{"product_id":"isbn978-4-588-62523-7","title":"植民地独立の起源","description":"\u003cp\u003e9784588625237\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e978-4-588-62523-7\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4588625233\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e4-588-62523-3\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e3031\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e植民地独立の起源\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eショクミンチドクリツノキゲン\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランスのチュニジア・モロッコ政策\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランスノチュニジアモロッコセイサク\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1960年は次々にアフリカ諸国が独立を果たし，「アフリカの年」と呼ばれた。その引き金を引いたのが、1956年に独立したチュニジアとモロッコである。フランスはなぜどこよりも早く独立を承認するという政治的選択をし、ヨーロッパ帝国の解体を導いたのか。旧植民地の支配層と英米や国連、世界各国を巻き込んだ駆け引きの一部始終を、膨大な資料から浮かび上がらせる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランスはなぜいち早く植民地の独立を認め、ヨーロッパ帝国の解体を導いたのか。膨大な資料から浮かび上がる英米や各国の駆け引き。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eフランスはなぜいち早く植民地の独立を承認し、ヨーロッパ帝国の解体を導いたのか。英米や国連、世界各国を巻き込んだ過程を、膨大な資料から浮かび上がらせる。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e序　章　脱植民地化と独立\n\u003cbr\u003e　第一節　問題の所在\n\u003cbr\u003e　第二節　本書の分析視角\n\u003cbr\u003e　第三節　本書の構成と用語説明\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第1章　英仏の植民地政策と独立前史\n\u003cbr\u003e　第一節　第二次大戦後の英仏の植民地政策\n\u003cbr\u003e　第二節　一九四九年までのフランスのチュニジア・モロッコ政策\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第2章　ブルギバの七原則とフランス・チュニジア交渉　1950年－1951年\n\u003cbr\u003e　第一節　フランスとチュニジアの対立\n\u003cbr\u003e　第二節　フランス案の発表\n\u003cbr\u003e　第三節　共同主権の覚書\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第3章　スルタンによる独立の要求　1950年10月－1951年12月\n\u003cbr\u003e　第一節　スルタンの覚書\n\u003cbr\u003e　第二節　アラブ諸国の動きと仏米交渉\n\u003cbr\u003e　第三節　国連での討議\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第4章　チュニジア問題の国連討議　1952年1月－12月\n\u003cbr\u003e　第一節　ブルギバの帰国\n\u003cbr\u003e　第二節　安保理における討議\n\u003cbr\u003e　第三節　総会の特別会期\n\u003cbr\u003e　第四節　総会における討議\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第5章　スルタンの廃位　1952年1月－1953年8月\n\u003cbr\u003e　第一節　国連の討議とカサブランカ虐殺事件\n\u003cbr\u003e　第二節　伝統主義者の反発\n\u003cbr\u003e　第三節　フランスによる廃位\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第6章　チュニジアの国内自治　1953年1月－1955年6月\n\u003cbr\u003e　第一節　フランスの緊張緩和政策\n\u003cbr\u003e　第二節　一九五四年三月改革\n\u003cbr\u003e　第三節　カルタゴ宣言\n\u003cbr\u003e　第四節　二国間交渉とフェラガ問題\n\u003cbr\u003e　第五節　フランス・チュニジア規約\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第7章　モハメド五世の復位　1953年8月－1955年10月\n\u003cbr\u003e　第一節　テロリズムと停滞\n\u003cbr\u003e　第二節　ラコスト計画\n\u003cbr\u003e　第三節　グランヴァル計画とエクス・レ・バン会議\n\u003cbr\u003e　第四節　アラファの退位\n\u003cbr\u003e　第五節　王位評議会\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第8章　モロッコの独立　1955年10月－1956年5月\n\u003cbr\u003e　第一節　モハメド五世の復位と組閣\n\u003cbr\u003e　第二節　仏モロッコ議定書\n\u003cbr\u003e　第三節　外交関係の樹立\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e第9章　チュニジアの独立　1955年6月－1956年6月\n\u003cbr\u003e　第一節　ブルギバとサラ・ベン・ユーセフの対立\n\u003cbr\u003e　第二節　ネオ・ドゥストゥール党全国大会\n\u003cbr\u003e　第三節　フランス・チュニジア議定書\n\u003cbr\u003e　第四節　外交関係の樹立\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e終　章　チュニジア・モロッコの独立とその後\n\u003cbr\u003e　第一節　フランスの政策転換と「実効的な協力者」\n\u003cbr\u003e　第二節　国内自治と国際的要因\n\u003cbr\u003e　第三節　独立と「実効的な協力者」\n\u003cbr\u003e　第四節　第三世界諸国の独立\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eあとがき\n\u003cbr\u003e略年表\n\u003cbr\u003e索引\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e松沼美穂著『植民地の〈フランス人〉』\n\u003cbr\u003eA.メンミ著／菊地昌実・白井成雄訳『脱植民地国家の現在』\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e池田 亮\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e池田亮\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eイケダ リョウ\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e1970年生まれ。1997年、一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。2006年、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）国際関係学部博士課程修了。Ph.D. 関西外国語大学英語キャリア学部准教授。専門は国際関係論、国際関係史。主要業績として、‘The Paradox of Independence: The Maintenance of Influence and the French Decision to Transfer Power in Morocco,’ The Journal of Imperial and Commonwealth History, vol. 35, issue 4, 2007；「帝国かヨーロッパか──チュニジア国内自治とフランスの対ヨーロッパ統合政策」山内進編『フロンティアのヨーロッパ』（国際書院、2008年）；「スエズ危機と1950年代中葉のイギリスの対中東政策」『一橋法学』第7巻第2号（2008年）など。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e奥定泰之\u003c\/p\u003e","brand":"池田 亮：著\u003cbr\u003e2013年02月06日 刊行","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":50969622380832,"sku":"62523","price":6160.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0942\/0931\/1008\/files\/9784588625237_0.jpg?v=1764204645","url":"https:\/\/www.h-up.com\/products\/isbn978-4-588-62523-7","provider":"一般財団法人法政大学出版局","version":"1.0","type":"link"}