{"product_id":"isbn978-4-588-00983-9","title":"再配分か承認か?","description":"\u003cp\u003e9784588009839\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-00983-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588009834\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-00983-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e再配分か承認か?\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサイハイブンカショウニンカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e政治・哲学論争\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイジテツガクロンソウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティと差異をめぐる「承認」は富を還元する「再配分」との関係において論争が絶えない。「規範的な一元論」によって承認は決定的な道徳論となるのか。「パースペクティヴ的二元論」によって再配分は承認に包摂されず相互に還元不可能な次元として理解されるべきなのか。資本主義に対する批判理論の中で道徳哲学・社会理論・政治分析の統合を目指した画期的な論争。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e承認と再配分を根本的に問うことで資本主義に対する批判理論の中で道徳哲学・社会理論・政治分析を統合しようと試みた画期的な論争。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアイデンティティと差異をめぐる「承認」を、「規範的一元論」と「パースペクティブ的二元論」において資本主義社会に対する批判理論としてラジカルに問い直す。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e謝辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序文　ナンシー・フレイザー／アクセル・ホネット\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第１章　アイデンティティ・ポリティクスの時代の社会正義　再配分・承認・参加\n\u003cbr\u003eナンシー・フレイザー\n\u003cbr\u003e序論\n\u003cbr\u003e第１節　再配分か承認か──切り詰められた正義の批判\n\u003cbr\u003e第２節　再配分と承認の統合──道徳哲学の問題\n\u003cbr\u003e第３節　社会理論の問題──資本主義社会における階級と社会的地位\n\u003cbr\u003e第４節　政治的理論の課題──民主的正義を制度化する\n\u003cbr\u003e第５節　危機的状況についての結論的省察──ポストフォード主義・ポスト共産主義・グローバリゼーション\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第２章　承認としての再配分──ナンシー・フレイザーに対する反論\n\u003cbr\u003eアクセル・ホネット\n\u003cbr\u003e第１節　社会的不正の経験の現象学について\n\u003cbr\u003e第２節　資本主義的な承認の秩序と配分をめぐる闘争\n\u003cbr\u003e第３節　承認と社会正義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３章　承認できぬほどゆがめられた承認──アクセル・ホネットへの応答\n\u003cbr\u003eナンシー・フレイザー\n\u003cbr\u003e第１節　批判理論における経験の位置について──政治社会学を道徳心理学に還元することに対する反論\n\u003cbr\u003e第２節　社会理論における文化論的転回について──資本主義社会を承認秩序に還元することに対する反論\n\u003cbr\u003e第３節　リベラルな平等について──正義を健全なアイデンティティの倫理に還元することに対する反論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第４章　承認ということの核心──返答に対する再返答\n\u003cbr\u003eアクセル・ホネット\n\u003cbr\u003e第１節　批判的社会理論と内在的超越\n\u003cbr\u003e第２節　資本主義と文化──社会統合・システム統合・パースペクティヴ的二元論\n\u003cbr\u003e第３節　歴史と規範性──義務論の限界について\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e承認論の未来？──監訳者あとがきに代えて\n\u003cbr\u003e訳注\n\u003cbr\u003e原注\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eA.ホネット著／辰巳伸知・宮本真也訳『物象化』\n\u003cbr\u003eA.ホネット著／加藤泰史・日暮雅夫訳『正義の他者』\n\u003cbr\u003eA.ホネット著／山本啓・直江清隆訳『承認をめぐる闘争』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［共訳者紹介］\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e高畑　祐人（タカハタ　ユウト）\n\u003cbr\u003e1961年生まれ。名古屋大学・南山大学非常勤講師。哲学・倫理学。主な著作に、「『趣味判断』と『美に対する知性的関心』の間」（日本カント協会編、『日本カント研究』5「カントと責任論」所収、理想社、2004年）、Ａ・ホネット『正義の他者』（共訳、法政大学出版局、2005年）、Ａ・クレプス『自然倫理学─ひとつの見取図』（共訳、みすず書房、2011年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e菊地　夏野（キクチ　ナツノ）\n\u003cbr\u003e1973年生まれ。名古屋市立大学教員。社会学、ジェンダー・セクシュアリティ研究、ポストコロニアル・スタディーズ。主な著作に、『ポストコロニアリズムとジェンダー』（青弓社、2010年）、「沈黙と女性」（仲正昌樹編『差異化する正義』所収、御茶の水書房、2004年）、Ｎ・フレイザー『中断された正義―「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察』（仲正昌樹監訳、御茶の水書房、2003年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e舟場　保之（フナバ　ヤスユキ）\n\u003cbr\u003e1962年生まれ。大阪大学大学院文学研究科准教授。哲学。主な著作に、『グローバルエシックスを考える』（共編著、梓出版社、2008年）、「ジェンダーは哲学の問題とはなりえないのか」（『哲学』第58号、法政大学出版局、2007年）、マティアス・ルッツ ＝ バッハマン／アンドレアス・ニーダーベルガー編著『平和構築の思想─グローバル化の途上で考える』（共同監訳、梓出版社、2011年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中村　修一（ナカムラ　シュウイチ）\n\u003cbr\u003e1976年生まれ。