{"product_id":"isbn978-4-588-12106-7","title":"倫理学・教育学論集","description":"\u003cp\u003e9784588121067\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-12106-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588121065\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-12106-5\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3310\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e倫理学・教育学論集\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリンリガクキョウイクガクロンシュウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eディルタイ全集\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e19世紀末のベルリン大学で教鞭を執ったディルタイは、最も重要な教育思想家・理論家でもあった。歴史的社会的文脈における、道徳の普遍妥当性への問いに発する倫理学と、一切の哲学の目的としての教育学、人間陶冶の学をめぐる論考群を本巻に収録。当時のドイツ社会とその制度史的背景のなかで、国民文化と学問の進歩を見据え、ディルタイは文化体系としての倫理学、教育学をいかに構想したか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e口　絵\n\u003cbr\u003e凡　例\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　Ⅰ　倫理学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e道徳意識の分析　一八六四年\n\u003cbr\u003e第一章　道徳意識の形式に関する概観\n\u003cbr\u003e　第一節\n\u003cbr\u003e　第二節\n\u003cbr\u003e　第三節\n\u003cbr\u003e　第四節\n\u003cbr\u003e　第五節\n\u003cbr\u003e　第六節\n\u003cbr\u003e　第七節\n\u003cbr\u003e第二章　道徳意識の内容に関する考察\n\u003cbr\u003e　第一節\n\u003cbr\u003e　第二節\n\u003cbr\u003e　第三節\n\u003cbr\u003e　第四節\n\u003cbr\u003e　第五節\n\u003cbr\u003e　第六節\n\u003cbr\u003e　　原　注\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e倫理学体系　一八九〇年\n\u003cbr\u003e第一部\n\u003cbr\u003e　第一章　現代倫理学の問題\n\u003cbr\u003e　　第一節\t〔生命力をもつ実践哲学だけが真に偉大である〕\n\u003cbr\u003e　　第二節\t〔現代倫理学の諸制約〕\n\u003cbr\u003e　第二章　倫理学的問題の三つの解決方法\n\u003cbr\u003e　　第三節　〔方法の本質〕\n\u003cbr\u003e　　第四節　〔形而上学的方法〕\n\u003cbr\u003e　　第五節　〔内的経験の方法〕\n\u003cbr\u003e　　第六節　〔道徳的大衆現象、社会集団と社会組織、および歴史的連関の研究方法〕\n\u003cbr\u003e　　第七節　〔方法の対立から倫理学を認識論的かつ批判的に基礎づける必要が生じる〕\n\u003cbr\u003e　第三章　感性的悟性観と道徳意識のあいだの妥協としての功利主義\n\u003cbr\u003e　　第八節　功利主義の概念と立場\n\u003cbr\u003e　　第九節　ジェレミー・ベンサム\n\u003cbr\u003e　　第一〇節　ジョン・スチュアート・ミル\n\u003cbr\u003e　　第一一節　功利主義の一般的批判\n\u003cbr\u003e　　第一二節　道徳の可能性の認識論的原理\n\u003cbr\u003e第二部　意志と道徳的素質\n\u003cbr\u003e　　第一節　生物の基本構図\n\u003cbr\u003e　　第二節　生物の基本構図の合目的性\n\u003cbr\u003e　　第三節　衝動的生と感情的生が占める中心的位置\n\u003cbr\u003e　　第四節　衝動、感情、意志作用の内的関係\n\u003cbr\u003e　　第五節　衝動群および感情群\n\u003cbr\u003e　　第六節　感情群および衝動群の第一の部類。