梅謙次郎 日本民法の父

岡 孝:著
A5判 / 780ページ / 上製 / 価格 8,800円 (消費税 800円) 
ISBN978-4-588-63515-1 C1032 [2023年09月 刊行]

内容紹介

空前絶後の立法家、先天的な法律家と称された明治期の法学者・梅謙次郎。生家の零落と莫大な借金の返済を乗り越え苦学の末に法律を修めた梅は、日本が近代国家に生まれ変わる激動の時代に日本民法典編纂という世紀の大事業を成し遂げた。類い希なる学識で政府の要職を歴任し、帝国大学で後進の育成に努め、法政大学初代総理として学校経営にもその手腕を発揮した転換期の傑物の生涯を辿る決定的評伝。

著訳者プロフィール

岡 孝(オカ タカシ)

岡 孝 1950年生。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。専門は民法。法政大学法学部教授、学習院大学法学部教授、同大学東洋文化研究所長、同法学部長を経て、現在、学習院大学名誉教授、法政大学ボアソナード記念現代法研究所客員研究員。『梅謙次郎著作全集CD版』(丸善)の編者を務める。共著に『民法キーワード』(有斐閣)『分析と展開 民法I 総則・物権(第3版)』(弘文堂)『分析と展開 民法II 債権(第5版)』(弘文堂)編著に『ドイツ債務法改正委員会草案の研究』(共編、法政大学出版局)『基本判例3 債権総論・各論』(共編、法学書院)『契約法における現代化の課題』(法政大学出版局)『取引法の変容と新たな展開』(共編、日本評論社)『東アジア私法の諸相』(共編、勁草書房)『債権法の近未来像』(共編、酒井書店)『民法の未来』(共編、商事法務)『高齢者支援の新たな枠組みを求めて』(共編、白峰社)などがある。

※上記内容は本書刊行時のものです。

目次

梅謙次郎年譜

まえがき
梅謙次郎とのかかわり  民法典の体系の三つの側面  謝辞

第一部 修業時代
第一部の構成

第一章 松江時代
宍道湖のほとり  祖父から漢学を学ぶ  沢野修輔の門に入る  漢詩二題  藩校修道館に入る  医学修業を断る  書生寮から洋学校へ  一三歳で小学校入学  退学理由書  担任教師との後日談  松江を去る  小さな記念碑

第二章 東京時代

 第一節 上京から東京外国語学校時代
士族の商法  東京外国語学校入学  生活の困窮  母との別れ  田部芳との出会い  師たち  中川元(教師)  島田重礼  レオン・デュリー

 第二節 司法省法学校時代
ボアソナードの自然法講義について  明法寮から司法省法学校へ  司法省法学校入学  厳しい授業  賄征伐事件  法学校の細かな規則類  寄宿舎生活の風景  官費で勉強ができた  一八八〇年という年  教師アッペールとの出会い  「我が司法界の恩人」  同級生たちの梅の評判  梅の勉強法  たぐいまれな記憶力  在学中は実務に従事したいとの希望  法学校卒業  卒業式でのアッペールの演説  卒業記念写真  東京法学校のその後の運命

 第三節 卒業後母校の教師になる
法学校勤務  若槻礼次郎について  梅の家計  フランスに留学

第三章 留学時代

 第一節 リヨン時代
梅だけがフランス留学を許される  フランス第二の都市──リヨン  リヨン大学を選んだ理由  共和国通り二八番地の住まい  アパートの状況  リヨン大学へ通学──博士試験志願者となる  博士論文『和解論』  なぜ「和解」をテーマに選んだのか  博士号取得とヴェルメイユ賞受賞  兄錦之丞の突然の死  兄の残した莫大な借金のためにアルバイト  青春のリヨン  エッフェル塔

 第二節 ベルリン時代
ベルリン大学に入学  ヨゼフ・コーラーについて  当時のドイツの状況  ドイツ民法第一草案の反響  ベルリンでの生活  梅の住まい  一九八六年夏の東ベルリンにて  兄錦之丞のベルリン時代  鴎外の『独逸日記』  錦之丞の養育費支払遅滞など  甥を日本に連れて帰る  帰国の途につく

