{"product_id":"isbn978-4-588-01013-2","title":"無神論の歴史　上・下","description":"\u003cp\u003e9784588010132\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01013-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588010131\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01013-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1314\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e無神論の歴史　上・下\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eムシンロンノレキシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e始原から今日にいたるヨーロッパ世界の信仰を持たざる人々\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eゲンシカラコンニチにイタルヨーロッパセカイノシンコウヲモタザルヒトビト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキリスト教信仰とともに歩んできた二〇〇〇年の西洋文明史はまた、神を否定し、宗教を拒絶する者たちによる思想闘争の歴史でもあった。古代・中世の異端説から、啓蒙の懐疑論や理神論をへて現代の唯物論に至るまで、既成秩序への抵抗と世俗化の根拠となった無神論哲学の多様な系譜を一望のもとに描く。現代フランスの最も多産な歴史家による、壮大な通史の試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e古代・中世の懐疑論から現代の唯物論に至るまで、神や宗教を否定した異端者たちの系譜を一望する。西洋文明の根底に迫る壮大な通史。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e古代・中世の懐疑論から現代の唯物論に至るまで、神を否定し宗教を拒絶した異端者たちの系譜を一望する通史。西洋文明の根底に迫る、類例のない心性史の試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【上巻】\n\u003cbr\u003e序　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅰ部　古代と中世における無神論\n\u003cbr\u003e第一章　はじめに──信仰か不信仰か\n\u003cbr\u003e原始無神論の問題／未開人の心性、マナ／本来信仰もなければ不信仰もなかった、神話的意識／生きられた神話から概念化された神話へ、宗教とその派生態／生きられた神話から呪術へ、迷信的立場とその派生態／理論的無神論から実践的無神論へ、作業仮説／未開人、古代人における無神論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　古代ギリシア・ローマの無神論\n\u003cbr\u003e紀元前五世紀まで──唯物論的汎神論の受容／紀元前四三二年、ディオペイテスの法令　無神論と不敬に対する有罪判決の開始／不可知論者ソクラテスからディアゴラス、そして無神論者テオドロスへ／プラトン、不寛容と無神論抑圧の開祖／脱神話化──エウヘメロスとストア主義の汎神論／エピクロス主義、道徳的無神論／紀元前二世紀から一世紀にかけてのギリシア・ローマ世界の懐疑論／古代無神論とその限界\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　中世の無神論？\n\u003cbr\u003e《信仰の時代》？／不信仰へのアラブ＝イスラム世界の寄与／二重真理説の問題／理性の誘惑／反軽信主義者たちの世界／《証明》の必要が懐疑を証拠立てる／奇蹟、超自然的現象と懐疑論／「人当たりの良さの裏で渋面をつくる不敬虔」／不信仰についての証言／農民たちの唯物論的自然主義／聖職者という枠組みの脆弱性／破門された人々、潜在的無神論者の世界\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅱ部　ルネサンス期の破壊的無神論\n\u003cbr\u003e第四章　ルネサンス期の不信仰の背景\n\u003cbr\u003eリュシアン・フェーヴルと『十六世紀における不信仰の問題』／パドヴァとポンポナッツィ／イタリアにおける懐疑の用いられ方／信仰に有利に働かない新たな社会＝文化的背景／大旅行と神を信じない人々の問題／用語法の重み／信仰の不純性。