{"product_id":"isbn978-4-588-49523-6","title":"回想のイスラーム","description":"\u003cp\u003e9784588495236\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e978-4-588-49523-6\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e4588495232\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e4-588-49523-2\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1023\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e回想のイスラーム\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eカイソウノイスラーム\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1832–1845\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e幕末史に名を残すフランスの外交官ロッシュ（1809‒1900）は、駐日公使着任以前、北アフリカのイスラーム世界を遍歴し、波瀾万丈の活動に従事していた。アルジェリア植民地の征服過程で、アラビア語に堪能な通訳として自身ムスリムを装い、対仏戦争の英雄アブデルカーデルの信頼を得たのちにやがて袂を分かった激動の年月を回想した自伝。批判的校訂を経た驚異の日本語全訳、詳細な解題・資料付。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e幕末史に名を残す外交官が、北アフリカのイスラーム世界を遍歴した若き日を回想した自伝。批判的校訂を経た驚異の邦訳、解題・資料付\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e幕末史に名を残す外交官ロッシュが、北アフリカのイスラーム世界で激動の日々を送っていた時代を回想した自伝。批判的校訂を経た驚異の日本語訳、解題・資料付。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e訳者はしがき　【矢田部厚彦】 \u003cbr\u003e凡　例\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e序　言 \u003cbr\u003eはしがき\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一巻　アルジェリアとアブデルカーデル\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一章　アルジェ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一節　家族と教育についての詳細 ／ アルジェの父の許に行くことへの嫌悪感 ／ アルジェ到着と第一印象 ／ ブラーハム・ラーイス \u003cbr\u003e第二節　ミティージャへの旅 ／ ナフィーサおばさんを訪ねる ／ ハディージャ ／ 両親が彼女を連れ去る \u003cbr\u003e第三節　結婚したハディージャとの再会 ／ アラビア語を学ぶ ／ ハディージャとの文通 \u003cbr\u003e第四節　ウマル・パシャの家族との関係 ／ ウマル・パシャについての概説 ／ スィーディー・ムハンマドの弟であり、 同じくラーッラ・ユムナーとウマル・パシャの息子であるスィーディー・ウマルとの交際 　 \u003cbr\u003e第五節　ミリヤーナでのウマル・パシャの家族 ／ ウマル・パシャとラーッラ・ユムナーとの息子で、スィーディー・ムハンマドの弟であるスィーディー・ウマルと私との交際 \u003cbr\u003e第六節　宣誓通訳・翻訳官に任命される ／ メデアに総督を置くためのクローゼル元帥遠征 ／ 遠征に同行する ／ ガステュ大尉の逸話 ／ 軍人になる希望を抱いてアルジェに帰る \u003cbr\u003e第七節　ハディージャの許に赴く ／ ハディージャの夫が彼女を連れ去る。彼女を追跡する計画 ／ アブデルカーデルの許に行く決心 ／ イスラーム教徒を装う\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二章　ミティージャとミリヤーナ滞在\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第八節　アルジェ出発 ／ バヌー・ムーサー族の許に滞在 \u003cbr\u003e第九節　ブー・ファーリーク近くのハウシュ・シャーウシュ ／ ヴェルジェ中尉 ／ ブリダ訪問 ／ ムフティー、ビル＝カースィム ／ アミールの密使 \u003cbr\u003e第十節　ヴェルジェ中尉との別れ ／ ハジュート族の山賊との遭遇 ／ ハジュートの首領ムハンマド・イブン・クスィーワルからの歓待 ／ ミリヤーナへの出発 \u003cbr\u003e第十一節　一八三七年十一月二十三日、ミリヤーナ到着 ／ ウマル・ウルド・ウマル・パシャの出迎え ／ 彼の打ち明け話 ／ ミリヤーナ当局訪問 \u003cbr\u003e第十二節　婚礼宴 ／ ウマル・パシャの寡婦訪問 \u003cbr\u003e第十三節　宗教的実践 \u003cbr\u003e第十四節　対フランス戦争についての悶着 ／ ハシーシュの夕べ ／ ズライハー \u003cbr\u003e第十五節　獅子の習性 \u003cbr\u003e第十六節　バラーズのスーク・アッ＝スラサー、一八三七年十二月 \u003cbr\u003e第十七節　ミリヤーナからの出発 ／ メデアでの夕べ ／ ブーイラのカーイドの話 ／ 一八三七年十二月十四日、十五日、ワヌーガ族の許でアミールの宿営地に到着\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第三章　アブデルカーデルの宿営地にて\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第十八節　フランスの制圧前、アルジェ太守領におけるトルコ人の状況 \u003cbr\u003e第十九節　アブデルカーデルの来歴 \u003cbr\u003e第二十節　一八三○年以後、とくに （一八三二年六月の） アブデルカーデルのスルタン就任後、一八三七年末、私がアミールの許に赴くまでのあいだにアルジェリアで生じた出来事 \u003cbr\u003e第二十一節　アブデルカーデルとの面会 ／ その横顔 \u003cbr\u003e第二十二節　アミールの政策 \u003cbr\u003e第二十三節　アミールの宿営地の記述 \u003cbr\u003e第二十四節　作戦中のスルタンの行進隊形 ／ 休憩および幕営地の撤収 \u003cbr\u003e第二十五節　ワーディー・ザイトゥーン ／ ザワーティナについての歴史的詳細 ／ 戦闘 ／ クルグリ婦女子の救出 ／ カーイド・バイラムの処刑 ／ 子供たちの介入 \u003cbr\u003e第二十六節　アブデルカーデルがザワーティナ人に対して取った態度の評価 ／ イブン・ファーハに関する概説 ／ カビール人の名目的服従 ／ カビール人首領の談話\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四章　トレムセンへの追放\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二十七節　一八三七年十二月二十六日、アミール宿営地からの出発 ／ マスカラ ／ ハリーファのハーッジ・ムスタファー・イブン・ティハーミー ／ ドーマ大尉への手紙 \u003cbr\u003e第二十八節　トレムセンに送られる ／ 真相いかん ／ アミールの兄、スィーディー・ムハンマド・サイード ／ ハリーファのスィーディー・ムハンマド・アル＝ブー・ハミーディー \u003cbr\u003e第二十九節　トレムセン到着 ／ 友への書簡 ／ ハーッジ・バシールの訪問 ／ 私の追放についての真相 ／ 精神的・肉体的苦痛 \u003cbr\u003e第三十節　　トレムセン ／ 死ぬ思い ／ イジドールの到着 ／ スィーディー・アブー・マドヤン訪問 \u003cbr\u003e第三十一節　アルジェリア在住の諸民族についてのハーッジ・バシールの情報 \u003cbr\u003e第三十二節　トレムセン ／ ブー・ハミーディーがハーッジ・バシールによる授業を禁止する ／ 逃亡計画 ／ 再逮捕 \u003cbr\u003e第三十三節　イブン・ヌーナ ／ 救出されたポーランド士官 \u003cbr\u003e第三十四節　メデアに向けて出発 ／ メデア到着\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第五章　メデア\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第三十五節　メデアのアブデルカーデル ／ アブデルカーデルとの会見 ／ アミール側近の人物に関する覚書 \u003cbr\u003e第三十六節　父の友人、ハーッジ・ブー・ズィヤーン ／ 父の到着 ／ 父とアブデルカーデルとの面接 \u003cbr\u003e第三十七節　スィード・ウマル・ウルド・ウマル・パシャに会う ／ 一八三八年五月十八日の新たな迫害 \u003cbr\u003e第三十八節　ブー・ハルシュファでアブデルカーデルに合流する ／ ターグダムトに追放されたクルグリに対する新たな迫害の報せ ／ ターグダムト到着 ／ ラーッラ・ユムナーに会う ／ ハディージャの消息 \u003cbr\u003e第三十九節　アブデルカーデルの私生活についての詳細\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第六章　アイン・マーディー攻略戦\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四十節　　砂漠についての覚書 ／ アルジェリアの各地帯の名称 ／ アブデルカーデル、アイン・マーディー攻撃を決意 ／ 一八三八年六月十二日出撃と決定 \u003cbr\u003e第四十一節　ターグダムト出発 ／ ターグダムトからアイン・マーディーへの道 ／ アミールからアイン・マーディーの主、スィーディー・ムハンマド・アッ＝ティジャーニーに向けた私の使命 \u003cbr\u003e第四十二節　スィーディー・ムハンマド・ティジャーニーとの会見 ／ 奇蹟的脱出 ／ ハディージャの計らいか？　 \u003cbr\u003e第四十三節　アブデルカーデルの許への帰営 ／ アイン・マーディの庭園攻撃 ／ アイン・マーディー包囲 ／ 突破 ／ 突撃不能 \u003cbr\u003e第四十四節　包囲戦の続き ／ タージュムート襲撃 \u003cbr\u003e第四十五節　坑道掘鑿の詭計 ／ ハンガリー人ハサン ／ 墓場の情景 ／ アブデルカーデルの催眠術 ／ 彼の恍惚　 \u003cbr\u003e第四十六節　坑道の完成と火薬の装填 ／ アミールの兄、スィーディー・ムハンマド・サイードの到着 \u003cbr\u003e第四十七節　アイン・マーディー降伏\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第七章　タージュムート、トゥッグルト、砂漠\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四十八節　タージュムート ／ 勲章 ／ アミールからサーリムを贈られる ／ マスウーダからハディージャの死を知らされる \u003cbr\u003e〔第四十九節　欠落〕 \u003cbr\u003e第五十節　　アル＝アルバーウのアガの許での滞在と狩猟 \u003cbr\u003e第五十一節　アラブの女主人との別れ。一八三八年十二月末 \u003cbr\u003e第五十二節　ティジャーニー、アイン・マーディーを去る ／ ハンガリー人ハサンの坑道が示した恐るべき威力 ／ ハディージャの墓での祈り ／ ヴァレー元帥に宛てた包囲戦の報告\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第八章　戦争準備\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第五十三節　ターグダムトへの帰還 ／ スィーディー・ブーズィードのマラブー ／ ミールード・イブン・アッラーシュの帰還 ／ アミール、追加条項批准を拒否する ／ アブデルカーデル、私に結婚を勧める ／ スルタンの母の病気 \u003cbr\u003e第五十四節　ブー・ハルシュファでの大評議 ／ 追加議定書批准獲得のためのド・サル少佐の任務 ／ アブデルカーデル、開戦を決意するがなお慎重。私の意見開陳 \u003cbr\u003e第五十五節　フランス王、王妃、内務大臣、軍務大臣への書簡 ／ 書簡が無駄になる ／ アミール、モロッコに使節を派遣 ／ 秘密任務 \u003cbr\u003e第五十六節　待ち伏せ ／ ターザー会合 ／ 聖戦 ／ 結婚 \u003cbr\u003e第五十七節　ビーバーン峠越え ／ ムスリムではないことをアブデルカーデルに告白する場面 \u003cbr\u003e第五十八節　逃亡準備 ／ ラーッラ・ユムナーへの別れ \u003cbr\u003e第五十九節　逃亡、そしてフィギエのフランス軍宿営地への到着\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第九章　オラン、アルジェへの帰還\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第六十節　　フィギエ守備隊長の受け入れ ／ オランでの受け入れ \u003cbr\u003e第六十一節　離縁書類 ／ アブデルカーデルへの手紙 ／ アルジェへの出発 ／ 開戦 \u003cbr\u003e第六十二節　一八三九年十一月十九日、アルジェ帰着 ／ パリに出発 ／ 伯母シャンパニュー夫人 ／ ティエール氏、私の原稿を保管 ／ 第一級通訳官に任命 ／ ドルレアン公爵の司令部付き \u003cbr\u003e第六十三節　アルジェ帰還 ／ ヴァレー元帥の命により王子の司令部付きからシュラム将軍付きに変属 ／ メデア、ミリヤーナ作戦 ／ ヴァレー元帥とともに同地へ物資を補給 ／ コレアへの左遷 ／ ビュジョー将軍と交代するヴァレー元帥に惜別の訪問 \u003cbr\u003e第六十四節　ビュジョー将軍の着任 ／ 将軍付きとなる。第一次メデア、ミリヤーナ作戦 \u003cbr\u003e第六十五節　ターグダムト遠征 ／ バヌー・アーミル族との通訳の一場面 ／ ターグダムトの砦とわが旧宅の廃墟を訪問 \u003cbr\u003e第六十六節　ビュジョー元帥、私にアルジェを離れる使命を与える ／ 一八四一年七月末、アルジェ出発 ／ メッカ旅行の予感\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二巻　エジプト、メッカ、ローマ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一章　カイラワーンとエジプト\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一節　