{"product_id":"isbn978-4-588-15069-2","title":"サルトル読本","description":"\u003cp\u003e9784588150692\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-15069-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588150693\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-15069-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1010\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサルトル読本\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサルトルドクホン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e実存主義の哲学者、小説や戯曲の作家、そして行動する知識人として様々な活動を行ったサルトル。ドゥルーズ、レヴィナス、ボーヴォワール、ハイデガー、バタイユ、ラカン、フェミニズム、ポストコロニアル、エコロジーなど多方面にわたる影響関係、再評価されるイマージュ論や、晩年の『倫理学ノート』など最新の研究も紹介し、いまなおアクチュアルに読み継がれるその全体像を明らかにする。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e実存主義の哲学者としてのみならず、小説や戯曲の作家として、そして知識人として多方面に活動したサルトルの全体像を明らかにする。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e実存主義の哲学者としてのみならず、小説や戯曲の作家として、そして何より行動する知識人として多方面にわたる活動を行ったサルトルの全体像を明らかにする。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e編者まえがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅰ部　サルトルの可能性をめぐって\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサルトルと翻訳──または他者への想像力について（鈴木道彦）\n\u003cbr\u003e知識人としてのサルトル（石崎晴己）\n\u003cbr\u003e分水嶺としてのサルトル（ジャン ＝ リュック・ナンシー）\n\u003cbr\u003eサルトルの花粉（フランソワ・ヌーデルマン）\n\u003cbr\u003e共同討議　新しいサルトル像を求めて（合田正人＋松葉祥一＋澤田直）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅱ部　サルトル解釈の現状\n\u003cbr\u003eサルトルの栄光と不幸──『存在と無』をめぐって（谷口佳津宏）\n\u003cbr\u003e媒介者としての『倫理学ノート』（清眞人）\n\u003cbr\u003e倫理と歴史の弁証法──「第二の倫理学」をめぐって（水野浩二）\n\u003cbr\u003eサルトルの「応答」──『弁証法的理性批判』における「集団」と「第三者」（竹本研史）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅲ部　サルトルの問題構成\n\u003cbr\u003eサルトルとマルクス，あるいは，もうひとつの個人主義，もうひとつの自由のあり方──変革主体形成論の試み（北見秀司）\n\u003cbr\u003eエピステモロジーとしてのサルトル哲学──『弁証法的理性批判』に潜むもうひとつの次元（生方淳子）\n\u003cbr\u003eサルトルの知識人論と日本社会──サルトルを乗り越えるということ（永野潤）\n\u003cbr\u003e挫折・ナルシシスム・人間的条件──サルトルの伝記的批評における詩的倫理（根木昭英）\n\u003cbr\u003e芸術は道徳に寄与するのか──中期サルトルにおける芸術論と道徳論との関係（森功次）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅳ部　サルトルと同時代1\n\u003cbr\u003eサルトルとボーヴォワール──『第二の性』の場合（井上たか子）\n\u003cbr\u003e身体と肉──サルトルとメルロ＝ポンティの身体論再考（加國尚志）\n\u003cbr\u003eエコロジストという実存主義者──アンドレ・ゴルツ（鈴木正道）\n\u003cbr\u003e状況論（シチュアシオン）再考──ファノンとの批判的対話を通じて（中村隆之）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅴ部　サルトルと同時代2\n\u003cbr\u003eヒューマニズムの余白──ハイデガーとサルトル（齋藤元紀）\n\u003cbr\u003e不可能な交わりがもたらしてくれる可能性について──サルトルとバタイユ（岩野卓司）\n\u003cbr\u003eサルトルとレヴィナスへの序奏（合田正人）\n\u003cbr\u003eサルトルとドゥルーズ──非人称的なものの力能（檜垣立哉）\n\u003cbr\u003eフロイトを巡るサルトルとラカンの三角関係──「実存的精神分析」が提起したもの（番場寛）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第Ⅵ部　作家サルトル──文学論・芸術論\n\u003cbr\u003eサルトルの美術批評の射程（永井敦子）\n\u003cbr\u003eサルトルの演劇理論──離見演劇（翠川博之）\n\u003cbr\u003e『家の馬鹿息子』の「真実の小説」という問題──「ポン ＝ レヴェックでの落下」をめぐって（黒川学）\n\u003cbr\u003e小説家サルトル──全体化と廃墟としてのロマン（澤田直）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサルトル略年譜（黒川学）\n\u003cbr\u003eサルトル関連文献目録（澤田直＋翠川博之）\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名・著作名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［著者・訳者紹介］（掲載順）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木　道彦（スズキ　ミチヒコ）\n\u003cbr\u003e1929年生．獨協大学名誉教授．