{"product_id":"isbn978-4-588-60256-6","title":"ケアのリアリティ","description":"\u003cp\u003e9784588602566\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-60256-6\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e458860256X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-60256-X\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1336\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eケアのリアリティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eケアノリアリティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e境界を問いなおす\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eキョウカイヲトイナオス\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e現代社会研究叢書\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e〈ケア〉と呼ばれるなかには、看護、介護、介助、支援、援助、サポートなど、複数の選択肢が含まれている。こうしてケアは、その内部ではさまざまな分割線によって切り分けられると同時に、その外部に対する多層的な境界線によって区分されている。本書は、さまざまな現場でなされているケアの営みから、そこに生じる諸問題を検証しつつ、ケアのもつリアリティと可能性を探究する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eさまざまな現場でなされている〈ケア〉の営みからそこに生じる諸問題や外部との境界を検証し、ケアのリアリティと可能性を探究する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eさまざまな現場でなされている〈ケア〉の実践を通して、その営みの内部と外部に引かれる境界とそこに生じる諸問題を検証し、ケアのリアリティと可能性を探究する。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eはじめに　（鈴木 智之）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　〈場〉の力──ケア行為という発想を超えて（三井 さよ）\n\u003cbr\u003e一　〈場〉という発想\n\u003cbr\u003e二　〈場〉がなしうること\n\u003cbr\u003e三　〈場〉の力を育む工夫や仕組み\n\u003cbr\u003e四　ケア行為という発想の限界\n\u003cbr\u003e五　〈場〉にケア提供者はどう働きかけるのか\n\u003cbr\u003e六　ケア行為という発想を超えて\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　名付けられぬものとしての「介助」── 障害の親をもつ子どものリアリティ（土屋　葉）　\n\u003cbr\u003e一　子どもは介助に「慣れて」いるのか？\n\u003cbr\u003e二　子どもが行なう「あたりまえの行為」\n\u003cbr\u003e三　有償の介助者として働くことと、その葛藤\n\u003cbr\u003e四　子どもにとって「介助」とは\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　アイデンティティを保ち作るケア──若年認知症の人の新しい社会関係と自己への移行をめぐって（井口 高志）\n\u003cbr\u003e一　「その人らしさ」を保ち作ろうとする家族と本人\n\u003cbr\u003e二　デイサービスAに集う人々の語り\n\u003cbr\u003e三　本人のアイデンティティを保ち作る\n\u003cbr\u003e四　家族によるアイデンティティの維持から見えてくること\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　受ける側からみる「介護」──ホームヘルプサービスを利用する高齢者の語りから（齋藤 曉子）\n\u003cbr\u003e一　「介護」の多様化と受ける側の意識\n\u003cbr\u003e二　インタビュー調査の概要\n\u003cbr\u003e三　「介護」を受けることの認識\n\u003cbr\u003e四　「介護」に何を求めるのか？──「仕事」と「会話」の狭間で\n\u003cbr\u003e五　家族や近隣の人による「介護」\n\u003cbr\u003e六　受ける側にとっての「介護」\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　遠距離介護と同居問題──「なぜ？」はどのように語られるのか（中川　敦）\n\u003cbr\u003e一　遠距離介護の社会学に向けて\n\u003cbr\u003e二　家族介護研究における「なぜ？」\n\u003cbr\u003e三　なぜUターン同居をしないのか？\n\u003cbr\u003e四　なぜ呼び寄せ同居をしないのか？\n\u003cbr\u003e五　遠距離介護のリアリティ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　悲しむ主体としての看護師──遺族ケアの手前で考えるべきこと（鷹田 佳典）\n\u003cbr\u003e一　医療従事者による「遺族ケア」の前提を問いなおす\n\u003cbr\u003e二　患者の死を経験する\n\u003cbr\u003e三　遺族との関わりの継続とその困難\n\u003cbr\u003e四　悼む過程をともに\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　未決の問いとしてのがん告知──その後を生きる患者の語りから（田代 志門）\n\u003cbr\u003e一　病院から在宅へ\n\u003cbr\u003e二　日本におけるがん告知\n\u003cbr\u003e三　在宅がん患者の告知体験の語り\n\u003cbr\u003e四　告知後のケアを考える\n\u003cbr\u003e五　「個人誌の断絶」を生きる困難\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第8章　死にゆこうとする身体のために──応答としてのケアとその臨界（鈴木 智之）\n\u003cbr\u003e一　呼びかけに応えるということ\n\u003cbr\u003e二　父の最後の二日間について\n\u003cbr\u003e三　そこに「人がいる／いない」ということ\n\u003cbr\u003e四　剥き出しの身体\n\u003cbr\u003e五　その身体の傍らに居続けるために\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき　\n\u003cbr\u003e人名・事項索引\n\u003cbr\u003e執筆者紹介\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e三井さよ・鈴木智之編『ケアとサポートの社会学』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e［執筆者紹介］（執筆順）\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木 智之（スズキ　トモユキ）［はじめに、第8章］＊編者\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e三井 さよ（ミツイ　サヨ）［第1章］＊編者\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e土屋　葉（ツチヤ　ヨウ）［第2章］\n\u003cbr\u003e1973年生まれ。