{"product_id":"isbn978-4-588-01189-4","title":"はじまり","description":"\u003cp\u003e9784588011894\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-01189-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588011898\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-01189-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e0310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはじまり\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハジマリ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eどこからまたはじめるのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eドコカラマタハジメルノカ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e叢書・ウニベルシタス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eなぜ「また」はじめるのか、どこまでやり直すのか。人びとの苦悩と喜びの機微に寄り添って読み解き、あらたな光を照らす哲学的試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eわたしたちの「はじまり」は、誕生から死までその人の物語に節目を記しづける。人びとの苦悩と喜びの機微を読み解き、再開のあたらしい光を照らす哲学的試み。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「うんざりして、嫌になることもある。（…）それでも、朝の輝きを、再開のあたらしい光を決して忘れない」。わたしたちの物語の尽きることのない源である「はじまり」は、誕生という、いのちの継承であり、断絶でもある。人々はなぜまたはじめるのか、どこまでやりなおすのか。はじまりをめぐる問いとは、再開の問いでもある。人々の苦悩と喜びの機微を読み解き、あらたな「はじまり」を提示する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eほんのはじまり──明滅する光\n\u003cbr\u003e賽を投げる\n\u003cbr\u003eいかにしてはじめるのか？\n\u003cbr\u003eはじまりを待ち焦がれて\n\u003cbr\u003e儚きものの美しさ\n\u003cbr\u003eはじまりの瞬間の新しさ\n\u003cbr\u003e時間を断つ\n\u003cbr\u003e多産な時間\n\u003cbr\u003eはじまりの不安\n\u003cbr\u003e思いがけなく\n\u003cbr\u003eすでにはじまってしまっていること\n\u003cbr\u003eあいだからはじまる\n\u003cbr\u003eLet’s pretendまずは振りから\n\u003cbr\u003eわたしに先立つ人生\n\u003cbr\u003eわたしは生まれた\n\u003cbr\u003e夜明けの約束\n\u003cbr\u003eはじまりしか愛さない\n\u003cbr\u003e数限りない「はじめて」\n\u003cbr\u003eふたたび、そしてあたかも\n\u003cbr\u003e「様々なことについてはじめてであること」\n\u003cbr\u003eやりなおす\n\u003cbr\u003e夜を抜けて\n\u003cbr\u003eあの日から\n\u003cbr\u003eしがみつかないことの大切さ\n\u003cbr\u003e新たな人生\n\u003cbr\u003e新参者\n\u003cbr\u003eあらたな可能性\n\u003cbr\u003e矛盾の中で生きる──希望と明晰さ\n\u003cbr\u003eほんのはじまりでしかない\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳者あとがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e参考文献\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクレール・マラン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eマラン クレール\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eクレール・マラン（Claire Marin）\n\u003cbr\u003e1974年、パリに生まれる。2003年にパリ第四大学（ソルボンヌ）で哲学の博士号を取得。「現代フランス哲学研究国際センター」のメンバーを務めるとともに、セルジー＝ポントワーズのリセ、アルフレッド・カストレ校のグランゼコール準備クラスで教鞭をとる哲学者である。自らが多発性の関節炎をともなう自己免疫疾患に苦しめられ、厳しい治療生活を送ってきた患者（当事者）でもあり、その経験を起点として、「病い」と「医療」に関する哲学的な省察へと歩みを進め、精力的な著作活動を続けている。著書に、『熱のない人間──治癒せざるものの治療のために』（鈴木智之訳、法政大学出版局、2016年）『病い、内なる破局』（鈴木智之訳、法政大学出版局、2021年）、『断絶』（鈴木智之訳、法政大学出版局、2023年）、自らの経験を小説として綴った作品『私の外で──自己免疫疾患を生きる』（鈴木智之訳、ゆみる出版、2015年）などがある。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤澤 秀平\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e藤澤秀平\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフジサワ シュウヘイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e藤澤 秀平（フジサワ シュウヘイ）\n\u003cbr\u003e1962年生まれ。青山学院大学文学部フランス文学科卒業。パリ・ソルボンヌ大学にてアントワーヌ・コンパニョン教授に師事。大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了。現在、近畿大学、大阪公立大学非常勤講師。主な論文に、« L’abîme profond entre la mère et son fils — un essai sur le drame du coucher » （大阪市立大学フランス語フランス文学会誌 Lutèce 37号、2009年）、「マルセル・プルースト『消え去ったアルベルチーヌ』をめぐって──死としての忘却と再生としての忘却」（Lutèce 41号、2013年）、など。\u003c\/p\u003e","brand":"クレール・マラン：著, 藤澤 秀平：訳\u003cbr\u003e2025年10月28日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969782223136,"sku":"1189","price":3960.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588011894_0.jpg?v=1764198118","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-01189-4","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}