{"product_id":"isbn978-4-588-01040-8","title":"核の脅威","description":"\u003cp\u003e9784588010408\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01040-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588010409\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01040-9\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e核の脅威\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカクノキョウイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e原子力時代についての徹底的考察\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eゲンシリョクジダイニツイテノテッテイテキコウサツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e広島、長崎、第五福竜丸、そして、福島──われわれはいま何を考えるべきか？　日本で反核運動に参加したアンダースは、「日本では原子力時代はすでに〈経験〉になっている」と語った。われわれは自らのこの生きた経験から、核の脅威を、核兵器使用や原子力発電の問題にとどめず、いまあらたに世界全体を巻き込んでいる全体主義の問題としても受け止めねばならない。絶望することなく、いかにして世界への希望や信頼を失わずにいられるのか。その徹底的な考察がここにある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e広島、長崎、第五福竜丸、そして福島を自ら「経験」しているわれわれは、いま何を考えるべきなのか。徹底的な考察がここから始まる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e広島、長崎、第五福竜丸、そして福島。原子力と核の脅威を自ら「経験」しているわれわれはいま何を考えるべきなのか。その徹底的な考察ための道筋がここにある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eまえがき\n\u003cbr\u003eはしがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅠ　哀悼される未来\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅡ　激変\n\u003cbr\u003e　１　全能によって大国に\n\u003cbr\u003e　２　核による全体主義\n\u003cbr\u003e　３　政治的なものの終焉\n\u003cbr\u003e　４　われわれが全能なのは、われわれが無力だからである\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅢ　今日における責任について\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅣ　核による死は自殺ではない\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅤ　原子力時代の退廃──無風状態への警告\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅥ　原子力時代への提言\n\u003cbr\u003e　ヒロシマと化した世界\n\u003cbr\u003e　〈時の終わり〉を阻む最後の時代\n\u003cbr\u003e　政治動向が核兵器を生むのではない、実態はその逆である\n\u003cbr\u003e　核は兵器ではない、われわれの敵である\n\u003cbr\u003e　核の脅威は全体主義的である\n\u003cbr\u003e　誰にでも起こることは誰も免れられない\n\u003cbr\u003e　世代間の同盟\n\u003cbr\u003e　想像を絶する虚無\n\u003cbr\u003e　われわれは逆転したユートピアンである\n\u003cbr\u003e　「プロメテウス的落差」\n\u003cbr\u003e　「閾を超えるもの」\n\u003cbr\u003e　感性は考え方を歪め、空想こそ現実的である\n\u003cbr\u003e　創造的挫折\n\u003cbr\u003e　距離の移転\n\u003cbr\u003e　比較級の終焉\n\u003cbr\u003e　権限に訴えるのは倫理的無能の証である\n\u003cbr\u003e　「行為」の廃止\n\u003cbr\u003e　現代的虚偽の嘘八百な諸形態\n\u003cbr\u003e　物化でなく疑似人間化\n\u003cbr\u003e　疑似人間の信条\n\u003cbr\u003e　敵意の不気味な消滅\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅦ　アポカリプス不感症の根源\n\u003cbr\u003e　１　拡散\n\u003cbr\u003e　２　生活水準\n\u003cbr\u003e　補遺　時間の本質についての追記\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅧ　矮小化──その手口\n\u003cbr\u003e　第一の手口──危険の分類を偽る\n\u003cbr\u003e　第二の手口──怖ろしいものを控えめに言う\n\u003cbr\u003e　第三の手口──厳かに語る\n\u003cbr\u003e　第四の手口──間違った比較をする\n\u003cbr\u003e　第五の手口──反対のものを持ちだして脅す\n\u003cbr\u003e　第六の手口──茶化す\n\u003cbr\u003e　第七の手口──無知につけ込む\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅨ　ヒポクラテスの誓い──「生産スト」問題の検討\n\u003cbr\u003e　普遍的なヒポクラテスの誓いを立てる試み\n\u003cbr\u003e　生産ストライキ\n\u003cbr\u003e　実態は分からない（Non olet）\n\u003cbr\u003e　ストライキ反対論？