{"product_id":"isbn978-4-588-15056-2","title":"両インド史","description":"\u003cp\u003e9784588150562\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-15056-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588150561\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-15056-1\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3020\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e両インド史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリョウインドシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e東インド篇／上巻\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eヒガシインドヘンジョウカン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「両インド史」とは、本来のインドと東南アジア、アフリカ、さらにはコロンブスがインドと思いこんだ新大陸を含む啓蒙期の世界史である。この時代までに蓄積された膨大な旅行記と宣教師の報告書を原資料としつつ、専制主義・狂信・奴隷制を弾劾し、ユートピアと自由を讃える文章がちりばめられた本書は、圧倒的な人気を博し、フランス大革命を準備した。本巻は、全18篇のうち、1〜3篇を収録。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　おしらせ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第一篇　東インドにおけるポルトガル人の発見、戦争、征服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　序　　文\n\u003cbr\u003e第一章\t古くはアトランティス大陸があったと推測される\n\u003cbr\u003e　　　　海域におけるポルトガル人の最初の航海\n\u003cbr\u003e第二章\tマデイラ島の発見。この島の現状\n\u003cbr\u003e第三章\tポルトガル人のアフリカ大陸紀行\n\u003cbr\u003e第四章\tポルトガル人の大インドへの到達\n\u003cbr\u003e第五章\tアジアの地理に関する記述\n\u003cbr\u003e第六章\tインドの自然に関する記述\n\u003cbr\u003e第七章\tインドの古さ\n\u003cbr\u003e第八章\tインドの宗教、政体、法制度、習慣、慣習\n\u003cbr\u003e第九章\tマラバール地方におけるポルトガル人の行ない\n\u003cbr\u003e第一〇章　ポルトガル人によるゴア征服\n\u003cbr\u003e第一一章　ポルトガル人が喜望峰を回るまで、ヨーロッパは\n\u003cbr\u003e　　　　　インドとどのようなやり方で貿易をしていか\n\u003cbr\u003e第一二章　ポルトガル人は紅海の海運の主人となる\n\u003cbr\u003e第一三章　紅海におけるポルトガル人の支配はいかなる危険から\n\u003cbr\u003e　　　　　ヨーロッパを守ったか\n\u003cbr\u003e第一四章　ポルトガル人はペルシア湾において支配権を勝ち取る\n\u003cbr\u003e第一五章　セイロンにおけるポルトガル人の植民\n\u003cbr\u003e第一六章　ポルトガル人はマラッカ征服を実行する\n\u003cbr\u003e第一七章　モルッカ諸島におけるポルトガルの植民\n\u003cbr\u003e第一八章　ポルトガル人のおおいなる活力の原因\n\u003cbr\u003e第一九章　ポルトガル人のシナ到達。この帝国を概括する\n\u003cbr\u003e第二〇章　賛美者によるシナの状態\n\u003cbr\u003e第二一章　中傷者によるシナの状態\n\u003cbr\u003e第二二章　ポルトガル人の日本到達。\n\u003cbr\u003e　　　　　この諸島の宗教、習俗、政体\n\u003cbr\u003e第二三章　大インドにおけるポルトガル支配の範囲\n\u003cbr\u003e第二四章　インドにおけるポルトガル人の墜落\n\u003cbr\u003e第二五章　カストロの輝かしい行政\n\u003cbr\u003e第二六章　軟弱になり、もはや恐ろしくなくなったポルトガル人\n\u003cbr\u003e第二七章　ポルトガル人に対して仕組まれた陰謀の広がり。\n\u003cbr\u003e　　　　　アタイデはどのようにしてそれを振り払ったか。