍事、経済、文化という主権の三脚を喪失した国家は断片化し、ローカルな無秩序を促す。そして、その無秩序がさらにグローバル化を進めるという循環が生まれ、誰もが行き場のない《放浪者》へと転落する恐怖に怯えることになる。本書は、移動をキーワードに、グローバル化が世界および人間生活の分極化と再階層化をもたらし、公共空間を消失させていくさまを描く。【政治・社会学】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e行き場のない《放浪者》へと転落する恐怖！　グローバル化は世界および人間生活の分極化と再階層化をもたらし、公共空間を消失させる\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e誰もが行き場のない《放浪者》へと転落する恐怖！　グローバル化が世界および人間生活の分極化と再階層化をもたらし、公共空間を消失させていくさまを描き出す\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eＺ・バウマン『コミュニティ』（奥井智之訳、筑摩書房、2008年）、Ｔ・フリードマン『フラット化する世界』（伏見威蕃訳、日本経済新聞社、2006年）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章\t時間と階級\n\u003cbr\u003e　　　　第二の不在地主\n\u003cbr\u003e　　　　移動の自由と社会の自己構成\n\u003cbr\u003e　　　　新しい速度、新しい分極化\n\u003cbr\u003e第２章\t空間の戦争――経過報告（キャリア・レポート）\n\u003cbr\u003e　　　　地図をめぐる戦い\n\u003cbr\u003e　　　　空問の地図化から地図の空間化へ\n\u003cbr\u003e　　　　集会恐怖症（アゴラフォビア）と地域の復興（ルネサンス）\n\u003cbr\u003e　　　　パノブティコン後の生活はあるのか？\n\u003cbr\u003e第３章\t国民国家の後に－なにが？\n\u003cbr\u003e　　　　普遍化しているのか－それともグローバル化されているのか？\n\u003cbr\u003e　　　　新しい収用－こんどは、国家から\n\u003cbr\u003e　　　　可動性のグローバルなヒエラルキー\n\u003cbr\u003e第４章\t旅行者と放浪者\n\u003cbr\u003e　　　　消費社会で消費者であること\n\u003cbr\u003e　　　　移動する私たちの分断\n\u003cbr\u003e　　　　世界を動くこと　対　世界が動くこと\n\u003cbr\u003e　　　　健やかなるときも病めるときも－つねに共に\n\u003cbr\u003e第５章\tグローバルな法、ローカルな秩序\n\u003cbr\u003e　　　　不可動性の工場\n\u003cbr\u003e　　　　ポスト矯正時代の刑務所\n\u003cbr\u003e　　　　安全性――わかりにくい目的のためのわかりやすい手段\n\u003cbr\u003e　　　　秩序の外側\n\u003cbr\u003e　註　　記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　索　　引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジグムント・バウマン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eバウマン,Z.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e澤田  眞治\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e澤田眞治\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサワダ シンジ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中井 愛子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e中井愛子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナカイ アイコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ジグムント・バウマン：著, 澤田 眞治：訳, 中井 愛子：訳\u003cbr\u003e2010年11月19日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969602523424,"sku":"60315","price":2860.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603150_0.jpg?v=1764204191"},{"product_id":"isbn978-4-588-60314-3","title":"文化を転位させる","description":"\u003cp\u003e9784588603143\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60314-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603140\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60314-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3336\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e文化を転位させる\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eブンカヲテンイサセル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティ・伝統・第三世界フェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティデントウダイサンセカイフェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eインドに生まれ、米国の大学で政治哲学やフェミニズムを教える著者は、自らの体験も交えながら、西洋のステレオタイプな第三世界観に警鐘を鳴らす。欧米の女性が殴られると家庭内暴力といわれるのに、第三世界の女性が殴られるとなぜ文化のせいにされるのか。第三世界の「文化」とは、帝国が植民地を包摂する過程で創造されたのではないだろうか。【社会・政治・フェミニズム】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e欧米の女性が殴られるとドメスティック・バイオレンスといわれるのに、第三世界の女性が殴られるとなぜ文化のせいにされるのか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e欧米の女性が殴られるとドメスティック・バイオレンスといわれるのに、第三世界の女性が殴られるとなぜ文化のせいにされるのか。本物の「文化」とはなにか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序文\n\u003cbr\u003e第１章　文化に異議を申し立てる\n\u003cbr\u003e――「西洋化」、自らの文化への敬意、第三世界フェミニストたち\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　「第三世界の伝統」に歴史性と政治性を取り戻すために\n\u003cbr\u003e――「コロニアリスト・スタンス」と現代のサティー論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　クロス・カルチュラルなつながり、越境、そして「文化による死」\n\u003cbr\u003e――インドのダウリー殺人と米国のドメスティック・バイオレンス殺人を考える\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　鏡の向こうの暗闇\n\u003cbr\u003e――使者・鏡・真の当事者という先入観　\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　文化を食べる\n\u003cbr\u003e――編入、アイデンティティ、インド料理\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテッサ・モーリス=スズキ＋吉見俊哉編『グローバリゼーションの文化政治』平凡社、岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か』青土社など\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eウマ・ナーラーヤン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナーラーヤン,U.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eインドに生まれ、8歳までムンバイで過ごしたあと、家族とともにウガンダに移住。14歳でインドに戻り、ボンベイ大学で学士号、プーナ大学で哲学の修士号を取得。米国に渡ってラトガース大学で博士号を取得した。現在はニューヨーク州にあるヴァッサー・カレッジの哲学科教授として社会・政治哲学やフェミニスト理論を教えている。本書のほか、Having and Raising Children: Unconventional Families, Hard Choices, and the Social Good, edited by Uma Narayan and Julia J. Bartkowiak, University Park, Penn.: Pennsylvania State University Press, 1999; Decentering the Center: Philosophy for a Multicultural, Postcolonial, and Feminist World, edited by Uma Narayan and Sandra Harding, Bloomington: Indiana University Press, 2000などの編著がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e塩原 良和\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e塩原良和\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシオバラ ヨシカズ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士（社会学）。\n\u003cbr\u003e慶應義塾大学法学部准教授（社会学・社会変動論）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『ネオ・リベラリズムの時代の多文化主義』三元社、2005年、『変革する多文化主義へ』法政大学出版局、2010年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e川端 浩平\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e川端浩平\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカワバタ コウヘイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1974年生まれ。オーストラリア国立大学大学院アジア歴史・社会センター博士課程修了。Ph.D.（Asian Studies) 関西学院大学大学院社会学研究科特任助教。\n\u003cbr\u003e主な業績：『多文化社会の〈文化〉を問う』（共著）青弓社、2010年、「スティグマからの解放、自由による拘束――地方都市（ホームタウン）で生活する在日コリアンの若者の事例研究」『解放社会学研究』第21号、2010年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e冨澤 かな\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e冨澤かな\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトミザワ カナ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1971年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士（文学）。東京大学大学院人文社会系研究科特任研究員。\n\u003cbr\u003e主な業績：「「オリエンタリスト」のインド観に見る宗教と宗教史への視座」市川裕、松村一男、渡辺和子編『宗教史とは何か（下巻）』、リトン、2009年、「一八世紀インドにおけるイギリス人の死の記憶－－カルカッタの二つの場をめぐって」池澤優、アンヌ・ブッシィ編『非業の死の記憶－－大量の死者をめぐる表象のポリティックス』、秋山書店、2010年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e濱野 健\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e濱野健\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハマノ タケシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1978年生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府日本社会文化専攻修了。修士（比較社会文化学）。西シドニー大学（オーストラリア）人文学部博士課程在籍中。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山内 由理子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山内由理子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマノウチ ユリコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ。シドニー大学文化人類学部博士課程修了。Ph. D.（文化人類学）\n\u003cbr\u003eシドニー工科大学客員研究員（Endeavour Postdoctoral Fellowship)。\n\u003cbr\u003e主な業績：'Exploring Ambiguity: Aboriginal Identity Negotiation in Southwestern Sydney', Environment and Planning A 2010: 42(2), 「シドニー南西部郊外におけるアボリジニのコミュニティ意識とアイデンティティ」『オーストラリア研究』23号、2010年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ウマ・ナーラーヤン：著, 塩原 良和：監訳, 川端 浩平：訳, 冨澤 かな：訳, 濱野 健：訳, 山内 由理子：訳\u003cbr\u003e2010年11月24日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969602949408,"sku":"60314","price":4290.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603143_0.jpg?v=1764204187"},{"product_id":"isbn978-4-588-60316-7","title":"スターリンから金日成へ","description":"\u003cp\u003e9784588603167\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60316-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603167\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60316-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3322\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスターリンから金日成へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスターリンカラキムイルソンヘ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e北朝鮮国家の形成　1945～1960年\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキタチョセンコッカノケイセイ イチキュウヨンゴウ‐イチキュウロクゼロネン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大戦後の北朝鮮建国にあたり、旧ソ連の関与は決定的に重要であった。本書はその過程を、ロシア人である著者が冷戦終結後に公開された多くの一次史料と、独自のソ連系朝鮮人などへの聞き取りによる新史料をもとに詳細に跡づけ、現在の北朝鮮にみられる「世襲制」的な国家のありかたや、いまだ統一がなされない朝鮮半島の歴史、さらには東アジア冷戦史に新たな光をあてる。【朝鮮史・東アジア国際関係史】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e北朝鮮の建国にあたり、旧ソ連の関与は決定的に重要だった。本書はその過程を一次史料と独自のインタヴューをもとに詳細に跡づける\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大戦後の北朝鮮建国にあたって、旧ソ連の関与は決定的に重要であった。本書はその形成過程を、多くの一次史料と著者独自のインタヴューをもとに詳細に跡づける\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e李東俊『未完の平和』（小局刊）、下斗米伸夫『モスクワと金日成』（岩波書店）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　日本語版によせて\n\u003cbr\u003e　はしがきと謝辞\n\u003cbr\u003e　表記についての註記\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　一九四五〜四八年の北朝鮮――ソ連の占領と国家の誕生\n\u003cbr\u003e第２章　金日成、ある伝記の試み\n\u003cbr\u003e第３章　一九四〇年代•一九五〇年代の北朝鮮指導部における分派\n\u003cbr\u003e第４章　北朝鮮におけるソ連派の出現、一九四五～五五年\n\u003cbr\u003e第５章　許哥誼――朝鮮労働党の忘れられた創設の父\n\u003cbr\u003e第６章　八月の挑戦\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eおわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　註　　記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　事項索引\n\u003cbr\u003e　人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアンドレイ・ランコフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eランコフ,A.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e下斗米 伸夫\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e下斗米伸夫\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシモトマイ ノブオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e石井 知章\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e石井知章\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイシイ トモアキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"アンドレイ・ランコフ：著, 下斗米 伸夫：訳, 石井 知章：訳\u003cbr\u003e2011年01月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969603375392,"sku":"60316","price":3630.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603167_0.jpg?v=1764204195"},{"product_id":"isbn978-4-588-60317-4","title":"「人間の安全保障」論","description":"\u003cp\u003e9784588603174\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60317-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603175\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60317-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「人間の安全保障」論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニンゲンノアンゼンホショウロン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化と介入に関する考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバルカトカイニュウニカンスルコウサツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e古典的な安全保障は国家対国家の戦争に重点が置かれてきた。だが、今日、世界中で起きている紛争や飢餓を前にして、国家を中心とした安全保障観だけでは問題を捉えきれなくなった。本書は、国際関係論の碩学であり現状への洞察力も鋭い著者が、一人ひとりの人間の生存と安全な生活を国際社会全体が保障する安全保障観へのパラダイム転換について、コスモポリタニズムの思想から考察する。　　　　　　　　【国際政治・安全保障論】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家対国家の戦争から一人ひとりの人間の生存と安全な生活を国際社会全体が保障する安全保障観へのパラダイム転換について考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家対国家の戦争に重点を置く伝統的な安全保障観から、一人ひとりの人間の生存と安全な生活を国際社会全体が保障する安全保障観へのパラダイム転換を考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　日本語版への序文\n\u003cbr\u003e　謝    辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　 論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　人道的介入の10年（1991－2000年）\n\u003cbr\u003e　　　　　グローバル市民社会アクター\n\u003cbr\u003e　　　　　人道的介入の推移\n\u003cbr\u003e　　　　　グローバルな公的論争\n\u003cbr\u003e　　　　　2000年の介入――シエラレオネの事例\n\u003cbr\u003e　　　　　結   論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　アメリカのパワー――強制からコスモポリタ二ズムへ？\n\u003cbr\u003e　　　　　変容したグローバルな状況\n\u003cbr\u003e　　　　　アメリカのパワーをめぐる構想\n\u003cbr\u003e　　　　　結　 諭\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　ナショナリズムとグローバリゼーション\n\u003cbr\u003e　　　　　近大主義的なパラダイムを擁護する\n\u003cbr\u003e　　　　　現代のナショナリズム\n\u003cbr\u003e　　　　　コスモポリタンあるいはヨーロッパ主義の政治\n\u003cbr\u003e　　　　　結　　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　バルカン諸国における介人――未完の学習過程\n\u003cbr\u003e　　　　　バルカン諸国における新しいナショナリズム\n\u003cbr\u003e　　　　　外部からの介人が果たす役割\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　グローバル市民社会という理念\n\u003cbr\u003e　　　　　市民社会の意味の変遷\n\u003cbr\u003e　　　　　市民社会の再創造\n\u003cbr\u003e　　　　　1990年代におけるグローバル市民社会\n\u003cbr\u003e　　　　　グローバル市民社会を批判する人びと\n\u003cbr\u003e　　　　　9月11日以後\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　正しい戦争と正しい平和\n\u003cbr\u003e　　　　　グローバルな文脈\n\u003cbr\u003e　　　　　正しい戦争という表現をなぜ変えねばならないのか\n\u003cbr\u003e　　　　　正しい平和\n\u003cbr\u003e　　　　　結　 論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　「人間の安全保障」\n\u003cbr\u003e　　　　　「人間の安全保障」の諸原則\n\u003cbr\u003e　　　　　政策にとっての意味合い\n\u003cbr\u003e　　　　　結　 論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　原註および訳註\n\u003cbr\u003e　牽　　引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eメアリー・カルドー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカルドー メアリー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山本 武彦\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山本武彦\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマモトタケヒコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e宮脇 昇\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e宮脇昇\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミヤワキノボル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e野崎 孝弘\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e野崎孝弘\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eノザキタカヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「聖教新聞」（2011年5月25日付）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読売新聞」（2011年6月5日付／細谷雄一氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「朝日新聞」（2015年5月17日付／遠藤誠治氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"メアリー・カルドー：著, 山本 武彦：訳, 宮脇 昇：訳, 野崎 孝弘：訳\u003cbr\u003e2011年03月28日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969604260128,"sku":"60317","price":3960.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603174_0.jpg?v=1764204199"},{"product_id":"isbn978-4-588-60318-1","title":"アメリカの影のもとで","description":"\u003cp\u003e9784588603181\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60318-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603183\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60318-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカの影のもとで\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアメリカノカゲノモトデ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本とフィリピン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニホントフィリピン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e20世紀、アメリカはフィリピンを事実上併合し、続くアジア太平洋戦争によって、さらに日本が大東亜共栄圏の名のもとにフィリピンを侵略した。その後の敗戦にともない日本は、6年にもおよびアメリカの占領下に置かれることになる。本書は、このアメリカによる支配という経験がそれぞれの政治・社会・文化・歴史に与えた影響を、日比米の研究者がともに比較考察する画期的試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e20世紀、アメリカによるフィリピン併合と日本占領。その支配という経験が日比の政治・社会・文化・歴史に与えた影響を比較考察する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e20世紀、アメリカによるフィリピンの併合と日本の占領。その支配という経験がそれぞれの政治・社会・文化・歴史に与えた影響を、日比米の研究者が比較考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　二つの帝国の物語──後発植民地主義としての日本とアメリカ\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　植民地主義のレイトカマー\n\u003cbr\u003e　二　国家の卓越性\n\u003cbr\u003e　三　地政学の帝国\n\u003cbr\u003e　四　非公式の帝国と汎ナショナリズム\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　第Ⅰ部　帝国と国民国家のせめぎあい\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　フィリピンと合衆国の帝国意識\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　リベラル例外主義とフィリピン\n\u003cbr\u003e　二　例外主義を超えて\n\u003cbr\u003e　三　後見人としての支配とその辺境的起源\n\u003cbr\u003e　四　創出された政府\n\u003cbr\u003e　おわりに――帝国意識と流用\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　戦後日本とフィリピンのエリートの継続性──アメリカの影響\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　戦後日本におけるアメリカの占領政策と改革\n\u003cbr\u003e　二　戦後フィリピンにおけるエリートの再生\n\u003cbr\u003e　三　対日協力問題\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　第Ⅱ部　錯綜するイメージ――国民国家・ナショナリズム・戦争\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　日本との戦争、アメリカとの戦争──友と敵をめぐるフィリピン史の政争\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　アメリカと日本に対するフィリピンの戦争を比較する\n\u003cbr\u003e　二　アルテミオ・リカルテ――フィリピン・アメリカ戦争の退役軍人、横浜への亡命者\n\u003cbr\u003e　三　ホセ・Ｐ・ラウレル大統領――日本占領下で未完の革命を呼び起こす\n\u003cbr\u003e　むすびにかえて――解放と一九四六年の独立\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　二つの戦後六○年──比米戦争と第二次世界大戦の記憶と哀悼\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　対象喪失論と戦争の記憶\n\u003cbr\u003e　二　比米戦争の記憶と哀悼\n\u003cbr\u003e　三　日本人戦没者をめぐる哀悼と戦争の記憶\n\u003cbr\u003e　四　比較と対照\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　象徴天皇制とホセ・リサールの神格化との比較考察\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を読む\n\u003cbr\u003e　二　アメリカ植民地期フィリピンにおける「恩恵的同化」政策――戦後日本のひとつの起源として\n\u003cbr\u003e　三　フィリピンにおけるホセ・リサールの神格化\n\u003cbr\u003e　四　戦後日本の象徴天皇制\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　第Ⅲ部　三つの主体の出会い――アメリカ・日本・フィリピン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　対抗する陰影〈日本〉と〈アメリカ〉──フィリピン系アメリカ人の想像のなかで\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　植民地期――モンカドとロムロ\n\u003cbr\u003e　二　戦後――ゴンザレスとサントス\n\u003cbr\u003e　三　二○世紀後半――ブレイナードとホルス\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　権力の三重奏──フィリピン人、日本人、植民地権力の場所\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　越境者の表象と多角的翻訳空間\n\u003cbr\u003e　二　「アジアのアメリカ」を求めて\n\u003cbr\u003e　三　優しい（マランビン）「アメリカ」男性\n\u003cbr\u003e　四　「アメリカ」の裏切り\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　アメリカの磁場のなかの自己形成──山口百恵と小泉元首相をとおしてみるヨコスカと戦後日本のねじれ\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　一　山口百恵が表わす横須賀\n\u003cbr\u003e　二　日本の郷愁への回帰\n\u003cbr\u003e　三　基地の街の小泉元首相\n\u003cbr\u003e　四　分裂するアメリカ・イメージ\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［執筆者］（＊は編者）\n\u003cbr\u003e藤原　帰一（フジワラ　キイチ）［序章］＊\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e永野　善子（ナガノ　ヨシコ）［第5章］＊\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジュリアン・ゴウ（Julian Go）［第1章］\n\u003cbr\u003e1970年生まれ。シカゴ大学博士（社会学）。現在、ボストン大学准教授。\n\u003cbr\u003e著書：American Colonial State in the Philippines: Global Perspectives（co‐edited with Anne Foster, Durham, N. C.: Duke University Press, 2003）; American Empire and the Politics of Meaning: Elite Political Culture in the Philippines and Puerto Rico during US Colonialism（Durham, N. C.: Duke University Press, 2008）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテマリオ・C・リベラ（Temario C. Rivera）［第2章］\n\u003cbr\u003e1947年生まれ。ウィスコンシン大学（マディソン校）博士（開発研究）。現在、国際基督教大学教養学部教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：Landlords and Capitalists: Class, Family and State in Philippine Manufacturing（Quezon City: University of the Philippines Press, 1994）; State of the Nation: Philippines（Singapore: Institute of Southeast Asian Studies. 1998）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレイナルド・C・イレート（Reynaldo C. Ileto）［第3章］\n\u003cbr\u003e1946年生まれ。コーネル大学博士（東南アジア史）。現在、国立シンガポール大学教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：Pasyon and Revolution: Popular Movements in the Philippines, 1840-1910（Quezon City: Ateneo de Manila University Press, 1979）, Filipinos and their Revolution: Event, Discourse, and Historiography（Quezon City: Ateneo de Manila University Press, 1998）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中野　聡（ナカノ　サトシ）［第4章］\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：『フィリピン独立問題史――独立法問題をめぐる米比関係史の研究（1929-46年）』（龍渓書舎、1997年）、『歴史経験としてのアメリカ帝国――米比関係史の群像』（岩波書店、2007年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアウグスト・エスピリトゥ（Augusto Espiritu）［第6章］\n\u003cbr\u003e1965年生まれ。カリフォルニア大学（ロサンゼルス校）博士（歴史学）。現在、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校准教授。\n\u003cbr\u003e著書：Five Faces of Exile: The Nation and Filipino American Intellectuals（Stanford: Stanford University Press, 2005）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木　伸枝（スズキ　ノブエ）［第7章］\n\u003cbr\u003eハワイ大学博士（文化人類学）。現在、千葉大学文学部教授。\n\u003cbr\u003e共編著：Men and Masculinities in Contemporary Japan（London: Routledge, 2003）; 主要論文：“Outlawed Children: Japanese Filipino Children, Legal Defiance, and Ambivalent Citizenships,” Pacific Affairs, vol. 83, no. 1（2010）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e清水　展（シミズ　ヒロム）［第8章］\n\u003cbr\u003e1951年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。社会学博士。現在、京都大学東南アジア研究所教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：『文化のなかの政治――フィリピン「二月革命」の物語』（弘文堂、1991年）、『噴火のこだま――ピナトゥボ・アエタの被災と新生をめぐる文化・開発・NGO』（九州大学出版会、2003年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［翻訳者］\n\u003cbr\u003e鈴木　伸隆（スズキ　ノブタカ）［第1章］\n\u003cbr\u003e1965年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史人類学研究科修了。博士（文学）。現在、筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授。\n\u003cbr\u003e主要論文：「米国植民地統治下におけるミンダナオ支配と『モロ』としてのムスリム」『鹿児島大学多島圏研究センター南太平洋海域調査研究報告』第40号（2003年）、「ムスリムの再生を願うコロニアリズム――米国植民地行政官ナジェーブ・サリビーの『モロ問題』を通して」『東南アジアのイスラーム』（東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2011年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e岡田　泰平（オカダ　タイヘイ）［第3章］\n\u003cbr\u003e1971年生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了。