{"product_id":"isbn978-4-588-15058-6","title":"両インド史","description":"\u003cp\u003e9784588150586\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-15058-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588150588\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-15058-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3020\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e両インド史\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eリョウインドシ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e西インド篇／上巻\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eニシインドヘン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本巻では、コロンブスのアメリカ大陸発見に続く、ヨーロッパによる中南米諸地域への入植が描かれる。アステカやインカの帝国を滅亡に追いやったスペイン人征服者たちの暴力、ポルトガルのブラジル支配、メキシコからチリまでの各地の文明・習俗や大陸の豊かな天然資源と開発、植民地化で活発化した交易と物資の移動など、近世史のパノラマをなす圧巻の叙述。本書後半の西インド篇、刊行開始。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本巻では、スペイン・ポルトガルによる中南米諸地域への入植が描かれる。各地の文明・習俗、植民地の開発等をめぐる歴史のパノラマ。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本巻では、スペイン・ポルトガルによる中南米諸地域への入植が描かれる。各地の文明・習俗、植民地化による開発・交易など、近世史のパノラマをなす圧巻の叙述。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六篇　アメリカの発見。メキシコ征服。新世界のこの地域におけるスペイン人の植民\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　古代史と近代史の比較\n\u003cbr\u003e第二章　スペインの古代諸革命\n\u003cbr\u003e第三章　アメリカ発見の計画をコロンブスが立てる\n\u003cbr\u003e第四章　コロンブスはまずカナリア諸島に向かって航行する。この諸島の詳細\n\u003cbr\u003e第五章　コロンブスは新世界へ到達する\n\u003cbr\u003e第六章　スペイン人がアメリカで最初に植民地を築くのはサント・ドミンゴにおいてである。この島の住民の習俗\n\u003cbr\u003e第七章　サント・ドミンゴで征服者たちは残虐行為を犯す。それらはなにを産み出したか\n\u003cbr\u003e第八章　スペイン人にメキシコを知らしめた航海\n\u003cbr\u003e第九章　スペイン人はメキシコに上陸する。彼らの最初の戦闘はトラスカラ共和国とのあいだに起こった\n\u003cbr\u003e第一〇章　帝都に招待されたスペイン人は、常軌を逸したいくつもの出来事ののちに退去せざるをえなくなる\n\u003cbr\u003e第一一章　スペイン人はメキシコを服属させるための新たな手段を考え出し、そのことに成功する\n\u003cbr\u003e第一二章　メキシコがスペインの支配下に置かれるまで、人びとはメキシコについてどのような考えを抱いていたに相違ないか\n\u003cbr\u003e第一三章　メキシコは、スペイン領となってのち、内憂外患によって揺り動かされた\n\u003cbr\u003e第一四章　スペインの支配下でメキシコはどうなったか\n\u003cbr\u003e第一五章　ヤラッパ栽培について\n\u003cbr\u003e第一六章　バニラ栽培について\n\u003cbr\u003e第一七章　インディゴ栽培について\n\u003cbr\u003e第一八章　コチニールの飼育について\n\u003cbr\u003e第一九章　鉱山採掘\n\u003cbr\u003e第二〇章　どのような理由でメキシコは、より大きな繁栄にいたらなかったのか\n\u003cbr\u003e第二一章　メキシコとフィリピンとの結びつき\n\u003cbr\u003e第二二章　マリアナ諸島に関する記述。そこで観察された奇妙なもの\n\u003cbr\u003e第二三章　カリフォルニアの昔と今の状態\n\u003cbr\u003e第二四章　グアテマラを経由したメキシコとペルーおよびスペインとの往来\n\u003cbr\u003e第二五章　ホンジュラス、ユカタン、カンペチェに関する記述。そこでは、なにがスペインとイギリスを不和にさせたか？\n\u003cbr\u003e第二六章　メキシコがスペインとつながっているのは、主としてベラクルスを通じてである。いくつかの格率がこの貿易をこの地まで導いてきた\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七篇　スペイン人によるペルー征服。