瀆神的言辞の意味／悪魔と無神論／怪しげな状況\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　十六世紀の無神論に関する証言\n\u003cbr\u003eカルヴァン、不信仰の啓示者／一五七〇年以前の無神論に関する証言／ヨーロッパ的現象／一五七〇年以降の不信仰の再発／反体制的無神論／地中海から英国まで──民衆的懐疑論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　批判的無神論（一五〇〇─一六〇〇年）\n\u003cbr\u003e不信仰者たちの信仰箇条／デュプレシー＝モルネのキリスト教護教論に登場した無神論者／シャロンの讃辞／イタリアにおける不信仰、アレティーノからブルーノまで／ドレ、グリュエ、セルヴェ──自由思想の殉教者たち（一五四六─一五五三年）／実存的反抗としての不信仰／『世界の鐘』（Cymbalum mundi）（一五三七年）の不可知論的メッセージ／社会からはみ出た階層における実践的無神論の重要性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅲ部　ひとつの精神の危機からもうひとつの精神の危機へ（一六〇〇─一七三〇年）\n\u003cbr\u003e第七章　ヨーロッパ精神の第一の危機、リベルタン的懐疑論者（一六〇〇─一六四〇年）\n\u003cbr\u003eリベルタン思想／混乱した新たな文化的背景／不信仰の増加を前にした不安、その証言／ガラース神父から見たリベルタン思想（一六二三年）／ガラースによるリベルタンの立場と起源／『珍妙なる教説』周辺の論争／主だったリベルタン社会／はっきりしないケース──ガッサンディ、パタン／ノーデとル・ヴァイエの懐疑的悲観論／ヴォクラン、デ・バロー、ヴィオーのエピクロス主義的悲観論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　偉大な世紀の不信仰に向かって （一六四〇─一六九〇年）\n\u003cbr\u003e危険の増大とボシュエの不安／文学の証言／えせ敬神家の時代／エピクロスの流行／リベルタン第二世代の意味するもの／二元論的心性／デカルト哲学、反軽信主義の要因か／スピノザ、ホッブズ、パスカル、ユエ──守勢に立つ信仰／原子と不信仰／十七世紀における反軽信主義の回帰  ヴァニーニ／クレモニーニとイタリアの無神論／オランダと英国──公然化する不信仰／十七世紀の不可知論──一六五九年の『甦るテオフラストス』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　ヨーロッパ精神の第二の危機、理性と無神論（一六九〇─一七三〇年頃）\n\u003cbr\u003eあらゆる道は無神論に通じる／疑惑と懐疑の時代／旅は不信仰を育む／比較史と聖書批判　不信仰の二つの新たな要因／ベールと無神論者の擁護／英国、自由思想の祖国／コリンズ、トーランド、シャフツベリー／無神論との闘い\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e【下巻】\n\u003cbr\u003e第Ⅳ部　不信仰の十八世紀\n\u003cbr\u003e第十章　メリエ神父の宣言（一七二九年）\n\u003cbr\u003eスキャンダル／神は存在しない／唯一の存在は物質である／啓示批判／イエス、《大狂信者》／狂者の歴史／ジャン・メリエの生涯と秘密／十八世紀におけるメリエ思想の伝播／メリエ、フランス革命からソ連へ／メリエの亜流たち／ドン・デシャンとその『無神論神学』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十一章　無宗教と社会\n\u003cbr\u003e司牧視察の総括　信仰離れの開始／精神的権威の無理解──マシヨン／護教論者の弱点──アルフォンソ・デ・リゴーリ／フランス聖職者の狼狽（一七五〇─一七七五年）／狼狽からパニックへ（一七七五─一七八二年）／パリ、不信仰の中心地　メルシエの証言／中央ヨーロッパにおける反軽信主義の広がり／上流社会からとられた例　大貴族、高位聖職者、上層ブルジョワジー／小ブルジョワ、職人、船頭、船員／無神論──キリスト教の産物か？　聖と俗の分離／教義上の行き過ぎとジャンセニズムの責任／不信仰の普及──カフェ、クラブ、新聞／無神論、理神論の地下手書き本\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十二章　キリスト教の基礎の再検討と理神論のためらい\n\u003cbr\u003e理神論あるいは空虚の恐怖／証明不可能だが存在する神──ヒューム、カントそしてドイツ哲学／無となることへの否／無神論者の死と信仰者の死／悲観論のなかで手を取り合う信仰を持つ者と持たない者／信仰擁護者たちの戦線分裂／霊魂、精神、自然──ためらいと政治問題／理神論、無神論、反聖職者主義──モレリー／反合理主義と懐疑論の派生態／ヴォルテールと《不信仰者間の内戦》\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十三章　無神論的唯物論の表明\n\u003cbr\u003e無神論者の陰謀という神話／唯物論の起源と一般的特徴／懐疑論的無神論（ダランベール）と実践的無神論（エルヴェシウス）／人間機械論から当たり前の無神論へ／《無神論者とは何か？》（シルヴァン・マレシャル、一八〇〇年）／逸脱──ドイツの虚無主義的無神論とサドの無神論／不安げな無神論者ディドロ、そして穏やかな無神論者ドルバック／《無神論者とは何か》（ドルバック、一七七〇年）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅴ部　神の死の世紀（十九世紀）\n\u003cbr\u003e第十四章　革命期の非キリスト教化運動　民衆的無神論の出現\n\u003cbr\u003e反聖職者主義／赤色司祭と無神論聖職者 メリエの亜流たち／無神論の宣教師たち／村の無神論者たち／無神論と理神論のあいだで揺れるリーダーたちの絶えざるジレンマ／代用宗教？