{"product_id":"isbn978-4-588-15063-0","title":"ディドロの唯物論","description":"\u003cp\u003e9784588150630\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-15063-0\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588150634\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-15063-4\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1010\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eディドロの唯物論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eディドロノユイブツロン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e群れと変容の哲学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eムレトヘンヨウノテツガク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e神もなく、弁証法的統一もない物質世界のうちに、不定形で「怪物的な」自然の秩序を発見したディドロ。百科全書的体系知の根底にうごめく「奇形」への眼差し、同時代の化学や生理学にもとづくラディカルな自然史的認識はいかに形成されたのか。その著作群への鋭利で精密な分析を通じて、唯物論的一元論者としてのディドロのアクチュアリティを示し、従来の哲学者像を大きく書き換える力作。〔哲学・思想〕\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e自然史の根底に「怪物的な」物質世界の運動を見出したディドロ哲学のアクチュアリティを示し従来の思想家像を大きく書き換える力作。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e自然史の根底に「怪物的な」物質世界の運動を見出したディドロ哲学の一貫性とアクチュアリティを精密に論証し、従来の思想家像を大きく書き換える力作論考。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序\n\u003cbr\u003e凡　例\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一部　弁証法の手前側──ヘーゲルによる『ラモーの甥』読解に関する考察\n\u003cbr\u003e第一章　分裂と抵抗──ヘーゲルによる『ラモーの甥』解釈\n\u003cbr\u003e第二章　ラモーは自己疎外的な精神たりうるか？──『ラモーの甥』における「ベルタン邸の食卓」部を中心に\n\u003cbr\u003e第三章　悪しきパントマイム──止揚されえない肉体の位相\n\u003cbr\u003e第一部結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二部　抽象と形象\n\u003cbr\u003e第一章　盲者の感性論と唯物論的一元論──『盲人書簡』読解\n\u003cbr\u003e第二章　聾啞者と魂の位相に見るディドロ感覚論の基礎づけと展開──『聾啞者書簡』読解\n\u003cbr\u003e第三章　ヒエログリフ的思考、あるいは微細さと同時性について\n\u003cbr\u003e第二部結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三部　表象と実在\n\u003cbr\u003e第一章　タブローを貫くディドロの唯物論──『百科全書』という原理\n\u003cbr\u003e第二章　ディドロの中国観における進歩と道徳\n\u003cbr\u003e第三章　絵画のなかを歩くことはどのようにして可能か？──『一七六七年のサロン』におけるヴェルネ逍遥に関する一考察\n\u003cbr\u003e第三部結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四部　化学的思考と物質論──『自然の解釈に関する思索』から『物質と運動に関する哲学的原理』まで\n\u003cbr\u003e第一章　ディドロにおける化学的思考の意義とその萌芽\n\u003cbr\u003e第二章　十八世紀における化学的思考の問題系──ヴネルによる『百科全書』項目「化学」とディドロによる『ルエルの化学講義』\n\u003cbr\u003e第三章　ディドロにおける化学的世界観──『百科全書』項目と後期物質論\n\u003cbr\u003e第四部結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五部　一般性と怪物性──反‐理性の自然史\n\u003cbr\u003e第一章　ディドロにおける自然史的思考と唯物論\n\u003cbr\u003e第二章　生理学と政治学──ディドロにおける生態と政治とのエコノミー\n\u003cbr\u003e第五部結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e結論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e補論　十八世紀自然史概念における一般性の領域──ビュフォン『一般的個別的博物誌』より\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e注\n\u003cbr\u003e文献目録\n\u003cbr\u003e人名・事項・書名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e難解で捉えがたい哲学者ディドロという旧来のイメージを刷新する、スリリングな論考！\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e大橋 完太郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e大橋完太郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオオハシ カンタロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ．東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻（表象文化論）博士課程単位取得退学．博士（学術）．東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター（UTCP）」特任講師．専門は思想史・表象文化論．17─18世紀の哲学・思想を題材に，近代，および近代的人間の概念的布置や形象を解釈することで，人間像の批判的再構築を目指している．著書に『ディスポジション──配置としての世界』（共著，現代企画室），論文に「自由の徒弟時代──スピノザ『エチカ』における理性の諸相」『UTCP研究論集』第6号（UTCP），共訳書にストイキツァ『絵画をいかに楽しむか』（平凡社）など．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第３回表象文化論学会賞；学会賞\u003c\/p\u003e","brand":"大橋 完太郎：著\u003cbr\u003e2011年02月21日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969603965216,"sku":"15063","price":7150.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588150630_0.jpg?v=1764200515","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-15063-0","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}