──二面性\n\u003cbr\u003e　知ある無知（Docta ignorantia）\n\u003cbr\u003e　二面性のある製品\n\u003cbr\u003e　専門知識（know how）と結果に関する無知（not knowing how）\n\u003cbr\u003e　原罪（Peccatum originale）と汚れなき手\n\u003cbr\u003e　追記（一九七一年）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅩ　途方もない事実\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅪ　猶予期間\n\u003cbr\u003e　われわれの形而上学的状態の変化──人類から絶滅危惧種へ\n\u003cbr\u003e　終末論的状況︱存在論にとっての好機\n\u003cbr\u003e　「核による自殺」という言い方は正しいか\n\u003cbr\u003e　保有＝使用（Habere = adhibere）\n\u003cbr\u003e　そのときには一緒に皆くたばるわけだ\n\u003cbr\u003e　逆転の法則\n\u003cbr\u003e　寡頭制の法則──被害者が増えると加害者は減る\n\u003cbr\u003e　われわれが生きているのは時代ではなく猶予期間である\n\u003cbr\u003e　神の国なきアポカリプス\n\u003cbr\u003e　キリスト教における猶予期間の曖昧さ\n\u003cbr\u003e　終わりの終焉\n\u003cbr\u003e　キリスト教的なアポカリプスと核によるアポカリプスについての補説\n\u003cbr\u003e　キリスト教的なアポカリプスと核によるアポカリプスとの対比\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eG.アンダース\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアンダース ギュンター\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Günther Anders）\n\u003cbr\u003e1902年ブレスラウに生まれる（本名はギュンター・シュテルン）。フッサールのもとで哲学を学び、学位取得後パリやベルリンで哲学にかんする論文を書くとともにジャーナリストとして評論活動を行なう。ハンナ・アーレントと結婚し、離婚。1933年パリへ、次いで1936年にアメリカ合衆国へ亡命し、さまざまな仕事につく。とくに工場労働者としての経験は、執筆活動の重要な契機となる。1945年以降、核に反対する活動を積極的に展開し、国際的反核運動の指導者となる。邦訳された著書に、『時代おくれの人間』上下、『世界なき人間：文学・美術論集』、『異端の思想』、『塔からの眺め』（いずれも青木隆嘉訳、法政大学出版局）、『われらはみな、アイヒマンの息子』（岩淵達治訳、晶文社）などがある。アムステルダム亡命文学賞、イタリア・レジスタンス賞、批評家賞、バイエルン美術アカデミー文学賞、オーストリア文化賞、ウィーン出版文化賞、フランクフルト市アドルノ賞などを受賞。1992年12月死去。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e青木 隆嘉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e青木隆嘉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアオキ タカヨシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1932年福岡県に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学（哲学専攻）。大阪女子大学名誉教授。著書：『ニーチェと政治』、『ニーチェを学ぶ人のために』、共著：『実践哲学の現在』（以上、世界思想社）、『過剰としてのプラクシス』（晃洋書房）ほか。訳書：アーレント『思索日記』Ⅰ・Ⅱ（レッシング・ドイツ連邦共和国翻訳賞受賞）、カネッティ『蠅の苦しみ：断想』、ブルーメンベルク『神話の変奏』、エリアス『モーツァルト』、『ドイツ人論』、シュトラウス『始まりの喪失』、エーベリング『マルティン・ハイデガー』、ピヒト『ニーチェ』、（以上、法政大学出版局）、クリステヴァ『ハンナ・アーレント講義：新しい世界のために』（論創社）ほか。2016年2月死去。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「読売新聞」（2016年6月5日付／納富信留氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「朝日新聞」（2016年6月5日付／杉田敦氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「出版ニュース」（2016年7月中旬号）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「公明新聞」（2016年8月8日付）に紹介されました\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2016年8月27日号／佐藤嘉幸氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「BIOCITY 82号」（2020年4月6日発行／篠原雅武氏・評）にて紹介されました\n\u003cbr\u003e「みすず書房 読書アンケート 2024：識者が選んだ、この一年の本」（2025年02月17日発行／朽木祥氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"G.アンダース：著, 青木 隆嘉：訳\u003cbr\u003e2016年04月26日 刊行","offers":[{"title":"Default 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