／反聖職者主義の総括\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十五章　実践的無神論の高まりとその闘い\n\u003cbr\u003e無宗教のツール・ド・フランス／ひとつの事例、ブルターニュ地方／教会当局の不安の激しさ／不信仰の社会的ヴァリエーション／反聖職者主義の役割／不信仰の諸要因──トリエント公会議以降の信仰／自由思想、不信仰の先兵／自由思想、教会への反動か／『神との戦争』（ポール・ラファルグ）／闘いのさまざまな面\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十六章　信仰から不信仰へ　代用の信仰箇条\n\u003cbr\u003e近代世界と隔絶した教会／神学と聖書釈義学の怠慢／神学校と聖書を介した信仰から不信仰へ──ルナン、テュルメル、ロワジ、アルファリック／宗教史、不信仰の学校／無神論への道、あるいは十九世紀における信仰の失い方／神を懐かしむ人々／信仰箇条の大混乱／いくつもの新しい教会\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十七章　体系的な無神論あるいは神の死のイデオロギー\n\u003cbr\u003eヘーゲルの合理主義とその観念論的後継／フォイエルバッハと人間学的無神論／マルクス、レーニンと社会＝経済的無神論／歴史主義的無神論／シュティルナー、ショーペンハウアー、ハルトマンの心理学的で絶望的な個人主義的無神論／ニーチェ、神の死から狂気へ／心理＝生理学的・精神分析学的無神論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅵ部　確かさの終焉（二十世紀）\n\u003cbr\u003e第十八章　無神論と信仰　戦争から休戦へ？\n\u003cbr\u003eソ連邦における《神なし》運動（一九二五─一九三五年）／《無神論》運動の停滞と政治的豹変（一九三五年）／一九四五年以降のマルクス主義諸国における戦闘的無神論／非マルクス主義的無神論運動／一九五〇年代─八〇年の合理主義者の闘い／休戦に向かうのか？／教会による無神論者の《取り込み》／人は神の存在を証明できるか／無神論に向き合う神学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十九章　神という仮定、時代遅れの問題？\n\u003cbr\u003e実存主義──自由を名目とした神の放棄／分析哲学にとっての神問題の無意味さ／科学──神を否定するか、あるいは概念を見直すか／マルクス主義の柔軟化／社会学的調査と不信仰の測定／カテゴリー（無神論者、不信仰者、不可知論者、宗教的無関心者）の終焉／二十世紀において信仰を失うこと──いくつかの例／支配的となった無神論に関する心理学と社会学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二十章　キリスト教二千年を経ての不信仰──いかなる総括か\n\u003cbr\u003e不信仰の重要性と戦闘的無神論の困難／信仰の分散──神から精神へ／信仰の修繕と取り込みの試み／超科学の誘惑とそのあいまいさ／無神論から無関心へ／若者たちと神──大規模放棄／《宗教への回帰》──ひとつの幻想／意味の喪失に向かって\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e結論　二十一世紀は非宗教的となるか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\n\u003cbr\u003e原注\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジョルジュ・ミノワ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミノワ,G.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Georges Minois）\n\u003cbr\u003e1946年、パリ南方エソンヌ県アティ＝モン市生まれ。パリ第四ソルボンヌ大学、カシャン技術教育高等師範学校を卒業、歴史学の高等教育教授資格ならびに博士号、文学国家博士資格を取得。1971年からブルターニュ地方サン＝ブリユーのリセの歴史学教授を務める（2007年まで）。ブルターニュ文化学士院会員。「歴史の商売人」と呼ばれるほど多産多様な歴史書の執筆で知られるが、その基軸にあるのは「教会」をめぐる心性史であり、主著『教会と科学』で古代ギリシア・ローマから現代にいたるまでのキリスト教と科学の関係を取りあげたほか、「老い」「戦争」「自殺」「地獄」「笑い」等アナール派ならではの主題に取り組み、膨大な一次資料、研究文献を読み解き主題をまとめあげる手腕には定評がある。邦訳書に『老いの歴史』『未来の歴史』（筑摩書房）、『悪魔の文化史』『ジョージ王朝時代のイギリス』『ガリレオ』（白水社）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e石川 光一\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e石川光一\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイシカワ コウイチ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1948年東京生まれ。早稲田大学大学院哲学修士課程修了。フランス政府給費留学生、モンペリエ第3大学博士課程修了。元日本大学数授。訳書に『ジャン・メリエ遺言書』（共訳）、『啓蒙の地下文書I、II』（共訳）、トドロフ『啓蒙の精神』（以上、法政大学出版局）、論文に「無神論への軌跡──ジャン・メリエの『覚え書』、その論理構成について」（『思想』1987年9月号）、「十八世紀、フランス啓蒙思想における唯物論と無神論──唯物論史研究序説」（東京唯物論研究会編『唯物論』第77号、2003年）ほか。\u003c\/p\u003e","brand":"ジョルジュ・ミノワ：著, 石川 光一：訳\u003cbr\u003e2014年07月08日 刊行","offers":[{"title":"Default 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