博士（学術）。現在、成蹊大学文学部助教。\n\u003cbr\u003e主要論文：「アメリカ植民地期フィリピンの公立学校教育における中央集権的性格――アメリカ人教育官僚の理念と教育行政組織を中心に」『〈教育と社会〉研究』第18号（2008年8月）、「他者としてのフィリピン人の形成――フィリピン植民地教育をめぐる越境的な教育社会史の試み」『歴史評論』第707号（2009年3月）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e芹澤　隆道（セリザワ　タカミチ）［第4章］\n\u003cbr\u003e1981年生まれ。現在、国立シンガポール大学博士課程在籍。\n\u003cbr\u003e修士論文：「フィリピン鉱山開発からみたアメリカ植民地主義と日本占領」（東京外国語大学、2007年）; 書評論文「アメリカから解放された歴史叙述に向けて」『クアドランテ』（東京外国語大学海外事情研究所）第8号（2006年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e小川　玲子（オガワ　レイコ）［第7章］\n\u003cbr\u003e1964年生まれ。ライデン大学社会科学学部修士修了。現在、九州大学法学研究院准教授。\n\u003cbr\u003e共著：Civic Engagement in Contemporary Japan: Established and Emerging Repertoires（New York: Springer, 2010）；主要論文（共編）：“Transnational Migration from Southeast Asia to East Asia and the Transformation of Reproductive Labor: Comparative Study between Korea, Taiwan and Japan”（Visiting Researcher's Research Paper, Kitakyushu Forum on Asian Women, 2010）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤原 帰一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e藤原帰一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフジワラ キイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1956年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。現在、東京大学大学院法学政治学研究科教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：『デモクラシーの帝国――アメリカ・戦争・現代世界』（岩波新書、2002年）、『新編 平和のリアリズム』（岩波現代文庫、2010年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e永野 善子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e永野善子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナガノ ヨシコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1950年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。現在、神奈川大学人間科学部教授。\n\u003cbr\u003e主要著書：『フィリピン経済史研究――糖業資本と地主制』（勁草書房、1986年）、『フィリピン銀行史研究――植民地体制と金融』（御茶の水書房、2003年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"藤原 帰一：編著, 永野 善子：編著\u003cbr\u003e2011年06月08日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969611993376,"sku":"60318","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603181_0.jpg?v=1764204203"},{"product_id":"isbn978-4-588-60319-8","title":"天皇の韓国併合","description":"\u003cp\u003e9784588603198\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60319-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603191\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60319-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e天皇の韓国併合\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテンノウノカンコクヘイゴウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e王公族の創設と帝国の葛藤\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオウコウゾクノソウセツトテイコクノカットウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1910年から47年まで、日本には王公族という特殊な身分が存在した。韓国併合と同時に天皇が韓国皇室のために創設した身分で、皇族ではないが華族よりも上に位置づけられた。朝鮮の表象ともいえる彼らを、なぜ破格の費用をかけて維持したのか。葬儀や婚礼を事例に、朝鮮統治の安定と大義名分をかけて奔走し、皇室典範まで改定した日本側の様子を膨大な資料から鮮やかに読みとく。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e併合と同時に天皇は韓国皇室のために王公族という身分を創設した。朝鮮統治の正当性と安定をかけて、日本側は彼らをどう扱ったのか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e併合と同時に天皇は韓国皇室のために王公族という身分を創設した。朝鮮統治の安定と大義名分をかけて、その処遇に苦闘した日本側の状況を鮮やかに読みとく。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　章　見過ごされた王公族\n\u003cbr\u003e第一章　韓国併合と王公族の創設\n\u003cbr\u003e第二章　梨本宮方子の婚嫁計画と王公族の法的地位\n\u003cbr\u003e第三章　李太王の国葬と三・一運動\n\u003cbr\u003e第四章　李王の国葬と朝鮮古礼の尊重\n\u003cbr\u003e第五章　李堈の散財と公家存続をめぐる葛藤\n\u003cbr\u003e第六章　王公家軌範の制定と王公族の範囲\n\u003cbr\u003e第七章　朝鮮貴族の家政破綻と天皇の体面\n\u003cbr\u003e終　章\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e8月19日（金）ＮＨＫ　総合テレビ　22：00～22：50　放映予定\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e新城 道彦\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e新城道彦\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシンジョウ ミチヒコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1978年愛知県生まれ。博士（比較社会文化）。九州大学大学院博士課程単位取得退学。現在，九州大学韓国研究センター助教。おもな業績に「韓国併合における韓国皇帝処遇問題」『日本歴史』ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"新城 道彦：著\u003cbr\u003e2011年08月04日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969612615968,"sku":"60319","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603198_0.jpg?v=1764204207"},{"product_id":"isbn978-4-588-60320-4","title":"シティズンシップ教育論","description":"\u003cp\u003e9784588603204\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60320-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603205\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60320-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシティズンシップ教育論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシティズンシップキョウイクロン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治哲学と市民\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイジテツガクトシミン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e2002年以降、イギリスの学校では「シティズンシップ教育」が必修となった。政治に参加し政府を監視する、能動的で責任ある市民の育成を目的としている。本書の著者クリックは、ブレア政権が設置した諮問委員会の委員長を務め、この政策に多大な影響を与えた政治哲学者である。政治家や官僚に任せきりにせず、いまこそ民主主義を取り戻すために必読の書。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e2002年以降、英国の学校で必修となった「シティズンシップ教育」。政治に能動的に参加する市民を育てるには、なにが必要なのか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e2002年以降英国の学校では、政治に参加する市民の育成に向け「シティズンシップ教育」が必修となった。この政策に多大な影響を与えた政治哲学者の実践的思索。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序言\n\u003cbr\u003e第1章　ようやく正式科目に\n\u003cbr\u003e第2章　授業で政治を教える\n\u003cbr\u003e第3章　偏向について\n\u003cbr\u003e第4章　政治リテラシー\n\u003cbr\u003e第5章　政治教育における基本的な概念\n\u003cbr\u003e第6章　シティズンシップと教育\n\u003cbr\u003e第7章　二〇〇〇年シティズンシップ教育施行令を擁護する\n\u003cbr\u003e第8章　好意的立場からの批判的議論\n\u003cbr\u003e第9章　シティズンシップ教育の諸前提\n\u003cbr\u003e第10章　イギリスの公的生活における政治的思考の凋落\n\u003cbr\u003e第11章　民主主義を熟考する\n\u003cbr\u003e監訳者あとがき\n\u003cbr\u003e参照文献\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eバーナード・クリック\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクリック,B.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Bernard Crick, 1929-2008）\n\u003cbr\u003eロンドン生まれのクリックは、ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジを卒業後、LSE（ロンドン・スクール・オヴ・エコノミクス・アンド・ポリティカルサイエンス）で、ハロルド・ラスキやマイケル・オークショットの教えを受けながら博士号を取得した。ハーバード大学やマッギル大学で教鞭を執った後、イギリスに戻り、LSEで11年間にわたって教えた。シェフィールド大学とロンドン大学バーベック・カレッジの政治学教授を歴任している。1984年に引退し、エディンバラに移り住んだ。2008年12月、79歳の誕生日の直後に亡くなった。著書の多くが翻訳されており、『政治の弁証』（前田康博訳、岩波書店、1969年）、『現代政治学の系譜――アメリカの政治科学』（内山秀夫・梅垣理郎・小野修三訳、時潮社、1973年）、『政治理論と実際の間（一）・（二）』（田口富久治・岡利郎・松崎重五訳、みすず書房、1974-76年）、『政府論の歴史とモデル』（小林昭三・石田光義訳、早稲田大学出版部、1977年）、『ジョージ・オーウェル――ひとつの生き方（上・下）』（河合秀和訳、岩波書店、1983年）、 『デモクラシー』（添谷育志・金田耕一訳、岩波書店、2004年）がある。また、共編著の邦訳として、『思い出のオーウェル』（オーウェル会訳、晶文社、1986年）、『現代政治学入門』（添谷育志・金田耕一訳、新評論、1990年、講談社学術文庫、2003年）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e関口 正司\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e関口正司\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセキグチ マサシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［序言、第1章、第3章、第6章、第10章担当］\n\u003cbr\u003e1954生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。法学博士。九州大学大学院法学研究院・教授（政治哲学・政治学史）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『自由と陶冶――J. S. ミルとマス・デモクラシー』みすず書房、1989年、『政治における「型」の研究』（編著）風行社、2009年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大河原 伸夫\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大河原伸夫\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオカワラ ノブオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第5章担当］\n\u003cbr\u003e1953年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。法学修士。九州大学大学院法学研究院・教授（政治学）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『政策、決定、行動』木鐸社、1996年、『21世紀の安全保障と日米安保体制』（菅英輝・石田正治編）ミネルヴァ書房、2005年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e岡﨑 晴輝\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e岡﨑晴輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオカザキ セイキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第7章、第8章担当］\n\u003cbr\u003e1968年生まれ。国際基督教大学大学院行政学研究科博士課程修了。博士（学術）。九州大学大学院法学研究院・教授（現代政治理論・比較政治学）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『与えあいのデモクラシー――ホネットからフロムへ』勁草書房、2004年、『はじめて学ぶ政治学――古典・名著への誘い』（岡﨑晴輝・木村俊道編）ミネルヴァ書房、2008年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e施 光恒\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e施光恒\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセ テルヒサ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第2章担当］\n\u003cbr\u003e1971年生まれ。慶応義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。博士（法学）。九州大学大学院比較社会文化研究院・准教授（政治理論・人権論）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『リベラリズムの再生――可謬主義による政治理論』慶應義塾大学出版会、2003年、『「知の加工学」事始め――受容し、加工し、発信する日本の技法』（松永典子・施光恒・吉岡斉編）編集工房球、2011年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e竹島 博之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e竹島博之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタケシマ ヒロユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第4章、第9章担当］\n\u003cbr\u003e1972年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程修了。博士（政治学）。東洋大学法学部・准教授（政治思想史・政治哲学・シティズンシップ教育）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『カール・シュミットの政治――「近代」への反逆』風行社、2002年、『欧州統合とシティズンシップ教育――新しい政治学習の試み』（C. ロラン-レヴィ／A. ロス編、中里亜夫・竹島博之監訳）明石書店、2006年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大賀 哲\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大賀哲\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオガ トオル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第11章担当］\n\u003cbr\u003e1975年生まれ。エセックス大学政治学部博士課程修了。Ph.D.(Ideology and Discourse Analysis)九州大学大学院法学研究院・准教授（国際政治学史・地域統合論）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『アメリカ外交の分析――歴史的展開と現状分析』（杉田米行編著）大学教育出版、2008年、『国際社会の意義と限界――理論・思想・歴史』（大賀哲・杉田米行共編著）国際書院、2008年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"バーナード・クリック：著, 関口 正司：監訳, 大河原 伸夫：訳, 岡﨑 晴輝：訳, 施 光恒：訳, 竹島 博之：訳, 大賀 哲：訳\u003cbr\u003e2011年09月07日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969612779808,"sku":"60320","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603204_0.jpg?v=1764204212"},{"product_id":"isbn978-4-588-60321-1","title":"ニグロとして生きる","description":"\u003cp\u003e9784588603211\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60321-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603213\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60321-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1323\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニグロとして生きる\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニグロトシテイキル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eエメ・セゼールとの対話\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eエメセゼールトノタイワ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e仏領マルティニック島出身、ネグリチュードの代表的な詩人にして政治家で、フランス語圏黒人運動の草分け的存在だったセゼール。本書は、セゼールの晩年に行なわれた回想的な語りをもとに、西洋植民地主義の功罪を問い直し、真のヒューマニズムとは何かを考察する。資料として、彼が1956年の第一回黒人作家・芸術家国際会議で行なった有名な演説「文化と植民地支配」を付す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランス語圏黒人運動の草分け的存在で、詩人にして政治家だった著者が西欧植民地主義の功罪や、真のヒューマニズムとは何かを問う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e仏領マルティニック島出身の黒人で、ネグリチュードの代表的な詩人にして政治家だった著者が西欧植民地主義を鋭く批判し、真のヒューマニズムとは何かを問う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはじめに\n\u003cbr\u003eエメ・セゼールは語る\n\u003cbr\u003e対談を終えて―エメ・セゼール小論\n\u003cbr\u003e文化と植民地支配\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者解説\n\u003cbr\u003e　文献目録\n\u003cbr\u003e　エメ・セゼール年譜\n\u003cbr\u003e　事項索引\n\u003cbr\u003e　人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eエメ・セゼール\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセゼール,A.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［1913-2008］\n\u003cbr\u003eフランス領マルティニック島の詩人、政治家。フランス語圏黒人運動の草分け的存在。ネグリチュードの代表的詩人。マルティニック県選出国会議員、フォール＝ ド＝ フランス市長として長らくマルティニック政界を主導。主な邦訳書に『帰郷ノート／植民地主議論』（砂野幸稔訳、平凡社ライブラリー、2004 年）、「もうひとつのテンペスト」（戯曲、砂野幸稔訳／エメ・セゼールほか著、本橋哲也ほか編訳『テンペスト』インスクリプト、2007 年所収）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランソワーズ・ヴェルジェス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヴェルジェス,F.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［1952-  ］\n\u003cbr\u003eインド洋のフランス領レユニオン島出身の政治学者（パリ生まれ）。ロンドン大学教授。2009 年より「奴隷制の記憶と歴史のための委員会」委員長。『奴隷制を廃止する』（本邦未訳）など、著書多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e立花 英裕\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e立花英裕\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタチバナ ヒデヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1949 年生まれ。フランス語圏文学専攻、早稲田大学教授。共編著に『21 世紀の知識人』（藤原書店、2009 年）、共著に『アジア文学におけるフランス的モデルニテ』（仏文、PUF、2004 年）、『ケベックを知るための54 章』『現代フランス社会を知るための62 章』（以上、明石書店、2009、2010 年）など。共訳書にフリオ・コルタサル『海に投げ込まれた瓶』（白水社、1990 年）、『月光浴：ハイチ短篇集』（共編訳、国書刊行会、2003 年）、ジェラール・ブシャール『ケベックの生成と「新世界」』（彩流社、2007 年）、ミシェル・ヴィノック『知識人の時代』（紀伊國屋書店、2007 年）など。監修書にJ.-B. ナドー、J. バロー『フランス語のはなし』（大修館書店、2008 年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中村 隆之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e中村隆之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナカムラ タカユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1975 年生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院リサーチ・フェロー、フランス社会科学高等研究院客員研究員。専攻はフランス語圏文学。著書に『フランス語圏カリブ海文学小史』（風響社、近刊）、『ブラック・ディアスポラ』（共著、明石書店、2011 年）、『反響する文学』（共著、風媒社、2011 年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"エメ・セゼール：著, フランソワーズ・ヴェルジェス：聞き手, 立花 英裕：訳, 中村 隆之：訳\u003cbr\u003e2011年09月29日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969613041952,"sku":"60321","price":2860.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603211_0.jpg?v=1764204215"},{"product_id":"isbn978-4-588-60310-5","title":"帝国と経済発展","description":"\u003cp\u003e9784588603105\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60310-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603108\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60310-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e帝国と経済発展\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテイコクトケイザイハッテン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e途上国世界の興亡\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトジョウコクセカイノコウボウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後アメリカ帝国のもとでの「繁栄の時代」は終わりを告げ、世界は貧困と衰退の時代に突入した。本書は、その歴史的過程を、米国および途上国の開発戦略を軸に詳細に検証し、はたして現在の状況から抜け出す道があるのかと問いかける。その際に重要なのが、それぞれの国による企業家精神に則った技術革新や政策であり、著者はその成功モデルのひとつとして戦後日本の経験を論じる。【世界経済論・開発経済学】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後アメリカ帝国のもとでの繁栄の時代は終焉を迎え、世界は貧困と衰退の時代に突入した。その歴史的過程を、経済開発戦略を軸に考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後アメリカ帝国のもとでの繁栄の時代は終わりを告げ、世界は貧困と衰退の時代に突入した。その歴史的過程を、米国および途上国の経済開発戦略を軸に考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本語版によせて\n\u003cbr\u003e謝辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　天国は待てない\n\u003cbr\u003e第二次世界大戦後の一九八〇年までの時期と、そこから今日にいたる時期をそれぞれ取り仕切った二つのアメリカ帝国は、途上国世界に劇的といってよいほど異なった成長率をもたらした。前者は黄金時代、後者は暗黒時代であった。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　太陽は沈まず、賃金が上がらない場所\n\u003cbr\u003e戦前の植民地帝国は文明の普及を声高に叫んだが、主に日本がたどった軌道に乗って、たった一二の後発途上国だけが製造業の経験を獲得したにすぎない。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　地上と天国の交換\n\u003cbr\u003e第一のアメリカ帝国においては、共産主義と無縁であるかぎり、開発途上国は独自の発展経路を進むことを許されていた。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　援助という麻薬\n\u003cbr\u003e対外援助が成長の梃子として失敗したのは、それが紐付きだったからだ（アメリカ議会は、対外援助の八〇パーセントをアメリカ製品の購入に当てなければならないと法令で定めていた）。そして援助が汚職にまみれ（貧しい国にはそれ以外にカネを稼ぐ手段がなかった）、援助にたいする理解も間違っていたからである。つまり、職を創出する組織的な投資が存在しないとすれば、いかなる財も教育への援助になどならない。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　神の贈り物\n\u003cbr\u003e第三世界の独立の父たちは、いくつかの大きなこと、つまり「自由貿易帝国主義」とディーセント・ワーク〔適正な職〕にたいする国民大衆の支持について理解していた。彼らは、輸入品の国内生産への代替を促進するよう独自の諸政策を考え出したのである。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　月光\n\u003cbr\u003e大部分の発展途上世界を近代へと導く役割を担った実験的な諸政策の基礎は、「パフォーマンス基準」つまり国家介入の効率性を高める一連の規範や制度にあった。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　ディエン・ビエン・フー――知は永遠なり\n\u003cbr\u003e第一のアメリカ帝国がヴェトナムにおいて滅亡したのは、経験豊富な途上国が精通していた情報、ノウハウ、そして実験をもたなかったからだ。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第８章　麦わらかごの地獄に向かって\n\u003cbr\u003e戦争、石油、対日競争、そして影響力を拡大するウォール街によって、自由市場にたいする揺るぎなき信念とともに第二のアメリカ帝国は権力の座についた。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第９章　アメリカによる宣告（ファトワー）\n\u003cbr\u003e開発にかんする考え方は、革新的なものからイデオロギー的なものに変化した。「ワシントン・コンセンサス」は途上国にできることとできないことを決定した。アジアだけが独自の道を行き、世界を驚かせた。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１０章　遅れたものは放っておけ\n\u003cbr\u003e国家間と諸国内の所得格差は拡大した。所得の公平な分配は、開発を支えるもっとも重要な要因のひとつであると認識されるようになった。しかし、自由放任は救済には無力であった。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１１章　巨大な火の玉\n\u003cbr\u003e巨大な火の玉が現われた。それは中国、インド、そして他の覚醒しつつある巨人たちである。それらの巨人たちが繁栄すれば、第二のアメリカ帝国はもはや絶対的権力を享受することはないだろう。第二のアメリカは適応できるのだろうか？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e原註および訳註\n\u003cbr\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e引用文献一覧\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアリス・H.アムスデン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアムスデン,A.H.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Alice H.Amsden）\n\u003cbr\u003eコーネル大学卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）で修士号と博士号を取得。その後、OECDの研究員を経て、カリフォルニア大学、コロンビア大学、ハーヴァード・ビジネス・スクールなどで教壇に立ち、同時に、世界銀行やOECDなどの国連諸機関でコンサルタントも務める。2002年、「レオンチェフ賞」を受賞。現在、マサチューセッツ工科大学（MIT）の都市研究・計画学部、バートン・L.ウェラー記念教授（政治経済学）。\n\u003cbr\u003e単著・共著として、Beyond Late Development: Taiwan’s Upgrading Policies（with Wan-wen Chu, Cambridge, Mass: MIT Press, 2003）; The Rise of “the Rest”: Challenges to the West from Late-Industrializing Countries（New York: Oxford University Press, 2001）; The Market Meets its Match: Restructuring the Economies of Eastern Europe（with Jacek Kochanowicz and Lance Taylor, Cambridge, Mass: Harvard University Press, 1994）; Asia’s Next Giant: South Korea and Late Industrialization （New York: Oxford University Press, 1989）、ほか多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e原田 太津男\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e原田太津男\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハラダ タツオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1964年生まれ。1987年、同志社大学法学部政治学科卒業。1995年、大阪市立大学経済学研究科後期博士課程単位取得退学。現在、中部大学国際関係学部教授。\n\u003cbr\u003e専攻：世界経済論。著書：（共著）『貧困緩和・解消の国際政治経済学』（築地書館、2005年）、『人間の安全保障』（ミネルヴァ書房、2009年）、Transnational Migration and Human Security（Springer,2011）など。訳書：（共訳）S.サッセン『グローバル空間の政治経済学』（岩波書店、2004年）、J.ネーデルフェーン・ピーテルス『グローバル化か帝国か』（法政大学出版局、2007年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e尹 春志\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e尹春志\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eユン チュンジ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1967年生まれ。1991年、京都大学経済学部卒業。1997年、京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。山口大学経済学部教授を経て、現在、西南学院大学経済学部教授。\n\u003cbr\u003e専攻：世界経済論。著著：Japan and East Asian Integration（LIT Verlag, 2007）など。訳書：（共訳）I.ウォーラステインほか『世界システム論の方法』（藤原書店、2002年）、S.サッセン『グローバル空間の政治経済学』（岩波書店、2004年）、J.ネーデルフェーン・ピーテルス『グローバル化か帝国か』（法政大学出版局、2007年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"アリス・H.アムスデン：著, 原田 太津男：訳, 尹 春志：訳\u003cbr\u003e2011年12月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969613762848,"sku":"60310","price":3080.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603105_0.jpg?v=1764204171"},{"product_id":"isbn978-4-588-60322-8","title":"比較のエートス","description":"\u003cp\u003e9784588603228\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60322-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603221\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60322-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e比較のエートス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒカクノエートス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e冷戦の終焉以後のマックス・ウェーバー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレイセンノシュウエンイゴノマックスウェーバー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e〈比較〉の思想家としてのマックス・ウェーバー。その比較とは、複数の概念、類型、あるいは文化を同等の位置にあえて置き入れ、互いに突き合わせることで、相互にリフレクションを誘発せしめるような知の営みであった。本書は、20世紀初頭にウェーバーが実践した比較の契機を掘り起こし、その政治理論を冷戦の終焉以後の現代政治の文脈に置き入れ、その今日的な意義を再検討する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eウェーバーにおける〈比較〉の契機に注目しつつ、その政治理論を冷戦の終焉以後の現代政治の文脈に置き入れ、その意義を再検討する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e20世紀初頭にウェーバーが実践した〈比較〉の契機に注目しつつ、その政治理論を冷戦の終焉以後の現代政治の文脈に置き入れ、その概念やテクストを再検討する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序論　比較の政治理論家としてのウェーバー\n\u003cbr\u003e　一　近代から文化へ\n\u003cbr\u003e　二　文化比較の功罪\n\u003cbr\u003e　三　比較する多元主義\n\u003cbr\u003e　四　本書の構成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第I部　保守・ポピュリズム・官僚制\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　信条倫理化する〈保守〉──ウェーバーとマンハイムを手がかりにして\n\u003cbr\u003e　一　保守主義とリフレクション\n\u003cbr\u003e　二　保守主義的思考と責任倫理\n\u003cbr\u003e　三　〈保守〉のプログラム化\n\u003cbr\u003e　四　〈保守〉批判の保守主義化\n\u003cbr\u003e　五　信条倫理の両義性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　デマゴーグ以後──マックス・ウェーバーと脱政治化の問題\n\u003cbr\u003e　一　デマゴーグ批判とその構図\n\u003cbr\u003e　二　脱政治化された社会とその分析としての『儒教と道教』\n\u003cbr\u003e　三　ウェーバーとデマゴーグ\n\u003cbr\u003e　四　「新しい公共」と見えにくくなる党派性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　マックス・ウェーバーと官僚制をめぐる情念──sine ira et studio と「不毛な興奮」\n\u003cbr\u003e　一　「いわゆるウェーバー的な官僚制論」はウェーバー的か？