チュニス ／ ド・ラゴー総領事 ／ 再びムスリムの服を着る ／ バザールとモスク ／ ティジャーニー師のザーウィヤ ／ ファトワー \u003cbr\u003e第二節　マルタ ／ ド・ファブルゲット領事 ／ プロスペル・メリメ ／ 友、ヴェルジェ大尉への最初の手紙：アレクサンドリア、カイロ、ファッラーフ \u003cbr\u003e第三節　カイロ ／ 副王に仕えるヨーロッパ人官吏たち ／ セーヴ将軍（スレイマン・パシャ） ／ 副王謁見 \u003cbr\u003e第四節　友ヴェルジェ大尉への二通目の手紙：副王が設立した諸学校への訪問、アルジェのアラブ学院構想、副王政府についての概括的評価およびファッラーフたちの状況 \u003cbr\u003e第五節　再びムスリムの服を着る ／ シャイフ・アッ＝トゥーニスィー ／ ジャーミウ・アル＝アズハルのマジュリス ／ ファトワー \u003cbr\u003e第六節　メッカ行きを決意する ／ 準備 ／ トゥーニスィー師の義兄、スィード・アル＝ハーッジ・ハサン ／ ビュジョー将軍宛ての書簡 \u003cbr\u003e第七節　メッカ行きの準備 ／ イジドールと別れる ／ カイロ出発 ／ アジュルードでハサン・イブン・アリーのキャラヴァンと合流\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二章　メディナ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第八節　カルア・アジュルードからヤンブウまでの旅 ／ キャラヴァンへの襲撃 ／ ヤンブウ ／ アルジェリア人巡礼者たちの惨めな状況 \u003cbr\u003e第九節　ヤンブウからメディナへの旅 ／ メディナの描写 ／ 預言者のモスク ／ 預言者の墓 \u003cbr\u003e第十節　ワッハーブ派についての概説 \u003cbr\u003e第十一節　預言者のモスクの描写の続き ／ 預言者の墓とその家族たちの墓について\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第三章　メッカ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第十二節　メディナ出発 ／ メディナからメッカへの道 ／ イフラーム ／ メッカに入る \u003cbr\u003e第十三節　巡礼の起源 ／ モスク ／ カアバ ／ バイト・アッラー ／ カアバ周辺の記念物 \u003cbr\u003e第十四節　メッカの神殿の描写の続き ／ 巡礼に課せられる宗教儀式 \u003cbr\u003e第十五節　カアバの内部訪問 ／ 巡礼者の搾取 ／ 巡礼の義務的儀式 \u003cbr\u003e第十六節　ターイフの大シャリーフに書簡を送る ／ メッカのバザール ／ メッカ周辺の聖地 \u003cbr\u003e第十七節　メッカからターイフへの旅 ／ 大シャリーフ、スィーディー・ムハンマド・イブン・アウンの接見 \u003cbr\u003e第十八節　大シャリーフとの私的謁見 ／ 彼の内話 \u003cbr\u003e第十九節　ターイフのマジュリス、ファトワーを批准する ／ 大シャリーフに暇を乞う ／ ターイフ概観 \u003cbr\u003e第二十節　一八四二年一月十六日、メッカに帰る ／ キャラヴァン到着 ／ 行列 ／ アラファート宿営 ／ 説教 \u003cbr\u003e第二十一節　アラファートで拉致される ／ ジェッダ ／ 紅海岸で乗船\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四章　ジェッダからアレクサンドリアへ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二十二節　フレネル氏の手紙 ／ ジェッダ出発 ／ クサイル到着 ／ 正直なモロッコ人 ／ ケナー着 　 \u003cbr\u003e第二十三節　ケナー ／ バザールのウラマー ／ ヨーロッパ人観光客 \u003cbr\u003e第二十四節　テーベの遺跡 ／ ケナー出発 \u003cbr\u003e第二十五節　ケナーからアレクサンドリアへの旅 ／ カーディーの裁判 ／ アレクサンドリア到着 \u003cbr\u003e第二十六節　イジドールとの再会 ／ イタリアの二檣横帆船ジョヴァンニ・バティスタ号に乗船 ／ スキアッフィーノ船長 ／ チヴィタヴェッキア到着\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第五章　ローマ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二十七節　チヴィタヴェッキアからローマへの旅 \u003cbr\u003e第二十八節　ローマ到着 ／ デイ・カノーニチ教会堂のミゼレーレ ／ ローマを訪問しての印象 ／ ジャコモ・イル・ナポリターノ \u003cbr\u003e第二十九節　ローマ在留フランス人名士による歓迎 \u003cbr\u003e第三十節　　わが回心 ／ 伯母シャンパニュー夫人への手紙摘要 \u003cbr\u003e第三十一節　聖職者となる計画 ／ イエズス会総長ロートハーン師に面会 ／ メッゾファンティ枢機卿訪問 ／ 法王に謁見 \u003cbr\u003e第三十二節　ビュジョー将軍からアルジェリア召喚令 ／ フランス大使からの連絡 ／ 法王の決定 ／ ローマを去る\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第六章　アフリカ作戦Ⅰ　挿話　一八四二 ／ 一八四四年\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第三十三節　ローマを去る ／ アルジェ帰着 ／ 総督、父、同僚たち、ムスリムの友人たちの出迎え \u003cbr\u003e第三十四節　ティジャーニーとの関係 ／ 密使の派遣 ／ アラブ人たちの不信 ／ アブデルカーデルへの手紙 ／ 感想 \u003cbr\u003e第三十五節　セバウーのハリーファにムフイー・アッ＝ディーン就任 ／ 一八四二年十月 \u003cbr\u003e第三十六節　ウマル・パシャの寡婦、ラーッラ・ユムナー ／ 一八四三年三月 \u003cbr\u003e第三十七節　スマーラ捕捉の報 ／ ビュジョー将軍の喜び ／ アムル・イブン・ファルハートの結婚 ／ 総督とドーマール公爵がイスラーム的正義尊重の模範を示す \u003cbr\u003e第三十八節　ムスタファー・イブン・イスマーイール将軍の死 ／ シャアバーン・ウルド・スィーディー・アル＝アリービーの手紙 ／ ムスタファー・イブン・イスマーイールについての概説 （一八四三年五月二十七日） \u003cbr\u003e第三十九節　バヌー・ウラーグ族についての挿話 ／ ワルスニス （一八四三年六月） \u003cbr\u003e第四十節　　養母への手紙 ／ ビュジョー将軍の元帥昇進 ／ レジオン・ドヌール・シュヴァリエ賞受章 ／ ハリーファ・アリーの元帥訪問 ／ ビュジョー元帥の修道会保護 ／ イエズス会に関する元帥の書簡 \u003cbr\u003e第四十一節　友人Ｍ・ド・Ｌ氏への手紙 ／ 一八三九年にターグダムトで結婚しなければならなかったラーッラ・バーヤ・ビント・アル＝ハーキム一家に一八四三年九月十一日再会 ／ 一八四三年十月十五日、かつてアレクサンドリアからチヴィタヴェッキアまで船に乗せてくれたスキアッフィーノ船長がアルジェに来る ／ 一八四三年十二月十日、従僕イジドールの死 ／ 愛馬サーリムをブー・ファーリークの種馬飼育所に譲与\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第七章　アフリカ作戦Ⅱ　挿話　一八四三年\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四十二節　一八四四年四月、ド・ボーモン氏、ド・コルセル氏とともにミティージャ視察 ／ アラブ人首領たちの言葉 ／ フランスの統治に関するハリーファ、スィーディー・アリーの意見 \u003cbr\u003e第四十三節　ド・ボーモン氏、ド・コルセル氏の節に続く、アラブ人首領からレオン・ロッシュ氏宛て一八七二年の書簡\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第八章　アフリカ作戦Ⅲ　挿話　一八四四年\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四十四節　国防省付きの従兄弟Ｘ少佐宛て書簡 ／ 一八四四年一月、アフリカ派遣軍が非難されている残虐行為について ／ 一八四四年三月、アフリカでの戦闘に関する元帥の意見 \u003cbr\u003e第四十五節　スィーディー・ムハンマド・アッ＝ティジャーニー ／ マレー＝モンジュ将軍に対する彼の対応 ／ 元帥はその機微な対応を理解 \u003cbr\u003e第四十六節　エナール大佐との遠征 ／ 高原地方の部族編成 ／ アイン・マーディとティジャーニーに関する詳細を伝えるデュリュー少佐からの手紙 \u003cbr\u003e第四十七節　カビール遠征についてのリヴェ大尉の手紙 ／ トレムセンのシャーウシュとの出会い ／ 元帥からの手紙 ／ エナール大佐の許を離れる ／ 元帥の幕営地に到着\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第九章　モロッコ作戦　一八四四年\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第四十八節　スィーディー・アル＝ワースィーニーでの会議と戦闘 ／ 敵対的交渉と会合 ／ 皇太子ムーレイ・ムハンマドの到着 \u003cbr\u003e第四十九節　アブデルカーデルの書簡 ／ ブー・ハミーディーとの会見 \u003cbr\u003e第五十節　　〔モロッコ〕皇太子の側近に対するアブデルカーデルの策略 ／ モロッコ軍の到着によってアルジェリア国境にもたらされた効果 ／ 沈着な元帥 ／ タンジェ砲撃 ／ イスリー川の戦い \u003cbr\u003e第五十一節　国防省付きの従兄弟、某少佐宛ての手紙（クドヤ・アブド・アッ＝ラフマーン、一八四四年八月十六日） ／ イスリー川の戦いに関する物語 ／ モリスの逸話 \u003cbr\u003e第五十二節　モロッコ皇太子の使節に休戦を認める ／ 