第二部 帰国後の活躍
第二部の構成

第四章 行政官として
帰 国

 第一節 農商務省参事官
陸奥宗光との関係  大津事件  大津事件についての意見書

 第二節 法制局長官

 第一款 高野非職問題
高野非職問題とは  六三法  有賀長雄の分析  大隈内閣で非職は違憲という立場で処理  法制局長官梅に対する新聞の記事  非職処分の違憲性

 第二款 台湾に憲法は適用されるか
「台湾に関する鄙見」  台湾への一八九九年改正新条約の適用  美濃部達吉の憲法非適用説(台湾には憲法は適用されない)  穂積八束の非適用説  有賀長雄の見解(六三法違憲説)  その後の台湾統治の現実

 第三款 旧商法の施行

 第三節 文部省総務長官
「総務大臣」、「総務参事官」の綽名  「文部省の仮名遣改訂案に対する意見」(一九〇七年)  言文一致について  保科孝一の思い出  「梅文部総務長官の商業教育論を評す」  「学校騒擾の五大原因」  東京商科大学の設置認可

 第四節 行政官との兼職について
八面六臂の活躍  『両京の大学』による行政職兼任批判

第五章 法科大学教授として

 第一節 穂積、富井、梅、法科大学三教授
民法起草の三教授  穂積陳重──法制史から法哲学まで  最も長く活躍した富井政章  実践に役立つ法律

 第二節 講義
一八九〇年九月からの授業科目  松本烝治の思い出  美濃部達吉・乾政彦の思い出  岩田新の思い出  大内兵衞の思い出  牧野英一の思い出──梅の講義  牧野英一の思い出──富井の講義  牧野英一の思い出──穂積の講義  牧野による三教授の講義のまとめ  空論を嫌う  答案に評をつける

 第三節 帝国大学法科大学
東京大学から帝国大学へ  官僚を養成する

 第四節 『東西両京の大学』
一木喜徳郎・岡野敬次郎の講義風景  辛辣な人物評  帝国大学批判の理由

 第五節 試験制度と点数崇拝
学科および授業科目・試験制度改革の議論  通らなかった梅の改革案  試験の点数で決まる給料  点数に厳しい穂積八束  穂積陳重の弁明  大学は官吏養成所ではない

 第六節 正直と自信過剰と
教授会  岡野敬次郎について  正直ゆえに敵が多い  自信が強すぎた  「新しきによって、なお新しきを知る」

第六章 法政大学の出発(一八八〇年〜一八九〇年)

 第一節 法政大学の出発点
中心人物は三名  東京法学社  東京法学校と改称

 第二節 薩た*正邦とはいかなる人物か
生い立ち  東京法学校に専念  高等法院に陪審制を  陪審法の制定  授業風景  第一期卒業生を出す  明治法律学校に対するボアソナードの「一種の誤解」  ボアソナードの明治法律学校への出講  出版事業  講義録の発行

 第三節 一八八六年からの状況の変化
学校を取りまく状況の変化  薩た*人脈の後退  ボアソナードの威信低下  学校経営に対する官のコントロールの強化  一八九三年の制度改正  薩た*の退場  司法省の補助金交付先  東京仏学校との合併(和仏法律学校)  補助金交付のその後  「先ず故を温ねよ」

 *「薩た」の「た」は土へんに垂

第七章 法政大学の発展──梅謙次郎の登場

 第一節 箕作校長・梅学監の体制スタート
梅学監  時間割  ルヴォン教頭

 第二節 財団法人和仏法律学校の設立
学科の改良  卒業生の増加  討論会

 第三節 専門学校令により「和仏法律学校法政大学」と改称
講師陣  校友会との関係改善  全国校友会支部を行く  冗談・議論・法律論  個性的な人々  「法学志林」の発刊  清国留学生速成科の設置  多方面の活躍  一九〇五年以降の時代状況の変化  専門部に実業科を設置

 第四節 清国留学生速成科の設置
「法政速成科ノ冤ヲ雪グ」  一流の講師陣の講義に留学生も応える  駐日清国公使館からの強い抗議  梅の留学生教育に対する熱意  清国留学生速成科から普通科・予科へ  清国漫遊の旅  清国視察の目的

