{"product_id":"isbn978-4-588-02173-2","title":"明治日本とイギリス","description":"\u003cp\u003e9784588021732\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-02173-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588021737\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-02173-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1321\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e明治日本とイギリス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eメイジニホントイギリス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e出会い・技術移転・ネットワークの形成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eデアイギジュツイテンネットワークノケイセイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eりぶらりあ選書\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイギリスは明治日本の近代化と発展に最も大きな影響を与えた国である。外交、商業・金融、鉄道・電信・造船などの技術、教育等々の分野で貢献したイギリス人たちの業績とその日本での生活を描く一方、岩倉使節団はじめ日本人留学生らの努力と彼の地での生活の模様を掘り起こす。進んだ技術や思想を教え、伝え、そして学ぶことに情熱を燃やした両国の若き群像を見事に描き、合わせて近代化の過程における技術移転や市場競争、ネットワーク形成の問題に、豊富な資料を駆使して光を当てる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e〈お雇い〉英国人の日本での活躍、渡英留学生たちの彼の地での見聞と生活を掘り起こし、両国間の〈異花受精〉の具体相から、国際理解と文化伝播のありようを考察。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　口絵写真\n\u003cbr\u003e　訳者序文\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　凡例\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一部　日本におけるイギリス人──好機の模索\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　外交官と領事\n\u003cbr\u003e一　日本におけるエルギン卿\n\u003cbr\u003e二　安政条約\n\u003cbr\u003e三　外交関係の確立\n\u003cbr\u003e四　「前領事パークス」\n\u003cbr\u003e五　通訳サトウ\n\u003cbr\u003e六　不平等条約の再交渉\n\u003cbr\u003e七　日英同盟\n\u003cbr\u003e八　日本の模範的な外交？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　商人と銀行家\n\u003cbr\u003e一　市場の模索\n\u003cbr\u003e二　条約港の商人と領事\n\u003cbr\u003e三　輸入技術・蒸気船・鉄道\n\u003cbr\u003e四　マンチェスター綿\n\u003cbr\u003e五　銀行家と銀行業\n\u003cbr\u003e六　相互の対応\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　灯台・鉄道・電信・鉱山の技術者\n\u003cbr\u003e一　外国人技術者の役割\n\u003cbr\u003e二　日本の灯台\n\u003cbr\u003e三　鉄道敷設者\n\u003cbr\u003e四　電信技術者\n\u003cbr\u003e五　鉱業の専門家\n\u003cbr\u003e六　指導の成果\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　船を造るひと、動かすひと\n\u003cbr\u003e一　マハーンの法則\n\u003cbr\u003e二　将校、水兵、そして日本帝国海軍\n\u003cbr\u003e三　日本海域の海図づくり\n\u003cbr\u003e四　軍艦建造\n\u003cbr\u003e五　商船隊\n\u003cbr\u003e六　商船造船業者\n\u003cbr\u003e七　ライバルの育成\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　技術者のための教育者\n\u003cbr\u003e一　「お雇い外国人」\n\u003cbr\u003e二　東京帝国大学\n\u003cbr\u003e三　工部大学校、一八七三─八六年\n\u003cbr\u003e四　「素晴らしい実験室」\n\u003cbr\u003e五　赤羽工作所\n\u003cbr\u003e六　日本の学生\n\u003cbr\u003e七　東京へ、そして再びイギリスへ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　日本におけるイギリス人の生活\n\u003cbr\u003e一　条約港の外国人\n\u003cbr\u003e二　母国の外の母国──長崎、横浜、神戸、築地\n\u003cbr\u003e三　在留外国人の社交生活\n\u003cbr\u003e四　妻たち、夫たち\n\u003cbr\u003e五　結社\n\u003cbr\u003e六　カプセルに入れられた植民地主義\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二部　イギリスの日本人──専門知識の模索\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　岩倉使節団\n\u003cbr\u003e一　空前絶後の規模の視察旅行\n\u003cbr\u003e二　条約改正交渉\n\u003cbr\u003e三　イギリスの丁重なもてなし\n\u003cbr\u003e四　岩倉使節団の評価\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　教育倫理の確立\n\u003cbr\u003e一　好奇心の高まり\n\u003cbr\u003e二　儒学と伝統と洋学教育\n\u003cbr\u003e三　西欧社会の考察\n\u003cbr\u003e四　