\n\u003cbr\u003e　二　sine ira et studio を支える情念の機制\n\u003cbr\u003e　三　カリスマと「不毛な興奮」\n\u003cbr\u003e　四　「リキッド・モダニティ」と官僚制の論じ方\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第II部　ふたつの比較研究──「儒教とピューリタニズム」と『職業としての学問』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　「儒教とピューリタニズム」再読\n\u003cbr\u003e　一　従来の受容\n\u003cbr\u003e　二　宗教の動態化とヨーロッパ宗教史研究の変容\n\u003cbr\u003e　三　ポスト世俗化とピューリタニズムの優位性の修正\n\u003cbr\u003e　四　比較と「開かれ」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　ドイツの大学とアメリカの大学──比較研究としての『職業としての学問』\n\u003cbr\u003e　一　『職業としての学問』を読む位置\n\u003cbr\u003e　二　大学の「アメリカ化」\n\u003cbr\u003e　三　学問にできることとその「責任」\n\u003cbr\u003e　四　比較によってディレンマを掘り起こす知識人\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e補論　ナショナリズム論の現在──今野元『マックス・ヴェーバー』を読む\n\u003cbr\u003e　一　ウェーバー研究とナショナリズム\n\u003cbr\u003e　二　堅実な実証的歴史研究という挑戦\n\u003cbr\u003e　三　「一貫性」か、転回か──「政治的なもの」の理解をめぐって\n\u003cbr\u003e　四　「知性主義の逆説」をめぐって\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第III部　受容史研究\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　日本のウェーバー受容における「普遍」の問題\n\u003cbr\u003e　一　「普遍」のテーマ化\n\u003cbr\u003e　二　歴史学派経済学──金井延と福田徳三\n\u003cbr\u003e　三　「戦後啓蒙」──大塚久雄\n\u003cbr\u003e　四　近代化論──ロバート・Ｎ・ベラー\n\u003cbr\u003e　五　「ニーチェ的」ウェーバー──山之内靖\n\u003cbr\u003e　六　 むすびにかえて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　初出一覧\n\u003cbr\u003e　あとがき\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eC.オッフェ『アメリカの省察』（野口雅弘訳、法政大学出版局）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e野口 雅弘\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e野口雅弘\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eノグチ マサヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1969年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。2003年、ボン大学哲学部で博士号（Ph.D）取得。早稲田大学政治経済学術院助教、岐阜大学教育学部准教等を経て、2010年4月より立命館大学法学部准教授。専門は政治学、政治思想史。主な著訳書に、Kampf und Kultur: Max Webers Theorie der Politik ausder Sicht seiner Kultursoziologie（ Berlin: Duncker \u0026amp; Humblot, 2005）、『闘争と文化―マックス・ウェーバーの文化社会学と政治理論』（みすず書房、2006年）、『官僚制批判の論理と心理――デモクラシーの友と敵』（中公新書、2011年）、『はじめて学ぶ政治学』（共著、ミネルヴァ書房、2008年）、『大学と哲学』（共著、未來社、2009年）、クラウス・オッフェ『アメリカの省察――トクヴィル・ウェーバー・アドルノ』（法政大学出版局、2009年）、などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"野口 雅弘：著\u003cbr\u003e2011年12月02日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969613795616,"sku":"60322","price":3190.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603228_0.jpg?v=1764204219"},{"product_id":"isbn978-4-588-60323-5","title":"境界なきフェミニズム","description":"\u003cp\u003e9784588603235\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60323-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458860323X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60323-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3336\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e境界なきフェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキョウカイナキフェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人種や階級、性、国家といった境界を越えた連帯は可能だろうか。第三世界の貧しい女性の生活を出発点におき、植民地主義やグローバリゼーションを問うフェミニズム論。世界中で議論をよんだ「西洋の視線の下で」やその再考など、9つの論文からなる著者の代表作。フクシマを経験した私たちに勇気を与える「日本語版への序文」所収。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人種や階級、国家などの境界を越えた連帯は可能だろうか。グローバリゼーションという越境を対抗軸においた、第三世界フェミニズム。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人種や階級、性、国家といった境界を越えた連帯は可能だろうか。グローバリゼーションという越境を対抗軸に、第三世界の女性を出発点においたフェミニズム論。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　日本語版への序文\n\u003cbr\u003e　謝辞\n\u003cbr\u003e　　\n\u003cbr\u003e序章　脱植民地主義、反資本主義批評とフェミニズムの課題\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 I 部　フェミニズムの脱植民地化\n\u003cbr\u003e第1章　西洋の視線の下で──フェミニズム理論と植民地主義言説\n\u003cbr\u003e第2章　闘いの地図を描く──第三世界女性とフェミニズムの政治学\n\u003cbr\u003e第3章　「ホーム」っていったい何だ？\n\u003cbr\u003e第4章　シスターフッド、連合、経験の政治学\n\u003cbr\u003e第5章　コミュニティ、ホーム、国家の系譜\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 II 部　資本主義の脱神話化\n\u003cbr\u003e第6章　女性労働者と連帯の政治学\n\u003cbr\u003e第7章　民営化する市民権、企業化する大学とフェミニズムの課題\n\u003cbr\u003e第8章　人種、多文化主義と差異の教育\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 III 部　新たなフェミニズムへ\n\u003cbr\u003e第9章　「西洋の視線の下で」再考──反資本主義の闘いとフェミニストの連帯\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　参考文献\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eU.ナラーヤン著／塩原良和監訳『文化を転移させる』（小局刊）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチャンドラー・タルパデー・モーハンティー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eモーハンティー,C.T.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Chandra Talpade Mohanty）\n\u003cbr\u003eインド・ムンバイ生まれ。現在、アメリカ合衆国のシラキュース大学女性・ジェンダー学教授。専門はフェミニズム理論。本書のほか、Third World Women and the Politics of Feminism (Indiana University Press, 1991), Feminist Genealogies, Colonial Legacies, Democratic Futures (Routledge, 1997), Feminism and War: Confronting U.S. Imperialism (Zed Press, 2008), The Sage Handbook on Identities (Sage Publications Ltd, 2010)などの編著がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e堀田 碧\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e堀田碧\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eホッタ ミドリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e英国ケント大学大学院修了（女性学）。大学兼任講師を経て現在は翻訳家。\n\u003cbr\u003e主な業績：『経済のグローバリゼーションとジェンダー』（共著、明石書店、2001年）、『新編日本のフェミニズム１』（共著、岩波書店、2009年）、ベル・フックス著『フェミニズムはみんなのもの』（単訳、2003年、新水社）、ベル・フックス著『とびこえよ、その囲いを―自由の実践としてのフェミニズム教育』（共訳、新水社、2006年）、『視覚文化におけるジェンダーと人種』（共訳、リサ・ブルーム著、2000年、彩樹社）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e菊地 恵子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e菊地恵子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキクチ ケイコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e米ウィリアム・アンド・メアリー大学大学院修了（教育学）。現在、立教大学ほか兼任講師（英語）。\n\u003cbr\u003e主な業績：「語学教育とフェミニズムの交差」（『大学英語教育学会(JACET) 国際理解教育研究会論集』2001年）、\"The Role of Shin-Eiken in Promoting Peace Education in English Classrooms\"（共著、Human Rights Education in Asian Schools, Vol. 7, 2004）,「インターネットで時事問題」（『新英語教育』No. 502、2011年）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e吉原 令子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e吉原令子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨシハラ レイコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミネソタ州立大学大学院修了（修士号）。現在、日本大学教員。\n\u003cbr\u003e主な業績：ベル・フックス著『とびこえよ、その囲いを』（共訳、新水社、2006年）、ケイト・ミレット著『マザー・ミレット』（共訳、新水社、2008年）、「アメリカ合衆国における同性婚の法制化の動向：1990年代の同性婚運動の要因について」（『英米文化』第39号、2009年）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e我妻 もえ子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e我妻もえ子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eワガツマ モエコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e英国ウォーリック大学大学院修了（博士号）。現在、マカオ大学非常勤講師。\n\u003cbr\u003e主な業績：ゴードン・マシューズ／ブルース・ホワイト編『若者は日本を変えるか―世代間断絶の社会学』（共著、世界思想社、2010年）、「中国冷凍餃子事件の異文化理解」（『化学生物総合管理』第7巻第2号、2011年）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"チャンドラー・タルパデー・モーハンティー：著, 堀田 碧：監訳, 菊地 恵子：訳, 吉原 令子：訳, 我妻 もえ子：訳\u003cbr\u003e2012年04月04日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969615827232,"sku":"60323","price":4290.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603235_0.jpg?v=1764204223"},{"product_id":"isbn978-4-588-60324-2","title":"政党支配の終焉","description":"\u003cp\u003e9784588603242\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60324-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603248\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60324-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政党支配の終焉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイトウシハイノシュウエン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカリスマなき指導者の時代\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカリスマナキシドウシャノジダイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e莫大な資産を武器に、突如イタリアの首相になったベルルスコーニ。伝統ある既成政党に属さない彼が、なぜ政治の頂点にたどりつき、長期政権を維持できたのか。マスメディアの巨大な力を背景に、イタリアの政治は政党型から劇場型へ転換し、指導者のパフォーマンスが重視されるようになった。日本はいま、同じ道を歩んでいるのではないだろうか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治が劇場型へ転換し、指導者のパフォーマンスが重視されると、既成政党は衰退しだす。欧州を例に、民主主義の問題をあぶり出す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治が劇場型へ転換し、指導者のパフォーマンスに重点が置かれると、既成政党の衰退が始まる。ベルルスコーニ伊首相を題材に、民主主義の問題点をあぶり出す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e緒言\n\u003cbr\u003e序論　10年後\n\u003cbr\u003e第I部　もはや政党は存在しない\n\u003cbr\u003e　第1章　沈黙のスパイラル\n\u003cbr\u003e　第2章　恐竜の没落\n\u003cbr\u003e　第3章　ルソーの亡霊\n\u003cbr\u003e　第4章　アメリカのフロンティア\n\u003cbr\u003e　第5章　イギリス労働党の雪辱\n\u003cbr\u003e第II部　指導者の復活\n\u003cbr\u003e　第6章　パーソナル・パーティ\n\u003cbr\u003e　第7章　民主主義の時代の「君主」\n\u003cbr\u003e　第8章　怖いもの知らずの「騎士」\n\u003cbr\u003e　第9章　傭兵隊長\n\u003cbr\u003e　第10章　首相党\n\u003cbr\u003e第III部　指導者の二つの身体\n\u003cbr\u003e　第11章　政治的身体\n\u003cbr\u003e　第12章　失われた根拠\n\u003cbr\u003e　第13章　理性・利益・情念\n\u003cbr\u003e　結論　ウェーバーのもう一つの顔\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e解題──政治の人格化をめぐって\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eE.カネッティ著『群衆と権力（上・下）』、吉田徹著『ミッテラン社会党の転換』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマウロ・カリーゼ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカリーゼ,M.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Mauro Calise）\n\u003cbr\u003e1951年ナポリに生まれる。現在、ナポリ・フェデリーコ二世大学・社会学部・教授（政治学）。国際政治学会副会長（2002－2003年）、イタリア政治学会会長（2008－2010年）、コーネル大学客員教授、パリ政治学院客員教授、ハーヴァード大学客員研究員等を歴任。ナポリの日刊紙『マッティーナ』に政治評論を定期的に寄稿。e-learningシステムにも造詣が深く、ナポリ大学ではFedericaを開発し、コーネル大学のセオドア・ローウィ教授とともにインターネットを利用したインターラクティヴな政治学概念の辞書『ハイパーポリティックス』を2010年に刊行、現在は国際政治学会Web Portal for Electronic Sources部会長を務めている。www.maurocalise.it\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e村上 信一郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e村上信一郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eムラカミ シンイチロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1948年神戸に生まれる。現在、神戸市外国語大学・外国語学部・国際関係学科・教授（国際政治史）。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了（法学博士）。コーネル大学客員研究員、フィレンツェ大学客員研究員を歴任。主著『権威と服従―カトリック政党とファシズム』（名古屋大学出版会、1989年）。共著には『戦士の革命・生産者の国家―イタリア・ファシズム』（太陽出版、1985年）、『1848―国家装置と民衆』(ミネルヴァ書房、1985年)、『比較政治の分析枠組』（ミネルヴァ書房、1986年）、『現代政治学入門』（ミネルヴァ書房、1992年）、『ヨーロッパ統合と文化・民族問題』（人文書院、1995年）、『政党派閥』（ミネルヴァ書房、1996年）、『イタリアの政治』（早稲田大学出版部、1999年）、『三つのデモクラシー』（岩波書店、2002年）、『EUのなかの国民国家』（早稲田大学出版部、2003年）、『日本社会党』（日本経済評論社、2003年）、『幻影のローマ』（青木書店、2006年）、『民主党政権は何をなすべきか』（岩波書店、2010年）。訳書にはR. デ・フェリーチェ『ファシズムを語る』（ミネルヴァ書房、1979年）、A. パーネビアンコ『政党』（ミネルヴァ書房、2005年）、S. コラリーツィ『イタリア20世紀史』（名古屋大学出版会、2010年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「信濃毎日新聞」（2012年7月29日付）、「徳島新聞」（2012年7月29日付）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2012年9月29日号／後房雄氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読売新聞」（2012年9月23日付／細谷雄一氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「みすず」（2013年1・2月合併号、読書アンケート特集／竹内洋氏・評、野口雅弘氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「週刊エコノミスト」（2014年12月23日特大号／「東奔政走」文・山田孝男氏）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「毎日新聞」（2014年12月8日付／「風知草」文・山田孝男氏）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"マウロ・カリーゼ：著, 村上 信一郎：訳\u003cbr\u003e2012年06月07日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969617891616,"sku":"60324","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603242_0.jpg?v=1764204227"},{"product_id":"isbn978-4-588-60325-9","title":"正義のフロンティア","description":"\u003cp\u003e9784588603259\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60325-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603256\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60325-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e正義のフロンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイギノフロンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e障碍者・外国人・動物という境界を越えて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eショウガイシャガイコクジンドウブツトイウキョウカイヲコエテ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e健常者／障碍者、国内の人／国外の人、人間／人間以外の動物は、これまでリベラリズムにおいて恣意的な境界によって分断され、差別的な扱いを受けてきた。本書は、ロールズが正義の主題から排除せざるをえなかった存在者を、政治哲学、法哲学、倫理学、国際開発論その他の分野を横断しつつ、センを踏まえた独自の可能力アプローチによって包摂し、現代リベラリズムに一石を投じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eロールズが正義の主題から排除した存在者を独自の可能力アプローチによって包摂し、リベラリズムに一石を投じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eロールズが正義の主題から排除せざるをえなかった存在者を、センの議論を踏まえた独自の「可能力」アプローチによって包摂し、現代リベラリズムに一石を投じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　略記\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　社会契約と正義の未解決の三つの問題\n\u003cbr\u003e1　自然状態\n\u003cbr\u003e2　未解決の三つの問題\n\u003cbr\u003e3　ロールズと未解決の諸問題\n\u003cbr\u003e4　自由かつ平等かつ別個独立\n\u003cbr\u003e5　グロティウス、ホッブズ、ロック、ヒューム、カント\n\u003cbr\u003e6　現代における契約主義の三つの形式\n\u003cbr\u003e7　可能力アプローチ\n\u003cbr\u003e8　可能力と契約主義\n\u003cbr\u003e9　グローバルな正義を求めて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　障碍と社会契約\n\u003cbr\u003e1　ケアへのニーズ、正義の諸問題\n\u003cbr\u003e2　契約の慎慮型と道徳型──公共的領域と私的領域\n\u003cbr\u003e3　ロールズのカント的な契約主義──基本善、カント的人格、だいたいの平等性、相互有利性\n\u003cbr\u003e4　障碍の問題の先送り\n\u003cbr\u003e5　カント的な人格と知的な器質的損傷\n\u003cbr\u003e6　ケアと障碍──キテイとセン\n\u003cbr\u003e7　契約主義の再構築？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　可能力と障碍　\n\u003cbr\u003e1　可能力アプローチ──契約主義的ではないケアの説明\n\u003cbr\u003e2　社会的協働の基盤\n\u003cbr\u003e3　カント的ではなくアリストテレス的な尊厳\n\u003cbr\u003e4　善の優先性、合意の役割\n\u003cbr\u003e5　なぜ可能力なのか？\n\u003cbr\u003e6　ケアと可能力のリスト\n\u003cbr\u003e7　可能力か機能か？\n\u003cbr\u003e8　直観主義であるという論難\n\u003cbr\u003e9　可能力アプローチとロールズの正義の諸原理\n\u003cbr\u003e10　尊厳の種類とレヴェル──種の模範\n\u003cbr\u003e11　公共政策──後見の問題　\n\u003cbr\u003e12　公共政策──教育と包摂\n\u003cbr\u003e13　公共政策──ケアの仕事\n\u003cbr\u003e14　リベラリズムと人間の可能力\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　相互有利性とグローバルな不平等──国境を越える社会契約\n\u003cbr\u003e1　不平等に満ちた世界\n\u003cbr\u003e2　『正義論』──二段階契約の導入\n\u003cbr\u003e3　『諸人民の法』──二段階契約の再確認と修正\n\u003cbr\u003e4　正当化と導入\n\u003cbr\u003e5　二段階契約の評価\n\u003cbr\u003e6　グローバルな契約──ベイツとポッゲ\n\u003cbr\u003e7　国際的な契約主義の展望\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　国境を越える諸々の可能力\n\u003cbr\u003e1　社会的協働──権原の優先性\n\u003cbr\u003e2　なぜ可能力なのか？\n\u003cbr\u003e3　可能力と権利\n\u003cbr\u003e4　平等と適切性\n\u003cbr\u003e5　多元主義と寛容\n\u003cbr\u003e6　国際的な「重なり合うコンセンサス」？\n\u003cbr\u003e7　可能力アプローチをグローバル化する──諸制度の役割\n\u003cbr\u003e8　可能力アプローチをグローバル化する──どの諸制度か？\n\u003cbr\u003e9　グローバルな構造のための一〇の原理\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　「同情と慈愛」を超えて──人間以外の動物のための正義\n\u003cbr\u003e1　尊厳のある生活への権利資格を持つ存在者たち\n\u003cbr\u003e2　カント的な社会契約の見解──間接的な義務、同情の義務\n\u003cbr\u003e3　功利主義と動物の繁栄・開花\n\u003cbr\u003e4　尊厳の種類と繁栄・開花の種類──可能力アプローチの拡張適用\n\u003cbr\u003e5　方法──理論と想像力\n\u003cbr\u003e6　種と個体\n\u003cbr\u003e7　動物の可能力の評価──自然崇拝の回避\n\u003cbr\u003e8　積極性と消極性、可能力と機能\n\u003cbr\u003e9　平等性と適切性\n\u003cbr\u003e10　死と危害\n\u003cbr\u003e11　重なり合うコンセンサス？\n\u003cbr\u003e12　基本的な政治原理へ向けて──可能力のリスト\n\u003cbr\u003e13　衝突の回避不可能性\n\u003cbr\u003e14　真にグローバルな正義へ向けて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　道徳情操と可能力アプローチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　原註\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　参考文献\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマーサ・C.ヌスバウム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヌスバウム,M.C.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Martha C. Nussbaum）\n\u003cbr\u003e1947年生まれ。ハーヴァード大学博士（Ph. D）。ハーヴァード大学、ブラウン大学を経て、現在、シカゴ大学教授（Ernst Freund Distinguished Service Professor of Law and Ethics）。1986年から世界開発経済研究所（WIDER）のリサーチアドヴァイザー。2004年に発足した「人間開発と可能力アプローチ学会」（Human Development and Capability Association）の第二代会長（2006-2008年）。\n\u003cbr\u003e主な著書に、The Fragility of Goodness: Luck and Ethics in Greek Tragedy and Philosophy（Cambridge: Cambridge University Press, 1986），Love’s Knowledge: Essays on Philosophy and Literature（Oxford: OxfordUniversity Press, 1990），The Therapy of Desire: Theory and Practice inHellenistic Ethics（Princeton, NJ: Princeton University Press, 1994），Upheavals of Thought: The Intelligence of Emotions（Cambridge: CambridgeUniversity Press, 2001），Philosophical Interventions: Reviews 1986-2011（Oxford: Oxford University Press, 2012）、ほか多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e神島 裕子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e神島裕子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカミシマ ユウコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1971年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士（学術）。現在、中央大学商学部准教授。\n\u003cbr\u003e主な著作・訳書に、押村高・中山俊宏編著『世界政治を読み解く』（共著、ミネルヴァ書房、2011年）、ジョン・ロールズ『正義論 改訂版』（川本隆史・福間聡・神島裕子訳、紀伊國屋書店、2010年）、ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"マーサ・C.ヌスバウム：著, 神島 裕子：訳\u003cbr\u003e2012年07月30日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969618350368,"sku":"60325","price":5720.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603259_0.jpg?v=1764204231"},{"product_id":"isbn978-4-588-60326-6","title":"文化のハイブリディティ","description":"\u003cp\u003e9784588603266\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60326-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603264\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60326-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e文化のハイブリディティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eブンカノハイブリディティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e東西南北を席捲するグローバリゼーションのもとで、文化的な相互作用がますます広がり深まっている現代世界。本書は、人・物・情報、さらには宗教・文学・音楽・芸術・食べ物にいたるまで、さまざまなものの交流にともなう文化の遭遇、接触、交差、異種混淆性のプロセスを歴史的かつ理論的な視野のもとに鳥瞰し、人びとのアイデンティティや新しい文化のかたちについて論じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人・物・情報、さらに宗教・文学・音楽等の交流に伴う文化の遭遇、接触、交差、異種混淆性の問題を歴史的かつ理論的な視野から論じる\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒト・モノ・情報、さらには宗教・文学・音楽・芸術などの交流にともなう文化の遭遇、接触、交差、異種混淆性のプロセスを、歴史的かつ理論的な視野から論じる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　英語版への序\n\u003cbr\u003e序　論\n\u003cbr\u003e第１章　多様な対象\n\u003cbr\u003e第２章　多様な用語\n\u003cbr\u003e第３章　多様な状況\n\u003cbr\u003e第４章　多様な反応\n\u003cbr\u003e第５章　多様な帰結\n\u003cbr\u003e　註　　記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　索　　引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eP.バーク／長谷川貴彦訳『文化史とは何か［増補改訂版］』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eP.バーク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eバーク ピーター\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Peter Burke）\n\u003cbr\u003e1937年イングランド生まれ。文化史家。オクスフォード大学時代はK.トマスのもとで歴史を学び、同大学院ではH.トレヴァー＝ローパーを指導教官とする。サセックス大学講師ののち、1979年からケンブリッジ大学。現在は同大学エマニュエル・コレッジ名誉教授。現代の文化史研究の第一人者といわれ、外国語に翻訳されている著作の数がもっとも多いといわれる現代イギリスを代表する知識人のひとり。\n\u003cbr\u003e主な邦訳書に、『社会学と歴史学』（慶應通信、1986年）、『ヨーロッパの民衆文化』（人文書院、1988年）、『イタリア・ルネサンスの文化と社会』（岩波書店、1992\/2000年）、『フランス歴史学革命――アナール学派1929-89年』（岩波書店、1992年）、『知識の社会史――知と情報はいかにして商品化したか』（新曜社、2004年）、『ルイ14世――作られる太陽王』（名古屋大学出版会、2004年）、『歴史学と社会理論』（慶應義塾大学出版会、2006年）、『時代の目撃者――資料としての視覚イメージを利用した歴史研究』（中央公論美術出版、2007年）、『近世ヨーロッパの言語と社会――印刷の発明からフランス革命まで』（岩波書店、2009年）、『文化史とは何か』（法政大学出版局、2008年／増補改訂版、2010 年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e河野 真太郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e河野真太郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコウノ シンタロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1974年生まれ。専門はイギリス文学と批評理論。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を単位取得退学。現在、一橋大学大学院商学研究科准教授。\n\u003cbr\u003e著書（共著）に『愛と戦いのイギリス文化史――1951-2010年』（慶應義塾大学出版会、2011年）など。翻訳（共訳）にトニー・ジャット『失われた20世紀』（上下巻、NTT 出版、2011年）、トニー・ベネット他編『新キーワード辞典』（ミネルヴァ書房、2011年）、エドワード・W.サイード『文化と抵抗』（筑摩書房、2008年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"P.バーク：著, 河野 真太郎：訳\u003cbr\u003e2012年10月17日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969618972960,"sku":"60326","price":2640.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603266_0.jpg?v=1764204235"},{"product_id":"isbn978-4-588-60328-0","title":"土着語の政治","description":"\u003cp\u003e9784588603280\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60328-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603280\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60328-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e土着語の政治\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eドチャクゴノセイジ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナショナリズム・多文化主義・シティズンシップ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナショナリズムタブンカシュギシティズンシップ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家によるネイション形成にはマイノリティの同化や排除、周縁化がつきものである。その際マイノリティの権利をいかに擁護し、リベラリズム理論の枠内に位置づけるのか。キムリッカは、個人の自律的選択の基盤としてネイションの言語や文化をとらえ、「土着語の政治」を支持する。独自の教育を行う権利や広範な自治権、既存の国家から分離独立する権利まで認められるべきと主張する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家のネイション形成により周縁化されるマイノリティの権利を、リベラリズム理論で擁護。その言語や文化を自立的選択の基盤とみなす\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家によるネイション形成で同化・排除されるマイノリティの権利を、リベラリズムの立場から擁護する。かれらの言語や文化を、個人の自律的選択の基盤とみなす。