第八章 研究者・教育者として

 第一節 はじめに

 第二節 「新入学生に対する訓示」
和仏法律学校の方針と試験制度について  法律は面白くないか  勉強のしかた  講義録について

 第三節 和仏法律学校時代の学生たち
当時の学生は講義をどう聴いたか  休講になったとき

 第四節 三惚れ主義

 第五節 教育者として
高熱でも平然と講義  教育者として  答案の厳しい採点に対する措置は正道に従え

 第六節 学者としての富井と梅
『両京の大学』の見かた  富井の『民法原論』  大内兵衞の見かた  梅自身のプラン  各種講義録  『民法原理』  梅の自然法論  研究論文

 第七節 法政大学に残る「梅文書」
受入の経緯  梅文書の構成  起草関係文書の紹介  法政大学図書館デジタルアーカイブ

第九章 私人として

 第一節 超多忙でも集中力が途切れない

 第二節 結婚
同郷の娘と結婚  妻と花札  子供たち

 第三節 梅家の周辺の人々
三成重敬  山口松五郎

 第四節 「逆境と奮闘せり」
継ぎの当たったカバン  借家生活  猩紅熱で入院  帰国後六年かけて莫大な借金を返済  梅邸を新築  育英事業

 第五節 趣味・好物
相撲好き  趣味は読書、道楽は揮毫・端唄や都々逸  酒好き  梅の酒好きについての同僚・後輩の言  苦楽は気の持ちよう  タバコ  うなぎ

 第六節 性格・その他
風貌  几帳面  倹約  宗教  無駄な時間を使わない  非常に親切、情誼に厚い  率直な物言い  名前を間違えない  運動(体育)について

 第七節 終焉
腸チフスで倒れる  飯田宏作、板倉松太郎の話  故梅博士記念資金募集  死して「余財なし」  その後

第三部 立法家としての梅謙次郎
第三部の構成

第一〇章 旧民法と法典論争

 第一節 前史
条約改正と法典編纂  江藤新平司法卿  大木喬任司法卿  ボアソナード  ボアソナード文庫について

 第二節 旧民法の成立
元老院内の民法編纂局時代  井上馨外相による条約改正交渉  ボアソナード、谷干城の反対  司法省法律取調委員会時代  旧民法前半部分の公布  旧民法後半部分の編纂  旧民法後半部分の公布  第一草案からの変遷の具体例──未成年養子を例に  旧民法理由書  「民法編次の件」法案(閣議決定もされず)  ロェスラーの「民法編纂方法ニ関スル意見」  村田保の反対ののろし(商法延期法案提出)

 第三節 法典論争──旧民法施行延期の流れ
民法典論争の発端──法学士会の意見書  商法の施行延期  「民法出でて忠孝滅ぶ」  旧民法と明治憲法との関係  旧民法の特色と問題点  富井と穂積の立場  断行派たる梅の立論  断行派の延期派に対する批判の具体例  延期派の勝利  延期法案が法律になるには五か月かかった  弄花事件の発覚と顛末  ボアソナードの批判  可決された法案に対する政府の対応  民法商法施行取調委員会  小括──私なりの法典論争のまとめ

 第四節 延期派富井と断行派梅の論争
富井との論争の論点(一八点)

第一一章 明治民法の制定

 はじめに──泰西主義に従った民法典編纂

 第一節 法典調査会
法典調査会の設置と機構改革  西園寺の戸主制度廃止論に関して  三人の起草委員

 第二節 起草方針と修正原案の作成
法典調査の方針(旧民法修正の方針)  編別構成の変更  第一編総則について  「物」の規定の位置──富井のこだわり  第二編親族編とする梅の提案の持つ意味  各編の章節の見出し・枠組みの決定  甲号議案とは(旧民法)修正原案のこと  甲号議案の体裁  起草委員間の意見の対立  乙号議案

 第三節 比較法の所産
「我新民法ト外国ノ民法」  比較法についての小括  モンテネグロ一般財産法の起草者ボギシッチ  日本で参照された「独草」「独二草」とは  仁保亀松「独乙民法草案」(翻訳) 

 第四節 議事速記録の公開
学振版から商事法務研究会版へ  学振版相互の内容の異同と「法律情報基盤」  国会図書館デジタルコレクション

 第五節 法典調査会の審議
土地と建物は一体か別物か  利息制限法廃止の件(乙第二一号)  土地工作物に瑕疵があっても注文者は解除ができない  審議で目につく点  整理会

 第六節 法典調査会における梅の活躍
委任者の無過失責任(六五〇条三項)  委任の終了事由(六五三条)  委任者死亡後の委任契約の存続  後見人は一人  未成年養子について  磯部四郎との対立