\n\u003cbr\u003e第二八章　ポルトガル人はスペイン人によって\n\u003cbr\u003e　　　　　支配される状態に転落する\n\u003cbr\u003e第二九章　インドでポルトガル人の崩壊を導いた\n\u003cbr\u003e　　　　　ほかの原因はなんであろうか\n\u003cbr\u003e第三〇章　インドにおけるポルトガル人の現状\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第二篇　東インドにおけるオランダ人の植民、戦争、政治、貿易\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　オランダの古代諸革命\n\u003cbr\u003e第二章　オランダ共和国の樹立\n\u003cbr\u003e第三章　オランダ人による大インドへの最初の航海\n\u003cbr\u003e第四章　インド会社の設立\n\u003cbr\u003e第五章　オランダ人とポルトガル人の戦争\n\u003cbr\u003e第六章　オランダ人はフォルモサ〔台湾〕に植民する\n\u003cbr\u003e第七章　オランダ人の日本貿易\n\u003cbr\u003e第八章　オランダ人の軛につながれたモルッカ諸島\n\u003cbr\u003e第九章　オランダ人はティモールに植民する\n\u003cbr\u003e第一〇章　オランダ人はセレベスの主人となる\n\u003cbr\u003e第一一章　オランダ人はボルネオで歓待される\n\u003cbr\u003e第一二章　スマトラでのオランダ人の植民\n\u003cbr\u003e第一三章　シャムにおけるオランダ人の貿易\n\u003cbr\u003e第一四章　マラッカにおけるオランダ人の状況\n\u003cbr\u003e第一五章　セイロン島におけるオランダ人の植民\n\u003cbr\u003e第一六章　コロマンデル海岸におけるオランダ人の貿易\n\u003cbr\u003e第一七章　マラバール海岸におけるオランダ人の貿易\n\u003cbr\u003e第一八章　喜望峰におけるオランダ人の植民\n\u003cbr\u003e第一九章　ジャワ島におけるオランダ人の支配\n\u003cbr\u003e第二〇章　大インドとヨーロッパで会社の事業は、\n\u003cbr\u003e　　　　　どのようなやり方で行なわれているか\n\u003cbr\u003e第二一章　会社繁栄の諸要因\n\u003cbr\u003e第二二章　会社の没落\n\u003cbr\u003e第二三章　会社が没落した理由\n\u003cbr\u003e第二四章　会社に残された事業立て直しの手段\n\u003cbr\u003e第二五章　会社を脅かす不幸\n\u003cbr\u003e第二六章　会社が破滅するのを黙って見過ごさないだけの\n\u003cbr\u003e　　　　　理由を共和国が持ちうることにつて\n\u003cbr\u003e第二七章　オランダ人の古くからの知恵と現在の墜落\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　第三篇　東インドにおけるイギリス人の植民、貿易、征服\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　イギリス人の古代貿易を概観する\n\u003cbr\u003e第二章　イギリス人による最初のインド航海\n\u003cbr\u003e第三章　オランダ人とイギリス人の紛争\n\u003cbr\u003e第四章　ポルトガル人とイギリス人の紛争\n\u003cbr\u003e第五章　ペルシアとイギリス人との関係\n\u003cbr\u003e第六章　大インドにおけるイギリス人の凋落\n\u003cbr\u003e第七章　インドにおけるイギリス人の貿易の復興\n\u003cbr\u003e第八章　大インドにおけるイギリス人の不幸と謝り\n\u003cbr\u003e第九章　会社の諸特権がイギリスで引き起こした論争\n\u003cbr\u003e第一〇章　英仏戦争\n\u003cbr\u003e第一一章　アラビアに関する記述。\n\u003cbr\u003e　　　　　アラビアが経験した数々の革命。その住民の性格\n\u003cbr\u003e第一二章　アラビアの貿易全般。とくにイギリス人の貿易\n\u003cbr\u003e第一三章　ペルシア湾で数々の革命に見舞われた貿易\n\u003cbr\u003e第一四章　ペルシア湾の貿易の現状、とくにイギリス人の貿易現状\n\u003cbr\u003e第一五章　マラバール地方に関する記述。\n\u003cbr\u003e　　　　　それを構成する諸国家の概要\n\u003cbr\u003e第一六章　マラバール地方の特産品\n\u003cbr\u003e第一七章　ゴアの現状\n\u003cbr\u003e第一八章　海賊アングリアの話\n\u003cbr\u003e第一九章　マラバール海岸におけるマラーター族の現状\n\u003cbr\u003e第二〇章　スーラトに起きた諸革命。\n\u003cbr\u003e　　　　　この地でイギリス人が獲得した影響力の結果\n\u003cbr\u003e第二一章　サルセット島に関する記述\n\u003cbr\u003e第二二章　ボンベイの島に関する記述。その現状と重要性\n\u003cbr\u003e第二三章　ヨーロッパ人が到来したときのコロマンデル海岸の状態\n\u003cbr\u003e第二四章　どのようにしてヨーロッパ人はコロマンデル海岸で\n\u003cbr\u003e　　　　　貿易を確立してきたか、どのような広がりをそれに\n\u003cbr\u003e　　　　　与えてきたか\n\u003cbr\u003e第二五章　コロマンデル海岸におけるイギリスの所有地\n\u003cbr\u003e第二六章　スマトラ島におけるイギリスの植民地\n\u003cbr\u003e第二七章　バランバンガン島でのイギリス人の目論見。\n\u003cbr\u003e　　　　　この島からの彼らの追放\n\u003cbr\u003e第二八章　ベンガル地方において生じた諸革命\n\u003cbr\u003e第二九章　ビスナポルで再発見されたインド人の古代習俗\n\u003cbr\u003e第三〇章　ベンガル地方の産物、マニュファクチュア、輸出\n\u003cbr\u003e第三一章　セント・ヘレナのイギリス植民地について\n\u003cbr\u003e　　　　　どのような考えをもたなければならないか\n\u003cbr\u003e第三二章　イギリス人はコモロ諸島をどのような用途に使っているか\n\u003cbr\u003e第三三章　イギリスの会社民間商人にインド内貿易を委ねた\n\u003cbr\u003e第三四章　会社が貿易で味わった窮屈な思い。