{"product_id":"isbn978-4-588-01164-1","title":"解釈学入門","description":"9784588011641\n\n978-4-588-01164-1\n\n4588011642\n\n4-588-01164-2\n\n1310\n\n解釈学入門\n\nカイシャクガクニュウモン\n\n叢書・ウニベルシタス\n\n解釈学（Hermeneutik）とはどのような思考の方法なのか。日常のあらゆる事象の意味を理解し、言葉や記号を翻訳することそれ自体の意味や作用を吟味するこの学問的構えは、ギリシャ・ラテン以来の西洋哲学の伝統に根ざし、近代以降はシュライアーマッハー、ディルタイ、ハイデガー、ガダマー、リクールらのテキスト解釈の技法に結実してきた。そのエッセンスを初心者にも分かりやすく記述した格好の導入書。\n\n解釈学とはどんな思考の方法なのか。日常の事象の意味を理解し、言葉や記号を翻訳することの意味を吟味する学問的技法への導入の書。\n\n解釈学とはどのような思考の方法なのか。日常の事象の意味を理解し、言葉や記号を翻訳することの意味や作用を吟味する学問的技法を分かりやすく記述した導入の書。\n\n著者紹介\n\n第Ⅰ章　概説　解釈学は何のために\n\n第Ⅱ章　解釈学へのアプローチ\n\n１　人間的なものの理解\n２　出発点としての言語\n３　精神科学と自然科学\n\n第Ⅲ章　解釈学のパースペクティヴ\n\n１　理　解\n２　意味──意図されたもの\n３　「内なる言葉」\n４　解釈学の範例としての翻訳\n５　解釈学的循環\n\n第Ⅳ章　解釈学の立場\n\n１　解釈学の歴史について\n２　フリードリヒ・Ｄ・Ｅ・シュライアーマッハー\n　　　──文法的解釈および「心理学的」解釈\n３　ヴィルヘルム・ディルタイ──生の表現の理解\n４　ハンス＝ゲオルク・ガダマー──作用史の観点\n５　簡単な総括と継続する問い\n\n第Ⅴ章　現在と他者の理解\n\n１　テキストを解釈する\n　　　──たとえば、リテルの『慈しみの女神たち』\n２　われわれは他なる文化を理解しているか\n\n監訳者あとがき\n原　注\n文献一覧\n\n\u003cstrong\u003e編集部からのおわび\u003c\/strong\u003e\n\n2024年5月に刊行いたしました『解釈学入門』（ヘルムート・ダンナー著）に、重要な誤りが生じていたことが発覚しましたので、おわびとともにご報告いたします。\n\n\u003cstrong\u003e◉問題の概要\u003c\/strong\u003e\n\n本文の、\n「153頁の8行目から155頁の3行目まで」と\n「155頁の4行目から156頁の16行目まで」\nの内容は、ドイツ語原書ではまったく同一の原文であるにもかかわらず、日本語訳書では別のバージョンの訳稿が重複して続いてしまっており、同じ内容が繰り返されてしまっています。\n\n正しくは、\n「153頁の8行目から155頁の3行目まで」を、削除する必要がございました。\nそして、\n「155頁の4行目から156頁の16行目まで」のほうのみを、活かす必要がありました。\n\nそのうえで、153頁にある注の（164）番は、155頁の後ろから６行目の「……解釈学的問いを提出したい。」の文末に付すべきところでした。\n\n\u003cstrong\u003e◉問題の経緯\u003c\/strong\u003e\n\n当該の箇所は、\n①訳稿づくりの過程において、誤って２つのバージョンの訳が重複して作成されてしまったこと、\n②それを用いた校正刷でも、前後に複数の重複が生じている問題が意識されていたにもかかわらず、ある重複部分の削除をしただけで、また別の重複部分が残っていることに気がつかないまま、編集担当も訳者も問題が解決したと思い込み、そのままになってしまったこと\nが原因です。\n\n訳文が異なるとはいえ、１頁以上にわたる大きな繰り返しが生じてしまい、読者のみなさまにとっては誠にまぎらわしく、また不審な思いをさせてしまうかたちになりました。誠に申し訳ございませんでした。\n\n編集部の不注意につき、原著者および訳者のみなさまにも、心よりおわびを申し上げます。\n\n2024年8月9日　編集部\n\nヘルムート・ダンナー\n\nダンナー ヘルムート\n\nヘルムート・ダンナー（Helmut Danner）\n1941年ポーランドのタルノヴィッツに生まれる。ミュンヘン大学に入学、1970年に哲学で博士号取得。1983年に大学教授資格を得、同年『責任と教育学──意味に定位した教育学に関する人間学的倫理学的研究』を出版。客員教授としてカナダやアフリカの大学で教えた後、1986年以降は大学での教授活動を辞し、ハンス・ザイデル財団のエジプト、ケニア、ウガンダの代表事務所長を務める。アフリカでの長年にわたる実践活動に基づき、2008年には『傲慢の終焉──アフリカと西洋、その差異の理解』を出版。2010年には主著『責任と教育学』の改訂版『倫理学と教育学における責任』を刊行。2012年には京都・大阪を訪れ、日本の研究者とも交流した。\n\n山﨑 高哉\n\n山﨑 高哉（ヤマザキ タカヤ）\n1940年奈良県生。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士（教育学）。京都大学名誉教授、大阪総合保育大学名誉学長。著書『ケルシェンシュタイナー教育学の特質と意義』（玉川大学出版部）、編著『応答する教育哲学』（ナカニシヤ出版）、共編著『日中教育学対話1・2・3』（春風社）ほか。\n\nヤマザキ タカヤ\n\n高根 雅啓\n\nタカネ マサヒロ\n\n高根 雅啓（タカネ マサヒロ）\n1968年秋田県生。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。修士（教育学）。大阪公立大学国際基幹教育機構教授。論文「ヘルムート・ダンナーにおける精神科学的教育学の受容」「ヘルムート・ダンナーにおけるブーバー教育論の概要」（いずれも『大阪府立大学紀要（人文・社会科学）』）ほか。\n\n弘田 陽介\n\nヒロタ ヨウスケ\n\n弘田 陽介（ヒロタ ヨウスケ）\n1974年大阪府生。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士（教育学）。大阪公立大学大学院文学研究科教授。著書『近代の擬態／擬態の近代──カントというテクスト・身体・人間』（東京大学出版会）、『いま、子育てどうする？』（彩流社）。\n\n田中 潤一\n\nタナカ ジュンイチ\n\n田中 潤一（タナカ ジュンイチ）\n1977年京都府生。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士（文学）。関西大学文学部総合人文学科教授。著書：『西田哲学における知識論の研究』、編著『イチからはじめる道徳教育』、共編著『新版 未来を拓く教育』（いずれもナカニシヤ出版）。\n\n「ディルタイ研究」（35号／広川義哲氏・評）に紹介されました","brand":"ヘルムート・ダンナー：著, 山﨑 高哉：監訳, 高根 雅啓：訳, 弘田 陽介：訳, 田中 潤一：訳\u003cbr\u003e2024年05月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969777078560,"sku":"1164","price":2970.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588011641_0.jpg?v=1764198003","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01164-1","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}