衝動メカニズムとそれから生じる\n\u003cbr\u003e　　　　　　諸々の欲望、情熱、そして情緒的状態\n\u003cbr\u003e　　第七節　衝動が衝動欲望や情熱に変化するさいに生じる諸過程。こうして生じる\n\u003cbr\u003e　　　　　　欲望・情動・情熱が生物学的社会的な家計のなかに占める位置\n\u003cbr\u003e　　第八節　否定的倫理・制限的倫理および陶治的倫理\n\u003cbr\u003e　　第九節　意志作用自体の性質によって条件づけられた感情と、そうした感情から\n\u003cbr\u003e　　　　発する心の動き\n\u003cbr\u003e　　第一〇節　自分の意志の性状や自分の行為についての道徳意識は、この道徳的生\n\u003cbr\u003e　　　　の根本現象に含まれている\n\u003cbr\u003e　　第一一節　このような根本現象のうちに含まれる他者の行為についての感情判断\n\u003cbr\u003e　　　　とこうした価値規定の原理\n\u003cbr\u003e　　第一二節　上述の道徳的な根本現象についての幸福主義的功利主義的な理解のも\n\u003cbr\u003e　　　　　　つ心理学的見せかけ\n\u003cbr\u003e　　第一三節　他者感情とそれを道徳的過程へと形成すること\n\u003cbr\u003e　　第一四節　好　意\n\u003cbr\u003e　　第一五節　同情（道徳原理としての共感と実証主義学派の利他主義）\n\u003cbr\u003e　　第一六節　他者のなかにある自己目的の尊重\n\u003cbr\u003e　　第一七節　他者の自己価値の尊重と、感謝・約束・誠実さに対する義務との関係\n\u003cbr\u003e　　第一八節　拘束と義務\n\u003cbr\u003e　　第一九節　歴史的理解と道徳と芸術のあいだの連関についての一般的見解（人間の理想的生）\n\u003cbr\u003e　　第二〇節　道徳的発達の主要因子の一つとしての教育への応用。\n\u003cbr\u003e　　第二一節　道徳的素質の多様さ、ないしは人間の道徳的体制\n\u003cbr\u003e第三部　道徳性の進化と社会倫理学の諸原理\n\u003cbr\u003e　　第一節\tわれわれは素質を発達させてきた、これらの素質はどのように変化するの\n\u003cbr\u003eか。道徳的素質と社会の内部にある道徳的諸力の複合体との関係\n\u003cbr\u003e　　第二節　社会的諸力\n\u003cbr\u003e　　第三節　道徳的進化\n\u003cbr\u003e　　第四節　未開人とその環境、および社会の進化\n\u003cbr\u003e　　第五節　集団のなかでの道徳意識の発達。権威と義務\n\u003cbr\u003e　　第六節　習俗・法および道徳法則\n\u003cbr\u003e　　第七節　宗教・理想、および包括的連関への義務と法則の受容\n\u003cbr\u003e　　第八節　道徳的なものの概念。善と悪\n\u003cbr\u003e　　第九節　道徳的生の普遍的諸動機と恒常的に作用する動機\n\u003cbr\u003e　　第一〇節　文化における普遍的諸動機の結合ならびに諸民族や時代のエートス\n\u003cbr\u003e　　第一一節　道徳的文化の諸時期\n\u003cbr\u003e　　第一二節　倫理学の道徳的諸原理\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　補遺\n\u003cbr\u003e　　実践哲学\n\u003cbr\u003e　　公共の福祉と個人的道徳性\n\u003cbr\u003e　（附録）編者のまえがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eⅡ　教育学１\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e教育学の歴史　一八八四／九四年\n\u003cbr\u003e　序　言\n\u003cbr\u003e　序　論　教育史の一般的基礎\n\u003cbr\u003e　　原　注\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一部\t古代諸民族の教育と教育学\n\u003cbr\u003e　第一章　ギリシアの教育\n\u003cbr\u003e　　　古代ギリシアの教育の特徴\n\u003cbr\u003e　　　英雄時代の教養\n\u003cbr\u003e　　　ギリシアのバイデイアにおける体育の側面\n\u003cbr\u003e　　　ギリシアのバイデイアにおける音楽の側面とその歴史的発展\n\u003cbr\u003e　　　ソフィスト、修辞家、修辞学校\n\u003cbr\u003e　　　ギリシア教育学の基礎\n\u003cbr\u003e　　　ソクラテスの教育的天才とその教育原理\n\u003cbr\u003e　　　