著書：『サルトルの文学』（紀伊国屋書店），『越境の時』（集英社），訳書：サルトル『嘔吐』（人文書院），プルースト『失われた時を求めて』（集英社）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e石崎　晴己（イシザキ　ハルミ）\n\u003cbr\u003e1940 年生．青山学院大学名誉教授．共編著書：『サルトル　21世紀の思想家』（思潮社），『21世紀の知識人』（藤原書店），監訳書：B-H・レヴィ『サルトルの世紀』（藤原書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eジャン ＝ リュック・ナンシー（Jean-Luc Nancy）\n\u003cbr\u003e1940 年生．ストラスブール大学名誉教授．著書：『無為の共同体』『侵入者』（以上，以文社），『自由の経験』『私に触れるな』（未來社），『共出現』『訪問』（以上，松籟社）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランソワ・ヌーデルマン（François Noudelmann）\n\u003cbr\u003e1958年生．パリ第８大学教授大学教授．著書：Sartre : l’incarnation de l’imaginaire, L’Harmattan, 『ピアノを弾く哲学者──サルトル，ニーチェ，バルト』（太田出版）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e岡村　雅史（オカムラ　マサフミ）\n\u003cbr\u003e1950年生．関西学院大学非常勤講師．論文：「サルトルの劇作における幼年期」（『年報・フランス研究』23号），「サルトルにおける演技と意識の問題」（『年報・フランス研究』30号）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e合田　正人（ゴウダ　マサト）\n\u003cbr\u003e1957年生．明治大学教授．著書：『フラグメンテ』（法政大学出版局）．訳書：F-D・セバー『限界の試練──デリダ、アンリ、レヴィナスと現象学』（法政大学出版局）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e松葉　祥一（マツバ　ショウイチ）\n\u003cbr\u003e1955生．神戸市看護大学教授．著書：『哲学的なものと政治的なもの──開かれた現象学のために』（青土社），訳書：J-F・リオタール『なぜ哲学するのか？』（法政大学出版局）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e谷口　佳津宏（タニグチ　カヅヒロ）\n\u003cbr\u003e1957年生．南山大学教授．共著：『哲学への旅』（北樹出版），共訳書：スピーゲルバーク『現象学運動（下巻）』（世界書院），I・プリゴジン『確実性の終焉』（みすず書房）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e清　眞人（キヨシ　マヒト）\n\u003cbr\u003e1949年生．近畿大学名誉教授．著書：『〈受難した子供〉の眼差しとサルトル』『実存と暴力』（以上，御茶の水書房），『サルトルの誕生──ニーチェの継承者にして対決者』（藤原書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e水野　浩二（ミズノ　コウジ）\n\u003cbr\u003e1952年生．札幌国際大学教授．著書：『サルトルの倫理思想──本来的人間から全体的人間へ』（法政大学出版局），訳書：A・ルノー『サルトル，最後の哲学者』（法政大学出版局）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e竹本　研史（タケモト　ケンジ）\n\u003cbr\u003e1977年生．南山大学非常勤講師．論文：「稀少性と余計者──サルトルにおける集列性から集団へ」（『Résonances』第8号），共訳書：『叢書「アナール」Ⅲ』（藤原書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e北見　秀司（キタミ　シュウジ）\n\u003cbr\u003e1960年生．津田塾大学教授．著書：『サルトルとマルクス』（春風社），共著：『ポスト資本主義を構想する』，論文：« Sartre et Merleau-Ponty : l’Autre entre le Visible et l’Invisible » (Les Temps Modernes, n˚ 572).\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e生方　淳子（ウブカタ　アツコ）\n\u003cbr\u003e1957年生．国士舘大学教授．共著：『サルトル　21世紀の思想家』（思潮社），『死の人間学』（金子書房），『子どもの暮らしの安心・安全～命の教育へ』（金子書房）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e永野　潤（ナガノ　ジュン）\n\u003cbr\u003e1965年生．首都大学東京非常勤講師．著書：『図解雑学サルトル』（ナツメ社），論文：「断崖に立つサルトル──自由と狂気についての素描」（『現象学年報』第11号）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e根木　昭英（ネギ　アキヒデ）\n\u003cbr\u003e1982年生．日本学術振興会特別研究員．共著：Situations de Sartre (Hermann)，論文：« L’art comme “anthropodicée” : la moralité de la création artistique chez J.-P. Sartre » (Études sartriennes, n˚ 17).\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e森　功次（モリ　ノリヒデ）\n\u003cbr\u003e1981年生．日本学術振興会特別研究員．論文：「サルトル『聖ジュネ』における不道徳作品の善用」（『美学』第240号），訳書：ロバート・ステッカー『分析美学入門』（勁草書房）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e井上　たか子（イノウエ　カコ）\n\u003cbr\u003e1941年生．獨協大学名誉教授．共訳書：ボーヴォワール『決定版 第二の性』（新潮社），共著書：辻村みよ子編『ジェンダーの基礎理論と法』（東北大学出版会）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e加國　尚志（カクニ　タカシ）\n\u003cbr\u003e1963年生．立命館大学教授．著書：『自然の現象学―メルロ ＝ ポンティと自然の哲学』（晃洋書房）．