現在、愛知大学文学部准教授。\n\u003cbr\u003e主な論文に、「『障害者』と『非障害者』を隔てるもの」好井裕明編『差別と排除の社会学』（有斐閣、2009年）43-163頁、「『真実の感動物語』を読み解く」倉本智明編著『手招くフリーク』（生活書院、2010年）18-43頁、「『ふつうの家族』の物語─身体障害をもつ親のもとで育った子どもの語りから」『愛知大学文学論叢』142号（2010年）、117-134頁。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e井口　高志（イグチ　タカシ）［第3章］\n\u003cbr\u003e1975年生まれ。現在、奈良女子大学生活環境学部准教授。\n\u003cbr\u003e主な著書・論文に、『認知症家族介護を生きる─新しい認知症ケア時代の臨床社会学』（東信堂、2007年）、「新しい認知症ケア時代のケア労働─全体的にかつ限定的に」仁平典宏・山下順子編『労働再審　第5巻　ケア・協働・アンペイドワーク─揺らぐ「労働」の輪郭』（大月書店、2011年）、「医療の論理が認知症ケアにもたらすもの─あるデイサービスの試みを事例にした探索的研究」『福祉社会学研究』9号（2012年5月掲載）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e齋藤　曉子（サイトウ　アキコ）［第4章］\n\u003cbr\u003e1975年生まれ。現在、日本学術振興会特別研究員（RPD）。\n\u003cbr\u003e主な論文に、「発展途上国におけるケア・ダイアモンド─ UNRISD の6カ国調査から」『海外社会保障研究』170号（2010年）、20-30頁、「高齢者のニーズ生成のプロセス─介護保険サービス利用者の語りから」上野千鶴子・中西正司編『ニーズ中心の福祉社会へ』（医学書院、2008年）70-90頁、「高齢者・家族・サービス提供者の相互関係分析─夫婦間介護におけるサービス〈受容〉のプロセス」『社会政策研究』第7号（2007年）、176-196頁。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e中川　敦（ナカガワ　アツシ）［第5章］\n\u003cbr\u003e1976年生まれ。現在、島根県立大学総合政策学部講師。\n\u003cbr\u003e主な論文に、「『愛の労働』としての『遠距離介護』─母親が要介護状態にある老親夫婦への通いの事例から」『家族研究年報』33号（2008年）、75-87頁、「実の娘による『遠距離介護』経験と《罪悪感》─男きょうだいの有無による老親介護責任配分の位相」三井さよ・鈴木智之編『ケアとサポートの社会学』（法政大学出版局、2007年）37-71頁、「実の娘による『遠距離介護』経験ときょうだい関係─なぜ男きょうだいを持つ娘が通うのか」『家族研究年報』31号（2006年）、42-55頁。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鷹田　佳典（タカタ　ヨシノリ）［第6章］\n\u003cbr\u003e1975年生まれ。現在、早稲田大学人間科学学術院助手。\n\u003cbr\u003e主な著書・論文に、『小児がんを生きる─親が子どもの病いを生きる経験の軌跡』（ゆみる出版、2012年）、「故人との絆はいかにして継続されるのか」『年報社会学論集』19号（2006年）、177-188頁、「病いをめぐる不確かさとその軌跡─小児がんの子どもを持つ親を事例として」『ソシオロジ』55巻3号（2011年）、85-101頁。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e田代　志門（タシロ　シモン）［第7章］\n\u003cbr\u003e1976年生まれ。現在、昭和大学研究推進室講師。\n\u003cbr\u003e主な著書・論文に、『研究倫理とは何か─臨床医学研究と生命倫理』（勁草書房、2011年）、「死の臨床における世代継承性の問題─ある在宅がん患者のライフストーリー」桜井厚・山田富秋・藤井泰編『過去を忘れない─語り継ぐ経験の社会学』（せりか書房、2008年）、「『看取り』を支える市民活動─ホスピスボランティアの現場から」清水哲郎編『高齢社会を生きる─老いる人／看取るシステム』（東信堂、2007年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e三井 さよ\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e三井さよ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eミツイ サヨ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1973年生まれ。現在、法政大学社会学部准教授。\n\u003cbr\u003e主な著書に、『ケアの社会学─臨床現場との対話』（勁草書房、2004年）、『看護とケア─心揺り動かされる仕事とは』（角川学芸出版、2010年）、『ケアとサポートの社会学』（共編著、法政大学出版局、2007年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e鈴木 智之\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e鈴木智之\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eスズキ トモユキ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1962年生まれ。現在、法政大学社会学部教授。\n\u003cbr\u003e主な著訳書に、『村上春樹と物語の条件』（青弓社、2009年）、『ケアとサポートの社会学』（共編著、法政大学出版局、2007年）、A. W. フランク著『傷ついた物語の語り手─身体・病い・倫理』（ゆみる出版、2002年）。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「出版ニュース」（2012年7月上旬号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「看護管理」（2012年7月号）に紹介されました。\n\u003cbr\u003e「家族社会学研究」（第25巻第1号、2013年4月／中西泰子氏・評）に紹介されました。\u003c\/p\u003e","brand":"三井 さよ：編著, 鈴木 智之：編著\u003cbr\u003e2012年05月02日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969617432864,"sku":"60256","price":3300.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588602566_0.jpg?v=1764204115","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-60256-6","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}