皇帝の皇太子宛て書簡発見 \u003cbr\u003e第五十三節　モロッコ作戦からアルジェに帰還した元帥、アルジェ地方のアラブの首領たちを観閲し、彼らを総督官邸に招待する\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第十章　パリおよびタンジェ出張\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第五十四節　ダッリス作戦 ／ アラブ首領一行をパリに引率 \u003cbr\u003e第五十五節　ビュジョー元帥とド・ラモリシエール将軍との不和という謬説 ／ ビュジョー元帥とアミールとの比較について \u003cbr\u003e第五十六節　二人のムスリム人士によるアブデルカーデル評 \u003cbr\u003e第五十七節　モロッコ国境劃定\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第一巻補遺\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eⅠ　一八四六年一月、 『アフバール』紙からの抜粋 \u003cbr\u003eⅡ　その末裔がアブデルカーデルのもっとも著名なハリーファの一人だったアウラード・スィーディー・ムバーラクのマラブーたちの伝説。彼は戦死し、一八四三年、その首はアルジェに運ばれた。 \u003cbr\u003eⅢ　アミール・アブデルカーデルの印璽および称号 \u003cbr\u003eⅣ　アミールのハリーファ \u003cbr\u003eＶ　アミールの正規軍 \u003cbr\u003eⅥ　士官の識別章 \u003cbr\u003eⅦ　常時アミールの傍らにいる官吏一覧 \u003cbr\u003eⅧ　アミール・アル＝ハーッジ・アブデルカーデル治下における諸税および徴税法についての概説\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e第二巻補遺\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eⅠ　アルジェのフランス・アラブ学院設立についての報告 \u003cbr\u003eⅡ　元帥の声明に対するハシム族の回答 \u003cbr\u003eⅢ　ハリーファ、イブン・アッラール・ウルド・スィーディー・ムバーラクの書簡 \u003cbr\u003e書　簡　一八四八年から一八八三年までにアミール・アブデルカーデルとレオン・ロッシュ氏とのあいだに交わされた多数の書簡から選んだ十九通のフランス語訳\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e訳者あとがき　【矢田部厚彦】\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e解　題　　【杉田英明】\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e凡例細則 \u003cbr\u003e引用・参照文献一覧 \u003cbr\u003e《参考資料１》アルジェのデイ一覧 \u003cbr\u003e《参考資料２》アフリカ派遣軍総司令官およびアルジェリア総督一覧 \u003cbr\u003e《参考資料３》アブデルカーデルの行政制度（一八三七─三九年）\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eレオン・ロッシュ関連年表 \u003cbr\u003e関連地図\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e集団名索引 \u003cbr\u003e地名索引 \u003cbr\u003e人名索引\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eレオン・ロッシュ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eロッシュ レオン\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eレオン・ロッシュ （Léon Roches） \u003cbr\u003e1809年、フランス南東部の町グルノーブル出身。1832年、22歳のときフランス侵攻から2年後のアルジェリアに渡ってアラビア語を学習し、同地で宣誓通訳官の資格で従軍。対仏抗争の英雄アブデルカーデルとの休戦協定成立後の37年、ムスリムとして単身その陣営へ赴き主君の厚い信頼を得るが、2年後の休戦破綻時に仏陣営に復帰、ビュジョー将軍の下で再び多くの重要な遠征に参加し、軍通訳官の業務の範囲を越えた貢献をする。その後密命を帯びて再度ムスリムを装い、エジプトをはじめイスラーム世界各地を遍歴、ローマでの回心体験を経て42年アルジェ帰任。45年、モロッコとアルジェリアの国境劃定交渉への関与を契機に外交畑への転身を決意し、翌年タンジェのモロッコ総領事館の書記官、49年駐トリエステ一等領事、52年駐トリポリ総領事、55年駐チュニス総領事を歴任、63年駐江戸総領事兼代理公使に任命されて翌年来日。