プラトン、および国家論の一主要部分としての教育論の基礎づけ\n\u003cbr\u003e　　　教育学派閥の、とりわけイソクラテス学派とプラトン学派のあいだの抗争\n\u003cbr\u003e　　　哲学者の学派、師弟関係が学問研究の組織と結びついた制度の創設\n\u003cbr\u003e　　　一般的教養とアレクサンドリア博物館と個別科学の時代\n\u003cbr\u003e　第二章\tローマの教育と教育学\n\u003cbr\u003e　　　共和制時代のローマの教育\n\u003cbr\u003e　　　　一　英雄時代の教育\n\u003cbr\u003e　　　　二　ギリシアからの影響を受けて二世紀前半に生じたローマの教育の変化\n\u003cbr\u003e　　　　三　二世紀中葉以降の共和制時代の学校\n\u003cbr\u003e　　　共和制時代の教育理論学\n\u003cbr\u003e　　　帝政時代の教育\n\u003cbr\u003e　　　　一　時代状況の診断\n\u003cbr\u003e　　　　二　教材の区分と教授法\n\u003cbr\u003e　　　　三　教育制度の組織。国家学校の創設\n\u003cbr\u003e　　　　四　大学の成立\n\u003cbr\u003e　　　ローマ帝国時代の教育理論家\n\u003cbr\u003e　第三章\t古代末期におけるキリスト教教育の起源\n\u003cbr\u003e　　キリスト教における一神論的教育の発展\n\u003cbr\u003e　　　キリスト教の本質および教育との関係\n\u003cbr\u003e　　ローマ帝国における教育制度と原始キリスト教の教育\n\u003cbr\u003e　　ギリシア帝国およびアラビア民族の教育\n\u003cbr\u003e　　　原　注\n\u003cbr\u003e第二部\t近代ヨーロッパ諸民族の教育制度と教育学説\n\u003cbr\u003e　第一章\t中世の教育と教育学\n\u003cbr\u003e　　　序　論\n\u003cbr\u003e　　　ローマ－ゲルマン民族の英雄時代の教育制度\n\u003cbr\u003e　　　ゲルマンの大帝と新興民族の教育制度\n\u003cbr\u003e　　　　一　中央集権的国家の教育に先立ち個々の教育機関が創始された時代\n\u003cbr\u003e　　　　二　カール大帝お中央集権国家の下での学校制度\n\u003cbr\u003e　　　　三　イタリアと結んだオットーの帝国下のドイツにおける展開（十、十一世\n\u003cbr\u003e紀）、ならびにフランス・イギリスにける自立した哲学的文化への展開\n\u003cbr\u003e　　修道院学校、司教座聖堂学校におけるローマ－ゲルマン民族の教養階級の教育\n\u003cbr\u003e　　ローマ－ゲルマン民族の政治的－軍事的第一階級としての騎士の教育\n\u003cbr\u003e　　労働者階級のその教育\n\u003cbr\u003e　　大　学\n\u003cbr\u003e　第二章\t人文主義と宗教改革\n\u003cbr\u003e　　　イタリアの人文主義\n\u003cbr\u003e　　　イタリアの人文主義と学校\n\u003cbr\u003e　　　オランダを経てドイツの古典語学校に入ったイタリアの人文主義\n\u003cbr\u003e　　　　人文主義からドイツの古典語学校が生まれる過程\n\u003cbr\u003e　　　創設期におけるギムナジウムの教育理想の代表者としての「ドイツの師」メラン\n\u003cbr\u003e　　　　ヒトン\n\u003cbr\u003e　　　ルター、メランヒトンと学校の建設\n\u003cbr\u003e　　　ギムナジウムの発展を決定づけたメランヒトン門下の教育者たち\n\u003cbr\u003e　　　プロテスタントの国民学校\n\u003cbr\u003e　　　イギリスとフランスの学校\n\u003cbr\u003e　　　イエズス会の教育制度\n\u003cbr\u003e　第三章\t十七世紀と教授学の発生\n\u003cbr\u003e　　　教育における十七世紀の意義。詩、科学、教育における国民的特性の形成。教授学\n\u003cbr\u003e　　　　の誕生\n\u003cbr\u003e　　　新しい教授学の先駆者\n\u003cbr\u003e　　　アモス・コメニウス\n\u003cbr\u003e　　　　一　生涯\n\u003cbr\u003e　　　　二　新しい教授学\n\u003cbr\u003e　　　原　注\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e教育学体系の草稿\n\u003cbr\u003e　第一章　あらゆる民族と時代の教育に普遍的に妥協する原理を追求する有力な教育学体\n\u003cbr\u003e　　　　　系の根拠のなさ\n\u003cbr\u003e　第二章　精神科学における規則、規範、発展およびそれらの叙述を可能にする心的生の\n\u003cbr\u003e　　　　　連関が有する特徴。