 第七節 慣習の扱い方
乙一号議案第四と第五  「法典ニ関スル話」  慣習をめぐる具体的な問題──観望・明かり取り窓について  慣習をめぐる具体的な問題──手付について  入会権について

 第八節 民法典の公布・施行
第九回帝国議会の審議を経て前三編が公布  第九回帝国議会での審議  短期賃貸借制度の運命  流質契約の禁止(三四九条の新設)  起草者の現実社会の認識について  第一二回帝国議会の後二編(親族・相続)の審議  政府委員梅の説明──穂積陳重の説明との対比  後二編の公布と民法五編全体の施行  外国人の私権の享有  改正条約の実施

 第九節 民法施行後の現実問題と戦後の民法改正
立木法の制定  地震売買と建物保護法の制定  存続期間の保障(借地法)  第二次大戦後の民法改正──私権に関する基本原則(第一条)  家族法の大改正  近時の立法の問題点

 第一〇節 民法典改良の不断の努力
岩田新が聴いた民法改正の不断の努力  在野からの民法改正提案のすすめ

第一二章 商法その他の法律の制定

 第一節 商法制定
ロェスラーの起草  「商社法」の成立  旧商法の公布  商法典論争とその後の数度の商法施行延期  梅の旧商法に関する著作について  旧商法の修正──一八九九年(明治三二年)商法  議会の対応  第一三回帝国議会・貴族院での審議  第一三回帝国議会・衆議院での審議  一八九九年商法についての梅の著作  一九一一年改正法に向けて

 第二節 合名会社の目的外の行為は許されるか
ロェスラー草案九八条  商社法(施行されず)  旧商法  梅の講義録から見た一八九三年改正旧商法から一八九九年商法までの変遷

 第三節 その他の法律制定

 第一款 民法施行法
法典調査会での審議日程  法典調査会での審議の紹介  親族会のメンバー

 第二款 戸籍法
戸籍吏の民事責任  罰則規定について  犯罪処罰法案で処理するか  戦後の新戸籍法

 第三款 人事訴訟手続法
禁治産者などの訴訟能力  二〇〇三年の人事訴訟法


 第四款 非訟事件手続法

 第五款 競売法

 第六款 不動産登記法
法典調査会での審議日程  登記官吏(個人)の損害賠償責任  国の民事責任を認めるか  まとめ  戦後の国家賠償法の制定

第一三章 明治民法成立後のアフターケア的活動

 第一節 法典質疑会の活動

 第二節 『最近判例批評』
『最近判例批評』の序文  「判例批評」の具体例1(抵当権の効力の及ぶ範囲)  具体例2(親族会の違法決議について)  具体例3(借地契約書中の規定は例文か)  まとめ

 第三節 『民法要義』全五巻の刊行

 第四節 『法律辞書』の編纂

 第五節 まとめ

第一四章 韓国での立法作業
加藤拓川と韓国の関係  韓国における梅の活動の契機

 第一節 土地家屋証明規則の制定
韓国社会についての梅の認識  梅の認識の問題点  土地家屋証明規則の制定  土地家屋証明規則の内容  土地家屋証明規則の社会的影響

 第二節 司法制度の改善
法務補佐官制度  「裁判所構成法」の制定  司法権委託時代から日韓併合へ

 第三節 慣習調査事業
不動産法調査会  不動産慣習についての現地調査の結果について  「不動産法要旨」  法典調査局における慣習調査事業  韓国における慣習──契について  慣習調査の意義と評価

 第四節 まとめ
法典起草のプラン  韓国土地所有権を認めた梅に対する経済学者の批判  憲法の枠組み内での司法制度改善などを志向  韓国における林政・河川管理の問題に目を向ける

終章 梅謙次郎の遺産を未来に

 第一節 はじめに

 第二節 「二十世紀の法律」
家制度・隠居制度の廃滅  養子制度利用の減少  登記法について  その他の民法について  商法・相互保険会社について  トラストについて  労働者保護について  その他

 第三節 梅謙次郎を受け継いで
ヨーロッパの事例を参考に  比較民法  梅の胸像

参考文献
事項索引
人名索引

書評掲載

「週刊読書人」(2023年11月17日号/辻村亮彦氏・評)に紹介されました。

関連書籍

『法律学の夜明けと法政大学』
法政大学大学史資料委員会:編