医療と戦時下の暮らし
不確かな時空を生きる

四六判 / 610ページ / 上製 / 価格 5,500円 (消費税 500円) 
ISBN978-4-588-31215-1 C1021 [2022年07月 刊行]

内容紹介

軍需優先の戦時体制のもとで生じた医療者や医薬品の不足は、いかに銃後の傷病人を苦しめ、多くの命を奪うことになったのか。そして、戦時下に形成された医療体制は戦後どのような展開を遂げ、コロナ禍の現代とつながっているのか。戦時という不確かな時空を生きた人びとの膨大な証言・体験・記憶に基づき、非常時の暮らしを精緻に描き出す。日本医療社会史の第一人者による集大成の書。

著訳者プロフィール

新村 拓(シンムラ タク)

1946年静岡県生。早稲田大学大学院文学研究科博士課程に学ぶ。文学博士(早大)。高校教諭、京都府立医科大学教授、北里大学教授を経て北里大学名誉教授。著書に、『古代医療官人制の研究』(1983年)、『日本医療社会史の研究』(85年)、『死と病と看護の社会史』(89年)、『老いと看取りの社会史』(91年)──以上の4書にてサントリー学芸賞を受賞。『ホスピスと老人介護の歴史』(92年)、『出産と生殖観の歴史』(96年)、『医療化社会の文化誌』(98年)、『在宅死の時代』(2001年)、『痴呆老人の歴史』(02年)、『健康の社会史』(06年)、『国民皆保険の時代』(11年)、『日本仏教の医療史』(13年、矢数医史学賞を受賞)、『近代日本の医療と患者』(16年)、『売薬と受診の社会史』(18年、以上いずれも法政大学出版局)。編著に、『日本医療史』(06年,吉川弘文館)ほか。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

第一章 統制に翻弄される薬業界と消費者
 第一節 人びとを買溜めに走らせた薬飢饉
  一 薬局を潤す値上げとサルファ剤の発売
  二 廃業を招いた薬不足と店員欠乏
 第二節 見直される伝統医療
  一 国保施行に反対する売薬協会の言い分
  二 日本医学の確立を叫ぶ声
  三 洋薬不足を補う伝統薬と業界再編
 第三節 戦時統制下の製薬 戦後の医薬品貿易
  一 原料不足で頭打ちとなった製薬
  二 医薬品の物資動員計画
  三 精神論に傾く計画 製薬企業の統廃合
  四 医薬品生産の軍需優先に困惑する国民
  五 企業の苦境を救う特別経理会社指定
  六 戦後に再導入した医薬品統制
  七 外資導入を図る大手製薬企業
  八 GHQ管理の医薬品貿易
  九 開始された民間貿易と医薬品
 第四節 サルファ剤に取って代わるペニシリン
  一 観念的日本主義に傾いた科学技術振興策
  二 情報と石炭不足が招く開発の遅れ
  三 駐留軍の性病対策に回されたペニシリン
  四 ペニシリン価格の下落

第二章 疲弊した医師 激変する戦後医療
 第一節 繁多な業務と薬不足に悩む医師
  一 能力申告から業務従事命令へ
  二 続出する病医院の休廃業と関係者の疎開
  三 悲鳴をあげる多忙な開業医
  四 戦時下に増えつづける病と減る病
  五 医薬品配給を担う「医師隣組」
  六 戦後社会に溢れ出た引揚医師と粗悪な薬
  七 医療費支出が増える給料生活者
 第二節 内地勤務となった軍医の生活
  一 志願を要請された軍医予備員候補者
  二 内地の連隊区軍医が担う業務内容
  三 軍規弛緩した敗戦時の軍隊
  四 備蓄品を持ち出す兵に向けられた視線
  五 栄養剤・ヒロポンで乗り切った日々
  六 軍医給料と開業収入による暮らし
 第三節 生阿片の生産と麻酔薬
  一 不足する麻酔薬 増産に励む生阿片
  二 麻薬・メチルアルコールの取締り
 第四節 医師速成からの転換を迫る戦後医学教育
  一 分化した医学教育と医療レベルの二極化
  二 噴出する医師速成の弊害
  三 疎開で苦労した医専
  四 医学教育改革と米国医学礼賛
  五 国試とインターン制度導入に困惑
  六 存廃の岐路に立たされた医専
 第五節 激変する医療環境
  一 死生観の転換を迫った罹災死体処理
  二 需給逼迫の看護婦・付添婦・女中
  三 自炊から給食に向かう戦後の入院療養
  四 国立病院に残った嫌な雰囲気
  五 民間に任された戦後医療提供体制

