{"product_id":"isbn978-4-588-01133-7","title":"抹消された快楽","description":"\u003cp\u003e9784588011337\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01133-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588011332\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01133-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e抹消された快楽\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマッショウタレタカイラク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクリトリスと思考\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクリトリストシコウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e生殖器官たるヴァギナに対し、快楽の器官として長らくその存在を隠蔽されてきたクリトリスは、これまで女性に向けられてきたあらゆる種類の暴力──性器切除、レイプ、フェミサイド、ハラスメントを記憶している。デリダらによる男性中心主義批判の彼方で、哲学はクリトリスの快楽を肯定できるのか。権力と支配に抵抗するアナーキーとしてクリトリスを論じ、ラディカル・フェミニズムの思考を刷新する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e哲学はクリトリスの快楽を肯定できるのか。権力と支配に抵抗するアナーキーとしてクリトリスを論じ、フェミニズムの思考を刷新する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e哲学はクリトリスの快楽を肯定できるのか。権力と支配に抵抗するアナーキーとしてクリトリスを論じ、ラディカル・フェミニズムの思考を刷新する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1　さまざまな抹消\n\u003cbr\u003e2　女神のようなもの（ニンフ1）\n\u003cbr\u003e3　性のないイメージ──ボッカッチョ、ヴァールブルク、アガンベン（ニンフ2）\n\u003cbr\u003e4　存在のないナジャ、「愛の対象たる女」に関する短評（ニンフ3）\n\u003cbr\u003e5　政治的解剖学\n\u003cbr\u003e6　シモーヌ・ド・ボーヴォワールによる「性的実存」\n\u003cbr\u003e7　ドルト、ラカンと「関係」\n\u003cbr\u003e8　「女性器とはクリトリスである」、カルラ・ロンツィと差異のフェミニズム\n\u003cbr\u003e9　リュス・イリガライ「女は閉じても開いてもいない」\n\u003cbr\u003e10　「罪なき女性器に対する愛情と敬意とともに」\n\u003cbr\u003e11　切除と修復──適切な語とは？\n\u003cbr\u003e12　技術的に改造された身体──ポール・B・プレシアドとトランスフェミニズム\n\u003cbr\u003e13　「我が外陰部、我が大いなる外陰部」（ニンフ4　ニンフォマニアック）\n\u003cbr\u003e14　現実の脱自帯\n\u003cbr\u003e15　クリトリス、アナーキー、女性的なもの\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカトリーヌ・マラブー\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマラブー カトリーヌ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e（Catherine Malabou）\n\u003cbr\u003e1959年、アルジェリア生まれ。イギリス・キングストン大学教授。ドイツ・フランス近現代哲学。主な著書に『わたしたちの脳をどうするか──ニューロサイエンスとグローバル資本主義』（春秋社、2005年）、『ヘーゲルの未来──可塑性・時間性・弁証法』（未來社、2005年）、『新たなる傷つきし者──フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』（河出書房新社、2016年）、『明日の前に──後成説と合理性』（人文書院、2018年）、『偶発事の存在論──破壊的可塑性についての試論』（法政大学出版局、2020年）、『真ん中の部屋──ヘーゲルから脳科学まで』（月曜社、2021年）、編著に『デリダと肯定の思考』（未來社、2001年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e西山 雄二\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e西山雄二\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニシヤマ ユウジ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1971年生まれ。東京都立大学教授。現代フランス思想。著書に『異議申し立てとしての文学──モーリス・ブランショにおける孤独・友愛・共同性』（御茶の水書房、2007年）、『哲学への権利』（勁草書房、2011年）、編著書に『終わりなきデリダ──ハイデガー、サルトル、レヴィナスとの対話』（法政大学出版局、2017年）、『いま言葉で息をするために──ウイルス時代の人文知』（勁草書房、2021年）、訳書にカトリーヌ・マラブー『ヘーゲルの未来──可塑性・時間性・弁証法』（未來社、2005年）、『真ん中の部屋──ヘーゲルから脳科学まで』（共訳、月曜社、2021年）、ジャック・デリダ『条件なき大学』（月曜社、2008年）、『哲学への権利』（共訳、全2巻、みすず書房、2014-2015年）、『獣と主権者』（共訳、全2巻、白水社、2014-2016年）、『嘘の歴史 序説』（未來社、2017年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e横田 祐美子\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e横田祐美子\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヨコタ ユミコ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1987年生まれ。立命館大学衣笠総合研究機構助教。現代フランス哲学、フェミニズム。著書に『脱ぎ去りの思考──バタイユにおける思考のエロティシズム』（人文書院、2020年）、論文に「終わりなき有限性──ジャン＝リュック・ナンシーにおける「外記」としてのエクリチュール」（『関東支部論集』、日本フランス語フランス文学会関東支部、第29号、2020年）、共訳書にミカエル・フッセル『世界の終わりの後で──黙示録的理性批判』（法政大学出版局、2020年）、ボヤン・マンチェフ『世界の他化──ラディカルな美学のために』（法政大学出版局、2020年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「シモーヌ」（VOL. 5、2021年11月25日発行）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"カトリーヌ・マラブー：著, 西山 雄二：訳, 横田 祐美子：訳\u003cbr\u003e2021年08月26日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969759645984,"sku":"1133","price":2640.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588011337_0.jpg?v=1764197863","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01133-7","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}