この帝国が支配を変えてから、そこで起きた変化\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　スペイン人による新世界の征服に拍手を送ることができるだろうか？\n\u003cbr\u003e第二章　南アメリカへのスペイン人の第一歩は、乱暴狼藉と残忍さを刻印している\n\u003cbr\u003e第三章　ペルーについての最初の観念がスペイン人に与えられる\n\u003cbr\u003e第四章　三人のスペイン人が政府のいかなる援助も得ないで、ペルー征服を企てる\n\u003cbr\u003e第五章　遠征の首領ピサロはいかにして帝国の主人となったか\n\u003cbr\u003e第六章　スペイン人がやってきたときのペルーの起源、宗教、統治、習俗、技芸\n\u003cbr\u003e第七章　ペルーの服属は征服者同士の血で血を洗う分裂抗争の時代に起こった\n\u003cbr\u003e第八章　ひとりの老司祭が結局はスペイン人の流血を終わらせた\n\u003cbr\u003e第九章　ダリエン地方に関する基礎知識。この地方には、諸国を分裂させるだけの値打ちがあるだろうか？\n\u003cbr\u003e第一〇章　カルタヘナの広さ、気候、土地、要塞、港、人口、習俗、貿易\n\u003cbr\u003e第一一章　サンタ・マルタ州が忘れ去られてしまった理由\n\u003cbr\u003e第一二章　ベネスエラ地方を舞台にして起こった最初の諸事件\n\u003cbr\u003e第一三章　ベネスエラでカカオはつねにスペインの注目を浴びてきた\n\u003cbr\u003e第一四章　ベネスエラ州は独占の軛のもとに置かれている。繁栄する会社\n\u003cbr\u003e第一五章　マドリードの宮廷はクマナをラス・カサスの管理に委ねる。地方の繁栄を取り戻そうとして、この有名な人物は実りのない仕事に取り組む\n\u003cbr\u003e第一六章　オリノコ河について\n\u003cbr\u003e第一七章　オリノコ河岸で女性はどんな状態であったか。また、いまだなおどのような状態にあるか\n\u003cbr\u003e第一八章　オリノコ河流域に形作られたスペイン植民地の状態\n\u003cbr\u003e第一九章　グラナダ新王国略述\n\u003cbr\u003e第二〇章　グラナダ新王国は、どのようなものであったか、いまどのようであるか、これからどのようなものになることができるか\n\u003cbr\u003e第二一章　キート州における注目すべき特異性\n\u003cbr\u003e第二二章　キート地方は大変人口が多い。それはなぜか。住民の労働はどんなものか\n\u003cbr\u003e第二三章　キート州由来のキナノキ。この薬に関する考察\n\u003cbr\u003e第二四章　山の形成に関する余談\n\u003cbr\u003e第二五章　ペルー固有の自然構成\n\u003cbr\u003e第二六章　ペルーの山々と高原と峡谷はどこが違うか\n\u003cbr\u003e第二七章　征服者の剣あるいは暴政を免れた少数のペルー人は、獣同然の状態に落ち込んだ\n\u003cbr\u003e第二八章　いまのペルーはどのような状態になっているか\n\u003cbr\u003e第二九章　ラマ、パカ、グアナコ、ビクーニャに関する詳細\n\u003cbr\u003e第三〇章　ペルー鉱山に関する記述、とくに白金と水銀の鉱山に関する記述\n\u003cbr\u003e第三一章　リマの倒壊と再建。このペルーの首都の習俗\n\u003cbr\u003e第三二章　パナマは長らくペルーとスペインを結ぶ架け橋だった。この貿易はどのようにして維持されていたか\n\u003cbr\u003e第三三章　スペイン人はマゼラン海峡とホーン岬の航路をパナマ航路にとって代えた\n\u003cbr\u003e第三四章　ペルーはかつてと同じほど豊かであるか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八篇　スペイン人によるチリとパラグアイの征服。侵略にともなって起こった事件と侵略ののちに起こった事件の詳細。この強国は、どのような原理にもとづいて植民地を運営しているのか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　ヨーロッパ人には、新世界において植民地を設立する権利があったのか？\n\u003cbr\u003e第二章　最初、チリにスペイン人は突如、姿を現わした\n\u003cbr\u003e第三章　チリでは、スペイン人は休むまもなく戦い続けざるをえなかった。彼らの敵たちはどのようなやり方で戦争をしているか\n\u003cbr\u003e第四章　スペイン人がチリに設けた植民地\n\u003cbr\u003e第五章　チリの肥沃さとその現状\n\u003cbr\u003e第六章　未開人、ペルー、パラグアイとチリとの貿易\n\u003cbr\u003e第七章　スペイン人はパラグアイを発見する。一世紀に渡る常軌を逸した彼らの振る舞い\n\u003cbr\u003e第八章　スペインのにつながれたくなかったインディオたちの一部はチャコ地方に逃げこんだ\n\u003cbr\u003e第九章　スペイン人は三つの大きな州を創建することに成功している。それぞれの州の特質はなにか\n\u003cbr\u003e第一〇章　パラグアイの首都について。