{"product_id":"isbn978-4-588-01047-7","title":"インティマシーあるいはインテグリティー","description":"\u003cp\u003e9784588010477\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01047-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588010476\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01047-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eインティマシーあるいはインテグリティー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eインティマシーアルイハインテグリティー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e哲学と文化的差異\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eテツガクトブンカテキサイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eなぜ文化をめぐって衝突や軋轢、摩擦が起きるのか。そして、日本人の問いは、西洋における哲学的問いの多くとは、なぜ異なっているのか。あらゆる文化に共存する二種類の概念を縦横に論じ、従来の日本人論や日本文化論、比較文化論や異文化コミュニケーション論の枠組みから、さらに文化決定論の限界を超えて、画期的な「文化哲学」を提示する。異文化間に存在する根源的問題に迫り、グローバル化なればこそ人文学の不可欠なことを明証する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあらゆる文化に共存する二種類の概念を論じ、比較文化論、日本人論や日本文化論の限界を超えて、異文化が衝突する根源的問題に迫る。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eなぜ日本人の問いは西洋の哲学的な問いとは異なるのか。二つの概念を縦横に読み解き、従来の日本人論や日本文化論の限界を超えて、新たな文化哲学を提唱する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e目次\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e日本語版への序文\n\u003cbr\u003e謝辞\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序章\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　文化的指向性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　インティマシーとは何か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　インテグリティーとは何か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　世界観としてのインティマシーとインテグリティー\n\u003cbr\u003e    認識論、分析と議論、形而上学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　インティマシーとインテグリティーの規範的領域\n\u003cbr\u003e    美学、倫理学、政治学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　異文化の衝突\n\u003cbr\u003e    インティマシーとインテグリティーが衝突するとき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eインティミットな書誌\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e解説「文化的指向性」論の基底と射程\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eトマス・カスリス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカスリス トマス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Thomas P. Kasulis）\n\u003cbr\u003eイェール大学で博士号（Ph.D）を取得。博士論文は後に『禅の行為／禅の人格』（Zen Action\/ Zen Person, University of Hawai‘i Press, 1981）として刊行される。オハイオ州立大学の比較文化学教授として長く宗教学、哲学、東アジア学を講じ、2015年に退職。現在は特別名誉教授。邦訳された著書に『神道』（衣笠正晃訳、守屋友江監訳、ちくま学芸文庫、2014年）がある。2011年に共編『日本哲学原典翻訳資料集』（Japanese Philosophy: A Sourcebook, eds. James W. Heisig, Thomas P. Kasulis \u0026amp; John C. Maraldo）を刊行、現在は『日本哲学史』（仮題）を執筆中。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e衣笠 正晃\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e衣笠正晃\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキヌガサ マサアキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e法政大学国際文化学部教授。フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院東アジア言語文化研究科に留学し、博士論文提出資格（M.Phil）を取得。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専門は比較文学。主な著作に、「幽玄・象徴・多義性：上田敏の詩学をめぐって」（『言語と文化』8号、2011年）、「国文学者・久松潜一の出発点をめぐって」（『言語と文化』5号、2008年）、和辻哲郎『初版 古寺巡礼』（解説執筆、ちくま学芸文庫、2012年）などがあり、訳書に、トーマス・カスーリス『神道』（ちくま学芸文庫、2014年）、ジャック・デリダ著、ジョン・Ｄ・カプート編『デリダとの対話：脱構築入門』（共訳、法政大学出版局、2004年）、ハルオ・シラネ『芭蕉の風景 文化の記憶』（角川書店、2001年）がある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e高田 康成\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e高田康成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタカダ ヤスナリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e名古屋外国語大学現代国際学部教授。東京大学名誉教授。表象古典文化論専攻。主な著作に、『クリティカル・モーメント：批評の根源と臨界の認識』（名古屋大学出版会、2010年）、『キケロ：ヨーロッパの知的伝統』（岩波新書、1999年）、共著としてClassics and National Cultures (Oxford University Press, 2010), Platonism and the English Imagination (Cambridge University Press, 2005)、『ムーサよ、語れ：古代ギリシア文学への招待』（三陸書房、2003年）などがあり、訳書に、『エラスムス＝トマス・モア往復書簡』（共訳、岩波文庫、2015年）、ジョージ・スタイナー『師弟のまじわり』（岩波書店、2011年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「東洋経済ONLINE」（2016年9月3日付／堀内勉氏・評）にて紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"トマス・カスリス：著, 衣笠 正晃：訳, 高田 康成：解説\u003cbr\u003e2016年07月29日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969669894432,"sku":"1047","price":3740.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588010477_0.jpg?v=1764197509","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01047-7","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}