{"product_id":"isbn978-4-588-01170-2","title":"正義と徳を求めて","description":"\u003cp\u003e9784588011702\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01170-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588011707\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01170-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e正義と徳を求めて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eセイギトトクヲモトメテ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e実践理性の構成主義的説明\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジッセンリセイノコウセイシュギテキセツメイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリベラルな傾向を持つ正義論と、個別主義でコミュニタリアンな傾向を持つ徳倫理学との対抗関係の調停をカント主義の立場から試みる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eコスモポリタンでリベラルな傾向を持つ正義論と、個別主義でコミュニタリアンな傾向を持つ徳倫理学との対抗関係の調停をカント主義の立場から試みる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本書は、普遍主義、コスモポリタンでリベラルな傾向を持つ正義論と、個別主義でコミュニタリアンな傾向を持つ徳倫理学との敵対関係について、カント主義の立場から調停を試みる。抽象的で普遍的な正義原理のみを提唱する人々と、有徳な生き方の特殊性のみを推賞する人々の間にある対抗関係に異議を申し立て、より穏当な倫理的推論の説明を提案する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e緒言\n\u003cbr\u003e序論\n\u003cbr\u003e第１章　概論：正義と徳は対立するのか？\n\u003cbr\u003e　１・１　普遍主義者と個別主義者――古代の起源\n\u003cbr\u003e　１・２　普遍主義者と個別主義者――現在の対立\n\u003cbr\u003e　１・３　近代、普遍主義者と個別主義者――いくつかのよくある筋書き\n\u003cbr\u003e　１・４　近代、普遍主義者と個別主義者――代わりの筋書き\n\u003cbr\u003e第２章　実践理性：抽象化と構成\n\u003cbr\u003e　２・１　抽象化と理想化\n\u003cbr\u003e　２・２　倫理学における構成主義――ロールズのモデル\n\u003cbr\u003e　２・３　実践理性の構成\n\u003cbr\u003e　２・４　理性の構成と倫理の構成\n\u003cbr\u003e第３章　焦点：行為、理解可能性、原理\n\u003cbr\u003e　３・１　結果への焦点化――理解可能性と結果\n\u003cbr\u003e　３・２　行為の源泉への焦点化――徳と行為\n\u003cbr\u003e　３・３　普遍性、画一性、差異\n\u003cbr\u003e　３・４　空虚な形式主義、規則遵守、徹底した個別主義\n\u003cbr\u003e　３・５　いくつかの帰結\n\u003cbr\u003e第４章　範囲：行為者と主体――誰を数えるのか？\n\u003cbr\u003e　４・１　倫理的身分――普遍主義者と個別主義者\n\u003cbr\u003e　４・２　倫理的関心の範囲を解釈する\n\u003cbr\u003e　４・３　複数性、つながり、有限性を認めること\n\u003cbr\u003e　４・４　複数性、つながり、有限性を否定すること\n\u003cbr\u003e　４・５　コスモポリタンの範囲――遠くの見知らぬ人と将来世代\n\u003cbr\u003e第５章　構造：責務と権利\n\u003cbr\u003e　５・１　原理と要請\n\u003cbr\u003e　５・２　正義――権利が伴う責務\n\u003cbr\u003e　５・３　要請される徳――権利が伴わない責務\n\u003cbr\u003e　５・４　責務を真剣に受け止めること\n\u003cbr\u003e　５・５　具体化された責務\n\u003cbr\u003e第６章　内容Ⅰ：すべての人のための原理――正義を求めて\n\u003cbr\u003e　６・１　包括的な普遍的原理\n\u003cbr\u003e　６・２　対立と一貫性\n\u003cbr\u003e　６・３　普遍化可能性と傷害の拒絶\n\u003cbr\u003e　６・４　正しい制度──傷害の拒絶\n\u003cbr\u003e　６・５　正しい制度──直接的な傷害の拒絶\n\u003cbr\u003e　６・６　正しい制度──間接的な傷害の拒絶\n\u003cbr\u003e　６・７　正義を求めて──原理、設計、判断\n\u003cbr\u003e第７章　内容Ⅱ：すべての人のための原理――徳を求めて\n\u003cbr\u003e　７・１　要請される徳と任意の徳\n\u003cbr\u003e　７・２　社会的徳を正当化する――なぜ正義では足りないのか\n\u003cbr\u003e　７・３　選択的なケアと配慮\n\u003cbr\u003e　７・４　様々な社会的徳\n\u003cbr\u003e　７・５　超義務と任意の卓越性\n\u003cbr\u003e　７・６　徳を備えた正義を求めて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e普遍主義と個別主義の和解のために――訳者あとがきに代えて\n\u003cbr\u003e参考文献\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオノラ・オニール\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオニール オノラ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオノラ・オニール（Onora O’Neill）\n\u003cbr\u003e1941年生まれ。ケンブリッジ大学名誉教授。英国貴族院議員。オックスフォード大学で哲学と心理学を学び，ハーバード大学でジョン・ロールズのもとで博士号を取得。