航海者がそこに到達するために乗り越えなければならなかった諸困難について\n\u003cbr\u003e第一一章　植民地の主要な富、パラグアイ薬草について\n\u003cbr\u003e第一二章　隣接諸国およびスペインとパラグアイの結びつき\n\u003cbr\u003e第一三章　当を得た諸改革。それらはパラグアイの境遇を改善するはずである\n\u003cbr\u003e第一四章　イエズス会士がパラグアイ宣教に当たって、その根拠とした原理\n\u003cbr\u003e第一五章　これらの有名な伝道地では、なぜ人間の数がほんのわずかしか増えなかったのか？\n\u003cbr\u003e第一六章　伝道村についてイエズス会士たちに浴びせかけられた非難の数々を検証する\n\u003cbr\u003e第一七章　これらの伝道村で人びとは幸せであったのか？　そして彼らは彼らの立法者たちを惜しんできたのか？\n\u003cbr\u003e第一八章　これらの伝道村の統治のために、スペイン宮廷があらかじめとった処置\n\u003cbr\u003e第一九章　スペイン領アメリカに住む諸民族、最初にチャペトーンたち\n\u003cbr\u003e第二〇章　クレオールたち\n\u003cbr\u003e第二一章　メスティーソたち\n\u003cbr\u003e第二二章　黒人たち\n\u003cbr\u003e第二三章　インディオの昔と今の状態\n\u003cbr\u003e第二四章　新世界に設置された民政の統治体\n\u003cbr\u003e第二五章　アメリカで、続いて設けられた聖職者の制度はどのようなものであるか？\n\u003cbr\u003e第二六章　新世界の土地を征服したときには分配が行なわれた。いまは、土地はいかにして得られるか\n\u003cbr\u003e第二七章　鉱山採掘のために、いろいろな時期に規則が作られた\n\u003cbr\u003e第二八章　スペイン領アメリカで設けられた租税\n\u003cbr\u003e第二九章　最初に、スペイン人が新世界とのあいだに打ちたてた関係は破壊者の原理にもとづいていた\n\u003cbr\u003e第三〇章　マドリードの宮廷は悪しき体系にどうして固執し続けるのか？\n\u003cbr\u003e第三一章　スペイン政府の国益を損なう策略が首都自体に招いた結果\n\u003cbr\u003e第三二章　スペイン宮廷の無分別が植民地に災厄を累積したこと\n\u003cbr\u003e第三三章　スペインは無気力状態から脱し始めている\n\u003cbr\u003e第三四章　ヨーロッパとアメリカにおいて繁栄を加速するためにスペインが採るべき手段\n\u003cbr\u003e第三五章　スペインによる支配は新世界において確固とした土台を持っているか？\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九篇　ブラジルにおけるポルトガル人の植民地。彼らがそこで持ちこたえてきた戦争。この植民地の生産物と富\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　ヨーロッパ人は、植民地を築く技法を身につけてきたのか？\n\u003cbr\u003e第二章　だれによって、どのようにしてブラジルは発見されたか\n\u003cbr\u003e第三章　最初の住民としてポルトガルがブラジルに与えたのはどのような人間であったか\n\u003cbr\u003e第四章　リスボンの宮廷は、ブラジルを幾人かの大諸侯のあいだで分割する\n\u003cbr\u003e第五章　ポルトガルの支配に服従することが期待されていた民族の性格と慣習\n\u003cbr\u003e第六章　植民地初期にブラジルの先住民とポルトガル人に宣教師たちが及ぼした影響\n\u003cbr\u003e第七章　フランス人はブラジルに突如、姿を現わした\n\u003cbr\u003e第八章　ブラジルにおけるオランダ人の征服事業\n\u003cbr\u003e第九章　異端の国が収めた成功についてポルトガルの説教師が神に訴えたこと\n\u003cbr\u003e第一〇章　ポルトガル人はブラジルからオランダ人を追い出すことに成功した\n\u003cbr\u003e第一一章　アマゾン河流域のポルトガル人植民地\n\u003cbr\u003e第一二章　ポルトガル人はラ・プラタ河に植民することを望んでいる。スペインとの確執を彼らは解きほぐす。両強国のあいだの歩み寄り\n\u003cbr\u003e第一三章　ポルトガルはブラジルとの関係を間違った土台のうえに築いてしまった。さらに一層破壊的な独占がそれに取って代わった\n\u003cbr\u003e第一四章　ブラジルに設置された民政、軍事、宗教の統治体\n\u003cbr\u003e第一五章　ポルトガルに服従しているインディオたちの運命は、ブラジルにおいては、どのようなものであったか、また、どのようなものであるか\n\u003cbr\u003e第一六章　パラー行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第一七章　マラニョン行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第一八章　ペルナンブコ行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第一九章　バイーア行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第二〇章　リオ・デ・ジャネイロ行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第二一章　サン・パウロ行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第二二章　鉱山地方である内陸部の三行政管区の状態\n\u003cbr\u003e第二三章　ブラジルで発見された金鉱山の歴史。