{"product_id":"isbn978-4-588-32608-0","title":"中国専門記者の日中関係史","description":"\u003cp\u003e9784588326080\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e978-4-588-32608-0\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e4588326082\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e4-588-32608-2\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e3021\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e中国専門記者の日中関係史\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eチュウゴクセンモンキシャノニッチュウカンケイシ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e太田宇之助を中心に\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eオオタウノスケヲチュウシンニ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e昭和戦前期の日本では、各新聞の中国専門記者は軍人、外交官の中国通と同等の分析力を持ち、自社の論説や世論を動かし、軍や政府の方針にも影響を与える存在だった。なかでも全面戦争を回避すべく、平等な日中関係の実現を訴えた太田宇之助は、同時代の中国メディアでも高い評価を受けた。その彼がなぜ戦争協力を決意したのか。彼の足跡を詳細に追い、両国の近現代史を考察する。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e世論だけでなく、軍や政府にも影響を与えた新聞記者・太田宇之助はなぜ戦争協力を決意したのか。その足跡から日中の近現代史を考察。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e世論を動かし、軍や政府の方針にも影響を与えた新聞記者・太田宇之助。平等な日中関係を訴えていた彼はなぜ戦争協力を決意したのか。その足跡から両国の歴史を考察。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e序章　日本における中国認識と太田宇之助 \u003cbr\u003e　第一節　中国専門記者とはどのような存在か \u003cbr\u003e　第二節　特異な中国論者としての太田 \u003cbr\u003e　第三節　先行研究の整理 \u003cbr\u003e　第四節　本書の課題と構成 \u003cbr\u003e　補　節　太田宇之助関係文書の散逸\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第1章　ある中国専門記者の誕生 \u003cbr\u003e　第一節　中国への関与の端緒 \u003cbr\u003e　第二節　中国南北和議問題と五・四運動 \u003cbr\u003e　第三節　聯省自治論への傾斜 \u003cbr\u003e　第四節　中国専門記者の国民革命観\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第2章　中国統一援助論と日中戦争前夜の中国認識の諸相 \u003cbr\u003e　第一節　第一次上海事変における報道戦 \u003cbr\u003e　第二節　柳条湖事件から盧溝橋事件までの中国認識 \u003cbr\u003e　第三節　一九三〇年代の中国論壇における太田の位相 \u003cbr\u003e　第四節　同時代中国における太田評価\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第3章　日中戦争における陸軍・汪兆銘政権への協力の実相 \u003cbr\u003e　第一節　日中戦争期の中国認識の変遷 \u003cbr\u003e　第二節　日中戦争下の中国認識と「事変解決策」の諸相 \u003cbr\u003e　第三節　支那派遣軍総司令部嘱託への就任 \u003cbr\u003e　第四節　汪政権強化策の策定 \u003cbr\u003e　第五節　太田の朝日退社――戦時下言論統制への失望\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第4章　対華新政策と江蘇省経済顧問期の活動 \u003cbr\u003e　第一節　対華新政策策定過程における重光葵との協働関係 \u003cbr\u003e　第二節　江蘇省経済顧問への就任 \u003cbr\u003e　第三節　田賦実物徴収・公糧収買政策をめぐる軍連絡部との軋轢 \u003cbr\u003e　第四節　対華新政策への固執――現地機構改革構想と繆斌工作の交叉\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第5章　戦後期の太田宇之助 \u003cbr\u003e　第一節　太田にとっての終戦 \u003cbr\u003e　第二節　総選挙出馬と駐日代表団の援助 \u003cbr\u003e　第三節　『中華日報』・『内外タイムス』社時代の太田宇之助 \u003cbr\u003e　第四節　戦後期の中国評論活動――「戦前派中国通」の退場 \u003cbr\u003e　第五節　太田宇之助の遺志――東京都太田記念館の開館\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e補章　日中戦争期中国の日本通ジャーナリストの対日認識 \u003cbr\u003e　　　――陳博生の軌跡 \u003cbr\u003e　はじめに \u003cbr\u003e　第一節　中央通訊社入社までの履歴――日本留学と『晨報』筆政 \u003cbr\u003e　第二節　日中戦争前夜における東京での記者活動 \u003cbr\u003e　第三節　日中戦争期の活動――和平運動への関与と重慶における敵情分析 \u003cbr\u003e　第四節　戦後の陳博生と対日和約問題 \u003cbr\u003e　おわりに\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e終章　太田宇之助と日中現代史 \u003cbr\u003e　第一節　太田の中国認識の軌跡 \u003cbr\u003e　第二節　太田をどう評価するか \u003cbr\u003e　第三節　今後の課題\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e太田宇之助年譜 \u003cbr\u003e参考文献 \u003cbr\u003eあとがき \u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e島田 大輔\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e島田大輔\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eシマダ ダイスケ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e島田 大輔（シマダ ダイスケ） \u003cbr\u003e1982年静岡県生。公益財団法人東洋文庫奨励研究員。 \u003cbr\u003e立命館大学文学部卒業。中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程満期退学。博士（社会科学）。 \u003cbr\u003e早稲田大学社会科学総合学術院助手，立命館大学立命館アジア・日本研究機構研究員，同専門研究員，早稲田大学社会科学総合学術院講師，日本学術振興会特別研究員（PD）を経て現職。 \u003cbr\u003e専門は，日本近現代史，日中関係史，メディア史。 \u003cbr\u003e主な業績：「日中戦争期における吉岡文六（東京日日新聞）の中国認識――蔣介石観を中心に」『東洋学報』第106巻第2号，2024年，「日中戦争期中国の日本通ジャーナリストの対日認識――陳博生（中央通訊社東京特派員・総編輯）の軌跡」『メディア史研究』第48号，2020年，「1930年代における太田宇之助の中国統一援助論」『東アジア近代史』第24号，2020年など。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e「Voice」（2025年06月号／奈良岡聰智氏・評）に紹介されました \u003cbr\u003e「中国学.com」（2025年09月09日／著者に聞く⑨――島田大輔さん）に紹介されました\u003cbr\u003e「みすず書房 読書アンケート 2025：識者が選んだ、この一年の本」（2026年02月16日発行／関智英氏・評）に紹介されました\u003cbr\u003e『日本歴史』（2026年07月号、第938号／望月雅士氏・評）に紹介されました\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e","brand":"島田 大輔：著\u003cbr\u003e2025年03月04日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969779274016,"sku":"32608","price":5390.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588326080_0.jpg?v=1764202583","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-32608-0","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}