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　序　章\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 I 部　マイノリティの権利に関する論争の展開\n\u003cbr\u003e第1章　マイノリティの権利をめぐる新たな論争\n\u003cbr\u003e第2章　リベラルな文化主義\n\u003cbr\u003e第3章　マイノリティの権利のリベラリズム理論は必要か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 II 部　民族文化的正義\n\u003cbr\u003e第4章　人権と民族文化的正義\n\u003cbr\u003e第5章　マイノリティ・ナショナリズムと複数ネイション連邦制\n\u003cbr\u003e第6章　先住民の権利を理論化する\n\u003cbr\u003e第7章　先住民の権利と環境的正義\n\u003cbr\u003e第8章　移民多文化主義の理論と実践\n\u003cbr\u003e第9章　人種間関係の岐路\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 III 部　ナショナリズムに関する誤解\n\u003cbr\u003e第10章　啓蒙的コスモポリタニズムからリベラル・ナショナリズムへ\n\u003cbr\u003e第11章　コスモポリタニズム、国民国家、マイノリティ・ナショナリズム\n\u003cbr\u003e第12章　ナショナリズムに関する誤解\n\u003cbr\u003e第13章　リベラル・ナショナリズムのパラドックス\n\u003cbr\u003e第14章　国際舞台におけるアメリカ多文化主義\n\u003cbr\u003e第15章　マイノリティ・ナショナリズムと移民の統合\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第 IV 部　複数エスニック国家における民主的シティズンシップ\n\u003cbr\u003e第16章　シティズンシップ教育\n\u003cbr\u003e第17章　グローバル化時代のシティズンシップ\n\u003cbr\u003e第18章　リベラルな平等主義と公民的共和主義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eウィル・キムリッカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキムリッカ,W.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Will Kymlicka）\n\u003cbr\u003eカナダ・クイーンズ大学卒業後、オックスフォード大学で哲学の博士号取得、プリンストン大学・トロント大学を経て、現在、クイーンズ大学哲学部教授。リベラリズムの立場から、多文化社会におけるマイノリティの権利などの問題を理論化している。既訳書に『多文化時代の市民権』、『新版 現代政治理論』がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e岡﨑 晴輝\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e岡﨑晴輝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオカザキ セイキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［序章、第13章、第14章、第15章］\n\u003cbr\u003e1968年生まれ。国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程修了。博士（学術）。九州大学大学院法学研究院・教授（政治理論・比較政治学）\n\u003cbr\u003e主な業績：『与えあいのデモクラシー──ホネットからフロムへ』勁草書房、2004年、『はじめて学ぶ政治学──古典・名著への誘い』（共編）ミネルヴァ書房、2008年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e施 光恒\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e施光恒\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセ テルヒサ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第1章、第2章、第3章］\n\u003cbr\u003e1971年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。博士（法学）。九州大学大学院比較社会文化研究院・准教授（政治理論・政治哲学・人権論）\n\u003cbr\u003e主な業績：『リベラリズムの再生──可謬主義による政治理論』慶應義塾大学出版会、2003年、『ナショナリズムの政治学──規範理論への誘い』（共編）ナカニシヤ出版、2009年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e竹島 博之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e竹島博之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタケシマ ヒロユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第16章、第17章、第18章］\n\u003cbr\u003e1972年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程修了。博士（政治学）。東洋大学法学部・准教授（政治理論・政治思想史・シティズンシップ教育）\n\u003cbr\u003e主な業績：『カール・シュミットの政治──「近代」への反逆』風行社、2002年、『シティズンシップ教育論──政治哲学と市民』（B. クリック著、共訳）法政大学出版局、2011年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e栗田 佳泰\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e栗田佳泰\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクリタ ヨシヤス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第4章、第5章、第6章］\n\u003cbr\u003e1978生まれ。九州大学大学院法学府公法・社会法学専攻（憲法）博士後期課程単位取得退学。修士（法学）。富山大学経済学部・准教授（憲法）。\n\u003cbr\u003e主な業績：「多文化社会における『国籍』の憲法学的考察──リベラル・ナショナリズム論における国籍とは」『憲法理論研究会叢書16 憲法変動と改憲論の諸相』（憲法理論研究会編）敬文堂，2008年，「憲法とナショナリズム」『ナショナリズムの政治学──規範理論への誘い』（施光恒・黒宮一太編）ナカニシヤ出版，2009年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e森 敦嗣\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e森敦嗣\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eモリ アツシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第7章、第8章、第9章］\n\u003cbr\u003e1980生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程。\n\u003cbr\u003e主な業績：「非欧米圏の人権をめぐる議論──キムリッカの理論についての検討」『比較思想論輯』（第15号、2008年）、43-53頁。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e白川 俊介\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e白川俊介\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシラカワ シュンスケ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［第10章、第11章、第12章］\n\u003cbr\u003e1983年生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程修了。博士（比較社会文化）。日本学術振興会特別研究員PD（政治哲学・国際政治思想）。\n\u003cbr\u003e主な業績：「規範的国際政治理論におけるグローバル秩序構想──『コスモポリタン－コミュニタリアン論争』を手がかりに」『グローバル秩序という視点──規範・歴史・地域』（松井康浩編）法律文化社、2010年、『ナショナリズムの力──多文化共生世界の構想』勁草書房、2012年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ウィル・キムリッカ：著, 岡﨑 晴輝：監訳, 施 光恒：監訳, 竹島 博之：監訳, 栗田 佳泰：訳, 森 敦嗣：訳, 白川 俊介：訳\u003cbr\u003e2012年11月02日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969619726624,"sku":"60328","price":5720.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603280_0.jpg?v=1764204243"},{"product_id":"isbn978-4-588-60329-7","title":"朝鮮独立への隘路","description":"9784588603297\n\n978-4-588-60329-7\n\n4588603299\n\n4-588-60329-9\n\n3321\n\n朝鮮独立への隘路\n\nチョウセンドクリツヘノアイロ\n\n在日朝鮮人の解放五年史\n\nザイニチチョウセンジンノカイホウゴネンシ\n\nサピエンティア\n\n日本の敗戦後、在日朝鮮人は「独立国民」の地位を認められることはなく、帝国臣民から外国人になったわけではなかった。日本国民からは排除されたが、米国人などと同等な外国人にもなれなかった。本書は、朝鮮戦争が始まるまでのGHQや日本政府による治安政策と人びとの抵抗、民族運動の実像を膨大な史料を用いて描きだす。民族の解放はいかに封じこめられたのか。\n\n日本の敗戦から朝鮮戦争の勃発までにGHQや日本政府が執った在日朝鮮人に対する治安政策と人々の抵抗の実像を膨大な史料より描く。\n\n日本の敗戦後、民族の解放はいかに封じこめられたのか。朝鮮戦争が勃発するまでのGHQや日本政府による治安政策、人々の抵抗の実像を膨大な史料から描きだす。\n\n序章　解放前後の在日朝鮮人史をどうみるか\n　１　問題の所在\n　２　視角と課題\n　３　先行研究\n　４　本書の構成\n第一章　解放と自治\n　１　在日本朝鮮人連盟の結成と朝連自治隊\n　２　朝連自治隊と日本の警察権\n　３　「自治」と分断：土浦事件\n第二章　帰還・送還・居住権\n　１　帰還の送還化\n　２　居住権の危機：生活権擁護闘争と一二月事件\n第三章　外国人登録令と朝鮮人団体\n　１　外国人登録令の公布と在日朝鮮人団体\n　２　交渉から闘争へ：一九四七年七月\n　３　外国人登録の実施：一九四七年八月～\n　４　外国人登録の基盤整備：登録実施後の内務省調査局\n第四章　祖国建設のイルクン\n　１　新活動家の誕生\n　２　活動家たちの世界\n第五章　「二重の課題」と在日朝鮮人運動\n　１　朝鮮独立問題と日本の民主化\n　２　民族か、階級か\n　３　在日朝鮮人の参政権をめぐって\n　４　朝鮮分断と白武書記長の罷免問題\n第六章　朝鮮分断と民族教育\n　１　朝鮮学校閉鎖令と民族教育擁護闘争\n　２　南朝鮮単独選挙と建青兵庫\n第七章　「祖国への直結」と日本の民主化\n　１　「正当な外国人待遇」とは何か\n　２　「祖国への直結」の意味するもの\n第八章　朝連・民青解散\n　１　敗戦後日本の団体規制と朝鮮人団体\n　２　朝連解散論の登場\n　３　特審局の「転回」と朝連・民青解散\n　４　解散とその影響\n第九章　外国人登録体制の形成\n　１　外国人登録令の改定\n　２　在外国民登録と外国人登録\n終章　朝鮮独立への隘路\n　１　封じこめられた「解放」：朝鮮人支配の再編\n　２　新たな「戦時」へ：外国人登録体制の成立\n\n\u003cstrong\u003e\u003ca href=\"https:\/\/www.h-up.com\/news\/201910111300.html\"\u003e『朝鮮独立への隘路』が「第13回林鍾國賞（学術部門）」を受賞いたしました\u003c\/a\u003e\u003c\/strong\u003e\u003cbr\u003e\n\u003cstrong\u003e\u003ca href=\"https:\/\/www.h-up.com\/news\/202007272100.html\"\u003e『朝鮮独立への隘路』が「世宗図書学術部門選定図書」を受賞いたしました\u003c\/a\u003e\u003c\/strong\u003e\u003cbr\u003e\n\n鄭栄桓\n\nチョン ヨンファン\n\n1980年千葉県生まれ。2010年、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士（社会学）。立命館大学コリア研究センター専任研究員を経て、現在明治学院大学教養教育センター専任講師（歴史学）。専攻は在日朝鮮人史、朝鮮近現代史。\n共著書に『植民地朝鮮──その現実と解放への道』（東京堂、2011年）、『東アジアのディアスポラ』（明石書店、2011年）、共訳書に金東椿『朝鮮戦争の社会史──避難・占領・虐殺』（平凡社、2008年）、論文に、「史料と解説：東京裁判をめぐる在日朝鮮人発行雑誌新聞・機関紙の論調」（『日韓相互認識』1号、日韓相互認識研究会、2008年）、「『再入国許可』制度の歴史と現在」──在日朝鮮人への適用を中心に」（『PRIME』33号、明治学院大学国際平和研究所、2010年）、ほか多数。\n\n奥定泰之\n\n第13回林鍾國賞（学術部門）受賞\n 2020年度　世宗図書学術部門選定\n\n\n「月刊イオ」（2013年5月号／黄貴勲氏・評）に紹介されました。\n「出版ニュース」（2013年5月中・下旬号）に紹介されました\n「図書新聞」（2013年6月15日号／中村一氏・評）に紹介されました。\n「図書新聞」（2013年7月20日号／2013年上半期読書アンケート／佐藤泉 氏・評）に紹介されました。\n韓国の学術誌「在外韓人研究」（第30号、2013年6月20日発行／崔永鎬氏・評）に紹介されました。\n「望星」（2013年12月号／金三龍氏・評）にて介されました。\n「週刊読書人」（2013年12月20日号／2013年回顧　収穫動向／関智英氏・評）に紹介されました。\n「PRIME」（第37号、2014年3月発行／秋月望氏・評）に紹介されました。\n「歴史評論」（2014年8月号／樋口雄一氏・評）に紹介されました。\n「同時代史研究」（第7号、2014年12月／小林知子氏・評）に紹介されました。\n「人民の歴史学」（第201号、2014年9月／金耿昊氏・評）に紹介されました。\n「歴史学研究」（No.930、2015年4月号／太田修氏・評）に紹介されました。","brand":"鄭栄桓：著\u003cbr\u003e2013年03月22日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969623757088,"sku":"60329","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603297_0.jpg?v=1764204247"},{"product_id":"isbn978-4-588-60330-3","title":"反市民の政治学","description":"\u003cp\u003e9784588603303\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60330-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603302\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60330-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e反市民の政治学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハンシミンノセイジガク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフィリピンの民主主義と道徳\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフィリピンノミンシュシュギトドウトク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e膨大な数の市民が立ち上がり、マルコス大統領の独裁政治に終止符が打たれてから約30年。貧富の差が拡大し、選挙のたびに票の売買が取りざたされるこの国に、「正しい」民主主義は根付かないのだろうか。著者はスラムに暮らし、したたかでたくましい庶民の声に耳を傾けて、新たな共同性の可能性を探る。国民の分断が進む日本社会に本書は参考となるに違いない。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e選挙違反が日常的なこの国に「正しい」民主主義は根付かないのだろうか。スラムの住民と暮らした経験から、新たな共同性の未来を探る\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e選挙のたびに票が売買されるこの国に、「正しい」民主主義は根付かないのだろうか。スラムで暮らし住民と本音でぶつかった経験から、新たな共同性の可能性を探る。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　フィリピン民主主義と道徳政治\n\u003cbr\u003e第１節　民主主義の社会的条件は何か\n\u003cbr\u003e第２節　調査の対象と方法\n\u003cbr\u003e第３節　本書の構成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　分析枠組みの提示\n\u003cbr\u003e第１節　フィリピン社会と政治の変容\n\u003cbr\u003e第２節　二重公共圏のヘゲモニー闘争\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　二重公共圏の形成\n\u003cbr\u003e第１節　言語の分断\n\u003cbr\u003e第２節　メディアの分断\n\u003cbr\u003e第３節　生活空間の分断\n\u003cbr\u003e第４節　調査地の概要\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　ピープル・パワーをめぐる道徳的対立\n\u003cbr\u003e第１節　民主化を勝ち取った国民の連帯\n\u003cbr\u003e第２節　市民デモと大衆デモの激突\n\u003cbr\u003e第３節　道徳的市民の勝利と暴徒への恐怖\n\u003cbr\u003e第４節　金持ちの独善と貧者の敗北\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　選挙をめぐる道徳的対立\n\u003cbr\u003e第１節　ポピュリズムと金による票集め\n\u003cbr\u003e第２節　大衆に抑圧される市民の票\n\u003cbr\u003e第３節　金持ちに裏切られる貧者の票\n\u003cbr\u003e第４節　有権者教育の逆説\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　都市統治をめぐる道徳的対立\n\u003cbr\u003e第１節　国家規律と貧困層の軋轢\n\u003cbr\u003e第２節　市民による貧困の犯罪化\n\u003cbr\u003e第３節　生活と尊厳を守る貧困層の抵抗\n\u003cbr\u003e第４節　貧困層の生活基盤を合法化する挑戦\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　道徳的ナショナリズムの再興\n\u003cbr\u003e第１節　アロヨ政権の腐敗と暴力\n\u003cbr\u003e第２節　階層を越えた「国民の敵」\n\u003cbr\u003e第３節　大統領選挙における道徳と貧困の闘争\n\u003cbr\u003e第４節　道徳を希求する国民の再形成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　道徳政治を越えて\n\u003cbr\u003e第１節　フィリピン政治理論への寄与\n\u003cbr\u003e第２節　道徳政治の台頭とその逆説\n\u003cbr\u003e第３節　民主主義の隘路を打開するために\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日下 渉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e日下渉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクサカ ワタル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1977年埼玉県生まれ．早稲田大学政治経済学部卒業．九州大学大学院比較社会文化学府博士課程単位取得退学．博士（比較社会文化）．京都大学文学研究科グローバルCOE研究員，京都大学人文科学研究所助教を経て，現在，名古屋大学大学院国際開発研究科准教授．\n\u003cbr\u003e主な業績：「秩序構築の闘争と都市貧困層のエイジェンシー──マニラ首都圏における街頭商人の事例から」『アジア研究』53(4), 2007: 20-36頁（第6回アジア政経学会優秀論文賞受賞）；「フィリピン市民社会の隘路──「二重公共圏」における「市民」と「大衆」の道徳的対立」『東南アジア研究』46(3), 2008: 420-441頁；Governing Informalities of the Urban Poor: Street Vendors and Social Order Making in Metro Manila, The Politics of Change in the Philippines, Yuko Kasuya and Nathan Quimpo (eds.), Pasig City: Anvil Publisher, 2010, pp. 362-390；「フィリピン──「争われる民主主義」の挑戦」『東南アジア現代政治入門』 清水一史・田村慶子・横山豪志編著，ミネルヴァ書房，2011: 57-78頁など．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第30回大平正芳記念賞受賞\n\u003cbr\u003e第35回発展途上国研究奨励賞受賞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e紀伊國屋書店「書評空間」（2013年4月30日付／早瀬晋三氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読売新聞」（2013年5月26日付／開沼博氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2013年6月22日号／川中豪氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「債務と貧困を考えるジュビリー九州　ニュースレター」（vol.40、2013年7月）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2013年7月20日号、2013年上半期読書アンケート／青木孝平 氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「週刊読書人」（2013年7月26日号、2013年上半期の収穫から／小川さやか氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「アジア・アフリカ地域研究」（2013年第13-1号／青山和佳氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「アジア経済」（2013年12月、第54巻第4号／五十嵐誠一氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読売新聞」（2013年12月22日付、読書委員が選ぶ「2013年の3冊」／開沼博氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「東南アジア研究」（51巻2号、2014年1月31日発行／木場紗綾氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「アジア経済」（2014年9月、第55巻3号／中西徹氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「まにら新聞」（2015年3月2日付／加藤昌平氏・記事）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「レヴァイアサン」（2015年、第56号／五野井郁夫氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「マニラ発ライフスタイルフリーペーパー プライマー」（2016年1月号）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"日下 渉：著\u003cbr\u003e2013年04月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969623953696,"sku":"60330","price":4620.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603303_0.jpg?v=1764204251"},{"product_id":"isbn978-4-588-60332-7","title":"国家のパラドクス","description":"\u003cp\u003e9784588603327\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60332-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603329\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60332-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家のパラドクス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコッカノパラドクス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナショナルなものの再考\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナショナルナモノノサイコウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e一つの国に一つの国民という国民国家の枠組みは、アイデンティティの多様化やグローバル化が進み、民族紛争が多発する現在、崩れている。国連の介入などにより、国家の主権も根本的な見直しを迫られる。ところが国家や国民の輪郭がぼやける一方で、民族の記憶を覚醒させようとするナショナリズムの言説も復活している。本書はこうしたパラドクスの原因を探り、その解明を試みる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e一つの国に一つの国民という国家観が再考を迫られる一方で、ナショナリズム言説も復活している。パラドクスが生じた原因を探る。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e一つの国に一つの国民という従来の国家観が見直しを迫られる一方で、ナショナリズム言説も復活している。こうしたパラドクスの原因を探り、その解明を試みる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　序章　国家の危機をどうとらえるか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第 I 部　国家の普遍性と特殊性\n\u003cbr\u003e　第一章　領土性の定着とその矛盾\n\u003cbr\u003e　第二章　近代合理性の象徴としての主権\n\u003cbr\u003e　第三章　主権への挑戦\n\u003cbr\u003e　第四章　安全保障概念の変革に向けて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第 II 部　先進国ナショナリズムの隘路\n\u003cbr\u003e　第五章　ナショナル・プライドの誕生\n\u003cbr\u003e　　　　　イングランドと大陸からの自立\n\u003cbr\u003e　第六章　リベラル・ナショナリズムの陥穽\n\u003cbr\u003e　　　　　グレート・ブリテン島の集合意識\n\u003cbr\u003e　第七章　アメリカン・ナショナリズムの背理\n\u003cbr\u003e　　　　　帝国論争を通じて\n\u003cbr\u003e　第八章　ナショナリズムと安全保障の相克\n\u003cbr\u003e　　　　　現代日本のジレンマ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eB.クリック著／関口正司監訳『シティズンシップ教育論』\n\u003cbr\u003eW.キムリッカ著／岡﨑晴輝・施光恒・竹島博之監訳『土着語の政治』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e押村 高\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e押村高\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオシムラ タカシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1956年東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士（政治学）。青山学院大学国際政治経済学部教授（政治学，国際関係論）・同学部長。\n\u003cbr\u003e主要著作に『モンテスキューの政治理論──自由の歴史的位相』早稲田大学出版部、1996年。『国際正義の論理』講談社現代新書、2008年。『国際政治思想──生存、秩序、正義』勁草書房、2010年。監修・編著に『世界政治叢書全10巻』ミネルヴァ書房、刊行中。『国際政治から考える東アジア共同体』（共編）ミネルヴァ書房、2012年など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"押村 高：著\u003cbr\u003e2013年07月04日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969630179616,"sku":"60332","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603327_0.jpg?v=1764204259"},{"product_id":"isbn978-4-588-60331-0","title":"人民主権について","description":"\u003cp\u003e9784588603310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60331-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60331-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人民主権について\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジンミンシュケンニツイテ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治には、現実政治と言説的な表現である政治的なるものの両義性がある。「政治の両義性」をどのように判断し調整し定位するかは主権者に委ねられているが、それでは現代政治において人民主権は存在するのか？　本書は、機能不全をきたしている政治を私たちの手に取り戻すために、主権、主権者、ポピュリズム、代表などの政治的な概念との対話を重ねながら人民主権概念を再考する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治を私たちの手に取り戻すために、主権、主権者、ポピュリズム、代表などの政治的な概念との対話を重ねながら人民主権概念を再考。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e機能不全をきたしている政治を私たちの手に取り戻すために、主権、主権者、ポピュリズム、代表などの政治的な概念との対話を重ねながら人民主権概念を再考する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　「政治の両義性」という考え方\n\u003cbr\u003e一　「哀れな政治」\n\u003cbr\u003e二　政治的なるものの介在\n\u003cbr\u003e三　「政治の両義性」の展望\n\u003cbr\u003e四　人民主権の政治学へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　政治の可能性と不可能性\n\u003cbr\u003e一　政治からの解放\n\u003cbr\u003e二　国民国家とその落日以後\n\u003cbr\u003e三　リベラリズムを批判すること\n\u003cbr\u003e四　普遍主義か特殊主義か\n\u003cbr\u003e五　普遍主義とどのようにつき合うべきか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　主権と政治――王の首の行方について\n\u003cbr\u003e一　主権の形式\n\u003cbr\u003e二　主権の機能\n\u003cbr\u003e三　主権の現象\n\u003cbr\u003e四　主権の循環性\n\u003cbr\u003e五　主権の未来\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　主権者の存在論とその意味――あるいは主権者の不在論とその無意味\n\u003cbr\u003e一　主権から主権者へ\n\u003cbr\u003e二　現代主権論のふたつの傾向\n\u003cbr\u003e三　人民と国民\n\u003cbr\u003e四　主権者の限界\n\u003cbr\u003e五　主権者から主権へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　ポピュリズムの両義性\n\u003cbr\u003e一　ポピュリズムと私たち\n\u003cbr\u003e二　敵対性の多元化と危機\n\u003cbr\u003e三　人民とポピュリスト\n\u003cbr\u003e四　ポピュリズムを超えて？\n\u003cbr\u003e五　ポピュリズムなき人民的なるもの\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　「代表」の何が問題なのか――代表の彼方\n\u003cbr\u003e一　代表の論じ方\n\u003cbr\u003e二　代表性と代表制\n\u003cbr\u003e三　代表する者と代表される者\n\u003cbr\u003e四　直接民主制と間接民主制\n\u003cbr\u003e五　代表の罪\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　目的なき人民主権の目的\n\u003cbr\u003e一　人民主権は存在するか\n\u003cbr\u003e二　「私たち」はどこからきたのか\n\u003cbr\u003e三　「私たち」はどこへいくのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　あとがき\n\u003cbr\u003e　初出一覧\n\u003cbr\u003e　参考文献一覧\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eM.カリーゼ著／村上信一郎訳『政党支配の終焉』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鵜飼 健史\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e鵜飼健史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eウカイ タケフミ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1979年生まれ。一橋大学社会学部、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ政治学部博士課程（博士号候補資格取得）を経て、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程を単位取得退学。博士（社会学・一橋大学）。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、早稲田大学社会科学総合学術院助教。\n\u003cbr\u003e主な著作・訳書として、「主権国家の意義？」杉田敦編『守る――境界線とセキュリティの政治学』（風行社、2011年）、「日本国憲法前文は誰が書いたか――行為遂行性と事実確認性の間」中野勝郎編著『市民社会と立憲主義』（法政大学現代法研究所叢書34、法政大学出版局、2012年）、ウィリアム・コノリー『プルーラリズム』（杉田敦・鵜飼健史・乙部延剛・五野井郁夫訳、岩波書店、2008年）、ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"鵜飼 健史：著\u003cbr\u003e2013年07月17日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969630408992,"sku":"60331","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603310_0.jpg?v=1764204255"},{"product_id":"isbn978-4-588-60327-3","title":"正義の秤（スケール）","description":"\u003cp\u003e9784588603273\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60327-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603272\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60327-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e正義の秤（スケール）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイギノハカリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化する世界で政治空間を再想像すること\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバルカスルセカイデセイジクウカンヲサイソウゾウスルコト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e正義の秤＝尺度をめぐる二つのイメージ。ひとつの難題は、再分配か、承認か、代表かという「なに」をめぐって競合する見解から生じる。もうひとつの困難は、領域化された市民か、グローバルな人類か、国境横断的なリスクの共同体かという「だれ」をめぐって対立するフレーム化から生じている。本書は、これらの難題をえぐり出しつつ批判理論化のもとで統合し、正義の理想を追究する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e正義の本当の課題は「何」なのか、その本当の主体は「誰」なのか。正義の秤＝尺度をめぐる難題を抉り出し批判理論化のもとで統合。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「何」が正義の本当の課題とみなされ、「誰」が正義の本当の主体とみなされるのか。本書は正義の秤＝尺度をめぐる諸難題をえぐり出し、批判理論化のもとで統合する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　謝辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　正義の秤、天秤と地図──序論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　グローバル化する世界で正義を再フレーム化すること\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　平等主義の二つのドグマ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　変則的正義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　公共圏の国境を横断すること──ポストウェストファリア的世界における世論の正統性と実効性について\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　フェミニズムの想像力を地図化すること──再分配から承認、そして代表へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　規律訓練からフレキシビリゼーションへ？　──グローバリゼーションの影のもとでフーコーを再読すること\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第8章　グローバリゼーションにおける人類の脅威──二一世紀をめぐるアレント的考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第9章　フレーム化の政治──ナンシー・フレイザーと語る（ケイト・ナッシュ、ヴィッキ・ベル）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　註記\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　文献一覧\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eN.フレイザー、A.ホネット著／加藤泰史監訳『再配分か承認か？』\n\u003cbr\u003eM.ヌスバウム著／神島裕子訳『正義のフロンティア』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナンシー・フレイザー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフレイザー ナンシー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Nancy Fraser）\n\u003cbr\u003e1947年、アメリカのボルティモア生まれ。1980年にニューヨーク市立大学大学院で哲学の博士号を取得。現在はニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチの哲学科で、政治学および社会科学講座の教授を務める。フェミニズムの理論家としても著名で、アメリカ批判理論の代表者のひとりである。