{"product_id":"isbn978-4-588-00944-0","title":"存在なき神","description":"\u003cp\u003e9784588009440\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-00944-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588009443\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-00944-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e存在なき神\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eソンザイナキカミ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e存在しない神、神であることなき神──。ハイデガーやレヴィナス以降、〈存在〉やその〈外部〉をめぐる思索は、抹消線を付された神についてどのように語ることができるのか。西洋キリスト教学の広範な伝統にたち、ポストモダン期における「現象学の神学的転回」を代表するマリオンが、偶像、愛、贈与、メランコリー、御言などの独自の分析をつうじて、存在の究極的神秘に迫る主著。（哲学・神学）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eポストモダン期における「現象学の神学的転回」を代表する著者が、偶像、愛、贈与、メランコリーなどの分析から存在神秘に迫る主著。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキリスト教学の伝統にたち、ポストモダン期における「現象学の神学的転回」を代表する著者が、偶像、愛、贈与、メランコリーなどの分析から存在の神秘に迫る主著。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e献辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e存在なき神\n\u003cbr\u003e第一章　偶像とイコン\n\u003cbr\u003e1　最初の見えるもの\n\u003cbr\u003e2　見えない鏡\n\u003cbr\u003e3　輝かしい／輝きの回帰\n\u003cbr\u003e4　概念的偶像\n\u003cbr\u003e5　見えないもののイコン\n\u003cbr\u003e6　顔が見据える\n\u003cbr\u003e7　見えないものの見える鏡\n\u003cbr\u003e8　概念におけるイコン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　二重の偶像崇拝\n\u003cbr\u003e1　偶像の働き\n\u003cbr\u003e2　概念的偶像の両義性\n\u003cbr\u003e3　形而上学と偶像\n\u003cbr\u003e4　〈存在〉のスクリーン\n\u003cbr\u003e5　神的なるものとそれに関連する主題についてのノート\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　存在の十字\n\u003cbr\u003e1　偶像の沈黙\n\u003cbr\u003e2　存在論的抵当\n\u003cbr\u003e3　〈存在〉かあるいは（善か）\n\u003cbr\u003e4　〈存在〉への無関心\n\u003cbr\u003e5　非本質的な、それゆえ最初の名\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　空しさの裏面\n\u003cbr\u003e1　留保（宙吊り）\n\u003cbr\u003e2　退　屈\n\u003cbr\u003e3　空しさの中の空しさ\n\u003cbr\u003e4　あたかも……かのように\n\u003cbr\u003e5　メランコリア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　神学の聖体拝領的な場から／について\n\u003cbr\u003e1　［おのれをして］語るにまかせる\n\u003cbr\u003e2　時効によって失効した出来事\n\u003cbr\u003e3　聖体の秘蹟による解釈学\n\u003cbr\u003e4　何について語るのか\n\u003cbr\u003e5　解釈における遅れ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテキストの外\n\u003cbr\u003e第六章　現在と贈与\n\u003cbr\u003e1　一方あるいは他方の偶像崇拝\n\u003cbr\u003e2　意識と直接的なもの\n\u003cbr\u003e3　形而上学的時間性かキリスト的時間性か\n\u003cbr\u003e4　記　念\n\u003cbr\u003e5　伸　長\n\u003cbr\u003e6　その日その日に\n\u003cbr\u003e7　臨在／現前の贈与\n\u003cbr\u003e8　緊急に熟慮すべきこと\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　究極の厳格さ\n\u003cbr\u003e1　術　定\n\u003cbr\u003e2　遂　行\n\u003cbr\u003e3　転　回\n\u003cbr\u003e4　殉　教\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e書誌ノート\n\u003cbr\u003e原注\n\u003cbr\u003e解説\n\u003cbr\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eデリダやレヴィナス、ハイデガーやナンシーの著作と深く交錯する重要著作です。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eJ.-L.マリオン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマリオン ジャン リュック\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1946年パリ生まれ．パリ・エコール・ノルマル・シュペリウール卒業，パリ第4大学助手，ポワティエ大学教授，パリ第10大学教授を経て現在パリ第4大学教授，シカゴ大学教授．1992年アカデミー・フランセーズ哲学大賞，2007年カール・ヤスパース賞（ハイデルベルク）受賞．2008年にアカデミー・フランセーズに選出される．ハイデガーの決定的な影響のもとにありながら，「存在の問い」を「神の問い」によって解任し，それに基づいてデカルトを初めとする哲学史研究，神学，現象学のそれぞれの分野を大胆に革新しつつある現代フランスを代表する哲学者である．本書以外の主著にSur le prisme métaphysique de Descartes（PUF, 1986）, Étant donné: essai d’une phénoménologie de la donation（PUF, 1997\/1998）, Le phénomène érotique（Grasset, 2003）, Certitudes négatives（Grasset, 2010）がある．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e永井 晋\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e永井晋\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナガイ シン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1960年東京生まれ．早稲田大学第一文学部卒業，同大学院修士課程修了，同博士課程退学．フランス政府給費留学生としてパリ第1大学，第10大学，第4大学に留学．東洋大学文学部教授．博士（文学）．著書に『現象学の転回──〈顕現しないもの〉に向けて』（知泉書館，2007年）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中島 盛夫\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e中島盛夫\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナカジマ モリオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1922年横浜生まれ．東京大学文学部卒業，同大学院修了．東洋大学教授，横浜市立大学教授，同名誉教授を歴任．1996年逝去．著書に『ベルクソンと現代』（塙書房，1968），『経験と現象』（世界書院，1988），訳書にマルクーゼ『理性と革命』（共訳，岩波書店，1961\/1973），シュペヒト『デカルト』（理想社，1969\/1983），メルロ＝ポンティ『知覚の現象学』（1982），ドゥルーズ『カントの批判哲学』（1984），リオタール『熱狂──カントの歴史批判』（1990），メルロ=ポンティ『見えるものと見えざるもの』（1994，以上法政大学出版局）ほか．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1922年横浜生まれ．東京大学文学部卒業，同大学院修了．東洋大学教授，横浜市立大学教授，同名誉教授を歴任．1996年逝去．著書に『ベルクソンと現代』（塙書房，1968），『経験と現象』（世界書院，1988），訳書にマルクーゼ『理性と革命』（共訳，岩波書店，1961\/1973），シュペヒト『デカルト』（理想社，1969\/1983），メルロ＝ポンティ『知覚の現象学』（1982），ドゥルーズ『カントの批判哲学』（1984），リオタール『熱狂──カントの歴史批判』（1990），メルロ=ポンティ『見えるものと見えざるもの』（1994，以上法政大学出版局）ほか．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1922年横浜生まれ．東京大学文学部卒業，同大学院修了．東洋大学教授，横浜市立大学教授，同名誉教授を歴任．1996年逝去．著書に『ベルクソンと現代』（塙書房，1968），『経験と現象』（世界書院，1988），訳書にマルクーゼ『理性と革命』（共訳，岩波書店，1961\/1973），シュペヒト『デカルト』（理想社，1969\/1983），メルロ＝ポンティ『知覚の現象学』（1982），ドゥルーズ『カントの批判哲学』（1984），リオタール『熱狂──カントの歴史批判』（1990），メルロ=ポンティ『見えるものと見えざるもの』（1994，以上法政大学出版局）ほか．\u003c\/p\u003e","brand":"J.-L.マリオン：著, 永井 晋：訳, 中島 盛夫：訳\u003cbr\u003e2010年08月05日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969601179936,"sku":"944","price":4950.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588009440_0.jpg?v=1764197089","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-00944-0","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}