{"product_id":"isbn978-4-588-15093-7","title":"中動態・地平・竈","description":"\u003cp\u003e9784588150937\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-15093-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588150936\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-15093-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3010\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中動態・地平・竈\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eチュウドウタイ チヘイ カマド\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハイデガーの存在の思索をめぐる精神史的現象学\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハデガーノソンザイノシサクヲメグルセイシンシテキゲンショウガク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e人間中心主義を超え、存在という出来事そのものの思索に向かった後期ハイデガー。その途上に現れながらも従来主題的に取り上げられてこなかった〈中動態〉の概念と、家／ポリス／宇宙の中心としての〈竈〉の形象に注目し、エルアイクニスの再帰的運動を解明する。テクストの内在的研究であると同時に、古代ギリシア以来の精神史的・神話学的伝統のなかに現代哲学を位置づけなおす気鋭の研究。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e存在の思索を、家／ポリス／宇宙の中心としての竈の形象を通じて、古代ギリシア以来の精神史的伝統のうちに位置づける気鋭の研究。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eまえがき\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　論\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　中動態の現在──言語学から哲学へ\n\u003cbr\u003e　第二節　ハイデガーと中動態\n\u003cbr\u003e　第三節　ハイデガーと地平\n\u003cbr\u003e　第四節　ハイデガーと竈\n\u003cbr\u003e　むすび──本書の概要\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一部　初期および形而上学期の思想における中動媒体性と時間の地平\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　『存在と時間』における現象とロゴスの中動媒体性\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　本来的現象概念の意味\n\u003cbr\u003e　第二節　現象の所与性\n\u003cbr\u003e　第三節　ロゴスの中動性と媒体性\n\u003cbr\u003e　第四節　意味・了解・解釈\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　関心の中動媒体性\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　関心と中動態\n\u003cbr\u003e　第二節　アリストテレスの善と自由\n\u003cbr\u003e　第三節　アウグスティヌスの善と自由\n\u003cbr\u003e　第四節　関心と時間性\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　人間中心主義と地平の問題\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　時間性とテンポラリテート\n\u003cbr\u003e　第二節　テンポラリテートと図式\n\u003cbr\u003e　第三節　一九二七年夏学期講義における存在論と現在の地平図式\n\u003cbr\u003e　第四節　一九二八年夏学期講義における形而上学と将来および既在の地平図式\n\u003cbr\u003e　第五節　人間中心主義と存在論的差異\n\u003cbr\u003e　第六節　地平の限界としての無\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二部　中期・後期思想における存在の中動媒体性と竈\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　人間の脱中心化と存在の中動媒体性\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　自己批判としての人間の脱中心化\n\u003cbr\u003e　第二節　エルアイクニスと中動媒体性\n\u003cbr\u003e　第三節　竈と中動媒体性──シェリングにおける「生命の竈」を手がかりに\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　竈の精神史──ニーチェを手がかりとして\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　竈、あるいは控えめな女神の精神史──古代ギリシアへ\n\u003cbr\u003e　第二節　ピュタゴラス学派の竈とその伝統\n\u003cbr\u003e　第三節　ギリシアの家とヘスティア──ふたたび古代へ\n\u003cbr\u003e　第四節　シュノイキア祭とアテナイの竈\n\u003cbr\u003e　第五節　神々の臨在と立ち去り、あるいは誕生と死\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　ハイデガーにおける竈の概観\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　一九三〇年代『黒ノート』における竈\n\u003cbr\u003e　第二節　一九三〇年代の講義における竈\n\u003cbr\u003e　第三節　竈とアレーテイア──一九六二年のテクストから\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第七章　『アンティゴネー』における竈めぐる彷徨\n\u003cbr\u003e　──あるいは人間の離心性について\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　デイノンとペレイン\n\u003cbr\u003e　第二節　パントポロスとアポロス\n\u003cbr\u003e　第三節　フュプシポリスとアポリス\n\u003cbr\u003e　第四節　パレスティオス──竈をめぐる非家郷者\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第八章　ヘルダーリンと竈\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　初期詩作における竈\n\u003cbr\u003e　第二節　『ヒュペーリオン』における竈\n\u003cbr\u003e　第三節　悲劇『エンペドクレスの死』におけるウェスタ\n\u003cbr\u003e　第四節　後期詩作における竈\n\u003cbr\u003e　第五節　竈と臍\n\u003cbr\u003e　第六節　Vesta／vest／Veste\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第九章　ヘルダーリン解釈における根源と竈の場所\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　家の竈\n\u003cbr\u003e　第二節　根源の意味としての覆蔵と発現\n\u003cbr\u003e　第三節　半神の居場所としての竈と〈時〉\n\u003cbr\u003e　第四節　詩人──あるいは夜を守り、夜を明かす者\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一〇章　イプノスの傍らで──ヘラクレイトスの竈の意味\n\u003cbr\u003e　はじめに\n\u003cbr\u003e　第一節　ヘラクレイトスに関する伝承の解釈\n\u003cbr\u003e　第二節　イプノスとヘスティア\n\u003cbr\u003e　第三節　ヘスティアとロゴス\n\u003cbr\u003e　むすび\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e結　論\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e注\n\u003cbr\u003e文献一覧\n\u003cbr\u003e事項索引\n\u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e小田切 建太郎\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e小田切建太郎\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eオタギリ ケンタロウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1984年長野県辰野町生まれ。2013年EuroPhilosophie: Erasmus Mundus Master Course «Philosophies allemande et française dans l'espace européen»（ユーロフィロソフィー：エラスムス・ムンドゥス・マスター・コース「ヨーロッパ圏におけるドイツとフランスの哲学」）（第5期）修了（トゥールーズ第二ル・ミライユ大学、ベルク大学ヴッパータール、プラハ・カレル大学）。2015–2017年立命館大学・日本学術振興会特別研究員（DC）、2016年「日本現象学会研究奨励賞」（第5回）受賞、2017年立命館大学大学院文学研究科人文学専攻哲学専修修了・博士（文学）、2017–2018年ウィーン大学客員研究員。現在、京都大学・日本学術振興会特別研究員（PD）、立命館大学衣笠総合研究機構間文化現象学研究センター客員研究員、立命館大学非常勤講師。\n\u003cbr\u003e著書：OTAGIRI, Kentaro, Horizont als Grenze: Zur Kritik der\n\u003cbr\u003ePhänomenalität des Seins beim frühen Heidegger (libri virides 19), Nordhausen: Traugott Bautz, 2014.  論文：「パイネスタイからエルアイクニスへ──ハイデガーにおける現象の中動──再帰的動態を再考する」（『現象学年報』第32号、2016年）ほか。翻訳：フェリクス・ハイデンライヒ「〈思索する〉と〈建築する〉──構築、脱構築、再構築」（『文明と哲学』第10号、2018年）ほか。\u003c\/p\u003e","brand":"小田切 建太郎：著\u003cbr\u003e2018年07月25日 刊行","offers":[{"title":"Default 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