金採掘の方法\n\u003cbr\u003e第二四章　ブラジルにおけるダイヤモンド発見史。この宝石の本性に関する考察\n\u003cbr\u003e第二五章　ブラジルの現状\n\u003cbr\u003e第二六章　ブラジルと海外との結びつき\n\u003cbr\u003e第二七章　ポルトガルとその遠く離れた植民地は最大の堕落状態に落ちこんでしまった。どうしてそんなことが起こったのか？\n\u003cbr\u003e第二八章　宗主国と植民地を停滞から引き出すために、リスボンの宮廷が用いるとよい手段\n\u003cbr\u003e第二九章　イギリスともめるのを恐れて、リスボンの宮廷は改革計画を思いとどまるべきか否か\n\u003cbr\u003e第三〇章　ポルトガル自体の境遇とその植民地の境遇の改善をポルトガルに期待するのは理にかなったことだろうか\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e訳注\n\u003cbr\u003e訳者解説\n\u003cbr\u003e索引\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名索引\n\u003cbr\u003e地名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eギヨーム=トマ・レーナル\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eレーナル ギヨーム トマ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eギヨーム=トマ・レーナル（Guillaume-Thomas Raynal）\n\u003cbr\u003e1713年フランス南部の小さな町ラパヌーズに生まれる。ロデースのイエズス会コレージュに学び、卒業後イエズス会に入会する。1747年頃パリに赴き、文芸ジャーナリストとして活躍、1750年には『メルキュール・ド・フランス』の編集主幹の一人となり、ジャーナリズムの世界に確固たる地歩を占めた。1747年に『総督職の歴史』を、その翌年には『イギリス議会史』を出版する。1750年にはヴォルテールの推薦によりベルリン・アカデミー会員となり、1754年にはダランベールの推薦によりロイヤル・ソサイアティ入りを果たした。1770年、本書『両インド史』を、ディドロ等の協力を得て、匿名で出版し、その後、二版に渡り改訂増補し、いずれも「飛ぶように売れた」が、1781年、アンシアン・レジームの出版弾圧により身柄拘束と財産没収の判決を下されたため、フランスを脱出する。10年の追放の後、1791年にパリへ帰還し、「大革命の父」と賞讃されるが、議会に対して送った勧告の書は「専制主義の復興を企てるもの」として議会と民衆の憤激をよび、再びパリから脱出する。ナンシー、シャイヨ、アティス＝モーンスの友人宅を転々、モンレリの娘宅を経て再びシャイヨに戻り、1796年同地の友人宅で死去。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大津 真作\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大津真作\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオツ シンサク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大津 真作（オオツ シンサク）\n\u003cbr\u003e1945年大阪府生まれ。75年東京都立大学人文科学研究科仏文学専攻博士課程中退。西欧社会思想史専攻。甲南大学名誉教授。著書：『異端思想の五〇〇年──グローバル思考への挑戦』（近刊、京都大学学術出版会）、『思考の自由とはなにか』（晃洋書房）、『倫理の大転換──スピノザ思想を梃子として』（行路社）、『啓蒙主義の辺境への旅』（世界思想社）、訳書：モラン『方法1〜5』、セーヴ『マルクス主義と人格の理論』、ヴェントゥーリ『百科全書の起源』、ヴェーヌ『歴史をどう書くか』『差異の目録──歴史を変えるフーコー』、モスコヴィッシ『自然の人間的歴史上・下』（以上、法政大学出版局）、エレンステン『スターリン現象の歴史』（大月書店）、ジャルダン『トクヴィル伝』（晶文社）、フュレ『フランス革命を考える』、バーク『フランス歴史学革命』（以上、岩波書店）、エステベス／タイボ編『反グローバリゼーションの声』（晃洋書房）、ランゲ『市民法理論』（京都大学学術出版会）、共訳：『ディドロ著作集第3巻』、『啓蒙の地下文書Ⅰ』（以上、法政大学出版局）、他。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「図書新聞」（2016年12月12日号、2015年下半期読書アンケート／小倉英敬氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"ギヨーム=トマ・レーナル：著, 大津 真作：訳\u003cbr\u003e2015年09月10日 刊行","offers":[{"title":"Default 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