\n\u003cbr\u003e最新刊に Fortunes of Feminism: From Women's Liberation to Identity Politics to Anti-Capitalism（ London: Verso, 2013）、主な邦訳に、『中断された正義──「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察』（仲正昌樹監訳、御茶の水書房、2003年）、『再配分か承認か? ──政治・哲学論争』（アクセル・ホネットと共著、加藤泰史監訳、法政大学出版局、2012年）、『九・一一とアメリカ知識人』（エリ・ザレツキーと共著、仲正昌樹訳、御茶の水書房、2002年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e向山 恭一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e向山恭一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eササヤマ キョウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1964年生まれ。新潟大学教授。政治思想専攻。\n\u003cbr\u003e著書に『対話の倫理──ヘテロトピアの政治に向けて』（ナカニシヤ出版、2001年）、訳書に、セイラ・ベンハビブ『他者の権利──外国人・居留民・市民』（法政大学出版局、2006年）、ウェンディ・ブラウン『寛容の帝国──現代リベラリズム批判』（法政大学出版局、2010年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"ナンシー・フレイザー：著, 向山 恭一：訳\u003cbr\u003e2013年09月24日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969631392032,"sku":"60327","price":3630.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603273_0.jpg?v=1764204239"},{"product_id":"isbn978-4-588-60333-4","title":"歴史的賠償と「記憶」の解剖","description":"\u003cp\u003e9784588603334\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60333-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603337\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60333-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e歴史的賠償と「記憶」の解剖\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレキシテキバイショウトキオクノカイボウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eホロコースト・日系人強制収容・奴隷制・アパルトヘイト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eホロコーストニッケイジンキョウセイシュウヨウドレイセイアパルトヘイト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eかつて賠償という語は、国家間の戦争の賠償を意味するものだったが、いまでは国家が民族集団や個人に対して行なった残虐行為や犯罪に対するあらゆる形の対応を包含するようになった。本書は、それぞれの地域の歴史的賠償が、いかなる共通の時代背景をもち、先行する歴史的経験にどのような影響を受けてきたかを具体的な事例をもとに比較考察し、賠償政治の見取り図を提示する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e各々の地域の歴史的賠償における共通の時代背景をもち、先行する歴史経験にどのような影響を受けてきたか事例をもとに比較考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e各々の地域の歴史的賠償が、いかなる共通の時代背景をもち、先行する歴史経験にどのような影響を受けてきたか事例をもとに比較考察し、賠償政治の見取り図を提示。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　日本語版への序文　\n\u003cbr\u003e　謝辞　\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　浮上する水面下の歴史\n\u003cbr\u003e過去を償う：簡略な思想史／歴史の雪崩／未来の崩壊Ｉ：社会主義／未来の崩壊Ⅱ：国民 = 国家／未来の後の過去／標準とひな型としてのホロコースト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　賠償政治の解剖　\n\u003cbr\u003e賠償の定義／賠償政治の見取り図／移行的正義／賠償金／謝罪と遺憾の意／合意にもとづく過去に向かって\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　記念・補償・和解──日系アメリカ人と日系カナダ人の賠償要求（ローザ・セヴィとの共同執筆）\n\u003cbr\u003e背景：強制収容の経験／賠償と和解／補償活動とその結果／補償の影響／博物館と記念／過去と現在の類似性：九・一一／結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　四○エーカー ──アメリカの黒人にとっての賠償\n\u003cbr\u003e黒人のアメリカ人に対する賠償を求める闘争／合衆国における黒人に対する賠償：現在にいたる展開／結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　ポストコロニアルな賠償──アパルトヘイト後のナミビアと南アフリカにおける賠償政治\n\u003cbr\u003eナミビアにおける賠償政治／アパルトヘイト後の南アフリカにおける賠償政治／南アフリカにおける記念的賠償要求／象徴的賠償要求から反制度的賠償要求へ／ラディカルな反制度的賠償要求：SARM／結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　註記　\n\u003cbr\u003e　索引　\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eJ.トーピー著／藤川隆男監訳『パスポートの発明』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジョン・トーピー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトーピー,J.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（John C. Torpey）\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。カリフォルニア大学アーヴァイン校の社会学助教授，ブリティシュ・コロンビア大学の人類学・社会学・ヨーロッパ研究学科の准教授を歴任。現在，ニューヨーク市立大学大学院の社会学教授。カリフォルニア大学バークリー校から，社会学の博士号を取得。主な著書に，Intellectuals, Socialism,and Dissent: The East German Opposition and its Legacy（ Minneapolis, Minn:University of Minnesota Press, 1995）, The Invention of the Passport: Surveillance, Citizenship and the State（ Cambridge: Cambridge University Press, 1999）〔藤川隆男監訳『パスポートの発明──監視・シティズンシップ・国家』法政大学出版局，2008年〕， John Torpey and Jane Caplan（ eds.）, Documenting Individual Identity: TheDevelopment of State Practices in the Modern World（ Princeton, NJ: PrincetonUniversity Press 2001）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤川 隆男\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e藤川隆男\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフジカワ タカオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1959年生まれ。現在，大阪大学大学院文学研究科教授。オーストラリア史やホワイトネス・スタディーズの研究などを行なう。著書に，『オーストラリア歴史の旅』（朝日新聞社，1990 年），『猫に紅茶を──生活に刻まれたオーストラリアの歴史』（大阪大学出版会，2007年），『人種差別の世界史』（刀水書房，2011年），監訳書に，ジョン・トーピー『パスポートの発明─監視・シティズンシップ・国家』（法政大学出版局，2008年），編共著に，『オーストラリアの歴史──多文化社会の歴史の可能性を探る』（有斐閣，2004 年），『白人とは\n\u003cbr\u003e何か？──ホワイトネス・スタディーズ入門』（刀水書房，2005年），『アニメで読む世界史』（山川出版社，2011年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e酒井 一臣\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e酒井一臣\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサカイ カズオミ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ。現在，京都橘大学文学部歴史学科助教。日本外交史を文明論の観点から研究する。著書に，『近代日本外交とアジア太平洋秩序』（昭和堂，2009年）（大平正芳記念賞），『はじめて学ぶ日本外交史』（昭和堂，2013年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e津田 博司\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e津田博司\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eツダ ヒロシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1981年生まれ。現在，筑波大学人文社会系助教。オーストラリアとカナダを中心とするイギリス帝国史の研究を行なう。著書に，『戦争の記憶とイギリス帝国─オーストラリア，カナダにおける植民地ナショナリズム』（刀水書房，2012年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2014年1月上・中旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2014年4月12日号／松原宏之氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「西洋史学」（No.253、2014年発行／布施将夫氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史評論」（2015年5月号／荒井信一氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ジョン・トーピー：著, 藤川 隆男：訳, 酒井 一臣：訳, 津田 博司：訳\u003cbr\u003e2013年11月11日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969631850784,"sku":"60333","price":4070.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603334_0.jpg?v=1764204263"},{"product_id":"isbn978-4-588-60334-1","title":"歴史のなかの障害者","description":"\u003cp\u003e9784588603341\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60334-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603345\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60334-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e歴史のなかの障害者\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレキシノナカノショウガイシャ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e障害者とはどのような主体であるのか。何が障害なのか。歴史的な障害生成のプロセスと社会的背景、さらに、障害を持つといわれる人々に対する認識はどのようなものなのだろうか。本書は、日本、ドイツ、イギリスを対象に、学校、職場、病院、社会事業などにおける障害者の生活の歴史をひも解き、具体的かつ多面的に描きだすことで、現代社会が抱える《共生》の問題を考える。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e障害者とはどのような主体なのか。歴史的な障害生成のプロセスと社会的背景、生活のありようを、日独英を対象に多面的に描きだす。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e障害者とはどのような主体なのか。歴史的な障害生成のプロセスと社会的背景、障害者に対する認識や彼らの生活のありようを、日独英の歴史をひも解き多面的に描く。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e巻頭言　どんな人間になるかが大切なんだよ（長瀬修）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはじめに（山下麻衣）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　初等教育と知的障害児（山下麻衣）\n\u003cbr\u003e　東京市尋常小学校の特別学級を事例として\n\u003cbr\u003e　一　尋常小学校のなかの特別学級\n\u003cbr\u003e　二　東京市における特別学級設置の背景\n\u003cbr\u003e　三　東京市における補助学級児童の選定過程と特徴\n\u003cbr\u003e　四　特別学級における卒業後の進路\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　学校と発話障害児（梅原秀元）\n\u003cbr\u003e　ドイツにおける発話障害とそれをめぐる知とケアの確立\n\u003cbr\u003e　一　学校と障害\n\u003cbr\u003e　二　学校における「普通の」子どもと「普通ではない」子ども\n\u003cbr\u003e　三　デュッセルドルフにおける発話障害児へのケア\n\u003cbr\u003e　四　「完全／不完全」な身体\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【エッセイ1】　神話のなかの障害者（松井彰彦）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　脳病院と精神障害の歴史（鈴木晃仁）\n\u003cbr\u003e　昭和戦前期の精神病院における患者デモグラフィと治療の構造\n\u003cbr\u003e　一　〈定義と切断〉と〈内容と構成〉\n\u003cbr\u003e　二　患者の入退院のパターン\n\u003cbr\u003e　三　薬剤と治療法\n\u003cbr\u003e　四　市場・政策・「それで？」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　工業化と障害者（長廣利崇）\n\u003cbr\u003e　工場法施行令の分析\n\u003cbr\u003e　一　戦前期日本の障害者は生活に困窮していたのか？\n\u003cbr\u003e　二　工場法施行令による労働災害補償\n\u003cbr\u003e　三　工場法施行令と障害の基準\n\u003cbr\u003e　四　工場法施行令の改正\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【エッセイ２】　共活という思想──体験的自分詩「闇の反撃」が生まれるまで（廣瀬浩二郎）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　社会階層と「精神薄弱者」（大谷誠）\n\u003cbr\u003e　二○世紀前半のイギリスを事例として\n\u003cbr\u003e　一　「精神薄弱者問題」からの問いかけ\n\u003cbr\u003e　二　「精神薄弱者政策」とトレッドゴールド医師\n\u003cbr\u003e　三　トレッドゴールドと上流・中流階級の精神薄弱者\n\u003cbr\u003e　四　公的管理への抵抗\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　社会事業と肢体不自由児（中野智世）\n\u003cbr\u003e　近代ドイツにおける「クリュッペル」保護事業\n\u003cbr\u003e　一　「クリュッペル」とは\n\u003cbr\u003e　二　国内伝道会によるクリュッペル救済事業\n\u003cbr\u003e　三　整形外科医によるクリュッペル保護事業\n\u003cbr\u003e　四　慈善と医学のあいだで\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【エッセイ３】　部落史で読み解く──もののけ姫に見る賤民・病者・障害者（灘本昌久）\n\u003cbr\u003e【エッセイ４】　障害者の近世・近代　（小林丈広）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　戦争と障害者の家族（藤原哲也）\n\u003cbr\u003e　傷痍軍人の妻の視点からの戦後史\n\u003cbr\u003e　一　傷痍軍人とその妻たち\n\u003cbr\u003e　二　傷痍軍人と女性の結婚\n\u003cbr\u003e　三　戦後における傷痍軍人と妻の生活\n\u003cbr\u003e　四　「傷痍軍人妻の会」の設立と活動\n\u003cbr\u003e　五　傷痍軍人と妻の戦後史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【エッセイ５】　映画で読み解く障害者──アメリカ合衆国を例に（藤原哲也）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　あとがき\n\u003cbr\u003e　文献案内\n\u003cbr\u003e　人名・事項索引 \u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［著者紹介］（執筆順）　＊は編著者\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e長瀬　修（ナガセ　オサム）［巻頭言］\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。現在，立命館大学生存学研究センター招聘研究教員（教授）。専攻は障害学。主な著書に『障害者の権利条約と日本（増補改訂版）』（共編著，生活書院，2012年）；Creating a Society for All: Disability and Economy (co-editor, Leeds: Disability Press, University of Leeds, 2012);『障害者の権利条約──国連作業部会草案』（共編著，明石書店，2004年）；『障害学を語る』（共編著，スペース96，2000年）；『障害学への招待』（共編著，明石書店，1999年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山下　麻衣（ヤマシタ　マイ）［はじめに，第1章，文献紹介（日本の項）］＊\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e梅原　秀元（ウメハラ ヒデハル）［第2章］\n\u003cbr\u003e1970年生まれ。デュッセルドルフ大学医学史学科研究員。専攻はドイツ近現代社会史および医療史。主な著書・論文に Gesunde Schule und gesunde Kinder - Schulhygiene in Dusseldorf 1880-1933 (Essen: Klartext-Verlag, 2013); ?Geburt der modernen Schulhygiene - der Breslauer Augenarzt und Schulhygieniker Hermann Cohn (1838-1906),‘ in Bozena Plonska-Syroka \/ Fritz Dross, Hrsg., Nachbarschaft und Grenze: Medizin, Geschichte und Kultur im Polnisch-Deutsch Dialog (Wroclaw: Oficyna Wydawnicza Arboretum 2010); H. Umehara et al., ?Von der Schizophrenie zum ?Syndrom des zeitweiligen Verlustes der Einheit der Gedanken\/des Gefuhls“: Ursachen und Folgen der Umbenennung der Schizophrenie in Japan im Jahre 2002,‘ in Nervenarzt, Bd. 82 (2011)，ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e松井　彰彦（マツイ　アキヒコ）［コラム１］\n\u003cbr\u003e1962年生まれ。現在，東京大学大学院経済学研究科教授。専攻は，理論経済学，ゲーム理論，障害と経済。主な編著書に，『慣習と規範の経済学──ゲーム理論からのメッセージ』（東洋経済新報社，2002年），『高校生からのゲーム理論』（ちくまプリマー新書，2010年），『障害を問い直す』（編著，東洋経済新報社，2011年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木　晃仁（スズキ アキヒト）［第3章］\n\u003cbr\u003e1963年生まれ。慶應義塾大学経済学部教授。専攻は医学史。主な著書・論文に，Madness at Home: The Psychiatrist, the Patient, and the Family in England, 1820-1860 (Berkeley: University of California Press, 2006); ‘Measles and the Transformation of the Spatio-Temporal Structure of Modern Japan’, Economic History Review, 62 (2009); ‘Smallpox and the Epidemiological Heritage of Modern Japan: Towards a Total History’, Medical History, 55 (2011)，などがある。現在は20世紀前半の東京の精神病院の症例誌を利用して，Modernity and Mental Illness in Modernist Tokyo 1920-1945 (仮題) を執筆している。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e長廣　利崇（ナガヒロ　トシタカ）［第4章，文献紹介（日本の項）］\n\u003cbr\u003e1976年生まれ。現在，和歌山大学経済学部准教授。専攻は日本経済史・経営史。主な著書・論文に，『戦間期日本石炭鉱業の再編と産業組織──カルテルの歴史分析』（日本経済評論社，2009年）；「戦間期日本における高等商業学校の就職斡旋活動」『大阪大学経済学』第63巻1号（2013年6月），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e広瀬　浩二郎（ヒロセ　コウジロウ）［コラム２］\n\u003cbr\u003e1967年生まれ。13歳のときに失明。現在，国立民族学博物館民族文化研究部准教授。専門は日本宗教史，触文化論。主な著書に，『障害者の宗教民俗学』（明石書店，1997年）；『さわる文化への招待──触覚でみる手学問のすすめ』（世界思想社，2009年）；『万人のための点字力入門──さわる文字から、さわる文化へ』（編著，生活書院，2010年）；『さわって楽しむ博物館──ユニバーサル・ミュージアムの可能性』（編著，青弓社，2011年）；『さわっておどろく！──点字・点図がひらく世界』（共著，岩波ジュニア新書，2011年），など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大谷　誠（オタニ　マコト）［第5章，文献紹介（イギリスの項）］\n\u003cbr\u003e1967年生まれ。現在，同志社大学文学部嘱託講師。専攻はイギリス近現代史・医療社会史。主な論文に，「世紀転換期イギリスにおける『精神薄弱者問題』──上流・中流階級と『公』的管理」川越修・鈴木晃仁編著『分別される生命──二○世紀社会の医療戦略』（法政大学出版局，2008年）；「知的障害の歴史──イギリスと日本の事例」（山下麻衣と分坦執筆）松井彰彦・川島聡・長瀬修編『障害を問い直す』（東洋経済新報社，2011年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中野　智世（ナカノ　トモヨ）［第6章，文献紹介（ドイツの項）］\n\u003cbr\u003e1965年生まれ。現在，京都産業大学経営学部准教授。専攻は社会福祉史，ドイツ近現代史。主な著書に，『福祉』（共編著，近代ヨーロッパの探求⑮，ミネルヴァ書房，2012年）；「近代ドイツにおける女性福祉職」赤阪俊一・柳谷慶子編『生活と福祉』（ジェンダー史叢書第8巻，明石書店，2010年）；Familienfursorge in der Weimarer Republik. Das Beispiel Dusseldorf (Dusseldorf: Droste Verlag, 2008)，ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e灘本　昌久（タダモト　マサヒサ）［コラム３］\n\u003cbr\u003e1956年生まれ。現在，京都産業大学文化学部教授。専攻は，日本近代史，部落史。主な著書に，『京都の部落史』全10巻（京都部落史研究所，1983-95年），『「ちびくろサンボ」絶版を考える』（径書房，1990年），『部落の過去・現在・そして…』（共著、阿吽社，1991年），『脱常識の部落問題』（共編、かもがわ出版，1998年），『ちびくろサンボよ　すこやかによみがえれ』（径書房，1999年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e小林　丈広（コバヤシ　タケヒロ）［コラム４］\n\u003cbr\u003e1961年生まれ。現在，奈良大学文学部教授。専攻は日本史学。主な著書に，『明治維新と京都──公家社会の解体』（臨川書店，1998年），『京都町式目集成』（京都市歴史資料館，1999年），『近代日本と公衆衛生──都市社会史の試み』（雄山閣出版，2001年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤原　哲也（フジワラ　テツヤ）［第7章，コラム５，文献紹介（アメリカの項）］\n\u003cbr\u003e1968年生まれ。現在，福井大学医学部教授。専攻は，日本・アメリカ障害者史。主な論文に，「第二次世界大戦期におけるアメリカ合衆国のリハビリテーション対策」『中・四国アメリカ研究』第4号（2009年）；‘Japan's other Forgotten Soldiers’, in Christopher Gerteis and Timothy S. George, eds., Japan Since 1945 from Postwar to Post-Bubble (London: Bloomsbury, 2013)，ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山下 麻衣\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山下麻衣\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマシタ マイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1974年生まれ。現在，京都産業大学経営学部准教授。専攻は近代日本看護史，日本経済史，日本経営史。主な論文に，「明治期日本における看護婦の誕生――内務省令『看護婦規則』前史」川越修・鈴木晃仁編著『分別される生命――二○世紀社会の医療戦略』（法政大学出版局，2008年）；「明治期以降における看護婦資格制度の変遷」『大阪大学経済学』第50巻4号（2001年3月），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「図書新聞」（2014年7月19日号、2014年上半期読書アンケート／小松美彦氏・評）\n\u003cbr\u003e「社会経済史学」（第80巻4号、2015年2月発行／川越敏司氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「科学史研究」（2017年1月号／原田玄機氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"山下 麻衣：編著\u003cbr\u003e2014年02月12日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969632637216,"sku":"60334","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603341_0.jpg?v=1764204267"},{"product_id":"isbn978-4-588-60335-8","title":"身の丈の経済論","description":"\u003cp\u003e9784588603358\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60335-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603353\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60335-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1322\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e身の丈の経済論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミノタケノケイザイロン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eガンディー思想とその系譜\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eガンディーシソウトソノケイフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e産業革命以降の大量生産・消費・廃棄、環境破壊という近代化の歴史と、それに続くグローバル化の流れは、人類を含む生態系をますます危機にさらしてきた。本書は、I.イリイチの「コンヴィヴィアリティ（自立共生）」という概念を手かがりにして、人間と人間、人間と自然のより豊かな関係性を追求したガンディー思想をつぶさにたどることで、持続可能な社会への転換の途を探る。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化が進む中で、人間と人間、人間と自然のより豊かな関係性を追求したガンディー思想を軸に持続可能な社会への転換を考える\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグローバル化が進むなかで、人間と人間、人間と自然のより豊かでコンヴィヴィアルな関係性を追求したガンディー思想を軸に、持続可能な社会への転換を考える。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　身の丈の経済論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　ガンディーの生涯――「真理」の実験の記録\n\u003cbr\u003e一　西洋との出会い――生誕からイギリス留学時代まで\n\u003cbr\u003e二　「真理」の模索――南アフリカ時代\n\u003cbr\u003e三　「真理」の実践――インド帰国から暗殺まで\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　ガンディー研究をめぐる論点\n\u003cbr\u003e一　近代主義による批判\n\u003cbr\u003e二　ポスト近代主義などによる再評価\n\u003cbr\u003e三　もうひとつの理解の可能性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　宗教観――コンヴィヴィアルな倫理の形成\n\u003cbr\u003e一　ヒンドゥー教――『バガヴァッド・ギーター』を中心として\n\u003cbr\u003e二　ジャイナ教および仏教――インドの本格的アヒンサー思想\n\u003cbr\u003e三　キリスト教――『聖書』と異端思想\n\u003cbr\u003e四　「真理」観――ヴェーバー的「禁欲」との比較\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　経済思想の基本構造\n\u003cbr\u003e一　近代文明批判\n\u003cbr\u003e二　自由主義経済学およびマルクス主義への批判\n\u003cbr\u003e三　ガンディー＝タゴール論争\n\u003cbr\u003e四　脱近代の経済建設\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　チャルカー運動\n\u003cbr\u003e一　運動にたいする評価\n\u003cbr\u003e二　「協同組合的社会」建設の端緒――第一期（一九二〇‐三四年）\n\u003cbr\u003e三　「真の経済学」と運動の波及効果――第二期（一九三四‐四四年）\n\u003cbr\u003e四　市場からの脱却をめざして――第三期（一九四四‐四八年）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　受託者制度理論\n\u003cbr\u003e一　理論にたいする評価\n\u003cbr\u003e二　大資本家との出会い\n\u003cbr\u003e三　マルクス主義の浸透\n\u003cbr\u003e四　社会主義の影響\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　ガンディー死後の「ガンディー主義」――サルヴォーダヤ運動\n\u003cbr\u003e一　マルクス主義による批判\n\u003cbr\u003e二　国家政策における位置づけ\n\u003cbr\u003e三　サルヴォーダヤ運動の展開\n\u003cbr\u003e四　サルヴォーダヤ運動の分裂と継承\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　ガンディー思想と経済学\n\u003cbr\u003e一　シューマッハーとガンディー思想\n\u003cbr\u003e二　「スモール・イズ・ビューティフル」\n\u003cbr\u003e三　中間（適正）技術\n\u003cbr\u003e四　系譜と意義――センの諸概念に照らして\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　ガンディー思想とグローバリゼーション\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　註記\n\u003cbr\u003e　あとがき\n\u003cbr\u003e　引用・参考文献\n\u003cbr\u003e　ガンディー年譜\n\u003cbr\u003e　事項索引\n\u003cbr\u003e　人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eA.O.ハーシュマン著／矢野修一・他訳『連帯経済の可能性』\n\u003cbr\u003eA.H.アムスデン著／原田太津男・ 尹春志訳『帝国と経済発展』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e石井 一也\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e石井一也\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイシイ カズヤ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1964年、東京都生まれ。\n\u003cbr\u003e1988年、早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。1997年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。\n\u003cbr\u003e香川大学法学部講師、助教授、スタンフォード大学経済学部客員研究員などを経て、2008年より香川大学法学部教授。博士（経済学）。\n\u003cbr\u003e主な業績として、共著に、本山美彦編著『開発論のフロンティア』（同文舘出版、1995年）、八木紀一郎編『経済思想⑪ 非西欧圏の経済学――土着・伝統的経済思想とその変容』第11巻（日本経済評論社、2007年）、監訳として、アジット・K.ダースグプタ著『ガンディーの経済学――倫理の復権を目指して』（作品社、2010年）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「日本経済新聞」（2014年5月4日付）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「朝日新聞」（2014年5月18日付／諸富徹氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2014年5月中・下旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2014年8月2日号／福本圭介氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「週刊読書人」（2014年12月19日号、2014年回顧　収穫動向／関智英氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"石井 一也：著\u003cbr\u003e2014年03月24日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969642303776,"sku":"60335","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603358_0.jpg?v=1764204271"},{"product_id":"isbn978-4-588-60336-5","title":"医師の社会史","description":"\u003cp\u003e9784588603365\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60336-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603361\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60336-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e医師の社会史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイシノシャカイシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地台湾の近代と民族\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eショクミンチタイワンノキンダイトミンゾク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本植民地統治下で近代化を推進する役割を担った「国家の医師」は、文化的抑圧とイデオロギー的制圧の下で、何を犠牲にし、何を獲得しようとし、そして如何なる「抵抗」を試みたのか。歴史における植民地主義の問題と、社会学における専門職業化の問題を架橋し、冷徹な分析をしつつも、抑圧される側の複数の声への深い共感によって、医師たちの深い内面的な闘争と相克を描き出す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地統治下のさまざまな軋轢の中で近代化を推進する役割を担った「国家の医師」たちのアイデンティティは、如何に形成されたのか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地統治下の軋轢の中で近代化を推進する役割を担った「国家の医師」たちの内面的な闘争と相克を、抑圧される側が発した複数の声への深い共感から描き出す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序言\n\u003cbr\u003e謝辞\n\u003cbr\u003e日本語版への序文\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　日本統治下の台湾人医師──対立する矛盾と交渉するアイデンティティ\n\u003cbr\u003e第2章　台湾──植民地権力の結びつき\n\u003cbr\u003e第3章　国家の医師（1920年─1931年）\n\u003cbr\u003e第4章　運動解体の時代（1931─1936）\n\u003cbr\u003e第5章　医学的近代主義者（1937─1945）\n\u003cbr\u003e第6章　医学における境界──中国における同仁会プロジェクト\n\u003cbr\u003e第7章　専門職のアイデンティティ、植民地的両義性と近代性のエージェント\n\u003cbr\u003e付論──史料とデータについて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e注\n\u003cbr\u003e参考文献\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鄭栄桓著『朝鮮独立への隘路』\n\u003cbr\u003e磯前順一著『閾の思考』\n\u003cbr\u003e池田亮著『植民地独立の起源』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eロー・ミンチェン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミンチェン,L.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Ming-Cheng M. Lo, 駱明正）\n\u003cbr\u003e1996年よりカリフォルニア大学デーヴィス校社会学科にて助教，准教授を務めた後，2011年より同教授。