実証的心理学による基礎づけ\n\u003cbr\u003e　第三章　生徒との関係における教育者についての記述\n\u003cbr\u003e　　第一節　教育の基礎をなす関係\n\u003cbr\u003e　　　　一　教育の概念\n\u003cbr\u003e　　　　二　社会における教育の始源\n\u003cbr\u003e　　第二節　生　徒\n\u003cbr\u003e　　第三節　教育的天才と教育者\n\u003cbr\u003e　　　　一　教育的天才\n\u003cbr\u003e　　　　二　教育的天才と宗教的天才\n\u003cbr\u003e　　　　三　教育者\n\u003cbr\u003e　第四章　教育において相互に作用しあう出来事の分析的記述と教育の普遍妥当な規範を\n\u003cbr\u003e　　　　　導き出す試み\n\u003cbr\u003e　　第一節　知的教育の最初期段階としての遊びに関する諸規則\n\u003cbr\u003e　　第二節　人間の感性に含まれる感覚要素についての完全な教育と認識および感性的　　　　　　　　　　　　　　   判断における感覚要素間の区別と連結についての完全な教育――直観教授\n\u003cbr\u003e　　第三節 授業によって生徒のうちに表象を呼び起こす動力としての関心と注意\n\u003cbr\u003e　　第四節 記憶――心的生の連関を人間の精神的実体として形成していく表象そのも\n\u003cbr\u003e    のが有する特徴、およびそのような課題を解決するために教授が用いる手段\n\u003cbr\u003e　　第五節 心情の陶治\n\u003cbr\u003e　　さまざまな文化領域を時代のゆうする教育技術の体系の比較考察およびそのような比\n\u003cbr\u003e　　較史から導き出される今日のドイツ教育体系に関する結論\n\u003cbr\u003e　　原　注\n\u003cbr\u003e　Ⅲ　教育学２\n\u003cbr\u003e普遍妥協的教育学の可能性について\n\u003cbr\u003e　一　支配的な教育学体系の学問的後進性\n\u003cbr\u003e　二　教育の規則の体系を可能にする心的生の諸特性\n\u003cbr\u003e　三　教育学のきわめて限定された連関\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eベルリン大学教育学講義覚え書きから抜粋　一八八四年\n\u003cbr\u003e　［前書き］\n\u003cbr\u003e　　序　論\n\u003cbr\u003e  第一節　教育の概念\n\u003cbr\u003e  第二節　生徒あるいは教育の対象（教育学は心理学に依存する）\n\u003cbr\u003e  第三節　教育の目的（教育学の倫理学に依存する）\n\u003cbr\u003e  第四節　教育者あるいは社会における教育の担い手（教育学は政治学に依存する）\n\u003cbr\u003e  第五節　社会における技術としての教育の発展\n\u003cbr\u003e  第六節　教育の理論あるいは教育学の発展\n\u003cbr\u003e第六章　心理学が教育学へと応用される段階\n\u003cbr\u003e　第三九節　ヘルバルト\n\u003cbr\u003e　第四〇節　教育学の現状\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e教育学への心理学の応用に関する講義　ベルリン一八九三／九四年頃\n\u003cbr\u003e　　序\n\u003cbr\u003e　第一章　心的生の特性から導き出された、すべての教育の普遍妥協的目標\n\u003cbr\u003e　第二章　遊　び\n\u003cbr\u003e　第三章　教授が生徒に表象の形式を引き起こし、意志を形成するようになる動因として\n\u003cbr\u003e　　　　　の興味と注意深さ\n\u003cbr\u003e　第四章　記憶の利用と教授をとおした心的生における連関の形成\n\u003cbr\u003e　第五章　悟性の形成\n\u003cbr\u003e　第六章　心的生の構造。心的生における論理的活動の位置と、そこで生じる悟性教育の\n\u003cbr\u003e　　　　　課題\n\u003cbr\u003e　第七章　教授の編成と段階\n\u003cbr\u003e　[第八章]　意志の陶治\n\u003cbr\u003e　　一　理想的な陶治\n\u003cbr\u003e　　二　心理学的なもの\n\u003cbr\u003e　　三　教育学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e学校改革と教室　一八九〇年\n\u003cbr\u003e学校改革　一九〇〇年\n\u003cbr\u003e　　一\n\u003cbr\u003e　　二\n\u003cbr\u003e　　