共訳書：J・デリダ『触覚、ジャン ＝ リュック・ナンシーに触れる』（青土社）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木　正道（スズキ　マサミチ）\n\u003cbr\u003e1959年生．法政大学教授．共著：Jean-Paul Sartre: Mind and Body, Word and Deed (Cambridge Scholars Publishing).訳書：J・ジャコブ『政治的エコロジーの歴史』（緑風出版）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中村　隆之（ナカムラ　タカユキ）\n\u003cbr\u003e1975年生．大東文化大学専任講師．著書：『カリブ − 世界論』（人文書院）．共訳書：A・セゼール＋F・ヴェルジェス『ニグロとして生きる──エメ・セゼールとの対話』（法政大学出版局）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e齋藤　元紀（サイトウ　モトキ）\n\u003cbr\u003e1968年生．高千穂大学教授．著書：『存在の解釈学──ハイデガー『存在と時間』の構造・転回・反復』，共訳書：T・ロックモア『カントの航跡のなかで』（以上，法政大学出版局）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e岩野　卓司（イワノ　タクジ）\n\u003cbr\u003e1959年生．明治大学教授．著書：『ジョルジュ・バタイユ──神秘経験をめぐる思想の限界と新たな可能性』（水声社），『贈与の哲学──ジャン＝リュック・マリオンの思想』（明治大学出版会）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e檜垣　立哉（ヒガキ　タツヤ）\n\u003cbr\u003e1964年生．大阪大学人間科学研究科教授．著書：『瞬間と永遠──ジル・ドゥルーズの時間論』（岩波書店），『西田幾多郎の生命哲学』（講談社学術文庫）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e番場　寛（バンバ　ヒロシ）\n\u003cbr\u003e1953年生．大谷大学教授．共著：『揺れ動く死と生──宗教と合理性のはざまで』（晃洋書房），『現代フランス社会を知るための62章』（明石書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e永井　敦子（ナガイ　アツコ）\n\u003cbr\u003e1961年生．上智大学教授．著書：『クロード・カーアン』（水声社），訳書：J・グラック『アンドレ・ブルトン』（人文書院），『ひとつの町のかたち』（書肆心水），『街道手帖』（風濤社）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e翠川　博之（ミドリカワ　ヒロユキ）\n\u003cbr\u003e1968年生．東北大学非常勤講師．共著：『ポストコロニアル批評の諸相』（東北大学出版会），共訳書：ミシュレ『フランス史 Ⅴ』（藤原書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e黒川　学（クロカワ　マナブ）\n\u003cbr\u003e1958年生．青山学院大学非常勤講師．共著：『サルトル　21世紀の思想家』（思潮社），共訳書：サルトル『家の馬鹿息子 4』（人文書院），B-H・レヴィ『サルトルの世紀』（藤原書店）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e■お詫びと訂正──────────────────────────────────────────────\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e『サルトル読本』（初版第1刷）で、執筆者の齋藤元紀先生のお名前と根木昭英先生のご論考題に誤りがございました。\n\u003cbr\u003e齋藤元紀先生、根木昭英先生、ならびに読者の皆様に謹んでお詫びし、以下のとおり訂正させていただきます。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eカバー〈主要内容〉、および本文目次\n\u003cbr\u003e（誤）齋藤元樹　→（正）齋藤元紀\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e本文目次\n\u003cbr\u003e（誤）挫折・ナルシシスム・人間の条件　→（正）挫折・ナルシシスム・人間的条件\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e──────────────────────────────────────────────────────\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e澤田 直\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e澤田直\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eサワダ ナオ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1959年生．立教大学教授．著書：『新・サルトル講義』（平凡社），『〈呼びかけ〉の経験』（人文書院），『ジャン ＝ リュック・ナンシー』（白水社），訳書：サルトル『言葉』（人文書院）．\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「週刊読書人」（2015年5月29日号／重見晋也氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2015年7月18日号、2015年上半期読書アンケート／小倉孝誠氏・評）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「図書新聞」（2015年7月25日号／増田靖彦氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"澤田 直：編\u003cbr\u003e2015年03月24日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969651872032,"sku":"15069","price":3960.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588150692_0.jpg?v=1764200538","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-15069-2","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}