\n\u003cbr\u003e　　　　　会社が注ぎこんだ資金。会社が貿易に与えた広がり\n\u003cbr\u003e第三五章　ベンガル地方の征服。\n\u003cbr\u003e　　　　　征服はいかにして、だれによってなされたか\n\u003cbr\u003e第三六章　ベンガル地方においてイギリス人が現状を\n\u003cbr\u003e　　　　　維持するためにとっている対策\n\u003cbr\u003e第三七章　イギリス人はベンガル地方の繁栄がつづくのを\n\u003cbr\u003e　　　　　見ることを心ひそかに期待していていいのだろうか\n\u003cbr\u003e第三八章　イギリス人がベンガル地方で犯した虐待を残虐行為\n\u003cbr\u003e第三九章　政府と会社自身があらゆるたぐいの略奪を\n\u003cbr\u003e　　　　　終わらせるためにとった対策\n\u003cbr\u003e第四〇章　会社の現状\n\u003cbr\u003e第四一章　会社の特権は更新すべきか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e　訳　　注\n\u003cbr\u003e　訳者解説\n\u003cbr\u003e　索　　引\n\u003cbr\u003e　事項索引\n\u003cbr\u003e　　人名索引\n\u003cbr\u003e　　地名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eギヨーム=トマ・レーナル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレーナル ギヨーム トマ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eギヨーム＝トマ・レーナル（Guillaume-Thomas Raynal）\n\u003cbr\u003e1713年フランス南部の小さな町ラパヌーズに生まれる．ロデースのイエズス会コレージュに学び，卒業後イエズス会に入会する．1747年頃パリに赴き，文芸ジャーナリストとして活躍，1750年には『メルキュール・ド・フランス』の編集主幹の一人となり，ジャーナリズムの世界に確固たる地歩を占めた．1747年に『総督職の歴史』を，その翌年には『イギリス議会史』を出版する．1750年にはヴォルテールの推薦によりベルリン・アカデミー会員となり，1754年にはダランベールの推薦によりロイヤル・ソサイアティ入りを果たした．1770年，本書『両インド史』を，ディドロ等の協力を得て，匿名で出版し，その後，二版に渡り改訂増補し，いずれも「飛ぶように売れた」が，1781年，アンシアン・レジームの出版弾圧により身柄拘束と財産没収の判決を下されたため，フランスを脱出する．10年の追放の後，1791年にパリへ帰還し，「大革命の父」と賞讃されるが，議会に対して送った勧告の書は「専制主義の復興を企てるもの」として議会と民衆の憤激をよび，再びパリから脱出する．ナンシー，シャイヨ，アティス＝モーンスの友人宅を転々，モンレリの娘宅を経て再びシャイヨに戻り，1796年同地の友人宅で死去．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大津 真作\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大津真作\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオツ シンサク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大津 真作（オオツ シンサク）\n\u003cbr\u003e1945年大阪府生まれ．70年名古屋大学理学部卒業．75年東京都立大学人文科学研究科仏文学専攻博士課程中退．西欧社会思想史専攻．現在，甲南大学文学部教授．著書：『理性と愛──スピノザの思想』（高文堂出版社），『啓蒙主義の辺境への旅』（世界思想社）．訳書：モラン『方法1〜5』，セーヴ『マルクス主義と人格の理論』，ヴェントゥーリ『百科全書の起源』，ヴェーヌ『歴史をどう書くか』『差異の目録──歴史を変えるフーコー』，モスコヴィッシ『自然の人間的歴史上・下』（以上，法政大学出版局），エレンステン『スターリン現象の歴史』（大月書店），ジャルダン『トクヴィル伝』（晶文社），フュレ『フランス革命を考える』，バーク『フランス歴史学革命』（以上，岩波書店），共訳：『ディドロ著作集第3巻』，『啓蒙の地下文書Ⅰ』（以上，法政大学出版局），他．\u003c\/p\u003e","brand":"ギヨーム=トマ・レーナル：著, 大津 真作：訳\u003cbr\u003e2009年06月01日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969591382304,"sku":"15056","price":19800.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588150562_0.jpg?v=1764200490","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-15056-2","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}