三\n\u003cbr\u003e　　四\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中等教育の問題と教育学　一八八五年\n\u003cbr\u003e　第一節\n\u003cbr\u003e　　一\n\u003cbr\u003e　　二\n\u003cbr\u003e（一）\t問題\n\u003cbr\u003e（二）\t学問における理想の概念または安全性の概念\n\u003cbr\u003e　　（三）〔心的生の構造と目的論的連関〕\n\u003cbr\u003e　　（四）形成の理想とその抽象的性格\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eプロイセン教育制度史の概論的構想\n\u003cbr\u003e　　一\n\u003cbr\u003e　　二\n\u003cbr\u003e　　三\n\u003cbr\u003e　　四\n\u003cbr\u003e　　五\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　Ⅳ　法と教育\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eプロイセン一般ラント法　一九〇〇／一一年頃\n\u003cbr\u003e　　序　論　フリードリヒの国家とラント法におけるその精神の客観化\n\u003cbr\u003e　第一章　ラント法に至るまでの司法改革の歴史\n\u003cbr\u003e　第二章　プロイセンの自然法\n\u003cbr\u003e　　一　法と国家との基礎としての人倫\n\u003cbr\u003e　　二　国家主義\n\u003cbr\u003e　　三　ラント法の原理としての一般的福祉\n\u003cbr\u003e　　四　福祉国家とその全能性\n\u003cbr\u003e　第三章　君主制の社会的使命と啓蒙主義\n\u003cbr\u003e　　一　実質的な保護\n\u003cbr\u003e　　二　刑事法\n\u003cbr\u003e　　三　精神的福祉――教会、学校、啓蒙\n\u003cbr\u003e　第四章　法治国家\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　　訳　注\n\u003cbr\u003e　　参考文献一覧\n\u003cbr\u003e　　解　説\n\u003cbr\u003e　　事項索引\n\u003cbr\u003e　　人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヴィルヘルム・ディルタイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eディルタイ,W.\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e小笠原 道雄\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e小笠原道雄\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオガサワラ ミチオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大野 篤一郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大野篤一郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオノ トクイチロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e山本 幾生\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e山本幾生\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヤマモト イクオ\u003c\/p\u003e","brand":"ヴィルヘルム・ディルタイ：著, 小笠原 道雄：編集・校閲, 大野 篤一郎：編集・校閲, 山本 幾生：編集・校閲\u003cbr\u003e2008年12月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969588465952,"sku":"12106","price":23100.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588121067_0.jpg?v=1764199741","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-12106-7","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}