第三章 体力増進と人口増殖に注力した総力戦
 第一節 健康・保健報国を求める健民運動
  一 人的物的資源の統制
  二 国家管理となる青少年の体力
  三 乳幼児死亡対策に奔走する保健婦
  四 人的資源培養の鍵となった結核対策
  五 大政翼賛会厚生部が取り組む医界新体制
  六 厚生運動としての温泉利用
 第二節 兵士の供給地を支える医療のあり方
  一 関係者の不評を買った健保の施行
  二 窮乏農村における時局匡救事業と医療
  三 妨害を受けた実費診療所・医療利用組合
  四 国保組合代行を認められた医療利用組合
  五 皆保険に向けた国保の展開と厚生省
  六 総力戦を担う改正健保と国保整備
  七 実質の乏しい国民皆保険体制
  八 有名無実化した戦後の保険診療
 第三節 日本医療団への期待と反発
  一 医師会が反発した医薬制度改善方策
  二 日本医療団が求める医療のあり方
  三 保健婦を活用した無医村対策
  四 日本医療団の改革案と解散

第四章 結核と梅毒を拡散させた貧困と戦争
 第一節 結核対策に注力した軍部と厚生省
  一 粗食により患者も逃げ出す公立結核療養所
  二 帯患帰郷の結核女工・少年工と軍隊結核の拡大
  三 結核要注意・筋骨薄弱者を鍛錬する健民修錬所
  四 結核療養所を代替する安上がりの奨健寮
  五 戦後医療・福祉に重くのしかかった結核
 第二節 兵士とその家族が負った重荷
  一 壮丁・女工・芸妓に蔓延する花柳病
  二 学業短縮から前倒しの徴兵検査へ
  三 応召者と家族を追い詰める経済不安
  四 出征兵士に慰問袋 傷病兵に温泉療養
  五 留守家族・遺家族らが受ける扶助と医療
  六 本土送還となった傷病兵の療養事情
  七 傷痍軍人や遺族らの戦後

第五章 徴用の不足を補う学徒勤労動員
 第一節 労働力の消耗に拍車をかけた徴用
  一 激増する徴用と過労による健康破壊
  二 生産性の増強を図る経済新体制
  三 増加する徴用拒否 詐病欠勤による抵抗
  四 低賃金に不満を抱く産業戦士
  五 虚弱な徴用工 人権無視の工場主
  六 軍需会社の高利潤が生んだ戦争成金
  七 勤労態度にみる徴用工・挺身隊・学徒
  八 毒ガス製造で被った障害
 第二節 動員学徒が味わった悲哀
  一 勉学よりも労働優先の日々
  二 食糧・睡眠不足で生理が止まった女子
  三 精神注入棒に怯えた男子
  四 欠勤を招いた医療管理体制の不備と食糧難
  五 健康復興が先とされた戦後の授業再開

第六章 防空法制下の不自由な暮らし
 第一節 隣組が映し出す戦時社会
  一 配給に翻弄される生活
  二 インフレ抑制と軍事費に回される貯蓄公債
  三 買わされた公債の換金に走る人びと
  四 入浴も困難になった生活インフラの統制
  五 不都合な灯火管制 無意味な消火訓練
  六 神経衰弱を惹起した警報と待避
  七 必須とされた血液型検査と常備薬の斡旋
  八 被災救護が間に合わない大都市
 第二節 投薬拒否と減食に直面した戦力外の人びと
  一 戦況に左右された老人の立ち位置
  二 悪化する処遇と中傷に晒された病人・障がい者
 第三節 戦中戦後の欠乏生活
  一 食糧配給制がもたらした体重減の現実
  二 脚気の流行 闇取引の横行
  三 買出しで味わった悲哀とインフレ成金
  四 栄養失調が続出する戦後の食糧事情
  五 物価急騰と預貯金封鎖に驚く人びと
  六 統制廃止に向かう医薬品

第七章 建物疎開と学童集団疎開
 第一節 憂き目をみた人びと
  一 重要工場・駅付近の家を壊す建物疎開
  二 家具類売却に走らせた人員疎開・縁故疎開
  三 高騰する疎開費用 苦労する田舎暮らし
  四 疎開時期も決断しかねる情報管制に不信感
 第二節 医療過疎地に集中した学童集団疎開
  一 食糧と医療の対応に追われる日々
  二 学寮での性病感染対策と教科書墨塗りの記憶
  三 食糧難による体重減と免疫力の低下
  四 村童のいじめと「疎開病」に苦しむ学童

第八章 熱帯医学と検疫と進駐軍
 第一節 南方進出を支えた熱帯医学研究
  一 医療宣撫を担う同仁会と台北帝大付属医専
  二 渡航に必須の予防注射 国内に広がる熱帯病
 第二節 検疫とDDT
  一 引揚者・帰還兵に向けた水際対策
  二 進駐軍の公衆衛生対策を印象づけたDDT

第九章 予防薬と流行薬
 第一節 防疫の核とされた予防注射と鼠・昆虫等駆除
  一 ヂフテリヤの血清不足と戦後の接種禍
  二 子どもを襲う麻疹 引揚者が持込む天然痘
  三 医療対応に苦慮した疫痢の猛威
  四 チフスに必要な予防注射とシラミ退治
 第二節 戦中戦後の流行薬とヒロポン
  一 神経衰弱に効くというホルモン注射
  二 栄養失調・疲労・生活不安を慰めたビタミン剤
  三 虫下しが欠かせない生活に国産サントニン
  四 軍需と戦後の社会混乱が広めたヒロポン・麻薬

あとがき
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