在任中の4年間は徳川幕府を支援してフランス勢力の拡充に努め、倒幕派や薩長勢力を支持したイギリス公使パークスと激しく対立した。68年全権公使に昇格、休職扱いとなり帰国、70年退官。84–85年に本書『回想のイスラーム』刊行。1900年にボルドーで歿。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e矢田部 厚彦\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e矢田部厚彦\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eヤタベ アツヒコ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e矢田部 厚彦（ヤタベ アツヒコ） \u003cbr\u003e1929年東京出身。1951年度外交官領事官採用試験合格、1952年東京大学法学部（旧制）中退、外務省入省。1981–83年駐ヴェトナム大使、1987–89年駐オーストリア大使、1990–92年駐ベルギー大使を歴任し、1992–94年の駐フランス大使を最後に退官。2024年4月逝去。 \u003cbr\u003e著書＝『核兵器不拡散条約論──核の選択をめぐって』（有信堂、1971年）、『ある大使の生活と意見──ハノイにて』（読売新聞社、1984年）、『宰相ミシェル・ド・ロピタルの生涯──あるルネサンス政治家と良心の自由』（同、1985年）、小説『贋十日物語──遍歴奇譚』（スリーエーネットワーク、1994年、筆名・綾部克人）、『ヴェトナムの時』（同、1995年）、『東西遊記』（鳥影社、2001年）、『職業としての外交官』（文春新書、2002年）、『日本外交とは何か──その歴史と精神』（平凡社、2005年）、『敗北の外交官ロッシュ──イスラーム世界と幕末江戸をめぐる夢』（白水社、2014年）、掌説『ユッコちゃんとモンキアゲハ──昭和十二年夏の想い出』（牧歌舎東京本部、2018年）。 \u003cbr\u003e共著＝『フランス今昔──その知られざるプロフィール』（鹿島平和研究所編、勉誠出版、2003年）、『憶ひ出の記──或る家族の明治・大正・昭和』（矢田部会、2007年）。 \u003cbr\u003e訳書＝B. ゴールドシュミット『秘録 核開発をめぐる国際競争』（毎日新聞社、1970年）、A. コルナイユ『幕末のフランス外交官──初代駐日公使ベルクール』（ミネルヴァ書房、 2008年）、R. シムズ 『幕末・明治日仏関係史──1854～1895年』（同、2010年）。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e杉田 英明\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e杉田英明\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eスギタ ヒデアキ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e杉田 英明（スギタ ヒデアキ） \u003cbr\u003e1956年東京出身。比較文学比較文化・中東地域文化研究専攻。東京大学名誉教授。 \u003cbr\u003e著書＝『事物の声 絵画の詩──アラブ・ペルシア文学とイスラム美術』（平凡社、1993年）、『日本人の中東発見──逆遠近法のなかの比較文化史』（東京大学出版会、1995年）、『葡萄樹の見える回廊──中東・地中海文化と東西交渉』（岩波書店、2002年）、『アラビアン・ナイトと日本人』（同、2012年） \u003cbr\u003e編著書＝『前嶋信次著作選』全4巻（平凡社東洋文庫、2000–2001年） \u003cbr\u003e訳書＝E.W.サイード『パレスチナ問題』（みすず書房、2004年）\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eレオン・ロッシュの破天荒な自叙伝、『回想のイスラーム 1832–1845』（矢田部厚彦訳、杉田英明編集・校訂）をついに刊行します！\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e「週刊読書人」（2025年11月14日号／澤田直氏・評）に紹介されました\u003c\/p\u003e","brand":"レオン・ロッシュ：著, 矢田部 厚彦：訳, 杉田 英明：編集・校訂\u003cbr\u003e2025年08月12日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969781600544,"sku":"49523","price":17600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588495236_0.jpg?v=1764203964","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-49523-6","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}