{"product_id":"isbn978-4-588-31216-8","title":"北里柴三郎と感染症の時代","description":"\u003cp\u003e9784588312168\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-31216-8\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588312162\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-31216-2\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1021\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e北里柴三郎と感染症の時代\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキタサトシバサブロウトカンセンショウノジダイ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハンセン病、ペスト、インフルエンザを中心に\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハンセンビョウペストインフルエンザヲチュウシンニ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e細菌学や衛生学の分野で偉大な功績を残し、近代日本医学の父として知られる北里柴三郎。慢性伝染病であるハンセン病と結核、急性伝染病であるペストとインフルエンザ、そしてコレラやジフテリアなどに対し、北里および研究所員らはいかに向き合い、新たな知を発見しようと努めたか。現代の公衆衛生、コロナ・ワクチン、ハンセン病訴訟等と絡めつつ、そのプロセスを追いかけた日本医療社会史の到達点。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハンセン病などの感染症に北里柴三郎はいかに向き合ったか。第一人者の北里大学名誉教授が書き下ろす、日本医療社会史の到達点。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eハンセン病などの感染症に北里柴三郎はどう向き合ったか。現代の公衆衛生やコロナ・ワクチンの問題と絡めてその知られざる過程をたどる、日本医療社会史の到達点。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはじめに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第一章　北里柴三郎に訓導された田尻寅雄の癩病治療\n\u003cbr\u003e　一　伝染病研究所および養生園の設立\n\u003cbr\u003e　二　伝研員外助手を務めた田尻寅雄の癩病治療\n\u003cbr\u003e　三　第一次大戦が医薬品および留学生に与えた影響\n\u003cbr\u003e　四　医師会長北里の国家衛生理念にもとづく行動\n\u003cbr\u003e　五　田尻寅雄が筆記した「癩結核治療法」\n\u003cbr\u003e　六　効果の不確かな癩治療薬の続出が導いた癩患者隔離策\n\u003cbr\u003e　第一章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第二章　慰廃園と回春病院を支援した北里柴三郎\n\u003cbr\u003e　一　浮浪癩病人を収容する慰廃園の創設\n\u003cbr\u003e　二　病院化した慰廃園に派遣された医師たち\n\u003cbr\u003e　三　リデルの救癩活動を後援する大隈重信と渋沢栄一\n\u003cbr\u003e　四　法律第一一号と宣教師による救癩事業\n\u003cbr\u003e　五　北研理事宮島幹之助が書いた「回春病院募金趣意書」\n\u003cbr\u003e　六　回春病院癩菌研究所の医師たち\n\u003cbr\u003e　第二章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第三章　癩対策の世界的潮流から離れる日本\n\u003cbr\u003e　一　北里の癩病研究と治療実績\n\u003cbr\u003e　二　万国癩会議で語った北里の疫学調査と細菌学的研究\n\u003cbr\u003e　三　法律第一一号公布により設置された公立癩療養所\n\u003cbr\u003e　四　保健衛生調査会が聴取した公私立癩療養所長の意見\n\u003cbr\u003e　五　癩根絶をめざした「癩予防法」と無癩県運動\n\u003cbr\u003e　六　万国癩会議決議から距離を置いた日本\n\u003cbr\u003e　七　第四回万国癩会議以降の動向\n\u003cbr\u003e　第三章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第四章　急性伝染病ペストと衛生\n\u003cbr\u003e　一　相馬事件と検疫事業における高木友枝の働き\n\u003cbr\u003e　二　評判の高い血清療法を担った北里柴三郎\n\u003cbr\u003e　三　香港で発見されたペスト菌\n\u003cbr\u003e　四　ペスト菌騒動の終結\n\u003cbr\u003e　五　台湾に渡った後藤新平を支えた面々\n\u003cbr\u003e　六　ペスト防疫および啓蒙活動に走り回る北里柴三郎\n\u003cbr\u003e　七　台湾の衛生・医育・台湾電力に尽力する高木友枝\n\u003cbr\u003e　第四章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第五章　インフルエンザをめぐる北研と伝研の確執\n\u003cbr\u003e　一　伝研の文部省移管にみせた独立自尊の精神\n\u003cbr\u003e　二　内務省衛生局が記すインフルエンザの病原体\n\u003cbr\u003e　三　伝研長与又郎と北研志賀潔の間に起きたワクチン論争\n\u003cbr\u003e　第五章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第六章　学用患者と済生会\n\u003cbr\u003e　一　大逆事件が生んだ済生会の救療事業\n\u003cbr\u003e　二　済生会にみる学用患者の扱いと北里院長の対応\n\u003cbr\u003e　第六章のまとめ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e付　論　温泉養生の経済効果と衛生\n\u003cbr\u003e　一　患者が集中する熱海で訴えた北里の肺病対策\n\u003cbr\u003e　二　新たに認識された温泉の効用\n\u003cbr\u003e　三　伊東温泉に構えた北里別荘\n\u003cbr\u003e　四　田健治郎も望んだ伊東温泉の別荘\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e新村 拓\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e新村拓\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eシンムラ タク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e新村 拓（シンムラ タク）\n\u003cbr\u003e1946年静岡県生。早稲田大学大学院文学研究科博士課程に学ぶ。文学博士（早大）。高校教諭、京都府立医科大学教授、北里大学教授を経て北里大学名誉教授。著書に、『古代医療官人制の研究』（1983年）、『日本医療社会史の研究』（85年）、『死と病と看護の社会史』（89年）、『老いと看取りの社会史』（91年）──以上の4書にてサントリー学芸賞を受賞。『ホスピスと老人介護の歴史』（92年）、『出産と生殖観の歴史』（96年）、『医療化社会の文化誌』（98年）、『在宅死の時代』（2001年）、『痴呆老人の歴史』（02年）、『健康の社会史』（06年）、『国民皆保険の時代』（11年）、『日本仏教の医療史』（13年、矢数医史学賞を受賞）、『近代日本の医療と患者』（16年）、『売薬と受診の社会史』（18年、以上いずれも法政大学出版局）。編著に、『日本医療史』（06年，吉川弘文館）ほか。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「週刊読書人」（2024年07月26日号／住田朋久氏・評）に紹介されました\n\u003cbr\u003e「西日本新聞」（2024年07月27日付）に紹介されました\n\u003cbr\u003e「日本経済新聞」（2024年08月10日付／鈴木晃仁氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"新村 拓：著\u003cbr\u003e2024年05月27日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969777111328,"sku":"31216","price":3520.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588312168_0.jpg?v=1764202367","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-31216-8","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}