\n\u003cbr\u003e主要業績：Handbook of Cultural Sociology （共編，2010, London: Routledge）， “CulturalBrokerage: Creating Linkages between Voices of Lifeworld and Medicine in Cross-Cultural Clinical Settings”, Health 14 (5); “Hybrid Cultural Codes in Non-Western Civil Society: Images of Women in Taiwan and Hong Kong”, （共著）， Sociological Theory, 28 (2)など多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e塚原 東吾\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e塚原東吾\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eツカハラ トウゴ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1961年東京生まれ。ライデン大学医学部にて1993年博士号取得。\n\u003cbr\u003e現在，神戸大学大学院国際文化学研究科教授。\n\u003cbr\u003e主要業績：『科学と帝国主義──日本植民地の帝国大学の科学史』（皓星社，2006）；「〈帝国〉とテクノサイエンス」『現代思想』41巻9号（2013年7月号）；「ポスト・ノーマル時代の科学の公共性」『科学』vol. 83, no. 3（2012年3月号）；カウシック・S・ラジャン 著『バイオ・キャピタル──ポストゲノム時代の資本主義』（青土社，2011，翻訳）；ダニエル・R・ヘッドリク『情報時代の到来──「理性と革命の時代」における知識のテクノロジー』（法政大学出版局，2011，共訳）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「図書新聞」（2014年11月22日号／加藤茂夫氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ロー・ミンチェン：著, 塚原 東吾：訳\u003cbr\u003e2014年04月04日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969642664224,"sku":"60336","price":4840.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603365_0.jpg?v=1764204275"},{"product_id":"isbn978-4-588-60337-2","title":"秩序を乱す女たち？","description":"\u003cp\u003e9784588603372\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60337-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458860337X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60337-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e秩序を乱す女たち？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチツジョヲミダスオンナタチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治理論とフェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイジリロントフェミニズム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eルソーをはじめ従来の政治理論家は、女性は社会秩序を破壊するので危険と考え、排除しつづけた。本書は、世界的に著名な政治学者が、これをフェミニズムの視点から批判的に再検討したものである。女性の政治参加が進まず、政治学でフェミニズムを語ることがまだ一般的ではない現在、必読の文献となるだろう。日本語版への序文所収。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e従来の政治理論家は、女性は社会秩序を破壊するので危険とし、排除しつづけた。これをフェミニズムの視点から批判的に再検討した書。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e従来の政治理論家は、女性は社会秩序を破壊するので危険とし、排除しつづけた。世界的に著名な政治学者が、これをフェミニズムの視点から批判的に再検討した書。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　「秩序を乱す女たち」：女性、愛、正義感覚\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　兄弟愛的な社会契約\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　政治的義務の正当化\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　女性と同意\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　昇華と実体化：ロック、ウォーリン、政治的なるもののリベラル・デモクラシー的概念\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　公／私の二元論に対するフェミニズムの批判\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　『市民文化』：ひとつの哲学的批判\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第8章　家父長的な福祉国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第9章　フェミニズムとデモクラシー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eW.ブラウン著／向山恭一訳『寛容の帝国』\n\u003cbr\u003eW.キムリッカ著／岡﨑晴輝監訳『土着語の政治』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキャロル・ペイトマン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eペイトマン,C.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Carole Pateman, 1940- ）\n\u003cbr\u003e英国サセックス生まれ。1971年ブライアン・バリーの指導の下オックスフォード大学で哲学博士号を取得。シドニー大学所属中に複数の大学・研究機関の客員教授等をつとめ，1990年カリフォルニア大学ロスアンジェルス校の政治学教授に就任。現在，同大学の特別名誉教授。\n\u003cbr\u003e世界的に高名な政治理論家であり，日本ではこれまで『参加と民主主義理論』（寄本勝美訳，早稲田大学出版局，1977年）が翻訳されている。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山田 竜作\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山田竜作\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマダ リュウサク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1967年福島県生まれ。創価大学国際教養学部教授（政治理論）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『大衆社会とデモクラシー──大衆・階級・市民』風行社，2004年，Democracy and Mass Society: A Japanese Debate, 学術出版会，2006年，『シティズンシップ論の射程』（共編）日本経済評論社，2010年，『語る──熟議／対話の政治学』（共著）風行社，2010年，『新しい政治主体像を求めて──市民社会・ナショナリズム・グローバリズム』（共著）法政大学出版局，2014年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2014年9月上旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2014年11月8日号／岡野八代氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e月刊「みすず」（2015年1・2月合併号、読書アンケート特集／岡野八代氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e月刊「みすず」（2015年1・2月合併号、読書アンケート特集／牟田和恵氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"キャロル・ペイトマン：著, 山田 竜作：訳\u003cbr\u003e2014年07月03日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969644597536,"sku":"60337","price":4290.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603372_0.jpg?v=1764204279"},{"product_id":"isbn978-4-588-60338-9","title":"標的とされた世界","description":"\u003cp\u003e9784588603389\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60338-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603388\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60338-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e標的とされた世界\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒョウテキトサレタセカイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦争、理論、文化をめぐる考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセンソウリロンブンカヲメグルコウサツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあらゆるものが視覚的表象となった原子爆弾投下後の世界において、他者の他者性を標的としつづけるアメリカの超越的欲望を論じた「世界が標的となる時代」、差異や他者性を内部化する強迫的な運動として脱構築を再考する「言及性への介入、あるいはポスト構造主義の外部」ほか。ドゥルーズによるフーコー読解を敷衍しつつポスト構造主義理論の閉鎖的空間を揺さぶり、その「外部」を問いに付す試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e原子爆弾投下後の世界におけるアメリカの超越的欲望を論じた「世界が標的となる時代」他、理論を揺さぶりその外部を問う三つの論考。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e原子爆弾投下後の世界におけるアメリカの超越的欲望を論じた「世界が標的となる時代」ほか、ポスト構造主義理論を揺さぶりその「外部」を問いに付す三つの論考。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eまえがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序論　アメリカ合州国におけるヨーロッパ発の理論\n\u003cbr\u003e　　近代における「自己言及性」の登場──人の堕落の物語\n\u003cbr\u003e　　言語のドラマ、第二幕──今回の主題は地域研究\n\u003cbr\u003e　　「アメリカで」\n\u003cbr\u003e　　フーコーの啓示\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　世界が標的となる時代──原子爆弾、他者性、地域研究\n\u003cbr\u003e　　見ることは破壊すること\n\u003cbr\u003e　　仮想となった世界\n\u003cbr\u003e　　自己と他者の軌道\n\u003cbr\u003e　　原子爆弾から地域研究へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　言及性への介入、あるいはポスト構造主義の外部\n\u003cbr\u003e　　（ポスト）構造主義的幽閉？──無敵の神話\n\u003cbr\u003e　　ポスト構造主義的遅延──時間性としての文学の働き\n\u003cbr\u003e　　ポスト構造主義的なアイデンティティの力学\n\u003cbr\u003e　　外部というパラドクス\n\u003cbr\u003e　　時間性というレトリックを再考する\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　文学研究における比較という古くて新しい問題──ポストヨーロッパという視点\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　原註\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレイ・チョウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチョウ,R.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Rey Chow）\n\u003cbr\u003e1957年、香港生まれ。スタンフォード大学で博士号取得。ミネソタ大学助教授、カリフォルニア大学アーヴァイン校教授、ブラウン大学教授を経て、現在、デューク大学アン・フィロール・スコット文学教授。日本語訳された著書に『ディアスポラの知識人』（本橋哲也訳、青土社、1998年）、『プリミティヴへの情熱──中国・女性・映画』（本橋哲也・吉原ゆかり訳、青土社、1999年）、『女性と中国のモダニティ』（田村加代子訳、みすず書房、2003年）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本橋 哲也\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e本橋哲也\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eモトハシ テツヤ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1955年、東京生まれ。英国ヨーク大学大学院にて博士号取得。東京都立大学人文学部助教授を経て、現在、東京経済大学コミュニケーション学部教授。著書に『ポストコロニアリズム』（岩波書店、2005年）、『思想としてのシェイクスピア』（河出書房新社、2010年）、『深読みミュージカル』（青土社、2011年）など、訳書にヒューム『征服の修辞学』（共訳、法政大学出版局、1995年）、バーバ『文化の場所』（共訳、法政大学出版局、2005年）、ロイ『民主主義のあとに生き残るものは』（岩波書店、2012年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2015年1月上・中旬号）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"レイ・チョウ：著, 本橋 哲也：訳\u003cbr\u003e2014年11月17日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969646956832,"sku":"60338","price":2640.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603389_0.jpg?v=1764204283"},{"product_id":"isbn978-4-588-60339-6","title":"言葉と爆弾","description":"\u003cp\u003e9784588603396\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60339-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603396\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60339-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1398\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e言葉と爆弾\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコトバトバクダン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eなぜ神と正義の名のもとに冷酷なテロや殺戮に手を染め、憎悪の連鎖へと世界を巻きこむのか。映画から小説まで幅広く活躍する作家が、パキスタン系というみずからのアイデンティティとの葛藤のなかで、移民の子供たちがイスラム原理主義に傾倒する背景を、痛ましいほどの皮膚感覚で受け止め、神学や思想の言葉ではなく、現代の郊外を生きる人間の言葉で表現する。エッセイと小説をあわせて収録。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e若者がイスラム原理主義に傾倒する背景を痛ましいほどの皮膚感覚で受け止める。自身も移民の子供である作家の小説とエッセイを収録。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e若者がイスラム原理主義に傾倒する背景を神学や思想の言葉でなく現代の郊外を生きる人間の言葉で表現する。自身も移民の子供である作家の小説とエッセイを収録。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e１　言葉と爆弾\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e２　虹のしるし\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e３　ブラック・アルバム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e４　まさにこの道\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e５　俺の子が狂信者\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e６　ブラッドフォード\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e７　セックスと世俗文化\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e８　困難な対話を続けよう\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e９　文化のカーニバル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳注\n\u003cbr\u003e訳者解説\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハニフ・クレイシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクレイシ,H.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Hanif Kureishi）\n\u003cbr\u003e1954年、ロンドン郊外のブロムリーに生まれる。父はインドのボンベイ（現在のムンバイ）生まれの移民でパキスタン大使館で働き、イングランド人の母は製陶所で絵師として働いていた。ロンドンのキングズ・カレッジに入学。作家になる夢を抱いていたが、大学では哲学を専攻する。卒業を待たずにロイヤルコート劇場の案内係として働きはじめる。1976年に自作の『熱を吸い込む』が上演され、劇作家としてデビュー。1981年にロイヤルコート劇場のライター・イン・レジデンス（座付き作家）となる。1985年に脚本を書いた映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』、1987年に『サミー＆ロージィ／それぞれの不倫』が公開され、1990年には『郊外のブッダ』で小説家デビューを果たす。1991年には自ら監督をした『ロンドン・キルズ・ミー』が公開。以降は小説を中心に執筆活動を行っている。邦訳された作品に、『ミッドナイト・オールデイ』（中川五郎訳、アーティストハウス／角川書店）、『パパは家出中』（中川五郎訳、アーティストハウス／角川書店）、『ぼくは静かに揺れ動く』（中川五郎訳、アーティストハウス／角川書店）、『郊外のブッダ』（古賀林幸訳、中央公論社）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e武田 将明\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e武田将明\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタケダ マサアキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。デフォーとスウィフトを中心に研究すると同時に日本とイギリスの現代文学についての評論活動も行う。「囲われない批評──東浩紀と中原昌也」（『群像』2008年6月号）で群像新人文学賞（評論部門）受賞。著書に『「ガリヴァー旅行記」徹底注釈』（共著、岩波書店）、『イギリス文学入門』（共著、三修社）など。訳書に、デフォー『ロビンソン・クルーソー』（河出文庫）、サミュエル・ジョンソン『イギリス詩人伝』（共訳、筑摩書房）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「週刊ダイヤモンド」（2015年7月4日号／宮野源太郎氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「朝日新聞」（2015年7月19日付／島田雅彦氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「週刊新潮」（2015年8月6日号／小山太一氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2015年8月上旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「本の雑誌」（2015年9月号／都甲幸治氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2015年9月12日号／原田範行氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「理念と経営」（2015年11月号／嵐公人氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2016年12月12日号、海外文学・文化回顧2015／原田範行氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「日本経済新聞」（2016年5月22日付／吉田徹氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ハニフ・クレイシ：著, 武田 将明：訳\u003cbr\u003e2015年05月25日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969657573664,"sku":"60339","price":3080.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603396_0.jpg?v=1764204287"},{"product_id":"isbn978-4-588-60340-2","title":"ヴェール論争","description":"\u003cp\u003e9784588603402\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60340-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458860340X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60340-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヴェール論争\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヴェールロンソウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリベラリズムの試練\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリベラリズムノシレン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨーロッパ社会とイスラム移民の政治的・社会的な軋轢が増えている。本書はムスリム女性のヴェールを容認するイギリス、法律で禁止したフランス、キリスト教国家を前面に押し出すドイツの移民政策や受容と排除の問題を示す。著者はヴェールをアイデンティティを映す鏡ととらえ、自分とは何者かを直視し、どのような社会を持ちたいのか再考しなければならないと訴える。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e増えるヨーロッパとイスラムの政治的・社会的軋轢。英独仏3か国の移民政策や現在の課題を示し、リベラリズムの今後を考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e増えるヨーロッパとイスラムの政治的・社会的軋轢。英独仏3か国の移民政策や受容と排除の問題を取り上げ、アイデンティティを映す鏡としてヴェールを考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序文\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　西欧におけるイスラムのヘッドスカーフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　共和国フランスにおける生徒のヘッドスカーフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　キリスト教的－西洋的ドイツにおける教師のヘッドスカーフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　多文化主義国家イギリスにおける過激なヘッドスカーフ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　リベラリズムとムスリムの統合\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者解題\n\u003cbr\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクリスチャン・ヨプケ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨプケ,C.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Christian Joppke）\n\u003cbr\u003e1959年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校博士（社会学）。南カリフォルニア大学助教授、欧州大学院大学教授、ブリティッシュ・コロンビア大学教授、ブレーメン大学教授、パリ・アメリカ大学教授などを経て、現在、スイスのベルン大学教授。\n\u003cbr\u003e既訳書には『軽いシティズンシップ──市民、外国人、リベラリズムのゆくえ』岩波書店、2013年がある。その他の主著としては、Immigration and the Nation-State: The United States, Germany, and Great Britain, Oxford University Press, 1999, The Secular State Under Siege: Religion and Politics in Europe and America, Polity Press, 2015など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e伊藤 豊\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e伊藤豊\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイトウ ユタカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1967年高知県生まれ。山形大学人文学部教授（比較文化、文化交流史）。\n\u003cbr\u003e主な業績：ジェームズ・W. シーザー『反米の系譜学』（共訳）ミネルヴァ書房、2010年、『「リベラル・ナショナリズム」の再検討─―国際比較の観点から見た新しい秩序像』（共著）ミネルヴァ書房、2012年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e長谷川 一年\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e長谷川一年\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハセガワ カズトシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1970年岡山県生まれ。島根大学法文学部准教授（政治思想史）。\n\u003cbr\u003e主な業績：『政治概念の歴史的展開 第5巻』（共著）晃洋書房、2013年、デイヴィッド・ミラー「歪んだ材木か、曲げられた小枝か──バーリンのナショナリズム」（翻訳）『思想』第1087号、2014年11月ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e竹島 博之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e竹島博之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタケシマ ヒロユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1972年北海道生まれ。東洋大学法学部教授（政治哲学）。\n\u003cbr\u003e主な業績：バーナード・クリック『シティズンシップ教育論──政治哲学と市民』（共訳）法政大学出版局、2011年、ウィル・キムリッカ『土着語の政治──ナショナリズム・多文化主義・シティズンシップ』（監訳）法政大学出版局、2012年ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2015年8月中旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「朝日新聞」（2015年8月16日付／杉田敦氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2015年10月31日号／伊達聖伸氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「しんぶん　赤旗」（2016年2月7日付／伊東俊彦氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「女性とジェンダーの歴史」（第6号 2019年3月30日発行／鳥山純子氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"クリスチャン・ヨプケ：著, 伊藤 豊：訳, 長谷川 一年：訳, 竹島 博之：訳\u003cbr\u003e2015年06月03日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969657639200,"sku":"60340","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603402_0.jpg?v=1764204291"},{"product_id":"isbn978-4-588-60341-9","title":"国家とグローバル金融","description":"\u003cp\u003e9784588603419\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60341-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603418\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60341-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1330\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家とグローバル金融\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコッカトグローバルキンユウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e世界恐慌からブレトン・ウッズ体制期を経て新自由主義時代へ。金融市場のグローバル化を経済成長と技術革新の必然的帰結とみなす議論に異を唱え、国際経済における国家の「行動」と「選択」の重要性を指摘した画期的研究にして、気鋭の国際政治経済学者ヘライナーの原点とも言うべき著作。1980年代に金融大国だった日本がイニシアティヴを失っていく過程を論じる上でも不可欠の視座を示す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e金融市場のグローバル化を経済成長と技術革新の帰結とみなす議論に異を唱え、国際経済における国家の行動と選択の重要性を指摘する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e金融のグローバル化を市場の要請とする論調に疑金融市場のグローバル化を経済成長と技術革新の必然的帰結とみなす議論に異を唱え、国際経済における国家の「行動」と「選択」の重要性を指摘する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　日本語版への序文\n\u003cbr\u003e　序文\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　問題意識──グローバル金融の復活と国家\n\u003cbr\u003e　第一節　ブレトン・ウッズの制限的金融秩序\n\u003cbr\u003e　第二節　金融のグローバル化はなぜ起こったか\n\u003cbr\u003e　第三節　国家はグローバル化においてどのような役割を演じたのか\n\u003cbr\u003e　第四節　国家はなぜグローバル化を支持したのか\n\u003cbr\u003e　第五節　国家行動はなぜ貿易と金融で非常に異なったのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第 I 部　ブレトン・ウッズの制限的金融秩序\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　ブレトン・ウッズ体制と資本規制の承認\n\u003cbr\u003e　第一節　一九三一年以後の国際金融──自由主義的伝統の途絶\n\u003cbr\u003e　第二節　初期のケインズ案・ホワイト案\n\u003cbr\u003e　第三節　ニューヨークの銀行家からの反発\n\u003cbr\u003e　第四節　初期草案に対する若干の修正\n\u003cbr\u003e第三章　根強い警戒──交換性回復への緩慢で限定的な動き\n\u003cbr\u003e　第一節　資本逃避とキー・カレンシー構想の失敗\n\u003cbr\u003e　第二節　相殺融資としてのマーシャル・プラン援助\n\u003cbr\u003e　第三節　梃子としての対外援助か──一九四〇年代末の安定化プログラム\n\u003cbr\u003e　第四節　ドルとの交換性回復に向けたヨーロッパの慎重な動き──一九五〇年代の状況\n\u003cbr\u003e　第五節　日本における交換性回復への緩慢で限定的な動き\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第 II 部　グローバル金融の復活\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　ユーロ市場への支持──一九六〇年代の状況\n\u003cbr\u003e　第一節　ユーロ市場へのイギリスの支持\n\u003cbr\u003e　第二節　アメリカがユーロ市場を支持する二つの理由\n\u003cbr\u003e　第三節　開放性拡大への対処\n\u003cbr\u003e第五章　金融協力の失敗──一九七〇年代前半の状況\n\u003cbr\u003e　第一節　協調的資本規制とアメリカの反発\n\u003cbr\u003e　第二節　アメリカの新たな金融自由主義\n\u003cbr\u003e第六章　四つのターニング・ポイント──一九七〇年代後半から八〇年代前半の状況\n\u003cbr\u003e　第一節　イギリスにおける一国ケインズ主義の終焉（一九七六年）\n\u003cbr\u003e　第二節　ヴォルカー・シフト──外部規律のアメリカによる受容（一九七八～七九年）\n\u003cbr\u003e　第三節　ユーロ市場規制へのFRBの主体的取組み（一九七九～八〇年）\n\u003cbr\u003e　第四節　フランスにおけるミッテランのUターン（一九八一～八三年）\n\u003cbr\u003e第七章　金融自由化への転換──一九八〇年代の状況\n\u003cbr\u003e　第一節　三大金融センターにおける政治\n\u003cbr\u003e　第二節　主要な金融センター以外での自由化\n\u003cbr\u003e第八章　国際金融危機への対処\n\u003cbr\u003e　第一節　一九七四年の国際銀行危機\n\u003cbr\u003e　第二節　一九八二年の国際債務危機\n\u003cbr\u003e　第三節　一九八七年の株式市場の暴落\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第 III 部　結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　貿易の管理と金融の自由化──国家行動の解明\n\u003cbr\u003e　第一節　集合行為の異なる力学\n\u003cbr\u003e　第二節　中央銀行当局者──国境を越えた知識共同体の萌芽\n\u003cbr\u003e　第三節　貿易・金融面における国家のパワーと関心の違い\n\u003cbr\u003e　第四節　国内政治における金融自由化問題への低い注目度\n\u003cbr\u003e　第五節　自由な貿易と自由な金融取引──同床異夢\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　参考文献\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eエリック・ヘライナー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヘライナー エリック\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Eric Helleiner）\n\u003cbr\u003e1963年生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）にてPh.D.取得。現在、カナダ・ウォータールー大学人文学部ならびに大学院バルシリー・スクール国際政治経済学講座主任教授。近著にThe Forgotten Foundations of Bretton Woods: International Development and the Making of the Postwar Order, Cornel University Press, 2014. The Status Quo Crisis: Global Financial Governance After the 2008 Meltdown, Oxford University Press, 2014.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e矢野 修一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e矢野修一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤノ シュウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1960年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程退学。博士（経済学）。世界経済論専攻。現在、高崎経済大学経済学部教授。著書に『可能性の政治経済学──ハーシュマン研究序説』（法政大学出版局、2004年）、共訳書にハーシュマン『連帯経済の可能性──ラテンアメリカにおける草の根の経験』（法政大学出版局、2008年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e柴田 茂紀\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e柴田茂紀\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシバタ シゲキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1972年生まれ。同志社大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。世界経済論専攻。現在、大分大学経済学部准教授。共著に『世界経済危機における日系企業』（ミネルヴァ書房、2012年）、『グローバル金融資本主義のゆくえ』（ミネルヴァ書房、2013年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e参川 城穂\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e参川城穂\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミカワ クニオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1977年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。国際金融論専攻。現在、立教大学経済学部兼任講師。