翻訳業。ドイツ思想。主な著作に、「自殺をめぐる倫理学的考察―カント自殺論に即して」（『医療・生命と倫理・社会』第6号、大阪大学大学院医学研究科・医の倫理学教室、2007年）、「『視霊者の夢」における方法の転換―概念の分析の放棄」（『メタフュシカ』第40号、大阪大学大学院文学研究科・哲学講座、2009年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e遠藤　寿一（エンドウ　トシカズ）\n\u003cbr\u003e1958年生まれ、岩手医科大学共通教育センター人間科学科哲学分野准教授。哲学。主な著作に、『医学生のための生命倫理』（共著、丸善出版、2012年）、「人格の同一性と生命倫理」（岩手医大共通教育研究年報 第46号、2011年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e直江　清隆（ナオエ　キヨタカ）\n\u003cbr\u003e1960年生まれ。東北大学大学院文学研究科准教授。哲学。主な著作に、『岩波講座 哲学9 科学／技術の哲学』（共著、2008年）、Ａ・フィーンバーグ『技術への問い』（岩波書店、2004年）、Ａ・ホネット『承認をめぐる闘争』（共訳、法政大学出版局、2003年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e■お詫びと訂正────────────────────────────────────────────\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e『再配分か承認か？　政治・哲学論争』（初版第１刷）において、訳者の菊地夏野先生のお名前に誤りがございました。\n\u003cbr\u003e菊地夏野先生ならびに読者の皆様に謹んでお詫びし、以下のとおり訂正させていただきます。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e扉・奥付・325頁\n\u003cbr\u003e（誤）菊池夏野　→　（正）菊地夏野\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e───────────────────────────────────────────────────\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eナンシー・フレイザー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフレイザー ナンシー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Nancy Fraser）\n\u003cbr\u003e1947年、アメリカのボルティモア生まれ。1980年にニューヨーク市立大学大学院で哲学の博士号を取得。現在はニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチの哲学科で、政治学および社会科学講座の教授を務める。フェミニズムの理論家としても著名で、アメリカ批判理論の代表者の一人である。\n\u003cbr\u003e最新刊に Fortunes of Feminism: From Women's Liberation to Identity Politics to Anti-Capitalism（ London: Verso, 2013）、主な邦訳に、『中断された正義──「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的省察』（仲正昌樹監訳、御茶の水書房、2003年）、『再配分か承認か? ──政治・哲学論争』（アクセル・ホネットと共著、加藤泰史監訳、法政大学出版局、2012年）、『九・一一とアメリカ知識人』（エリ・ザレツキーと共著、仲正昌樹訳、御茶の水書房、2002年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアクセル・ホネット\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eホネット アクセル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Axel Honneth）\n\u003cbr\u003e1949年ドイツのエッセンで生まれる。1983年にベルリン自由大学で哲学の博士号を取得。現在はフランクフルト大学社会哲学講座正教授、フランクフルト大学社会研究所所長、コロンビア大学哲学科教授を務める。フランクフルト学派第三世代の代表的存在。主な著作に、『権力の批判：批判的社会理論の新たな地平』（河上倫逸監訳、法政大学出版局、1992年）、『承認をめぐる闘争：社会的コンフリクトの道徳的文法』（山本啓・直江清隆訳、法政大学出版局、2003年）、『正義の他者：実践哲学論集』（加藤泰史・日暮雅夫ほか訳、法政大学出版局、2005年）、『自由であることの苦しみ：ヘーゲル「法哲学」の再生』（島崎隆・明石英人・大河内泰樹・徳地真弥訳、未來社、2009年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e加藤 泰史\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e加藤泰史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカトウ ヤスシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1956年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科教授。哲学・倫理学。主な著作に、Kant in der Diskussion der Moderne （Gerhard Schönrichと共編著、Suhrkamp Verlag，1996年）、「現代社会における『尊厳の毀損』」としての貧困：格差・平等・国家へのカント的アプローチ」（日本哲学会編『哲学』、第60号、2009年）、Ａ・ホネット『正義の他者』（共訳,法政大学出版局、2005年）、G・シェーンリッヒ『カントと討議倫理学の問題』（共訳，晃洋書房、2011年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「日本経済新聞」（2018年10月20日付／浅田彰氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ナンシー・フレイザー：著, アクセル・ホネット：著, 加藤 泰史：監訳\u003cbr\u003e2012年10月24日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969619005728,"sku":"983","price":4180.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588009839_0.jpg?v=1764197248","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-00983-9","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}