コロンビア大学，エセックス大学，ケンブリッジ大学などで教鞭を執り，英国学士院院長，英国哲学会の初代会長などを歴任。主な著作に，Acting on Principle: An Essay on Kantian Ethics (Columbia University Press, 1975), Faces of Hunger: An Essay on Poverty, Development and Justice (George Allen and Unwin, 1986), Constructions of Reason: Exploration of Kant’s Practical Philosophy (Cambridge University Press, 1989, 『理性の構成――カント実践哲学の探究』加藤泰史監訳，法政大学出版局）， Bounds of Justice (Cambridge University Press, 2000, 『正義の境界』神島裕子訳，みすず書房）， Constructing Authorities: Reason, Politics and Interpretation in Kant’s Philosophy (Cambridge University Press, 2015), Justice Across Boundaries: Whose Obligations? (Cambridge University Press, 2016), From Principles to Practice: Normativity and Judgement in Ethics and Politics (Cambridge University Press, 2018), などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e髙宮 正貴\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e髙宮正貴\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタカミヤ マサキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e髙宮 正貴（タカミヤ マサキ） 翻訳担当：緒言，序論，第１章，第４章，第７章\n\u003cbr\u003e1980年生まれ。上智大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士（教育学）。大阪体育大学教育学部教授。教育哲学，道徳教育学。『J. S.ミルの教育思想――自由と平等はいかに両立するのか』（世織書房，2021年），『価値観を広げる道徳授業づくり――教材の価値分析で発問力を高める』（北大路書房，2020年），『道徳的判断力を育む授業づくり――多面的・多角的な教材の読み方と発問』（杉本遼との共著，北大路書房，2022年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木 宏\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e鈴木宏\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスズキ ヒロシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木 宏（スズキ ヒロシ） 翻訳担当：序論，第２章，第５章\n\u003cbr\u003e1984年生まれ。上智大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士（教育学）。上智大学総合人間科学部准教授。教育哲学。『カントの批判哲学の教育哲学的意義に関する研究』（風間書房，2017年），「「消極的平和」の枠を越えた平和教育の原理の探究――カントの平和論を手がかりに」（『教育学研究』第86巻2号，2019年），「平和という理念の実現に向けた道徳教育の哲学的基礎づけ――カントの平和論を手がかりに」（『道徳と教育』第338巻，2020年，日本道徳教育学会賞），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e櫛桁 祐哉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e櫛桁祐哉\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクシゲタ ユウヤ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e櫛桁 祐哉（クシゲタ ユウヤ） 翻訳担当：第３章，第６章\n\u003cbr\u003e1998年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員（DC２，教育学）。教育哲学。「「抵抗」概念から見るカント教育学――「訓育」論を超えた「抵抗」論」（『教育哲学研究』第126号，2022年），「フーコーと「態度」としての啓蒙――「批判」「理性の公的使用」「未成年状態からの脱却」を巡って」（『研究室紀要』第49号，2023年），ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「週刊読書人」（2024年09月06日号／渡辺一樹氏・評）に紹介されました\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2024年11月16日号／宮田賢人氏・評）に紹介されました\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2024年12月21日号、2024年下半期読書アンケート／川本隆史氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"オノラ・オニール：著, 髙宮 正貴：訳, 鈴木 宏：訳, 櫛桁 祐哉：訳\u003cbr\u003e2024年06月26日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969777307936,"sku":"1170","price":4620.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588011702_0.jpg?v=1764198031","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01170-2","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}