{"product_id":"isbn978-4-588-00973-0","title":"眼に映る世界","description":"\u003cp\u003e9784588009730\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-00973-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588009737\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-00973-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e眼に映る世界\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eメニウツルセカイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e映画の存在論についての考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eエイガノソンザイロンニツイテノコウサツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e不在の「現実」をスクリーンに映し出し、一つの世界を魔術的に出現させる映画というメディアは、二十世紀の歴史と思考に何をもたらしてきたか。その物理的・技術的基盤に注目しつつ、絵画・写真・演劇とは異なる映画そのものの本質を、モダニズムの美学批判的眼差しのもとに探究した映画理論の古典。バザン以後の問いを受け継ぎ、ドゥルーズ『シネマ』と双璧をなす名著、待望の邦訳。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e不在の「現実」をスクリーンに映し出し一つの世界を魔術的に出現させる映画。そのメディア固有の美学的意味を探究した古典的名著。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e不在の「現実」をスクリーンに映し出し、一つの世界を魔術的に出現させる映画。そのメディア固有の技術的・美学的・存在論的意味を探究した哲学的映画論の古典。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e増補版への序\n\u003cbr\u003e序\n\u003cbr\u003e1　仲間たちをめぐる自叙伝\n\u003cbr\u003e2　視覚と音\n\u003cbr\u003e3　写真とスクリーン\n\u003cbr\u003e4　観客、俳優、スター\n\u003cbr\u003e5　類型的人物、シリーズ、ジャンル\n\u003cbr\u003e6　起源についての諸説\n\u003cbr\u003e7　ボードレールと映画の神話\n\u003cbr\u003e8　軍人と女性\n\u003cbr\u003e9　ダンディ\n\u003cbr\u003e10　神話の終焉\n\u003cbr\u003e11　映画のメディウムとメディア\n\u003cbr\u003e12　死すべきものとしての世界──絶対的年齢と若さ\n\u003cbr\u003e13　全体性としての世界──カラー\n\u003cbr\u003e14　自動性\n\u003cbr\u003e15　余論──いくつかのモダニズム絵画\n\u003cbr\u003e16　展示と自己言及\n\u003cbr\u003e17　カメラの介入\n\u003cbr\u003e18　テクニックの言明\n\u003cbr\u003e19　沈黙の認知\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e続・眼に映る世界\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e〈訳者解説〉なぜ映画が哲学の問題たり得るのか？\n\u003cbr\u003e原注\n\u003cbr\u003e訳注\n\u003cbr\u003e人名・作品名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスタンリー・カヴェル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカヴェル,S.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Stanley Cavell）\n\u003cbr\u003e1926年、アメリカ・ジョージア州アトランタに生まれる。47年、カリフォルニア大学バークリー校で文学士号取得（音楽専攻）。61年、ハーヴァード大学で博士号取得（哲学専攻）。63年より同大学哲学部で教鞭をとる。96-97年、アメリカ哲学会（東部支部）会長。97年よりハーヴァード大学哲学部名誉教授。特定の「学派」に属さず、日常言語の哲学、文学と文芸批評、美学、政治学、映画とオペラ研究などで、哲学の境界と精神を広げ、生活・文化・教育が意味するもののヴィジョンを追究している。『センス・オブ・ウォールデン』（法政大学出版局）、『哲学の〈声〉──デリダのオースティン批判論駁』、共著『〈動物のいのち〉と哲学』（春秋社）の邦訳があるほか、主著にMust We Mean What We Say?（1969）; The Claim of Reason: Wittgenstein, Skepticism, Morality, and Tragedy（1979）; Pursuits of Happiness: The Hollywood Comedy of Remarriage（1981）; Disowning Knowledge in Seven Plays of Shakespeare（1987）; Little Did I Know: Excerpts from Memory（2010）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e石原 陽一郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e石原陽一郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイシハラ ヨウイチロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1962年生まれ。早稲田大学卒業、立教大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学（フランス文学専攻）。立教大学、共立女子大学ほか非常勤講師。著書に『タッチで味わう映画の見方』、編著に『映画批評のリテラシー』ほか、訳書にウィルソン編『孤高の騎士 クリント・イーストウッド』（以上フィルムアート社）、コフマン編『フロイト＆ラカン事典』（共訳、弘文堂）、ドゥルーズ『シネマ2＊時間イメージ』（共訳、法政大学出版局）ほか。\u003c\/p\u003e","brand":"スタンリー・カヴェル：著, 石原 陽一郎：訳\u003cbr\u003e2012年04月20日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969617006880,"sku":"973","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588009730_0.jpg?v=1764197206","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-00973-0","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}