論文に「IMFコンディショナリティの変遷と流動性ジレンマ論」（共著、『山口経済学雑誌』第58巻第3号、2009年）「韓国通貨危機と『IMF体制』の評価──危機時の貸し手機能と危機管理機能」（『経済学研究』第52号、2010年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山川 俊和\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山川俊和\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマカワ トシカズ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1981年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士（経済学）。国際政治経済学、国際貿易論専攻。現在、下関市立大学経済学部准教授。共著に『現代世界経済をとらえる Ver. 5』（東洋経済新報社、2010年）、共訳書にスティーガー『新版 グローバリゼーション』（岩波書店、2010年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「信濃毎日新聞」「神戸新聞」（2015年11月22日付）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「証券経済研究」93号（2016年3月）に掲載されました。\u003c\/p\u003e","brand":"エリック・ヘライナー：著, 矢野 修一：訳, 柴田 茂紀：訳, 参川 城穂：訳, 山川 俊和：訳\u003cbr\u003e2015年09月28日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969662718240,"sku":"60341","price":4400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603419_0.jpg?v=1764204295"},{"product_id":"isbn978-4-588-60342-6","title":"洋服を着る近代","description":"\u003cp\u003e9784588603426\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60342-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603426\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60342-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e洋服を着る近代\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨウフクヲキルキンダイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e帝国の思惑と民族の選択\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテイコクノオモワクトミンゾクノセンタク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e西洋列強は版図を拡大するにあたり、現地民の裸体を野蛮とみなし、「文化」を押しつけた。被植民者がそれをどう受け止めたのかは、装いを見れば一目瞭然だった。自分とは何者か、アイデンティティを表明する道具でもある衣服の歴史をたどり、多様だった世界の人々の服装がどのように画一化されていったのかを考察する。なぜ世界中の男性はみなスーツを着るようになったのか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e西洋列強は版図を拡大する際、現地民の裸体を野蛮とみなし自文化を押しつけた。世界の多様な装いが画一化されていった歴史をたどる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e西洋は版図を拡大する際、現地民の裸体を野蛮とみなし自文化を押しつけた。被植民者の受け止め方は装いを見れば明らかだった。世界の服装が画一化された歴史。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e謝辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　序論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　衣服の規制\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　旧世界の衣服改革\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　最初の植民地主義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　衣服の製造、保管、流通\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　ヨーロッパの輸出\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　正しき心でお召し替え──キリスト教の布教と衣服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第8章　身体の再編、精神の改革\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第9章　植民地ナショナリズムの衣服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第10章　衣服の解放\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第11章　衣服の受容と拒否\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第12章　結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eロバート・ロス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eロス ロバート\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Robert J. Ross）\n\u003cbr\u003e1949年、ロンドン生まれ。1974年、ケンブリッジで博士号を取得。1976年以降、オランダのライデン大学に勤務。現在は同大学歴史研究所教授。専門は、植民地期の南アフリカ史。主著として、Cape of Torments: Slavery and Resistance in South Africa, Routledge and Kegan Paul, London, 1983; Status and Respectability at the Cape of Good Hope: A Tragedy of Manners, Cambridge, Cambridge University Press, 1999.他に以下の編者を務める。Ross, R. J. \u0026amp; Hamilton, C. A. \u0026amp; Mbenga, B. K. (eds.), Cambridge History of South Africa, Volume I, Cambridge: Cambridge University Press, 2010.また概説書A Concise History of South Africa, Cambridge, Cambridge University Press, 1999（石鎚優訳『南アフリカの歴史』創土社、2009年）.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e平田 雅博\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e平田雅博\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒラタ マサヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e青山学院大学文学部教授。主な業績：『イギリス帝国と世界システム』晃洋書房、2000年、『内なる帝国・内なる他者──在英黒人の歴史』晃洋書房、2004年、『帝国意識の解剖学』（共編著）世界思想社、1999年、『近代ヨーロッパを読み解く――帝国・国民国家・地域』（共編著）、ミネルヴァ書房、2008年、『世界史のなかの帝国と官僚』（共編著）、山川出版社、2009年、『戦争記憶の継承──語りなおす現場から』（共編著）社会評論社、2011年、ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「北日本新聞」「東奥日報」「岩手日報」「山形新聞」「山梨日日新聞」「高知新聞」「佐賀新聞」（以上、2016年3月27日付）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「京都新聞」「神戸新聞」「愛媛新聞」「徳島新聞」「福井新聞」「山形新聞」「新潟日報」「下野新聞」「上毛新聞」「秋田魁新報」「山陰中央新報」「琉球新報」「沖縄タイムス」（以上、2016年4月3日付）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「佐賀新聞」（2016年4月10日付／川北稔氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2016-4　下旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「長崎新聞」（2016年4月17日付／川北稔氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「サライ」（2016年6月号／住友和子・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「岐阜新聞」（2016年5月1日付／川北稔氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「毎日新聞」（2016年5月4日付）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「日本経済新聞」（2016年5月19日付　夕刊／井上章一氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史と地理」（2016年8月No.696／角田展子氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「西洋史学」（2016年262号／藤川隆男氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「社会経済学史」（2017年Vol.83，No.2／木谷名都子氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ロバート・ロス：著, 平田 雅博：訳\u003cbr\u003e2016年02月08日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969666552096,"sku":"60342","price":3960.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603426_0.jpg?v=1764204299"},{"product_id":"isbn978-4-588-60343-3","title":"植民地を読む","description":"\u003cp\u003e9784588603433\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60343-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603434\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60343-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地を読む\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eショクミンチヲヨム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「贋」日本人たちの肖像\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニセニホンジンタチノショウゾウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e敗戦時、軍人を除き30万以上の日本人が台湾で暮らしていた。自分は被植民者より優れた存在だと考える人々はどんな日常生活を送り、それを表現したのだろうか。そもそも「日本人」とは誰のことだろうか。ほとんど無名の「日本人」作家たちの小説やラジオドラマを通じて、帝国日本の集団的な空想の一端を明らかにする。国民を担保するのは「国語」か旅券か血液か。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地台湾の「日本人」作家らの作品を通じて、帝国日本の空想の一端を明らかにする。国民を担保するのは「国語」か旅券か血液か。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地台湾に生き、いまやほぼ無名の「日本人」作家らの作品を通じて、帝国日本の集団的空想の一端を明らかにする。国民を担保するのは「国語」か旅券か血液か。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはしがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第I部　植民地台湾の「贋」日本人たち\n\u003cbr\u003e第一章　「植民地は天国だった」のか──沖縄人の台湾体験\n\u003cbr\u003e第二章　萬華と犯罪──林熊生「指紋」を読む\n\u003cbr\u003e第三章　司法的同一性と「贋」日本人──林熊生「指紋」を読む・その二\n\u003cbr\u003e第四章　植民地の混血児──「内台結婚」の政治学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第II部　描かれた「蕃地」と「蕃人」：好奇心と怖れと\n\u003cbr\u003e第五章　「楽耳王」と蕃地──中山侑のラジオドラマを読む\n\u003cbr\u003e第六章　「兇蕃」と高砂義勇隊の「あいだ」──河野慶彦「扁柏の蔭」を読む\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第III部　海を渡る台湾人\n\u003cbr\u003e第七章　看護助手、海を渡る──河野慶彦「湯わかし」を読む\n\u003cbr\u003e第八章　「大陸進出」とはなんだったのか──紺谷淑藻郎「海口印象記」を読む\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第IV部　美談と流言\n\u003cbr\u003e第九章　震災・美談・戦争期世代──「君が代少年」物語を読む\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e星名 宏修\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e星名宏修\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eホシナ ヒロノブ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1963年兵庫県生まれ。立命館大学大学院文学研究科修士課程修了。\n\u003cbr\u003e琉球大学法文学部をへて、2010年4月から一橋大学大学院言語社会研究科。\n\u003cbr\u003e編著に『日本統治期台湾文学集成5 台湾純文学集一』（緑蔭書房、2002年）。\n\u003cbr\u003e論文に「從一九三○年代之貧困描寫閲読複数的現代性」（陳芳明主編『台湾文学的東亜思考──台湾文学芸術與東亜現代性国際学術研討会論文集』行政院文化建設委員会、2007年）、「「読者大衆」とは誰のことか？」（松浦恆雄・垂水千恵・廖炳惠・黄英哲編『越境するテクスト──東アジア文化・文学の新しい試み』研文出版、2008年）、「「跳舞時代」の時代──台湾文学研究の角度から」（星野幸代・洪郁如・薛化元・黄英哲編『台湾映画表象の現在──可視と不可視のあいだ』あるむ、2011年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「日本経済新聞」（2016年6月12日付／大東和重氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2016年7月上旬号）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「植民地文化研究15」（2016年7月15日号／大東和重氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「週刊読書人」（2016年7月22日号／関智英氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「沖縄タイムス」（2016年8月13日付、評者・又吉盛清）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「東方」（2017年2月号／八木はるな氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「中国研究月報」（2017年４月号／新田龍希氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「民衆史研究」（第94号2018年3月号／和泉司氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"星名 宏修：著\u003cbr\u003e2016年04月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969667633440,"sku":"60343","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603433_0.jpg?v=1764204303"},{"product_id":"isbn978-4-588-60344-0","title":"市民力による防衛","description":"\u003cp\u003e9784588603440\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60344-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603442\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60344-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e0331\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e市民力による防衛\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシミンリョクニヨルボウエイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e軍事力に頼らない社会へ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eグンジリョクニタヨラナイシャカイヘ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e武器を持たずに外国の侵略に抵抗し、国内の独裁体制を抑止・打倒することは可能か。国家ではなく市民ひとりひとりを主体とする非暴力抵抗運動により悪しき体制の権力の源泉を無力化し、軍事システムを超える武器なき防衛体制を実現するための道筋を示す。「アラブの春」においても大きな注目を集めた「非暴力の政治学」の先駆的研究者による、憲法第９条を考えるうえでも必須の書。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e市民一人一人を主体とする非暴力抵抗運動により悪しき権力を無力化し、軍事システムを超える武器なき防衛体制を実現するための道筋を示す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家ではなく市民一人ひとりを主体とする非暴力抵抗運動により独裁体制の権力の源泉を無力化し、軍事システムを超える武器なき社会を実現するための道筋を示す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e  序　文\n\u003cbr\u003e第一章　戦争なき防衛？\n\u003cbr\u003e  防衛の必要性\n\u003cbr\u003e  市民力による防衛\n\u003cbr\u003e  歴史的原型\n\u003cbr\u003e  クーデターへの事前の準備なき闘争\n\u003cbr\u003e  ドイツ、一九二〇年\n\u003cbr\u003e  フランス、一九六一年\n\u003cbr\u003e  侵略への準備なき闘争\n\u003cbr\u003e  ドイツ、一九二三年\n\u003cbr\u003e  チェコスロヴァキア、一九六八～六九年\n\u003cbr\u003e  体系的発展のための基礎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　権力の源泉を利用する\n\u003cbr\u003e  予想外の力量\n\u003cbr\u003e  他人頼みの支配者たち\n\u003cbr\u003e  権力の源泉を特定する\n\u003cbr\u003e  被統治者への依存性\n\u003cbr\u003e  抑圧では不十分\n\u003cbr\u003e  集団的抵抗の可能性\n\u003cbr\u003e  実行の必要条件\n\u003cbr\u003e  人々による抑制の構造的基盤\n\u003cbr\u003e  自由の構造的基盤\n\u003cbr\u003e  防衛の社会的起源\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　権力を行使する\n\u003cbr\u003e  非暴力の武器体系\n\u003cbr\u003e  非暴力行動の方法\n\u003cbr\u003e  非暴力的抗議と説得\n\u003cbr\u003e  非協力\n\u003cbr\u003e  非暴力介入\n\u003cbr\u003e  権力を行使する\n\u003cbr\u003e  戦略の重要性\n\u003cbr\u003e 〈遍在する権力核〉の重要性\n\u003cbr\u003e  敵方の諸問題\n\u003cbr\u003e  抑　圧\n\u003cbr\u003e  攻撃的な非暴力という規律\n\u003cbr\u003e  政治的柔術\n\u003cbr\u003e  変革の四つの仕組\n\u003cbr\u003e  回　心\n\u003cbr\u003e  妥　協\n\u003cbr\u003e  威　圧\n\u003cbr\u003e  崩　壊\n\u003cbr\u003e  威圧と崩壊とに影響を与える要因\n\u003cbr\u003e  権力の源泉を取り去る\n\u003cbr\u003e  権　威\n\u003cbr\u003e  人的資源\n\u003cbr\u003e  技術と知識\n\u003cbr\u003e  無形の要素\n\u003cbr\u003e  物的資源\n\u003cbr\u003e  制　裁\n\u003cbr\u003e  失敗あるいは成功？\n\u003cbr\u003e  闘争集団内部の変化\n\u003cbr\u003e  独裁制にも抵抗して\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　市民力による防衛\n\u003cbr\u003e  新しい防衛政策を発展させる\n\u003cbr\u003e  国土への侵略あるいは集団殺害\n\u003cbr\u003e  攻撃者による目標と成功との予測\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉による抑止\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉の戦闘能力\n\u003cbr\u003e  正統性と自治能力とを堅持すること\n\u003cbr\u003e  防衛戦略を選びとる\n\u003cbr\u003e  攻撃者の暴力に抵抗する\n\u003cbr\u003e  初期段階における二つの戦略\n\u003cbr\u003e  伝達と警告の戦略\n\u003cbr\u003e  「非暴力電撃戦」戦略\n\u003cbr\u003e  防衛闘争遂行のための戦略\n\u003cbr\u003e  総力的非協力\n\u003cbr\u003e  選択的抵抗\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉への国際的支援\n\u003cbr\u003e  成功と失敗\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　「超軍備」に向けて\n\u003cbr\u003e  事前の準備なき非暴力闘争と〈市民力による防衛〉\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉を行う動機\n\u003cbr\u003e  根源的な変革が〈市民力による防衛〉には不可欠の前提条件であるのか？\n\u003cbr\u003e  「人間本性」の変革が必要なのか？\n\u003cbr\u003e  国際システムの変革が？\n\u003cbr\u003e  社会制度の変革が？\n\u003cbr\u003e  超党派主義的方法による〈市民力による防衛〉政策の考察\n\u003cbr\u003e  超軍備の過程\n\u003cbr\u003e  政策検討と超軍備のモデル\n\u003cbr\u003e  〈市民力による防衛〉の全面的で急速な採択\n\u003cbr\u003e  特殊な目的のために市民力構成要素を付加すること\n\u003cbr\u003e  段階的全面的超軍備のための計画を立てる\n\u003cbr\u003e  多国間超軍備\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉と超大国\n\u003cbr\u003e 〈市民力による防衛〉政策の潜在的利点\n\u003cbr\u003e  この選択肢のさらなる考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e  注\n\u003cbr\u003e  訳者あとがき\n\u003cbr\u003e  人名索引\n\u003cbr\u003e  事項索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジーン・シャープ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシャープ ジーン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Gene Sharp）\n\u003cbr\u003e1928年生。マサチュセッツ大学名誉教授。オハイオ州立大学にて社会学の修士号、オクスフォード大学にて政治学の博士号を取得。サウスイースタンマサチュセッツ大学（現マサチュセッツ大学ダートマス校）政治学教授、ハーバード大学国際問題センター「紛争と防衛の非暴力的制裁」プログラム責任者をへて、非暴力闘争に関する研究・政策研究・教育に携わる非営利組織アルベルト・アインシュタイン研究所を設立し、現在も上級研究員として在籍。その著作は45を超える言語に翻訳されている。日本語訳に『武器なき民衆の抵抗』（小松茂夫訳、れんが書房新社）『独裁体制から民主主義へ』（瀧口範子訳、ちくま学芸文庫）他。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e三石 善吉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e三石善吉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミツイシ ゼンキチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1937年生。筑波大学名誉教授、筑波学院大学名誉教授。71年東京大学大学院博士課程人文科学研究科単位取得満期退学、同大学助手をへて76年筑波大学社会科学系（政治学専攻）助教授、のち教授。98年東京家政学院筑波女子大学（現筑波学院大学）国際学部教授、2008年から筑波学院大学学長、2012年同大学学長任期満了退職。政治学専攻。著書に『中国の千年王国』（東京大学出版会）『伝統中国の内発的発展』（研文出版）『中国、一九〇〇年』（中公新書）『ポルシェの生涯』（グランプリ出版）『ナチス時代の国内亡命者とアルカディアー』（明石書店）『武器なき闘い「アラブの春」』（阿吽社）他、訳書にドーソン『ヨーロッパの中国文明観』（共訳、大修館書店）スペンス『中国を変えた西洋人顧問』（講談社）厳家其『首脳論』（共訳、学生社）他。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2016年9月中旬号）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「週刊金曜日」（1533号、2025年08月22日発行）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"ジーン・シャープ：著, 三石 善吉：訳\u003cbr\u003e2016年07月12日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969669566752,"sku":"60344","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603440_0.jpg?v=1764204306"},{"product_id":"isbn978-4-588-60345-7","title":"平和なき「平和主義」","description":"\u003cp\u003e9784588603457\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60345-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603450\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60345-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e平和なき「平和主義」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヘイワナキヘイワシュギ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後日本の思想と運動\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセンゴニホンノシソウトウンドウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「唯一の被爆国」として日本は戦後70年ものあいだ平和を守ってきたとされるが、ほんとうにそうなのだろうか。朝鮮戦争、ベトナム反戦運動、日米安保や原発の問題などを取り上げ、アジア諸国や国内における他者と関わるうえで丸山眞男をはじめ日本人が何と向き合ってこなかったのか、韓国人研究者が考察する。【日本現代史・日本思想】\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後日本はほんとうに平和だったのか。朝鮮戦争やベトナム戦争、日米安保や原発などを例に、アジアと向き合ってこなかった面を考察。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e戦後70年間日本は真の意味で平和だったのか。朝鮮戦争、ベトナム反戦運動、日米安保や原発など、アジアとの関わりで日本人が目をそらしてきた問題を考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはしがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　歴史と安保は分離可能なのか\n\u003cbr\u003e　　　　韓日関係の非対称性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　捨象の思想化という方法\t\n\u003cbr\u003e　　　　丸山眞男と朝鮮\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　善隣学生会館と日中関係\t\n\u003cbr\u003e　　　　国民国家の論理と陣営の論理\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　国境内で「脱／国境」を想像する方法\n\u003cbr\u003e　　　　日本のベトナム反戦運動と脱営兵士\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　団塊の世代の「反乱」とメディアとしての漫画\t\n\u003cbr\u003e　　　　『あしたのジョー』を中心に\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　広島の「平和」を再考する\n\u003cbr\u003e　　　　主体の復元と「唯一の被爆国」の論理\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　二つのアトミック・サンシャイン\n\u003cbr\u003e　　　　被爆国日本はいかにして原発大国となったか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e権 赫泰\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e権赫泰\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクォン ヒョクテ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1959年韓国大田市生まれ。高麗大学史学科卒業，一橋大学大学院経済学研究科で博士後期課程修了，博士（経済学）。山口大学経済学部助教授を経て，現在韓国・聖公会大学日本学科教授。専攻は日韓関係史および日本現代史。\n\u003cbr\u003e主な業績は，『日本の不安を読む』教養人，2010年，『日本・戦後の崩壊──サブカルチャー・消費社会・世代』J\u0026amp;C，2013年。共編著に『アジアの市民社会──概念と歴史』アルケ，2005年，『戦後の誕生──日本，朝鮮という境界』グリーンビー，2013年（いずれもハングル）。日本語論文に，「集団の記憶，個人の記憶──韓国とヒロシマがお互いに問いかけるもの」『現代思想』31(10)，2003年，「日韓関係と「連帯」の問題」『現代思想』33(6)，2005年，「「平和憲法体制」とアジア──韓国との関連で」『季論21』1号，2008年，「「唯一の被爆国」という言葉と日本の「戦後」」『歴史学研究』917号，2014年ほか多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鄭 栄桓\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e鄭栄桓\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチョン ヨンファン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1980年千葉生まれ。明治学院大学法学部卒，一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了，博士（社会学）。立命館大学コリア研究センター専任研究員を経て，現在明治学院大学教養教育センター准教授。専攻は朝鮮近現代史・在日朝鮮人史。\n\u003cbr\u003e著書に，『忘却のための「和解」『帝国の慰安婦』と日本の責任』世織書房，2016年，『朝鮮独立への隘路 在日朝鮮人の解放五年史』法政大学出版局，2013年，共訳書に金東椿『朝鮮戦争の社会史 避難・占領・虐殺』平凡社，2008年，論文に「解放直後の在日朝鮮人運動と「戦争責任」論（1945-1949） 戦犯裁判と「親日派」処罰をめぐって」『日本植民地研究』第28号，2016年ほか多数。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2016年10月上旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「市民の意見」（2017年8月1日号／高橋武智氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「国際政治」（199号、2020年3月刊／清水耕介氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"権 赫泰：著, 鄭 栄桓：訳\u003cbr\u003e2016年07月25日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969669632288,"sku":"60345","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603457_0.jpg?v=1764204310"},{"product_id":"isbn978-4-588-60346-4","title":"共生への道と核心現場","description":"\u003cp\u003e9784588603464\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60346-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603469\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60346-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e共生への道と核心現場\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキョウセイヘノミチトカクシンゲンバ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e実践課題としての東アジア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジッセンカダイトシテノヒガシアジア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「核心現場」とは、沖縄、朝鮮半島、台湾のように歴史的矛盾が凝縮された「分断」の場所であるとともに構造的差別において苦しみのあるすべての現場を指す。東アジアの分断構造を解体し、和解を導くために、「共感と批評としての歴史学」を、さらには既存の学術制度を超える「社会人文学」を提唱する。相互憎悪を超えて、そこに生きる人々の苦しみを受けとめ、人文学という学問領域も刷新し、あらゆる現場で実践的な共生への道を提示する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e沖縄、朝鮮半島、台湾など歴史的矛盾が凝縮された分断の場で人々が構造的差別に苦しむ核心現場から、相互憎悪を超えて、和解と共生を導く実践的な道を提示する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e沖縄、朝鮮半島、台湾など歴史的矛盾が凝縮された「分断」の場所、構造的差別において人々が苦しむ「核心現場」から、相互憎悪を超えて和解と共生を導く実践的な道を提示する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eプロローグ　核心現場から問い直す「新しい普遍」──東アジア分断構造克服への道\n\u003cbr\u003e １　なぜ「新しい普遍」を語るのか──「共有する普遍」と「コミュニケーション的普遍」\n\u003cbr\u003e ２　「新天下主義」の内部秩序と「複合国家論」\n\u003cbr\u003e ３　「新天下主義」の外部秩序と東アジア分断体制論\n\u003cbr\u003e ４　おわりに──核心現場から新しい普遍を\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一部　東アジア論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　核心現場に見いだす東アジア共生への道\n\u003cbr\u003e １　「沖縄帰属論争」再燃の意味\n\u003cbr\u003e ２　核心現場とは\n\u003cbr\u003e ３　核心現場と主権の再構成\n\u003cbr\u003e ４　核心現場における自治権の拡大\n\u003cbr\u003e ５　東アジアの共生の条件\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　連動する東アジア、問題として朝鮮半島──言説と連帯運動の二〇年\n\u003cbr\u003e １　なぜ今も東アジアなのか\n\u003cbr\u003e ２　東アジア論の知的系譜と新しい状況\n\u003cbr\u003e ３　東アジアの範囲と東アジア共同体という問題\n\u003cbr\u003e ４　東アジア論と分断体制が出会う三つの層位\n\u003cbr\u003e ５　複合国家という媒介項と現場のネットワーク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　東アジア論と近代適応・近代克服の二重課題\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e １　韓国発東アジア論を振り返る\n\u003cbr\u003e ２　竹内好の「近代の超克」論からすくいだせるもの\n\u003cbr\u003e ３　東アジア共同体──中短期的効果と長期的展望\n\u003cbr\u003e ４　分断された朝鮮半島における複合国家論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　平和に対する想像力の条件と限界──東アジア共同体論の省察\n\u003cbr\u003e １　東アジア的文脈における平和とは\n\u003cbr\u003e ２　中国の和平屈起と東アジア共同体\n\u003cbr\u003e ３　「普通の国」日本と東アジア共同体論\n\u003cbr\u003e ４　「東北アジア時代」韓国の平和への道\n\u003cbr\u003e ５　戦略的知性の結集と「実感としての東アジア」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二部　中国︲韓国︲台湾\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　中華帝国論の東アジアにおける意味──批判的中国研究の模索\n\u003cbr\u003e １　なぜ「帝国としての中国」か？\n\u003cbr\u003e ２　帝国言説の批判的検討（一）──朝貢体制再考\n\u003cbr\u003e ３　帝国言説の批判的検討（二）──文明国家論と天下観の現在的機能\n\u003cbr\u003e ４　周辺から模索される主権の再構成と帝国言説\n\u003cbr\u003e ５　「帝国」論と「複合国家」論の（非対称的）対話\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　変わるものと変わらないもの──韓中関係の過去、現在、未来\n\u003cbr\u003e １　中国は私たちの運命なのか？