{"product_id":"isbn978-4-588-01076-7","title":"依存的な理性的動物","description":"\u003cp\u003e9784588010767\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01076-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458801076X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01076-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e依存的な理性的動物\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイゾンテキナリセイテキドウブツ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒトにはなぜ徳が必要か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒトニハナゼトクガヒツヨウカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e伝統的な哲学が前提してきた、ヒトとそれ以外の動物を区別する根拠とは何か？　両者の間に引かれた境界線を、イルカなど他の知的動物たちとの比較を通じて批判するとともに、人間を孤立し自足した強い個人ではなく、傷つきやすく障碍を抱えうる動物、共同体のなかで〈与える〉だけでなく〈受けとり〉、他者への依存のもとで初めて開花しうる動物として理解する、徳倫理学の画期的な明察。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒトと動物の間の伝統的区別を批判し、人間を共同体のなかで他者に依存してはじめて開花しうる動物と規定する、徳倫理学の画期的明察。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒトと動物の間の伝統的区別を批判し、人間を共同体内で他者に依存してはじめて開花する、傷つきやすく障碍を抱えうる動物として規定する、徳倫理学の画期的明察。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　文\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　傷つきやすさ、依存、動物性\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　動物という類に対比されるものとしてのヒト、\n\u003cbr\u003e　　　　その類に含まれるものとしてのヒト\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　イルカの知能\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　言語をもたない動物は信念をもちうるか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　ヒトではない動物の世界はどのくらい貧しいのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　行動の理由\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　傷つきやすさ、開花、諸々の善、そして「善」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　私たちはどのようにして自立した実践的推論者となるのか。\n\u003cbr\u003e　　　　また、諸徳はどのようにしてそれを可能にするのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　社会関係、実践的推論、共通善、そして個人的な善\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十章　承認された依存の諸徳\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十一章　共通善の政治的・社会的構造\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十二章　代理人、友、誠実さ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第十三章　道徳的コミットメントと合理的探究\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者解説\n\u003cbr\u003e訳　注\n\u003cbr\u003e原　注\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eアラスデア・マッキンタイア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマッキンタイア アラスデア\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Alasdair MacIntyre）\n\u003cbr\u003e1929年イギリス・スコットランドのグラスゴーに生まれる。ロンドン大学で古典学や哲学を学んだ後、1951年にマンチェスター大学で、また1961年にオックスフォード大学で修士号を取得。マンチェスター大学、エセックス大学などイギリスの諸大学で教鞭をとった後、1970年にアメリカに移住。以降、ボストン大学、ノートルダム大学、デューク大学等で哲学科教授を歴任。現在はロンドン・メトロポリタン大学の現代アリストテレス主義倫理学・政治学研究センター等で上級研究員を務めている。1981年に『美徳なき時代』（篠崎榮訳、みすず書房、1993）を発表。本書はいわゆる「リベラル・コミュニタリアン論争」の火付け役となるなど、道徳哲学や政治哲学の世界を中心に大きな反響を呼んだ。その他の著書として、『西洋倫理学史』（1966）（深谷昭三訳、以文社、1986／菅豊彦・井上義彦他訳、九州大学出版会、1985–1986）、『世俗化と道徳的変化』（1967）、『誰の正義？ どの合理性？』（1988）、『道徳的探究の競合する三形態』（1990）、『近代の諸対立の中の倫理学』（2016）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e高島 和哉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e高島和哉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタカシマ カズヤ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1971年生まれ。東京大学文学部仏文科卒。早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得満期退学。論文博士（学術）。早稲田大学社会科学総合学術院助手等を経て,現在,明治大学兼任講師。著書に『ベンサムの言語論──功利主義とプラグマティズム』（慶應義塾大学出版会），訳書にイリイチ『生きる意味』（藤原書店）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2018年7月中旬号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「法学セミナー」（2018年8月号）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読売新聞」（2018年7月22日付／苅部 直氏・評）にて紹介されました。\n\u003cbr\u003e「読書人」（2018年8月24日号／山岡龍一氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"アラスデア・マッキンタイア：著, 高島 和哉：訳\u003cbr\u003e2018年05月18日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969742344480,"sku":"1076","price":3630.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588010767_0.jpg?v=1764197625","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01076-7","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}