日本人通訳\n\u003cbr\u003e五　西欧思想の衝撃\n\u003cbr\u003e六　ロンドンでハーバート・スペンサーとともに\n\u003cbr\u003e七　帝国への道\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　留学生\n\u003cbr\u003e一　教養あるエリート\n\u003cbr\u003e二　オックスフォードとケンブリッジ\n\u003cbr\u003e三　ロンドン\n\u003cbr\u003e四　スコットランドの大学とコレッジ\n\u003cbr\u003e五　イングランドの地方大学\n\u003cbr\u003e六　研究生たち\n\u003cbr\u003e七　西欧に対抗できるか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一〇章　造船所にて\n\u003cbr\u003e一　われわれの真っただ中の異邦人\n\u003cbr\u003e二　徒弟工\n\u003cbr\u003e三　海軍士官候補生\n\u003cbr\u003e四　海軍の契約と海軍監督官たち\n\u003cbr\u003e五　「暖かさに欠いた」関係\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一一章　イギリスにおける日本人の生活\n\u003cbr\u003e一　学ぶことを使命として\n\u003cbr\u003e二　学生、海軍士官、技術者、銀行家たち\n\u003cbr\u003e三　ロンドンの日本人──公人および私人としての\n\u003cbr\u003e四　友情の手\n\u003cbr\u003e五　歓迎された客人か\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三部　イギリス側の推進者たち\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一二章　商業と学問のネットワーク\n\u003cbr\u003e一　個人的接触によるアプローチ\n\u003cbr\u003e二　商業のネットワーク\n\u003cbr\u003e三　プロモーターとしての領事\n\u003cbr\u003e四　学問の手引き──ロンドン・ユニヴァーシティ・コレッジのアレキサンダー・ウィリアム・ウィリアムソンの場合\n\u003cbr\u003e五　学問の手引き──ケルヴィン卿とスコットランド人脈\n\u003cbr\u003e六　ネットワーキング\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一三章　特許権者および特許使用権を受けた人々\n\u003cbr\u003e一　製造特許\n\u003cbr\u003e二　武器製造者としての日本政府\n\u003cbr\u003e三　長崎の三菱造船所\n\u003cbr\u003e四　ある「特別な関係」\n\u003cbr\u003e五　誰が誰を促したのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一四章　博覧会、デザイナー、建築家\n\u003cbr\u003e一　異国情緒あるが未知なる\n\u003cbr\u003e二　博覧会\n\u003cbr\u003e三　クリストファー・ドレッサー、「建築家にして装飾家」\n\u003cbr\u003e四　西欧建築とジョサイア・コンダー\n\u003cbr\u003e五　ジャポニスム\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一五章　一つの共同作業──日本側の立場で？\n\u003cbr\u003e一　東洋のイギリス？\n\u003cbr\u003e二　出会いの心理学\n\u003cbr\u003e三　武士的因子\n\u003cbr\u003e四　好機の扉\n\u003cbr\u003e五　新興日本へのイギリスの貢献\n\u003cbr\u003e六　日本側の立場で？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　原注\n\u003cbr\u003e　訳者あとがき\n\u003cbr\u003e　主要文献目録\n\u003cbr\u003e　索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eO.チェックランド\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチェックランド オリーヴ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1941年バーミンガム大学地理学科卒業。翌年経済史家シドニー・G．チェックランドと結婚。リヴァプール、ケンブリッジ両大学で教鞭をとり、のちシドニーがグラスゴー大学に移ったのを期に、みずからの学究活動も本格化させた。かたわらシドニーの執筆活動を助け、共著も出版する。主な著作に『ヴィクトリア期スコットランドの博愛運動』（1980）、『社会史としての保健看護』（82、編著）、『勤勉とエトス』（84、シドニーとの共著）などがあり、また、永年、日英交流史の研究に携わった成果として、本書の他に、『天皇と赤十字』（94、法政大学出版局より邦訳刊行）などがある。2004年死去。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e杉山 忠平\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e杉山忠平\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスギヤマ チュウヘイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1921年生まれ。東京経済大学名誉教授。経済学博士。日本学士院賞受賞。1999年死去。\n\u003cbr\u003e［監訳、序文担当］\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e玉置 紀夫\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e玉置紀夫\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eタマキ ノリオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1940年生まれ。慶應義塾大学商学部教授。商学博士。2004年死去。\n\u003cbr\u003e［下訳統一、索引・訳者あとがき担当］\u003c\/p\u003e","brand":"O.チェックランド：著, 杉山 忠平：訳, 玉置 紀夫：訳\u003cbr\u003e1996年06月01日 刊行","offers":[{"title":"Default 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