\n\u003cbr\u003e ２　韓中関係を規定する歴史的条件\n\u003cbr\u003e ３　朝貢秩序は復活するのか\n\u003cbr\u003e ４　文化大国論と新天下主義\n\u003cbr\u003e ５　周辺の視座、互いを映す鏡\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　私たちにとって台湾とは何か──韓国︲台湾関係を問い直す\n\u003cbr\u003e １　私が「発見」した台湾\n\u003cbr\u003e ２　韓国人の歴史経験のなかの台湾──媒介された出会いと直接向き合うこと\n\u003cbr\u003e ３　台湾人のアイデンティティを理解するうえで必要な問い\n\u003cbr\u003e ４　韓国︲台湾関係の未来を描く\n\u003cbr\u003e ５　戦略的知性の結集と「実感としての東アジア」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三部　社会人文学と批判的学問\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　社会人文学の地平を開く──その出発点としての「公共性の歴史学」\n\u003cbr\u003e １　問題提起──なぜ社会人文学なのか\n\u003cbr\u003e ２　「危機の人文学」の代案\n\u003cbr\u003e ３　人文精神と社会人文学の構想\n\u003cbr\u003e ４　社会人文学と「公共性の歴史学」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　共感と批評の歴史学──東アジアの歴史和解のための提言\n\u003cbr\u003e １　「良い歴史学」と公共性の歴史学\n\u003cbr\u003e ２　共感を通じた歴史和解\n\u003cbr\u003e ３　共感の歴史の事例を検討する──加藤陽子の著書を中心に\n\u003cbr\u003e ４　「批評としての歴史学」の諸特徴\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十章　地球地域学としての韓国学の（不）可能性──東アジアの歴史和解のための提言\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e １　はじめに\n\u003cbr\u003e ２　内外から見た韓国学のアイデンティティ\n\u003cbr\u003e ３　地球地域学としての韓国学\n\u003cbr\u003e ４　地球地域学の兆候──地球的思考と地域的実践の事例\n\u003cbr\u003e ５　結び\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十一章　「東洋史学」の誕生と衰退──東アジアにおける学術制度の伝播と変形\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序\n\u003cbr\u003e ２　日本帝国大学で創設された「東洋史学」と民間史学\n\u003cbr\u003e ３　植民地朝鮮の東洋史学と朝鮮学運動\n\u003cbr\u003e ４　中国の新史学の科学化・制度化\n\u003cbr\u003e結論──東洋史学を越えて\n\u003cbr\u003e補論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十二章　韓国における中国学の軌跡と批判的中国研究\n\u003cbr\u003e １　問題の所在\n\u003cbr\u003e ２　北学、支那学、そして漢学\n\u003cbr\u003e ３　解放以後の中国学の軌跡と主な特徴──人文学分野\n\u003cbr\u003e ４　結び──批判的中国研究の課題\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e解説と対話\n\u003cbr\u003e白永瑞──同時代の証言者\n\u003cbr\u003e １　経歴\n\u003cbr\u003e ２　主要業績\n\u003cbr\u003e ３　本書の問題意識と概要\n\u003cbr\u003e ４　同時代の証言者との対話\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e監訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e初出一覧\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e白永瑞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eペク ヨンソ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1953年生まれ。専門は中国現代史、東アジア現代史。ソウル大学校大学院博士課程修了。文学博士。翰林大学校史学科副教授などを経て、現在、延世大学校文科大学史学科教授兼文科大学長。（韓国）現代中国学会会長、（韓国）中国近現代史学会会長、延世大学校国学研究院長などを歴任。『創作と批評』の編集主幹、『台灣社會硏究』の編集委員なども務め、研究者・教育者だけでなく編集者としても活躍。主な著作に、『ポスト〈東アジア〉』（共編、東京：作品社、2006）、『核心現場から東アジアを問う――共生社会のための実践課題』（ソウル：創批、2013）、『社会人文学の道――制度としての学問、運動としての学問』（ソウル：創批、2014）、『思想東亞：韓半島視角的歷史與實踐』（臺北：台灣社會研究雜誌社、2009）、『思想東亞：朝鮮半島視角的歷史與實踐』（北京：三聯書店、2011）、『橫觀東亞：從核心現場重思東亞歷史』（臺北：聯經出版公司、2016）など。朝日新聞取材班『歴史は生きている――東アジアの近現代がわかる10のテーマ』（朝日新聞出版、2008）、新崎盛暉『新崎盛暉が説く構造的沖縄差別』（高文研、2012）の韓国語版共訳者でもある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e趙慶喜\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチョウ キョンヒ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e聖公会大学東アジア研究所HK（Humanities Korea）教授。専門は社会学。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。東京外国語大学にて博士号（学術）取得。主な著作に、「温情と教化の植民地主義――1910年代朝鮮総督府の社会救済事業」（『歴史問題研究』25号、2011）、「不安全な領土、密航する日常――解放後〜70年代における済州人の日本密航」（『歴史と社会』106号、2015）、「在韓在日朝鮮人の現在――曖昧な同胞の承認にむけて」（『インパクション』185号、2012）、『戦後の誕生』（共著、ソウル：Greenbee、2013）、『アジアの接触地帯』（共著、ソウル：Greenbee、2013）、『コリアン・ディアスポラと東アジア社会』（共著、京都大学学術出版会、2013）、金東椿『朝鮮戦争の社会史――避難・占領・虐殺』（共訳、平凡社、2008）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中島 隆博\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e中島隆博\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナカジマ タカヒロ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e東京大学東洋文化研究所教授。専門は中国哲学、比較哲学。主な著作に、『残響の中国哲学――言語と政治』（東京大学出版会、2007）、『荘子――鶏となって時を告げよ』（岩波書店、2009）、『共生のプラクシス――国家と宗教』（東京大学出版会、2011）、『悪の哲学――中国哲学の想像力』（筑摩書房、2012）、『コスモロギア――天・化・時』（編著、法政大学出版局、2015）、『法と暴力の記憶――東アジアの歴史経験』（共編、東京大学出版会、2007）、『宗教とこころの新時代』（共著、岩波書店、2016）、アンヌ・チャン『中国思想史』（共訳、知泉書館、2010）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「日刊ゲンダイ」（2016年8月24日付／佐々木寛氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2016年9月下旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「沖縄タイムス」（2016年9月10日付／新崎盛暉氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2016年11月12日号／鈴木将久氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「けーし風」（2017年1月第93号／池上善彦氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"白永瑞：著, 趙慶喜：監訳, 中島 隆博：解説\u003cbr\u003e2016年07月25日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969669665056,"sku":"60346","price":4840.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603464_0.jpg?v=1764204314"},{"product_id":"isbn978-4-588-60347-1","title":"朝鮮の対日外交戦略","description":"\u003cp\u003e9784588603471\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60347-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603477\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60347-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3320\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e朝鮮の対日外交戦略\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチョウセンノタイニチガイコウセンリャク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日清戦争前夜1876-1893\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニッシンセンソウゼンヤ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e19世紀後半の朝鮮外交は、宗主国清の言いなりだったと考えられてきた。だが関税や電線の敷設をめぐる日朝交渉に着目すると、逆に清を利用しようとする朝鮮の主体的で自律した姿勢が浮かび上がる。高宗や金弘集、井上馨、李鴻章、袁世凱から欧米の公使にいたるまで、さまざまな思惑が入り乱れた激動の時代の外交史。気鋭の研究者が日朝清のみならず、欧米の文書まで膨大な史料を用いて考察する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e清の属邦として受動的な外交を行ったとされる朝鮮は、宗主国の影響力を戦略的に利用していた。膨大な史料からその自律性を解明する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e近代朝鮮の外交は宗主国清の言いなりだったのか。条約交渉におけるその戦略性に着目し、日清や欧米各国とも主体的に駆け引きした姿を膨大な史料からあぶりだす。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　問題提起と本書の課題\n\u003cbr\u003e　第一節　問題の所在\n\u003cbr\u003e　第二節　先行研究の検討\n\u003cbr\u003e　第三節　本書の課題と各章の構成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　新たな日朝関係の開幕\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　釜山草梁倭館の変化\n\u003cbr\u003e　第二節　釜山海関収税事件の顛末\n\u003cbr\u003e　第三節　関税交渉の始まり　\n\u003cbr\u003e　おわりに　\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　日朝関税交渉の展開\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　第二次修信使の派遣\n\u003cbr\u003e　第二節　花房弁理公使のソウルにおける関税交渉\n\u003cbr\u003e　第三節　第三次修信使の派遣\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　朝米修好通商条約の締結\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　対米修交の決定\n\u003cbr\u003e　第二節　国内の反発と秘密外交\n\u003cbr\u003e　第三節　朝清間の戦略の相違\n\u003cbr\u003e　第四節　草案からみる朝清の立ち位置\n\u003cbr\u003e　第五節　朝米条約の調印\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　日朝通商章程における関税交渉\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　朝鮮の情勢変化\n\u003cbr\u003e　第二節　一八八三年における朝鮮の対応\n\u003cbr\u003e　第三節　日本の方針と妥結案\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　日朝海底電線設置条約続約の締結\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　電線問題の前史\n\u003cbr\u003e　第二節　電線問題の発端\n\u003cbr\u003e　第三節　電線条約続約の交渉\n\u003cbr\u003e　第四節　続約の締結\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　防穀賠償交渉における日朝戦略\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　咸鏡道防穀令事件の概略\n\u003cbr\u003e　第二節　経済問題から政治問題へ\n\u003cbr\u003e　第三節　最後通告をめぐる対立と妥協\n\u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　戦略的な事大主義政策の射程\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e参考文献\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e李 穂枝\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e李穂枝\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイ スジ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1974年韓国ソウル生まれ。梨花女子大学政治外交学科修士課程修了。\n\u003cbr\u003e東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻国際関係論コース博士課程単位取得満期退学。博士（学術）。\n\u003cbr\u003e現在東京大学大学院総合文化研究科学術研究員、昭和女子大学、東海大学非常勤講師。\n\u003cbr\u003e主要論文に「防穀賠償交渉（1893年）における日清韓関係」『中国研究月報』第63巻第6号、2009年、「一八八五年の日朝海底電線条約続約締結交渉について」『朝鮮学報』第232輯、2014年など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2016年10月下旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史と地理」（2017年2月号／山川志保・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「東アジア近代史」（2017年6月第21号／荻恵里子氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「日本歴史」（vol.832 2017年9月号／岡本隆司氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史評論」（vol.827 2019年3月号／森万佑子氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"李 穂枝：著\u003cbr\u003e2016年08月31日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969670680864,"sku":"60347","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603471_0.jpg?v=1764204319"},{"product_id":"isbn978-4-588-60348-8","title":"帝国日本の大礼服","description":"\u003cp\u003e9784588603488\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60348-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603485\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60348-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3321\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e帝国日本の大礼服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテイコクニホンノダイレイフク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e国家権威の表象\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコッカケンイノヒョウゾウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治5年（1872）、服制で国家の礼服が定められた。これを大礼服といい、昭和29年（1954）に法的根拠を失うまで、80年間利用された。従来の衣冠束帯から西洋に遅れまいと洋式礼服になったことで、高価な調製費や仕立屋の問題が起こる。皇族や官僚、有爵者らの着る絢爛豪華な大礼服は、勲章や宮中席次とともに権威の象徴であった。目立つために微妙にデザインを変えたり、安い古着を探し回るといった挿話も紹介。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治政府が定めた大礼服は、皇族や有爵者などしか着用を許されない絢爛豪華な服で権威の象徴だった。戦後に廃止されるまでの歴史。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治初頭から戦後まで国家の定める大礼服があった。皇族など一部の者しか着用を許されない絢爛豪華な礼服は権威の象徴だった。制定から廃止までの歴史をたどる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　大礼服には権威と魅力があるのか\n\u003cbr\u003e 一　本書の目的と分析視角\n\u003cbr\u003e 二　先行研究とその問題点\n\u003cbr\u003e 三　本書の構成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　近代洋式大礼服制の創出\n\u003cbr\u003e 一　岩倉使節団と洋式大礼服\n\u003cbr\u003e 二　洋式大礼服の制定\n\u003cbr\u003e 三　大礼服制に対する批判と服装観\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　文官大礼服の権威創出\n\u003cbr\u003e 一　大礼服と小礼服\n\u003cbr\u003e 二　文官大礼服の系譜\n\u003cbr\u003e 三　有爵者大礼服の制定と華族\n\u003cbr\u003e 四　文官大礼服の改正\n\u003cbr\u003e 五　大礼服と洋服店\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　宮内省と大礼服制\n\u003cbr\u003e 一　宮内官大礼服制の制定と整備\n\u003cbr\u003e 二　宮中席次と勲章\n\u003cbr\u003e 三　宮内官制服令の制定\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　官僚と代議士の服装観\n\u003cbr\u003e 一　帝国議会の開院式と大礼服制\n\u003cbr\u003e 二　官僚たちの和服と洋服\n\u003cbr\u003e 三　官僚と代議士の大礼服姿\n\u003cbr\u003e 四　羽織袴の公認を要求する判任官\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　大喪および国葬と喪服\n\u003cbr\u003e 一　国葬と大礼服制\n\u003cbr\u003e 二　英照皇太后の大喪と喪服\n\u003cbr\u003e 三　皇室喪服規程の制定過程\n\u003cbr\u003e 四　明治天皇の大喪と喪服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　大正時代の服装の簡略化\n\u003cbr\u003e 一　大正大礼と大礼服制\n\u003cbr\u003e 二　帝国議会の服装の簡略化\n\u003cbr\u003e 三　大礼服制と華族\n\u003cbr\u003e 四　宮内省服制の簡略化\n\u003cbr\u003e 五　矛盾する大礼服の権威\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　昭和戦前期の大礼服制の改正と限界\n\u003cbr\u003e 一　宮内官制服令の改正\n\u003cbr\u003e 二　非役有位大礼服の廃止案\n\u003cbr\u003e 三　宮中諸行事の服装の簡略化\n\u003cbr\u003e 四　知られざる文官大礼服改正案\n\u003cbr\u003e 五　大礼服の権威と魅力\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　戦時下の礼服\n\u003cbr\u003e 一　大礼服制の停止\n\u003cbr\u003e 二　国民服と礼服\n\u003cbr\u003e 三　太平洋戦争と礼服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　現代に残る礼服\n\u003cbr\u003e 一　大礼服制の終焉\n\u003cbr\u003e 二　官民礼服の近接\n\u003cbr\u003e 三　栄光の行方──骨董市と博物館\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　帝国日本の大礼服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e刑部 芳則\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e刑部芳則\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオサカベ ヨシノリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1977年東京都生まれ。中央大学大学院文学研究科博士課程修了。学位取得。博士（史学）。\n\u003cbr\u003e中央大学文学部日本史学専攻兼任講師を経て，現在は日本大学商学部准教授。\n\u003cbr\u003e主要著作に『洋服・散髪・脱刀―服制の明治維新―』（講談社選書メチエ，2010年）。『明治国家の服制と華族』（吉川弘文館，2012年）日本風俗史学会第27回江馬賞受賞。『京都に残った公家たち―華族の近代―』（吉川弘文館歴史文化ライブラリー，2014年）。『三条実美―孤独の宰相とその一族―』（吉川弘文館，2016年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2016年12月中旬号）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"刑部 芳則：著\u003cbr\u003e2016年09月26日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969691062560,"sku":"60348","price":5060.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603488_0.jpg?v=1764204323"},{"product_id":"isbn978-4-588-60349-5","title":"近代都市の下層社会","description":"\u003cp\u003e9784588603495\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60349-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603493\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60349-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3321\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e近代都市の下層社会\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキンダイトシノカソウシャカイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e東京の職業紹介所をめぐる人々\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトウキョウノショクギョウショウカイジョヲメグルヒトビト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治から大正にかけて、近代化の進む東京には全国から人が集まってきた。彼らは住居近くの職業紹介所を利用してより良い仕事を探すが、技術を持たない人々が就けるのは、ほとんどが日雇労働や女中などだった。江戸時代の流れを組む口入屋から、宗教団体による慈善事業、西欧を手本とした公立の紹介所まで、各事業の成立と展開、国や自治体の政策などを体系的に検討し、下層社会が拡大した経緯を追う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治に入り人口集中が著しい東京。人々は職業紹介所を利用しても日雇労働に就くのがせいぜいだった。下層社会が拡大した過程を追う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治大正期に全国から人が集まった東京。仕事を求めて人々は口入屋や職業紹介所を頼るが、日雇労働を斡旋されることが多かった。下層社会が拡大した過程を追う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章　職業紹介所による就業\n\u003cbr\u003e　１　新聞記者の注目する施設\n\u003cbr\u003e　２　近代化と職業紹介事業\n\u003cbr\u003e　３　本書の構成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　近代化と口入業者の変質\n\u003cbr\u003e　１　自由営業と口入屋\n\u003cbr\u003e　２　裏の顔を持つ口入屋\n\u003cbr\u003e　３　風紀問題と警察の介入\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　産業化と日雇周旋の拡大\n\u003cbr\u003e　１　親方の営利事業化\n\u003cbr\u003e　２　日雇終戦の組織化\n\u003cbr\u003e　３　地方へ送られる労働者たち\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　情報化と職業案内所の登場\n\u003cbr\u003e　１　求人情報を売るものたち\n\u003cbr\u003e　２　新手のビジネスの闇\n\u003cbr\u003e　３　警察の対決策、規制化\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　貧困問題と無料宿泊所の設立\n\u003cbr\u003e　１　職業紹介を行う宿泊所\n\u003cbr\u003e　２　感化救済事業と自立への試み\n\u003cbr\u003e　３　大正時代初期にかけての事業\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第５章　苦学生を救う基督教救世軍労働寄宿舎\n\u003cbr\u003e　１　労働を前提とする寄宿舎\n\u003cbr\u003e　２　感化救済事業と施設の増設\n\u003cbr\u003e　３　工場街への設置と事業の課題\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第６章　三つの公益事業の試み\n\u003cbr\u003e　１　基督教青年会の人事相談部\n\u003cbr\u003e　２　浄土宗の労働共済会\n\u003cbr\u003e　３　非宗教・非営利の東京模範紹介所\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第７章　公設東京市職業紹介所の誕生\n\u003cbr\u003e　１　西欧の公益事業と「一等国」の体面\n\u003cbr\u003e　２　都市貧困層のための職業紹介所\n\u003cbr\u003e　３　貧困への対応と地盤作り\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終章　職業紹介所の行方\n\u003cbr\u003e　１　近代東京の職業紹介事業\n\u003cbr\u003e　２　施設が注目される時代\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e町田 祐一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e町田祐一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマチダ ユウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1982年、東京都生。日本大学大学院文学研究科日本史専攻博士後期課程修了。博士（文学）。日本大学文理学部助教を経て、現在、日本大学生産工学部助教。\n\u003cbr\u003e主要著作：『近代日本と「高等遊民」―─社会問題化する知識青年層』（吉川弘文館、2010年）、『近代日本の就職難物語──「高等遊民」になるけれど』（吉川弘文館、2016年）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「日本経済新聞」（2016年12月11日付／難波功士氏・評）で紹介されました\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2017年1月下旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2017年4月15日号／遠城明雄氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「史學雑誌」（2017年7月20日号／鈴木智行氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史評論」（第810号／中島久人氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「日本歴史」（2017年11月号／西成田豊氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「歴史学研究」（2018年4月号／大杉由香氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「日本史研究」(第675号、2018年12月／布川弘氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「史叢」（101号、2019年9月／土屋好古氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"町田 祐一：著\u003cbr\u003e2016年10月25日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969726419232,"sku":"60349","price":3740.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603495_0.jpg?v=1764204327"},{"product_id":"isbn978-4-588-60350-1","title":"パレスチナの民族浄化","description":"\u003cp\u003e9784588603501\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60350-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588603507\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60350-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1322\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eパレスチナの民族浄化\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eパレスチナノミンゾクジョウカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイスラエル建国の暴力\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイスラエルケンコクノボウリョク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサピエンティア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイスラエル人の歴史家である著者は、イギリスやイスラエルの軍事・外交文書や政治家の日記、パレスチナ人の証言など多彩な資料を駆使し、現代世界や中東情勢に影響を与え続ける組織的犯罪の真相を明らかにする。あのときパレスチナ全土でどのように住民は殺され、郷土を追われたのか。なぜ世界はそれを黙認したのか。当時の緊迫した状況や錯綜する思惑、追いつめられる人々の姿を描き、現在の不条理を問う。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1948年のイスラエル建国前後にパレスチナ全土で住民が虐殺され追放された。いまだ世界に影響を与え続ける歴史的犯罪の実態を解明\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eプロローグ　レッドハウス\n\u003cbr\u003e第1章　「疑わしい」民族浄化なのか？\n\u003cbr\u003e第2章　ユダヤ人だけの国家を目指して\n\u003cbr\u003e第3章　分割と破壊──国連決議181とその衝撃\n\u003cbr\u003e第4章　マスタープランの仕上げ\n\u003cbr\u003e第5章　民族浄化の青写真──ダレット計画\n\u003cbr\u003e第6章　まやかしの戦争と現実の戦争──1948年5月\n\u003cbr\u003e第7章　浄化作戦の激化──1948年6月～9月\n\u003cbr\u003e第8章　任務完了──1948年10月～1949年1月\n\u003cbr\u003e第9章　占領、そしてその醜悪な諸相\n\u003cbr\u003e第10章　ナクバの記憶を抹殺する\n\u003cbr\u003e第11章　ナクバの否定と「和平プロセス」\n\u003cbr\u003e第12章　要塞国家イスラエル\n\u003cbr\u003eエピローグ　グリーンハウス\n\u003cbr\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1948年のイスラエル建国前後にパレスチナ全土で住民の虐殺や追放が実行された。中東そして世界に影響を与え続ける歴史的犯罪の実態を、多彩な資料をもとに解明。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイラン・パペ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eパペ イラン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Ilan Pappé）\n\u003cbr\u003e1954年、イスラエル・ハイファ市生まれ。ハイファ大学講師を経て、現在、イギリス・エクセター大学教授、同大学パレスチナ研究所所長。イスラエル建国期のパレスチナ現代史を中心としたパレスチナ／イスラエル史研究。1984年に“Britain and the Arab-Israeli Conflict, 1948-1951”で博士号取得。主著に、The Making of the Arab-Israeli Conflict, 1947–1951 (I.B. Tauris, 1992) ; A History of Modern Palestine (Cambridge University Press, 2004) ; The Ethnic Cleansing of Palestine (Oneworld Publications, 2006＝本書) などがある。近年は、ヨルダン川西岸地区・ガザ地区の被占領地、イスラエル国内のアラブ・パレスチナ人、アラブ世界出身のユダヤ教徒（アラブ系ユダヤ人）に関する著作も相次いで出版している。日本での講演録として、『イラン・パペ、パレスチナを語る』（つげ書房新社、2008年）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e田浪 亜央江\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e田浪亜央江\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタナミ アオエ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e広島市立大国際学部准教授。国際交流基金中東担当専門員、 成蹊大学アジア太平洋研究センター主任研究員などを経て、2017年4月より現職。専攻は中東地域研究、パレスチナ文化研究。単著に『〈不在者〉たちのイスラエル 占領文化とパレスチナ』（インパクト出版会、2008年）、最近の共著として『パレスチナを知るための60章』（明石書店、2016年）、『変革期イスラーム社会の宗教と紛争』（明石書店、2016年）、『中東と日本の針路 「安保法制」がもたらすもの』（大月書店、2016年）等があり、「ミーダーン〈対話のための広場〉」メンバーとしての共編書に『イラン・パペ、パレスチナを語る』（つげ書房新社、2008年）および『〈鏡〉としてのパレスチナ──ナクバから同時代を問う』（現代企画室、2010年）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e早尾 貴紀\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e早尾貴紀\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハヤオ タカノリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ。現在、東京経済大学准教授。専攻は社会思想史。\n\u003cbr\u003e単著に『ユダヤとイスラエルのあいだ』（青土社、2008年）、『国ってなんだろう？』（平凡社、2016年）、共編書に『シオニズムの解剖──現代ユダヤ世界におけるディアスポラとイスラエルの相克』（平凡社、2011年）、『ディアスポラから世界を読む──離散を架橋するために』（明石書店、2009年）、共訳書に、『イラン・パペ、パレスチナを語る』（つげ書房新社、2008年）、サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ──パレスチナの政治経済学』（青土社、2009年）、ジョナサン・ボヤーリン／ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力──ユダヤ文化の今日性をめぐる試論』（平凡社、2008年）、などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「週刊金曜日」（2017年12月1日号／四方田犬彦氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2017年12月号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2018年1月1日号／濱中新吾氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「中国新聞」（2018年1月28日付／道面雅量氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「ミフターフ」（2018年1月号／村田豪氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「ニューズウィーク日本版」（2018年2月7日付／川上泰徳氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「信濃毎日新聞」（2018年3月4日付／安岡健一氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"イラン・パペ：著, 田浪 亜央江：訳, 早尾 貴紀：訳\u003cbr\u003e2017年10月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969739723040,"sku":"60350","price":4290.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588603501_0.jpg?v=1764204331"}],"url":"https:\/\/www.h-up.com\/collections\/sapientia.oembed?page=4","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}